食堂店員春子/倍賞千恵子 二題を併せて考える 山田洋次監督・構成作品 | 俺の命はウルトラ・アイ

食堂店員春子/倍賞千恵子 二題を併せて考える 山田洋次監督・構成作品

『愛の讃歌』

 映画 94分 トーキー カラー

 昭和四十二年(1967年)四月二十九日公開

 製作国 日本

 製作言語 日本語

 製作 松竹大船撮影所

 製作 脇田茂

 

 原作 マルセル・パニョル『ファニー』

 原作翻訳 永戸俊雄

 脚本 山田洋次

     森崎東

   

 撮影 高羽哲夫

 美術 梅田千代夫

 音楽 山本直純

 照明 青木好文

 編集 浜村義康

 録音 小尾幸魚

 調音 松本隆司

 監督助手 大峰俊順

 装置 小島勝男

 進行 池田義徳

 製作主任 沼尾均

 現像 東洋現像所

 協力 山口県柳井市 

          上関町

 

 出演

 

 倍賞千恵子(立花春子)

 

 中山仁(亀井竜太)

 

 千秋実(船長)

 北林谷栄(おりん)

 小沢昭一(郵便屋)

 左卜全

 渡辺篤(千家五平)

 太宰久雄(備後屋)

 桜京美(ハツ)

 高島稔

 大杉侃二郎(長吉)

 大久保敏男

 八乃さとみ

 中島玲子(立花信子)

 内田由美子(立花文子)

 青柳直人(清)

 

 有島一郎(伊作 語り)

 

 伴淳三郎(亀井仙太)

 

 監督 山田洋次

 

 ☆

 山田洋次=山田よしお

 ☆

 平成二十五年(2013年)十二月二十一日

 東京国立近代美術館フィルムセンターにて

 鑑賞

 

  

 令和二年(2020年)十月二十六日・令和

三年(2021年)七月十六日・令和三年(20

21年)十二月二十一日の記事を再編している。

  ☆

 瀬戸内海の日永島の波止場に食堂と連絡

船の切符売り場を兼ねている店待帆亭があ

った。

 店員立花春子は若く美しい女性で店主の亀

井仙太の幼い子供達を優しく包み支えていた。

 船が到着する。酒場の品を用意する春子に

船長はいきなりお尻を叩いたり胸をもんだりす

るが。春子はセクハラをじっと堪える。

 

 仙太の息子竜太は美男子だが悩み多き青年

でもあった。春子と竜太は深く愛し合っている。

 

 厳格な仙太は息子竜太に厳しい。待帆亭に

は船長を初め旅館備後屋の主人、マッサージ

師の五平、郵便局員、そして診療所医師でキリ

スト教徒の伊作が現れて語り合っている。

 

 島民にとって交流の場であった。

 

 厳格な父に睨まれて「馬鹿たれ」と怒られて

いる竜太は一念発起してブラジルで出稼ぎに

行く。

 

 春子のお腹には竜太の赤ちゃんが宿って

いた。

 

 仙太は竜太がブラジルから送ってきた手紙

を大事にしつつ、「あの馬鹿タレ」と怒る。

 

 血の繋がりの無い食堂客としては仲良く交流

する仙太だが、我が子竜太となるとつい怒り怒鳴

ってしまう。

 

 春子は伊作の診療所で男児を出産した。子供

は竜介と名付けられた。

 

  「今頃はどこでどうしているのか半七さん」

と『艶容女舞衣』(はですがたおんなまいぎぬ)

(『酒屋』)におけるお園の言葉を酔った仙太は

語る。

 

 伊作は懸命に働く春子の境遇を思い、生ま

れた子供竜介を引き取り、竜太の妹達も支援

する。

 美しい春子に惹かれる伊作は、日々神の心

を思い感謝の気持ちを捧げつつ、悩む。

 

 春子もいつしか優しい伊作に惹かれていく。

 

 ブラジルから竜太が帰ってくる。伊作は赤子

の竜介が可愛くて、自分の子として育てさせて

くれと頼む。竜太は先生にはその権利はないと

述べる。厳父仙太は親も女子もほっぽり出して

地球の裏側に行ったお前には親の心が分かる

のかと息子竜太を叱る。

 

 悲しみを抱えて竜太は一人で大阪に行く。

 

