シテ―ル島への船出 | 俺の命はウルトラ・アイ

シテ―ル島への船出

『シテ―ル島への船出』

Ταξίδι στα Κύθηρα

 

夫婦2

 映画 トーキー 140分 カラー

 

 1984年5月15日 カンヌ国際映画祭上映

 

 昭和六十一年(1986年)二月八日 日本封切

 

 製作国 ギリシャ

 製作言語 ギリシャ

 

 製作 ギリシャ映画センター  

    テオ・アンゲロプロスプロダクション

    ZDF

    CHANNEL4

    ギリシャTV

 

 

 製作 テオ・アンゲロプロス

 

 脚本 テオ・アンゲロプロス

    タナシス・ヴァルティノス

    トニーノ・グエッラ

 

 撮影 ヨルゴス・アルバ二ティス

 美術 ミキス・カラピぺリス

 衣装 ヨルゴス・ジアカス

 録音 タノス・アルヴァ二ティス

 音楽 ヘレン・カレンドルー

 編集 ヨルゴス・トリアン・ダフィルー

 製作主任 G・サミオティス

      P・クセナキス

      F・スタヴロプルー

      V・リグレッジ

 出演

 

 マノス・カトラキス(スピロ ラヴェンダー売りの老人)

 

 マリー・クロノプルー(女優ヴ―ラ スピロ娘ヴ―ラ)

 

 ジュリオ・ブロージ(アレクサンドロス)

 

 

 アキス・カレグリス(少年アレクサンドロス)

 タソス・サリディス(ドイツ兵)

 デスピナ・ゲルラヌー(アレクサンドロスの妻)

 ヨルゴス・ネゾス(カフェの俳優 憲兵隊長)

 ミハリス・ヤナトス(カフェの俳優 港湾警察官)

 ディオシ二ニス・パパヤノプロス(アントニス)

 ヴァシリス・ツァグロス(港湾労働組合委員長)

 

 ドーラ・ヴァラナキ(カテリーナ)

 

 ◎

 昭和六十一年(1986年)四月六日か

 十三日のいずれか三越劇場

 第一回・第二回・第三回鑑賞(一日三回見聞)

 

 昭和六十二年(1987年)十一月二十三日

 祇園会館

 第四回鑑賞

 ◎

 暗い空間に男性合唱の行進歌が響く。

 

 「アレクサンドロス」と少年の名を

呼ぶ声が聞こえる。

 

 少年がドイツ兵から逃げる。

 

 かくれんぼを囁く声が少年に響く。

 

 

 現代ギリシアの映画監督アレクサンドロス

は、新作映画の主人公の老人を演ずる役者を

探している。

 

 妻に対してアレクサンドロスは冷たい。

 

 愛人の女優ヴ―ラからアレクサンドロスは

冷たい態度を指摘される。

 

 アレクサンドロスはオーディションに来た

沢山の役者の中から役の適任者を見出せない。

 

 街でたまたま出会ったラヴェンダーの花を

売っている老人男性は父親スピロとそっくり

であった。

 アレクサンドロスは役の適任者と直感し老人

を追いかけるが見失う。

 

 

 アレクサンドロスは、亡命先のロシアから

ギリシアに32年ぶりに帰国した父スピロを、

妹ヴ―ラと共に出迎える。

 ギリシャ政府・官憲との闘争を為したレジ

スタンススピロは妻子をギリシャに残してロ

シアに亡命した。

 

 ロシア船ウクライナ号からヴァイオリンを

持ってスピロは故国に帰ってきた。

 

 アレクサンドロスとヴ―ラは母カテリーナと

父スピロの再会を成立せしめた。スピロの言葉

を聞いたカテリーナは傷ついて台所に入る。

 

 翌日家族四人は昔住んでいた山の村に行く。

スピロは友パナヨティスと再会する。レジスタ

ンスであった二人は抵抗の歌を歌い踊り闘争の

日々を確かめる。

 

 スピロは村にスキー・リゾート地を建設する

計画に猛反対する。カテリーナに署名を拒否する

ようにとスピロは厳命する。

 

 ヴ―ラは革命を主張しロシアに亡命したお父

さんには、お母さんに対して署名拒否を命令を

する権利はないと叱る。

 

 お母さんはお父さんの代わりに投獄されて、

兄さんと私を女手一つで育てたとヴ―ラは、カ

テリーナの長い苦労をスピロに説く。

 

 スピロはカテリーナにロシアに妻子がいるこ

とを告白する。一人山に残るスピロを憲兵隊が

警戒する。

 

