寿式三番叟 曾根崎心中 令和五年九月五日国立劇場小劇場 | 俺の命はウルトラ・アイ

寿式三番叟 曾根崎心中 令和五年九月五日国立劇場小劇場

桐竹勘十郎

 令和五年(2023年)九月五日

 国立劇場小劇場 

『寿式三番叟』

 

 《太夫》

 翁 豊竹呂太夫

 千歳 竹本太夫

 三番叟 竹本千歳太夫

 三番叟 竹本織太夫

     豊竹咲寿太夫

     竹本聖太夫

     竹本文字栄太夫

 

 《三味線》

     鶴澤燕三

     鶴澤藤蔵

     野澤勝平

     鶴澤清志郎

               野澤錦吾

     鶴澤燕二郎 

     鶴澤清方

 

 <人形役割>

 千歳  桐竹紋臣

 翁   桐竹勘十郎

 三番叟 吉田玉勢

 三番叟 吉田簑志郎

 

 

 15列23番にて鑑賞

 

 松羽目の舞台に面箱を持った千歳、翁、

二人の三番叟が登場する。

 

 

 千歳が鮮やかに舞う。

 

 

 

 翁が「とうとうたらりたらりら」を厳

かに述べる。長く久しく円に満ち足りて

命の無事を祈る。天下泰平・五穀豊穣を

祈る。

 

 翁が面を外して一礼して舞台から去る。

 

 

 

 

 三番叟二人がダイナミックな動きで

天下の幸と穀物が豊かに実る事を祈る。

 

 桐竹勘十郎の遣いが翁の風格を見せる。

 

 豊竹呂太夫が翁の風格を重厚に語って

くれた。

 

 鶴澤燕三・鶴澤藤蔵の三味線は迫力豊か

だ。

 

 劇場の杮落し・開場記念によく上演される

演目であるが、五十七年の国立劇場小劇場文

楽公演に文楽座が感謝をこめて豪華配役で上

演した。

 

 豊竹呂太夫・竹本太夫・竹本千歳太夫の

大御所三人の並びに感嘆した。

 

 『菅原伝授手習鑑』では白太夫、『寿式三

番叟』と令和五年(2023年)八・九月の勘

十郎は老け役を遣った。

 

 舞台を支える父性を大いなる芸で明かして

くれた。

 

 最愛の息子桜丸の切腹を甘受する白太夫と

長久円満・息災延命を願う翁の二大老役を勘

十郎が重厚な遣いで命を吹き込んだ。

 

 令和五年(2023年)八・九月の国立劇場小

劇場文楽公演は、以下の時間割で三演目が上演

された。

 

第一部 10時45分開演

通し狂言 菅原伝授手習鑑

三段目 車曳の段

    茶筅酒の段

    訴訟の段

    桜丸切腹の段

四段目 天拝山の段

 

 

第二部 15時開演

寿式三番叟

 

通し狂言 菅原伝授手習鑑

四段目  北嵯峨の段

     寺入りの段

     寺子屋の段

五段目  大内天変の段

 

第三部 19時開演

曾根崎心中

生玉社前の段

天満屋の段

天神森の段

 

 一日通しで見ると『菅原伝授手習鑑』の

「天拝山の段」と「北嵯峨の段」の間に中

幕のように『寿式三番叟』が上演されてい

るという印象を受ける。

 

 菅丞相の怒りに震える「天拝山の段」と

八重の犠牲に悲しみを覚える「北嵯峨の段」

の間に国土の平安と人々の長寿を祈る『寿

式三番叟』が上演されることで観客の心は

ほっと一息つく時になることは確かだ。

 

 その感覚を覚えたものの、第一部朝の序

幕に『寿式三番叟』、続いて『菅原伝授手

習鑑』「車曳の段」「茶筅酒の段」「訴訟

の段」「桜丸切腹の段」、第二部に『菅原

伝授手習鑑』「天拝山の段」「北嵯峨の段」

「寺入りの段」「寺子屋の段」「大内天変

の段」と上演されると鑑賞する者は物語の

流れを一層強く体感するのではないか?

 

 この気持ちを感じた。しかし、太夫・三

味線・人形遣いの豪華な顔合わせによる国土

豊穣・無病息災への祈りの舞台にわたくし

が心を打たれた事は確かである。

 

『曾根崎心中』

作 近松門左衛門

脚色・作曲 野澤松之助

 

生玉社前の段

太夫 豊竹靖太夫

三味線 野澤勝平

 

天満屋の段

太夫 切 竹本太夫

三味線 鶴澤藤蔵

 

天神森の段

太夫 

お初 竹本織太夫

徳兵衛 豊竹睦太夫

    豊竹薫太夫

   竹本織栄太夫

 

三味線 鶴澤清志郎

    鶴澤清丈'

    鶴澤清公

    鶴澤清允

    鶴澤藤之丞

 

《人形役割》

手代徳兵衛  吉田玉男

丁稚長蔵   吉田玉延

天満屋お初  吉田和生

油屋九平次  吉田玉志

田舎客    吉田簑之

遊女     吉田簑太郎

遊女     桐竹勘次郎

天満屋亭主  吉田文哉

女中お玉   桐竹紋秀

町衆     大ぜい

見物人    大ぜい

   

 醤油屋平野屋の手代徳兵衛は生玉神社

で恋人お初を見る。お初は天満屋の遊女

である。客に連れられてきていた。お初

も最愛の人徳兵衛と偶然出会えたことが

嬉しい。

 伯父平野屋主人から徳兵衛は縁談の話

を勧められた。気に入らない縁談であった

が、継母が話を進め二貫の銀(かね)を

受け取っていた。

 

