伽羅先代萩 令和六年一月四日 国立文楽劇場 | 俺の命はウルトラ・アイ

伽羅先代萩 令和六年一月四日 国立文楽劇場

『伽羅先代萩』

第一七三回=文楽劇場公演

令和六年一月四日

国立文楽劇場

 

第二部

伽羅先代萩

 

作 松貫四 高橋武兵衛 吉田角丸

 

竹の間の段

御殿の段

政岡忠義の段

床下の段

 

竹の間の段

 

≪大夫≫豊竹芳穂太夫

 

《三味線》野澤錦糸

 

御殿の段

《太夫》切 竹本千歳太夫

《三味線》豊澤富助

 

政岡忠義の段

≪大夫≫    豊竹呂勢大夫

≪三味線≫   鶴澤清治

 

床下の段

《太夫》  竹本小住太夫

《三味線》 竹澤團吾

 

《人形役割》

八汐 吉田玉志

沖の井 吉田勘彌

鶴喜代 吉田玉彦

乳人政岡 吉田和生

小巻 吉田玉誉

忍び 吉田玉峻

栄御前 吉田簑二郎

松ヶ枝節之助 吉田簑志郎

貝田勘解由 吉田玉勢

腰元 大ぜい

 

 

 『伽羅先代萩』は伊達騒動を脚色した浄瑠璃で

ある。

 

 作者は松貫四・高橋武兵衛・吉田角丸である。 

 

 江戸時代に実名を記した劇の作成は難しく無

理であったので、時代設定を平安後期・鎌倉時

代において、脚色が為された。

 

 他の狂言と同様に登場人物の生活様式は、当

時の「現代」である江戸期のもので描かれている。

 

 モデルと劇の役名の関わりは以下の通りだ。

 

 三沢初子→政岡

 亀千代後の伊達綱村→鶴喜代

 酒井忠清→梶原景時

 酒井忠清→栄御前

 松前鉄之助→松ヶ枝節之助

 原田甲斐宗輔→貝田勘解由

 

 政岡のモデルは老女鳥羽でもあるとも言われて

いる。

 

 乳人政岡は仕えている伊達鶴喜代は病の為

面会を厳禁にしている。

 八汐と沖の井は見舞いにくる。沖の井は食欲

不振という若君鶴喜代に膳を用意する。鶴喜代

は喜ぶが政岡に禁じられて食べない。

 

 八汐が連れてきた医師大場道益の妻小巻は若

様の容態が重いと診察したが、場所を変えると

鶴喜代の脈はもとに戻っているという。

 

 八汐は天井裏に忍んできた忍を捕え、死脈

の因として忍の者は政岡の配下と述べる。

 政岡は事実無根であることを述べ、沖の井も

矛盾を感じた。陰謀を巡らした八汐の計画は挫

折する。

 

 政岡は鶴喜代君の御膳に何時毒が盛られる

か分からないとの警戒心から鶴喜代君と我が子

千松の食事を一日一回としていた。飯焚(まま

た)きを自ら為し若君を守ろうとする。鶴喜代

も千松も空腹に苦しむが気丈にひもじくないと

言い放つ。

 

 御飯が炊き上がるまでの間、政岡は千松に雀

の子が入っている篭を運ばせ歌わせる。飛んで

来た親雀が子雀に餌を与える。飼い犬が駆けて

来て政岡に餌を貰う。鶴喜代は雀や犬に羨望を

抱く。

 

 御飯が炊き上がった。

 

 梶原景時の妻栄御前と八汐と沖の井が見舞い

に来た。栄御前が頼朝公より賜った菓子を鶴喜

代に食べるように勧める。千松が駆けてきて菓

子を食べて苦しむ。毒害が露見すると警戒した

八汐は千松を刺し殺す。

 

 政岡は鶴喜代を抱きしめる。

 

 栄御前は八汐・沖の井を去らせる。政岡が我

が子を刺されても涙を流さない事に注目し、千

松と鶴喜代を取り換えていたと判断した。伊達

家横領の野望計画を告げ仲間に誘った。

 

 政岡は御前が去ると愛息千松の遺体を抱きし

める。若君に毒が盛られた際には身を捨てて毒

を食べるようにと息子に命じていたのだ。立派

に勤めを果たした息子だが、殺されると母の哀

しみが迫って来て涙が止まらない。

 

