浮雲 | 俺の命はウルトラ・アイ

浮雲

『浮雲』
映画 トーキー 124分 白黒
昭和三十年(1955年)一月十五日封切
 
製作国 日本
製作言語 日本語
製作会社 東宝
 
製作 藤本真澄
原作 林芙美子
脚色 水木洋子
 
撮影 玉井正夫
美術 中古智
録音 下永尚
照明 石井長四郎
音楽 斎藤一郎
監督助手 岡本喜八
編集 大井英史
特殊技術 東宝技術部
現像 東宝現像所
製作担当者 板谷良一
 
配役
 
幸田ゆき子 高峰秀子
 
富岡兼吉  森雅之
 
おせい   岡田茉莉子
向井清吉  加東大介
伊庭杉夫  山形勲
 
富岡邦子  中北千枝子
飲み屋の娘 木匠マユリ
屋久島の小母さん 千石規子
 
仏印の試験所長 村上冬樹
医者      大川平八郎
仏印の書員加納 金子信雄
 
米兵      ロイ・H・ジェームス
下宿のおばさん 出雲八枝子
太田金作    瀬良明
兼吉の母    木村貞子
信者      谷晃
仏印の女中   森啓子
アパートの子供 日吉としやす
大日向教信者    林幹
丸高モートル支配人 恩田清二郎
運送屋        桜井巨郎
伊豆長岡の旅館の番頭 佐田豊
踊る信者      一万慈鶴恵
踊る信者      吉頂寺晃
踊る信者      安芸津広
踊る信者      今泉廉
 
         馬野都留子
         音羽久米子
         三田照子
         中野俊子
         持田和代  
         堤康久
         鉄一郎
         大城政子
         江幡秀子
         河美智子
         上遠野澄代
         鏑木ハルナ
 
監督      成瀬巳喜男
 
市川延司→加東大介
鑑賞日時場所
平成三年(1991年)七月七日
京都教育文化センター
 昭和十八年(1943年)幸田ゆき子はイ
ンドシナへ渡りタイピストとして勤務する。
 農林省技師富岡兼吉と出会った。富岡に
は妻邦子がいた。しかし、ゆき子と兼吉は
惹かれ合い愛情を確かめ合った。       
 
 終戦となり、兼吉は妻邦子と別れること
をゆき子に約束して先に日本に帰った。日本
に帰り東京においてゆき子は兼吉が邦子と
別れていないことを知り悲しむ。
 
 悲しみのゆき子はアメリカ兵の情婦にな
った。兼吉はゆき子と再会し彼女を責めるが
恋仲を復縁する。
 
 富岡は経済的活動に巧く行かずゆき子と
共に伊香保温泉に行く。
 飲み屋ボルネオの主人清吉と出会い仲が
良くなった兼吉は彼の店においてゆき子と
共に宿泊させてもらう。清吉には若く美し
い妻せいが居た。
 
 兼吉はおせいに魅せられ唇を奪い関係を
持った。ゆき子はプレイボーイの兼吉が人
妻おせいに手を出してしまったことに気付き
ボルネオから去る。
 
 ゆき子は義兄伊庭杉夫を尋ねる。かつて
杉夫はゆき子の身体を無理矢理奪った。
 『歎異抄』「第三条」の「善人なおもて往
生を遂ぐ。況や悪人をや」を語りながら杉夫
は新宗教を興している。
 杉夫から金を借りてゆき子は中絶手術をす
る。報道で嫉妬に狂った清吉がおせいを絞殺
したことを聞き、ゆき子はショックを受ける。
 
 新宗教の教祖として儲ける杉夫の愛人にな
ったゆき子のもとへ兼吉が尋ねてきた。妻邦
子が病死したことを兼吉は知らせた。
 
 ゆき子と兼吉は今度こそ新生活を営もうと
決意し屋久島に行く。屋久島は兼吉の勤務地
であった。
 
 屋久島に着くとゆき子の体調は厳しい状態
になる。
 
 ◎切ない感覚◎
 
 高峰秀子は大正十三年(1924年)三月二十
七日に誕生した。出生名は平山秀子、結婚後の
本名は松山秀子である。

 平成二十二年(2010年)十二月二十八日、八

十六歳で死去した。

 

 無声時代から映画に出演し、トーキー時代に

大スタアとなり、カラーに至るまで日本映画史

を支えた。

 

 しかし、本人にとって女優は不本意な仕事で

あったという。日本芸能界のトップスタア・名

優という名声に固執しなかったようでもある。

 エッセイは気さくな文で綴られた。鋭くてピ

リッと辛い言葉が記された。

 

 名演を銀幕やブラウン管や舞台に残したが、自

ら誇らず威張らない。

 

 大女優中の大女優であった。

 

 三十一歳で勤めた幸田ゆき子は高峰秀子名演の

中でも燦然と輝く当たり役と確信している。

 