 

 父仙太が亡くなる。

 

 春子・赤ん坊竜介に対し、深い愛情を抱く伊

作は悩み悩み、亡き仙太は自分への義理から

春子・竜介との暮らしを許してくれたが、本当は

息子夫婦・孫と一緒に暮らしたかったのだとそ

の心を思った。

 

 伊作は、春子・赤ん坊竜介を愛するが故に

身を引き、二人は竜太と暮らすべきだと考え

る。

 

 ☆食堂店員 春子の美貌☆

 

 山田洋次が昭和四十二年に撮った人情劇の

傑作である。

 マルセル・パニョルの『ファニー』の翻案版だ

が、山田洋次はこの戯曲に刺激を受けて『男は

つらいよ』の着想においても学んだという。

 

 森﨑東は昭和二年(1927年)十一月十九日長

崎県に誕生した。京都大学を経て昭和三十一年

(1956年)松竹京都撮影所に入社する。『マリウ

ス』(『ファニー』の姉妹篇)を学生時代に高校生

演劇部の公演で見て、映画化を希望していたと

いう。

 

 山田洋次にとっても長く映像化したがっていた

企画で二人は組んだ。

 

 だが、森﨑東と山田洋次は脚本で合わない

点があったようだ。

 

  森﨑 「愛の讃歌」というのは僕の作品じゃ

      ないような気がするんですね。(笑)

      というのは僕が書いたラストシーン、

      その他後半というのは、全く洋ちゃん

      が書き直しているわけです。

 (『世界の映画作家14  加藤泰 山田洋次』176

  頁)

 

 森﨑東の書いた後半・結末は現行版とは全く

違うものだったようである。

 

  山田 なるべく楽しく人生を見てみようと、い

      いところだけを見ようと、そういう精神

      に満ちあふれている。

  (『世界の映画作家14 加藤泰 山田洋次』

  97頁)

 

 『愛の讃歌』は愛情が全編を包んでいる。

 

 美しい春子は恋人竜太の妹達を実の妹のよう

に愛している。

 

 船長・備後屋・郵便屋・按摩の食堂での交流

はあったかい情がある。

 

 厳格な父仙太に怒られて委縮しつつ、親父を

越えたいという気持から海外での労働を志す竜

太は、壁と戦う青年である。

 

 倍賞千恵子と中山仁はまさに美女と美男だ

が、しっかり者の奥さんが旦那を支え母性愛

で包むというドラマが興味深い。

 

 伴淳三郎と中山仁が父と子の葛藤を鋭く演じ

る。

 

 あったかい人情喜劇であるからこそ、父子の

深刻な対立は鋭く響いてくるのである。父は息

子を見れば「馬鹿タレ」と叱ってしまうし、息子

は抑えつけてくる親父に反発してしまう。息子

にとって父親は巨大な障壁であり、その圧迫

と戦う事が課題であると感じた。

 

 伴淳は父仙太役で重厚な存在感を見せる。

本作ではあまり笑いの表現はない。だが、前

述した『酒屋』のお園のせりふを語る言葉は、

仙太の息子への愛を示す心を伝えてくれる

ものであり、浄瑠璃への深い洞察を伝えて

くれた。

 

 千秋実の船長が狂言回し的な存在感を見せ

る。

 太宰久雄・小沢昭一・渡辺篤が血の繋がりが

なくても仙太・竜太一家を真剣に思う人々の優し

さをしみじみと見せてくれる。

 

 有島一郎が優しく暖かい無私のキリスト教徒

医師伊作を暖かい名演で勤める。

 

 春子と乳幼児竜介を支援し、二人と交流して、

春子には恋心、竜介には父性愛を覚えてしまう。

 

 伊作は後半ナレーターも兼ねて、神の心を思

いつつ春子・竜介を愛して二人を誰にも渡しくな

いという気持を感じてしまうことも正直に確かめ

る。

 

 医師伊作に仕えるおりん婆さんを北林谷栄が

渋く勤める。

 

 竜太・春子・伊作の男女三角関係が終盤の

ドラマを盛り上げる。

 

 伊作は竜太・竜介が実の父子であることを思

い、春子への恋を諦め、身を引くことを決める。

 

 この気持ちに切なさを感じた。

 

 有島一郎が伊作の純粋な心を静かに表現す

る。

 