 お初と言う恋人がいる徳兵衛は縁談を

断ると、結納金を返して大坂から出ていけ

と言われた。継母から二貫の銀を徳兵衛

は取り戻した。

 結納金二貫を借金を頼んで来た友九平

次に貸した。

 

 返済期日を三日過ぎても油屋の九平次

は返さない。

 

 生玉社前で恋人の天満屋お初に銀を返済

させると約束し、縁談は断り、お初だけが

恋人と確約する。

 

 偶然にも九平次が現れ、徳兵衛は証文

を見せて二貫目の銀(かね)を返してく

れと請求する。

 

 「儂の印は落としたものであり、この

証文の印は落としたことの届の後に押され

たものだ」と語り、徳兵衛は借金証文を偽

造して儂に濡れ衣を着せたなと居直り殴り

かかる。

 

 徳兵衛は九平次の罠に嵌り、大事な縁談

の銀二貫目を横領した罪を着せられる。

 

 罠に嵌った事を徳兵衛は悲しむ。

 

 天満屋において申し訳なさで心がいっぱい

の徳兵衛はお初に生きていけないと述べる。

 お初は打掛の裾に徳兵衛を隠し床下に忍ば

せた。

 客として九平次が現れ徳兵衛を誹謗しお初

を口説く。

 縁の下に潜む徳兵衛は九平次の悪口に震え

るが、お初は足で制止し愛を伝える。

 

 お初は独り言のように語りながら心中する

覚悟を床下の徳兵衛に問い、徳兵衛は喉元を

お初の足に触れさせ心中の固き決意を明かした。

 

 天神森においてお初と徳兵衛は心中を為す。

 

 元禄十六年(1703年)五月大坂竹本座で

初演された。

 昭和三十年(1955年)一月四ツ橋文楽座に

おいて野澤松之輔の脚本・作曲で復活上演され

た。

 

 元禄十六年(1703年)四月に起こった心中

事件を近松門左衛門が劇化した。

 

 極限状況に置かれ現世で結ばれぬ関係に置

かれた徳兵衛とお初は心中で死生を超えた愛

を貫く。その鮮烈が描写は時を超えて上演さ

れ人気演目となっている。

 

 豊竹靖太夫は九平次の「こんな事はせぬもの

ぢゃ」の憎たらしさが光っていた。

 野澤勝平の三味線も鋭い。

 

 竹本太夫は九平次の暴言を聞いても徳兵衛

への愛を確かめ逞しく生きるお初を深い芸で語

った。

 鶴澤藤蔵の三味線は迫力豊かだ。

 

 竹本織太夫と豊竹睦太夫はお初徳兵衛の深い

絆を力強く語り合う。

 

 吉田玉男は徳兵衛が初心で真面目で罠に嵌る

人柄であることを伝えてくれた。

 

 苦境にある徳兵衛をお初は無償の愛で包み守

る。

 

 吉田和生の深い遣いはお初の絶対的な優しさ

を伝えてくれた。

 

 

 

 古典浄瑠璃を尊ぶ。

 

 演劇における本道を文楽技芸員の芸に感じた。

 

 イギリスウィリアム・シェイクスピアの尊い

戯曲が不勉強な演出家詐称の輩によって改竄歪

曲され、詐欺が横行している。日本の演劇劇場

ではこうした蛮行が平然と行われている。腐り

きった日本語シェイクスピア劇の醜態を見ている

と、文楽の古典尊重の輝きの尊さに感嘆する。

 

 文楽が居てくれることで日本古典浄瑠璃は守ら

れ保存され公開されている。

 

 古典演劇は原作を熟読尊重崇拝し原作に書かれ

た文字の世界を舞台に現出することが課題である。

「尊重か改竄か?あっちとこっちとどっちが好き

か?」等と読書をせぬ輩が想像で二元固執の思い

込みを憶測で語っても時間の無駄でしかない。

 読書せず憶測で言う「尊重か改竄か?あっちと

こっちとどっちが好きか?」は文学の舞台化と全く

関係はない。どっちもあかん。

 

 古典に対する姿勢とは読まないまま「尊重か、

改竄か」を好き嫌いの二元固執で思い込むこと

ではない。

 

 文楽座太夫が語る前に示すように床本に拝礼

することから始まる。

 

 こうした学びは劇場で技芸員の芸を見聞しない

と絶対に分からない。

 

 文楽が教えてくれる古典尊重の道に学ぶことで

観客は古典の広大無辺性に瞠目するのである。

 

 歌舞伎における『曾根崎心中』は四代目坂田藤

十郎が長く上演しお初を当たり役とした。実はわ

たくし、藤様のファンでありながら中々お初役に

会えず、一世一代の平成二十七年(2015年)二月

二十三日大阪松竹座公演『曾根崎心中』でようやく

会えた。

 

 坂田藤十郎八十三歳のお初は可愛くて綺麗で

セクシーだった。

 

 お初が足で床下の徳兵衛に合図を送り心中の

心を確かめ合う。

 

 二代目中村鴈治郎の徳兵衛は写真で見た。

 

 自分が鑑賞した舞台の徳兵衛は四代目中村鴈

治郎が勤めていた。

 

 戦後歌舞伎と文楽で切磋琢磨しながら『曾根崎

心中』が上演された歴史を想う。

 

 

 国立劇場小劇場五十七年の歴史の最後の演目

である『曾根崎心中』に文楽座技芸員の気迫を

感じた。

 

 令和五年(2023年)五月・九月国立劇場小劇

場の『菅原伝授手習鑑』全段通し上演・『寿式

三番叟』『曾根崎心中』は日本古典が文楽によ

って守られ命を吹き込まれているという事実を

わたくしに教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

                 合掌