 国籍のないスピロが問題を起こすと滞在許可

が取り消されるとアレクサンドロスは憲兵隊から

警告を受ける。

 

 カテリーナはスピロに寄り添う。

 

 アレクサンドロスは妹ヴ―ラとそっくりの女優

ヴ―ラと抱き合う。

 

 スピロは妻カテリーナと共に残ると主張する。

だが、警察は強制的にスピロをロシアに送り返

そうとする。ロシア行の船を目指して警察はス

ピロをランチに乗せて追いつく。しかし、スピロ

はロシア帰りを拒否する。

 

 憲兵隊長と港湾警察官はスピロを国際水域で

待機させるとして、係留されている浮桟橋を老

人の居場所とした。故国ギリシャへの滞在を許

されず、亡命先ロシアへの帰還を拒絶するスピロ

老人にとって、海辺に繋がれた浮桟橋のみが唯

一無二の居場所になった。

 

 カテリーナとアレクサンドロスは浮桟橋に住む

スピロを見る。カテリーナは夫が暮らす浮桟橋に

行く。浮桟橋で老夫婦は抱きしめ合う。

 

 ◎テオ・アンゲロプロスにおける愛の探求◎

 

 

 テオ・アンゲロプロス

 テオドロス・アンゲロプロス

 Θόδωρος Αγγελόπουλος

 映画監督・脚本家

 1935年4月27日ギリシアアテネに誕生。

 2012年1月24日映画撮影中にトンネル内

においてオートバイに跳ねられ、頭部を強打

し、搬送先の病院において死去。76歳。

テオ

   我が国の内戦(1944年10月ー1948年

   8月に闘った10万人に及ぶ人々がー彼

   らはすべて左翼の闘士ですがー軍事的

   敗北の後に、ギリシャを去り、東側の

   国に赴いた。彼らはそれらの国に身を

   落ち着け、多くはそこで家庭を築きま

   した。祖国への郷愁と、いつの日か帰

   国できるという希望を胸のうちに固く

   秘めながら。『シテ―ル島への船出』

   における帰国した老人は、そうしたか

   つての革命家の一人です。

  (『シテ―ル島への船出』パンフレット

    2頁)

 

 テオ・アンゲロプロスはスピロの荷っている

歴史を語る。

 1944年10月から1948年8月のギリシャ内戦

で戦った左翼レジスタンスは国外に逃れ、外国

で新たな家庭を築きつつも故国への帰還を夢見

て待っていた。

 

 アンゲロプロスが39歳で撮ったスピロ老人

の海路物語は、内戦・亡命・帰還というレジ

スタンス闘士の道を尋ねるものであった。

 

 マノス・カトラキスは1908年8月14日にギリ

シアに誕生した。

 七十五歳でスピロ老人とラヴェンダー売り老

人を重厚に演じた。

 

 温厚そうなラヴェンダー売り老人と頑固一徹

な闘士スピロが瓜二つの別人に見えるのである。

 

 ギリシャの内戦を戦い、長い亡命暮らしを経て、

帰ってきた祖国は自分が思い描いていたものとは

全く別物になっていた。

 

 スピロの愛国・郷土愛の深さと理想・夢へは

挫折しても傷ついても尋ねられていく。

 

 国土や郷土が金儲けの為に変化していく。ス

ピロには耐えられない。内戦で戦ったことはギ

リシャを守る為であった。しかし、妻カテリーナ

以外誰もそのことを理解しない。厄介で暴れる

無国籍老人として現代ギリシャ政府・官憲に睨

まれる。

 

 マノス・カトラキスは理想が潰されても諦め

ないスピロの闘魂を熱く現した。

 

 本作のカンヌ国際映画祭上映で主演俳優とし

て登壇し喝采を浴びた。

 

 1984年9月3日、75歳で死去した。

 

 日本公開時、マノス・カトラキスは既に亡くな

っていたのだが、フィルムのスピロ役には命が燃

えていることを感じた。

 

 

 Giulio Brogiジュリオ・ブロージは1931年5月3日

に誕生した。

 2019年2月19日、87歳で死去した。

暗殺のオペラ

 ベルナルド・ベルトルッチ監督作品『暗殺のオペラ』

において、息子アトス・マニャ―二と父アトス・マニ

ャ―二を鮮やかに演じた。

 本作『シテ―ル島への船出』においては息子映画監督

アレクサンドロス役である。

 スピロの苦闘とアレクサンドロスが撮る劇映画は二重

構造になっている。

 