 富岡兼吉を愛し尽くすが不実な彼に裏切られる。

冷たくされて傷つき悲しむが、兼吉を受け入れ全て

を許し屋久島でやり直そうとする。その再起の時

にゆき子の身体は病魔に犯されていた

 暖かい愛でゆき子は兼吉を包むが、プレイボーイ

で女遊びが止められない兼吉はどうしても浮気をし

てしまう。心は傷ついてもゆき子は兼吉を許し包摂

する。

 

  

 森雅之は明治四十四年(1911年)一月十三日

北海道に誕生した。本名は有島行光である。父は

有島武郎、叔父は里見弴である。深く繊細な演技

で二枚目名優として存在感を発揮した。

 昭和四十八年(1973年)十月七日、六十二歳

で死去した。

 

 知的な雰囲気と上品な香気で銀幕に男の色気を

匂わせた。

 四十四歳で演じた富岡兼吉は大名優森雅之の代

表作と明言したい。

 妻邦子と愛人ゆき子がいる。ゆき子との不倫に

全てをかけるかと思いきや、浮気を止められない。

歩きながら若き美女おせいにキスするシーンに森

雅之の色気を感じた。

 プレイボーイで不実で冷たい男。そんな兼吉を、

ゆき子・邦子・おせいは愛してしまう。

 

 しわがれた声と気品豊かな微笑みが強烈な印象

を与えてくれる。

 

 

 岡田茉莉子は昭和八年(1933年)一月十一日

東京府に誕生した。出生名は田中鞠子、結婚後

の本名は吉田鞠子である。

 父は俳優岡田時彦である。二十二歳で悲劇の美

女おせいを演じた。

 一昨日令和六年(2024年)一月十一日に九十

一歳になられた。

 

 中年男清吉が嫉妬に狂って若く美しい妻おせい

を殺してしまうエピソードは、ウィリアム・シェ

イクスピアの戯曲『オセロー』を想起させる。オ

セローは嫉妬に狂い不貞をしていない妻デズデモ

ーナが不貞をしたと勘違いして殺してしまう。実

際に浮気をしてしまったおせいとはシチュエーシ

ョンが違ってはいる。だが、オセロと清吉の中年

男嫉妬は通じるものを感じる。

 

 加東大介はこの後も成瀬巳喜男シャシンで嫉妬

深い男を当たり役にする。

 

 森雅之は昭和三十五年(1960年)六月に産経

ホール公演『オセロー』において悪の天才イアー

ゴーを演じる。この公演は記録映像が残っていて、

NHKBSで放送され、わたくしは視聴した。森雅

之はイアーゴーの冷酷さと残忍さを深く探求した。

 

 昭和三十年(1955年)に森雅之が演じた富岡

兼吉は弱い男だが女性を愛する男である。愛した

女性の人生に悲劇を齎してしまうところに兼吉の

悲しい道があるとも言えそうだ。

 

 

 成瀬巳喜男(なるせ・みきお)は明治三十八

年(1905年)八月二十日、東京府四谷に誕生し

た。男女の愛の物語を探求し数々の傑作を発表

した。

 昭和四十四年(1969年)七月二日、六十三歳

で死去した。

 

 水木洋子(みずき・ようこ)は明治四十三年(1

910年)八月二十五日に誕生した。本名は高木富子

である。

 平成十五年(2003年)四月八日、九十二歳で死

去した。

 

 女性の哀しみを深く見つめ探求した物語を描いた

巨星脚本家である。『浮雲』シナリオは女性でない

と書けないなと痛感する。

 同時に水木洋子は男の性欲の強さや気の弱さと言

う事も熟知していた事を感じる。

 

 

 水木洋子の緻密なシナリオを、成瀬巳喜男が

繊細に映像化した。

 

 クライマックスにおいて病と闘うゆき子は浮気

を続け遊びを止められない兼吉の在り方に苦労し

ていることをしみじみと語る。

 

  「当たり前じゃないか!女は何も君一人じゃ

   ない。」

 

 水木洋子の台詞が凄い。

 

 笑顔で爽やかに語る森雅之の台詞が強烈である。

 

 最もゆき子を傷つける言葉を軽々と明るく語る。

 

 富岡兼吉の冷酷で怖い性格がこの台詞に凝縮され

ている。

 

 しかし、非情のモテモテ男兼吉は優しいゆき子の

支え無しでは自分が歩めないこともよく熟知してい

る。

 

 クライマックスで兼吉は最も大切な存在がゆき子

であったことに気付く。

 

 切なさが迫ってくるのだが、水木洋子脚本と成瀬

巳喜男演出は、「切ない」という感覚を観客の心に

呼び起こす。

 

 日本・亜細亜・世界の映画の歴史に輝く永遠不滅

の大傑作である。

 

 成瀬巳喜男が探求した哀の感覚は、観客を震わせ

緊張させる。

 

 高峰秀子と森雅之は、悲しくも愛おしい心を銀幕

に咲かせた。

 

 

 

 

                    合掌