 

 倍賞千恵子は、食堂で働く美女春子の役を、加

藤泰監督、山田洋次構成の昭和四十三年作品

『みな殺しの霊歌』においても演じる。

 

 『愛の讃歌』の立花春子と『みな殺しの霊歌』の

春子は別人と見るべきだが、食堂に勤務して大

切な人を支えるという人物像において通じ合う。

 

 

 大詰めの船上の春子・竜介と港の伊作の別れ

のシーンには万感迫るものがあり、心身全体が

熱くなった。

 

 ラストカットは船長が飾る。その軽快な存在感

が喜劇味を効かせ、観客の気持ちにそよ風を当

てる。

 

 深い情のドラマを深刻にならないように軽やか

に語るところに、山田洋次演出の本領がある。

 

 森﨑東は令和二年(2020年)七月十六日神奈川

県茅ヶ崎市内の病院で九十二歳で死去した。

 

 

 

 『愛の讃歌』は、森﨑東・山田洋次チームが語る

愛と人情ドラマで、観客の心を芯から暖めてくれる。

 

 倍賞千恵子の美しさは輝いている。

 

『みな殺しの霊歌』

みな殺しの霊歌 允 千恵子

映画 91分 トーキー 白黒

昭和四十三年(1968年)四月十三日公開

 

製作国 日本

製作 松竹

製作  沢村国男

原案  広見ただし

 

脚本  三村晴彦

構成  山田洋次

     加藤泰

 

音楽  鏑木創

照明  津吹正

録音  中村寛

編集  大沢しづ

調音  松本隆次

監督助手 白木慶二

       梶原政男

       三村晴彦

装置   川添善治

進行   柴田忠

現像   東洋撮影所

進行主任 内藤誠

 

 

出演  佐藤允(川島正)

     倍賞千恵子(春子)

       

     中原早苗(橋本圭子)   

     應 蘭芳(川島孝子)

     沢淑子(王操)     

     菅井きん(毛利美佐)

     河村有紀(富永京子)

   

 

     石井均(桜田)

     高野真二(橋本)

     稲高稔(本庁係長)

     渡辺篤(管理人)   

     須賀不二男(鈴木) 

   

     角梨枝子(マダム)

     藤田憲子(真実)

     石井富子(クリーニング屋の妻)

     吉田義夫(清の父)

     太宰久雄(クリーニング屋)

     諸角啓二郎(刑事)


     滝左太郎

     山本幸栄

     渡辺紀行

     島伸行

     川村禾門

     松原進 

     志賀真津子

     加島潤

     水野耕作

     小林千恵

     樫明男

     加登秀樹

     大島章太郎

     川島照満

     沢田佑行

     柏木緑

     柏田旦子

     泉真喜

     ザ・クルーガーズ

     

     明石潮(主人)

     大泉滉(亀岡)

     松村達雄(笠原)

 

        

監督  加藤泰

 

☆☆☆

沢淑子→任田多岐

藤田憲子→藤田紀子

☆☆☆

平成二十八年(2016年)八月二十六日 

東京国立近代美術館

フィルムセンターにて鑑賞

平成二十八年(2016年)十二月六日・

七日・十九日発表記事を再編している。

 

 ホステス孝子が驚く。男川島が自室に

侵入してきた。川島は孝子に殴る蹴るの

暴行を働き、情報を書かせる。泣きながら

孝子は、友人の操・美佐・圭子・京子と徹夜

麻雀を借りているアパートでした日を思い

出す。

 

 四人の住所を書かされた。川島は孝子をベッ

ドに抑えつけて無惨にも身体を奪い、ナイフで

刺殺する。

 

 ナイフを洗い、血からタイトルが浮かび出る。

 

  みな殺しの霊歌

 

 刑事は現場検証で残酷過ぎる状況を見る。

近所の人々も心配そうに見つめる。刑事は

工事現場を凝視する。

 

 笠原本部長の指揮のもと孝子殺害事件につ

いての調査が行われる。事件のあった日より

前に、マンションでクリーニング屋の少年の

飛び降り自殺があったことが述べられる。

 

 孝子の葬儀で麻雀友達の春子・操・美佐・

京子は親友の死を悲しみ恐怖を語り合う。

 