 前述の通り主演のカトラキスを始め複数の俳優が一人

二役を勤めている。

 

 マリー・クロノプルーは1933年6月16日、ギリシャ

に誕生した。2023年10月6日、80歳で死去した。

 娘ヴ―ラの母親想いと女優ヴ―ラの妖艶さを鮮やか

に表現した。

 

 アレクサンドロスと女優ヴ―ラのラヴ・シーンで

「なんで兄妹で情を交わすの?」と初鑑賞時驚いた

記憶がある。妹ヴ―ラではなくて女優ヴ―ラだった

のだ。

 

 観客が混乱することをアンゲロプロスは想定して

いたのではないかなとも思う。

 

 

 アンゲロプロスは1992年に来日し、読売新聞の取

材に対して、

 

  「ジャン・ルノワールは『大いなる幻影』の中で、

  『忘れちゃいけない、国境というものは人間が

  でっちあげたものだ』とジャン・ギャバンに言わ

  せているが、私もギリシアという国境を受け入

  れることを拒否したい。国境とは外的に存在す

  るものではなく、むしろ自分の内部に存在する

  ものではないのか」

 

  (1992年8月15日 読売新聞夕刊)

 

 と語っている。

 

 ジャン・ルノワール監督作品『大いなる幻影』にお

ける主人公マレシャル(ジャン・ギャバン)が戦友ロ

ーゼンタール(マルセル・ダリオ)に「国境は人間が

でっちあげたものだ」と語った言葉をテオ監督は大事

にした。

 

 『こうのとり、たちすさんで』においてテオ監督は

マレシャルの言葉を大切な教えとしたが、『シテ―ル

島への船出』においてもギャバンが語った言葉への敬意

と学習を感じるのである。

 

 スピロは夢と理想を諦めない。故国ギリシャが変わり

果てても幸福に暮らせる地を探し求める。ギリシャの体

制は国境の掟を逸脱する無国籍者として浮桟橋にスピロ

に閉じ込める。

 

 ◎ここから結末に言及します。未見の方は本篇を

 御覧になってから当感想文をご覧頂きますようお

 願い申し上げます◎

 

 未見の方もおられるブログでどのように書くべきかと

迷う。

 テオ・アンゲロプロス監督が尋ね開き明かした壮大

な世界を学ぶ営みではラストシーンについて語らざる

を得ない。

 

 その前に、自分にとっての『シテ―ル島への船出』

との出会いを確かめたい。

 

 日本封切前の予告篇は佐藤慶がナレーションを語っ

た。はっきりと「語り 佐藤慶」という字幕が表示さ

れた訳ではないのだが、あの声は佐藤慶だったと確信

している。

 昭和六十一年(1986年)三越劇場で一日三回鑑賞

した。当時映画館は入替制は殆ど無かった。

 翌昭和六十二年(1987年)十一月二十三日祇園会館

で上映され、四度目の鑑賞が成り立った。

 

 ◎改めて申します。ここからラストシーンについて

 語ります。未見の方は御注意下さい。本篇鑑賞予定

 の方は以下の記述をスルーされ、本篇ご鑑賞の後に

 読んで頂きますよう重ねてお願いします◎

 

 浮桟橋が朝の光を受けている。

 

 スピロは理想の世界を尋ね求める。

 

 妻カテリーナは夫スピロと共に理想郷を探す事

を決める。

 

 浮桟橋を陸地につなぐもやいを解く。

 

 桟橋は筏のように海に浮かびゆっくり進む。

 

 スピロとカテリーナが海上桟橋で暮らして

行くことは厳しい。勿論食糧は全くない。

 

 捨身というより捨命の行為である。

 

 捨命を決めてでも老夫婦は理想の地を探す。

 

 

 テオ・アンゲロプロスはワンシーンワンショ

ットの長回しでスピロとカテリーナの乗る桟橋

が海を渡る光景をじっくりと映す。

 

 スピロとカテリーナはどうなるのか?

 

 観客の想像に委ねられる。

 

 昭和六十一年(1986年)四月三越劇場客席で

ラストシーンに全身を挙げて震えた。映画の表現

は無限性を明かすことを教わった。

 

 物語は終わることなく観客の心の中に響いて

行く。

 

 

 マノス・カトラキスとドーラ・ヴァラナキは、

スピロ・カテリーナ夫婦の絶対愛を明かした。

 

 テオ・アンゲロプロスはフィルムに永遠を映

した。

 

                   合掌

 

               南無阿弥陀仏

 

                  セブン

夫婦5