 沖の井と小巻は政岡の様子を窺う八汐に陰謀

を問い質す。夫を殺された小巻は八汐に従う様子

を見せて油断させていた。

 陰謀を知られたこともあり、八汐は政岡を斬

ろうと襲い掛かるが、政岡は千松の恨みもこめて

返り討ちにして八汐を刺し殺す。

 

 床下でひそかに鶴喜代を守る松ヶ枝節之助

は、系図を盗み出した鼠を鉄扇で打擲する。

 

 鼠に化けていた存在は伊達家家臣貝田勘解

由で、姿を現した勘解由は大きく笑い雲に乗

るように登り去って行く。

 

 豊竹芳穂太夫が忠義の厳しさを渋く語る。

 

 野澤錦糸の三味線が重厚で深い。

 

 竹本千歳太夫が全身を挙げての熱い語りで

子供達の空腹忍耐の厳しさと政岡のお家守護

の忠誠心の熱さを語る。

 

 豊澤富助の繊細な三味線に心を強く打たれ

た。

 

 平成二十五年四月十五日国立文楽劇場公演

以来十一年ぶりに呂勢太夫・清治の「政岡忠

義の段」をじっくりと聞けたことは有難い。

 我が子が刺されても涙を堪え、若君を守り、

栄御前から陰謀を告げられ、一人になり千松

の遺体を抱きしめて悲しみが溢れる。呂勢太夫

と清治が母の涙を聴かせてくれた。

 

 吉田和生が政岡の広大な母性を深い遣いで

明かした。

 吉田玉志は八汐の冷酷非情を鋭い遣いで見

せる。

 吉田勘彌の沖の井に貫録を感じた。

 

 吉田簑二郎の栄御前は重量感一杯で巨悪の

凄みを感じた。

 

 竹本小住太夫の語りは迫力豊かで心身全体

で震えた。

 

 七代目竹本住太夫の番組で「家で本読みし

てへんのとちゃうけ?本読んで来い言うたや

ろ!」と師匠に怒鳴られていた光景が放送さ

れたことがあった。

 厳しい叱責を受け鍛え上げられた弟子の道を

感じた。

 

 竹本住太夫が亡くなった現代において、住

太夫から「馬鹿」「阿呆」と怒鳴られ叱責さ

れた弟子の豊竹藤太夫と竹本小住太夫の語り

に、師匠住太夫の魂を感じる。

 

 厳しく叱られた弟子が最も深く偉大な師を継承

している。

 

 小住太夫の豊かな語りに、感嘆することは多い

が、節之助の豪快さに息を呑んだ。

 

 藤太夫と小住太夫の語りを聴いていると「住

太夫の語り」と錯覚してしまうほどよく似てい

るのだ。

 

 否、豊竹藤太夫と竹本小住太夫の語りの中に

七代目竹本住太夫の情熱は生きているのだ。

 

 文楽では鼠を人形ではなくて技芸員が勤める。

 

 吉田玉勢の貝田勘解由が上空に上る大詰に文楽

演出の壮大さを感じた。

 

 辰年の鯛である。

 

 戯曲を大事にしてくれている演劇公演は底力

が違う。

 

 古典を尊び古典を守り古典の命を明かす。

 

 大いなる課題を文楽は荷って下さっている。

 

 日本演劇において古典文学を最強の技芸で

上演する力を持っているのは文楽だけである。

 

 現代日本演劇界における古典文学破壊・改

竄・歪曲に悲憤を覚える身としては国立文楽

劇場に来るとその清らかさに癒やされる。

 

 

 文学を尊び、文字に書かれた言葉を大いな

る演劇として開花させる。これは演劇におい

て最も難しい課題である。文学が傑作であって

も演劇として傑作舞台を上演しうるか?この

難問に挑戦し毎回名舞台を現出する。不可能

を可能にして下さっている演劇集団が文楽座

である。文楽が無かったら日本演劇は完全崩壊

する。崩壊しつつある日本演劇において、命を

保ってくれている存在は文楽座だ。

 

 文楽は現代日本演劇の至宝である。

 

 

                   合掌