 雨の日。食堂万福に川島が現れた。閉店近い

時間だと主人が言うが、川島は何でもいいと空

腹を主張し、注文する。腕の使いで苦労している

彼に美人店員春子がフォークを貸してくれた。

 

 

 

 バーでは会社重役の鈴木が、美人ホステス

をはべらして、部下の桜田が孝子殺しの犯人

だよと冗談を言う。

 

 気の毒に桜田は係長に本当に疑われてしま

い、事件当夜映画館で映画を見ていたというが

それは嘘でアリバイとして部下の女性との不倫

を告白する。

 

 マダムの一人圭子は夫・娘と仲睦まじく暮ら

している。

 川島は夫を送った圭子の車に乗り込み、クリ

ーニング屋勤務の少年清の自殺事件との関連

を聞き、圭子は動揺する。喫茶店で「警察を呼

んでもいいぞ」と川島は不敵に語る。圭子は泣き、

「ホテルへ」と誘う川島の言葉に従い、不倫関係

を強いられた上に絞殺される。

 

 

 橋本家の葬儀では幼女の娘が涙を流さず合掌

する。

 

 操は電車の中で川島と出会い、視線と視線を

かわし、二人は踊る。川島は彼女も誘惑し、浴室

で殺害する。

 

 春子と川島は惹かれ合う。万福の主人は、「春

ちゃんが好きなら、彼女を頼む」と春子の悲しい

過去について語る。

 

 笠原と係長は、清少年がマダム達に誘惑・レイ

プされて自殺した事件を突き止め、花嫁を殺害し

て逃げた犯人島が川島と名乗り、少年と親しかった

ことを捜査する。

 

 着物美人の京子に笠原と係長は事件について

語って欲しいと頼み、京子は泣きだす。

 

 毛利美佐は殺害され、無残に殴り殺された写真

を、警察が京子に見せる。

 

 

 京子は泣いて詫びて清少年の身体を友人四人

と奪ったことを警察に告げる。彼女は自棄になり、

ゴーゴーダンスを踊る。

 

 春子は兄を殺してしまった過去があった。彼女

は愛する川島が殺人犯であることを知っており、

自首して欲しいと頼む。

 

 川島は春子の気持ちに感謝しつつ、制裁の最後

の課題として京子に近づく。

 

 ☆怒れる川島を包む美女春子☆

みな殺しの霊歌

  加藤泰は『加藤泰、映画を語る』に収録されて

いる講演録で、本作を撮る動機について語ってい

る。

 

    製作本部長をされている梅津(寛益)さんと

    いう方が「五人の女性が次々と殺されていく

    という話を、加藤はんできまへんやろうか」

    と。で、パッと思って、「『五辧の椿』の裏返し

    ですなあ」「そういうことじゃないんだけど、ま

    あ、いっぺん考えてくれませんか」(188頁)

  

    もうひとつ僕の頭にありましたのは、昭和五

    年ですから、ずいぶん昔の話になりますね。

    僕が活動写真というものに取り憑かれた映画、

    伊藤大輔先生がお撮りになった『続大岡政談 

    魔像篇』(一九三〇)なんです。(189頁) 

    『五辧の椿』の裏返しもさることながら、そう

    か、いっぺん、伊藤先生の後を追いかけて

    みようか(192頁)

 

 梅津寛益は一旦否定したものの、松竹から野村芳

太郎監督・岩下志麻主演の映画『五辧の椿』(昭和

三十九年十一月二十一日公開)のヒットを受けて、

性別を逆転した現代版を撮って欲しいというオファ

ーがあったことを、泰さんは『加藤泰 映画華』で

語っている。

 

 

 

 昭和五年(1930年)五月十五日公開の伊藤大輔

監督作品『続大岡政談 魔像篇第一』において、虐

めにあった侍神尾喬之助が虐めた者達を次々と殺

害する物語に衝撃を受けた泰さんは、少年時代か

らの憧れをこめて師匠伊藤大輔の後を追いたいと

いう課題に燃えた。

    

 三村晴彦の証言によると、泰さんは今までアウトロ

ーを描いてきたが、松竹という会社で撮るので、松竹

で「山田洋次さんの『下町の太陽』で造形された倍賞

千恵子君のそういう人間と僕が造形してきたアウトロ

ーの人間が、どんな触れ合いで結びつくことが出来る

のか」(『加藤泰 映画華』473頁)を問うたという。

 

 

 

 『みな殺しの霊歌』においても、加藤泰にとって倍賞

千恵子の町子のイメージが強烈であった。

 武骨な殺人鬼川島と殺人を過去に犯しながらも罪の

償いをしている美女春子。

 

 山田洋次に構成で参加してもらいながら、泰さんは

三村晴彦と三人で物語を練った。

 倍賞千恵子の春子の役名は『愛の讃歌』で食堂に勤

める女性春子をそのまま継承するものと思われる。

 

 個人的な事情だが、『霧の旗』『愛の讃歌』『みな殺し

の霊歌』の三本を、全て東京国立近代美術館フィルム

センターで鑑賞し得たことは、自分にとって有り難い出

来事である。

 

 佐藤允に泰監督は、「新聞をよく読んで欲しい」と

演技指導し、逃走中の殺人犯が気にすることを思った

という。

 

 逞しい允と聖母マリアのような千恵子の二人が、惹

かれ合い労わり合う恋人どうしを演じきった。二人が

東京の様々な場所をデートする名場面が深く心に残っ

た。

 

 山本周五郎が、コーネル・ウールリッチ(ウィリアム・

アイリッシュ)の『黒衣の花嫁』に感嘆し、オマージュ

作品として『五辧の椿』を書いたと言われている。

 

 『黒衣の花嫁』はヒロインジュリーが最愛の夫ダヴィ

ッドを銃殺され、誤って狙撃したとはいえ、撃って自首

せず逃げた五人の男に復讐する物語である。

 フランソワ・トリュフォーがフランスで映画化し、フラ

ンスでは1968年4月17日に公開されている。『みな殺し

の霊歌』と、偶然だが4日違いの公開である。

 

 『五辧の椿』はおしのが最愛の父喜兵衛を母おその

が侮辱したということに怒り、更に喜兵衛が実父でなく

て血の繋がりのない自分を愛してくれたことにも深謝

し、彼の病死の無念を思い、おそのとその恋人菊太郎

を焼殺し、おそのが過去に関係を持った男たち、岸沢

蝶太夫・海野得石・香屋清一と自身に迫った協力者

佐吉を殺害し、自身の実父丸梅源次郎を糾弾する

物語だ。

 

 『黒衣の花嫁』の動機はしっかりしているが、『五

辧の椿』は無茶苦茶で動機が弱い。だが、その無茶苦

茶で勝手な理屈でおしのが凶行に及んでしまうことが、

周五郎の筆力や映画版野村芳太郎の演出力で、原作・

松竹映画版共に異様な迫力を醸し出しているのである。

 

 そもそもおしのの幸を願う喜兵衛が、彼女に裏切った

とはいえおそのの焼殺を犯せと望んだ筈はないやない

かと言いたくなる。

 

 香屋清一はともかく、菊太郎・蝶太夫・得石・佐吉が

大悪人とも思えない。そんな矛盾を感じさせながら、お

しのの復讐は、真一文字に進められていく。

 

 『みな殺しの霊歌』は更に無茶である。過去記事に

書いたように、昭和四十三年の河村有紀に筆お×し

をしてもらうという幸運に出会った少年が自殺する

筈がないという疑問が湧く。

 

 いかにクリーニング屋の店主夫妻が、北海道の

父親や弟妹の為に仕送りする真面目な性格の

持ち主であったと聞かされても、尚の事死を選ぶ

とは考え難い。

 

 しかし、そういうことも起こってしまうかもし

れない。

 

 川島が心の交流あがったとはいえ、マダム達を

強姦し惨殺するのは、酷すぎるし正視するのも辛

い。

 

 しかし、泰さんは残忍な凶行を見せて、何故川島

がこのような惨たらしい暴挙をしてしまったのかを

問うているのである。

 

 五人のマダム達の存在感が重い。

 

 中原早苗は喫茶店での涙が強烈だ。警察に助け

を呼べるのに、川島の逞しさに出会い、不倫への

誘惑を断てずに嘆く。そして罠と知りつつ、川島の

牙にかかっていく悲劇を鮮やかに見せる。

 

 沢淑子は列車内で川島に視線を送る色気が強烈

だ。

 

 菅井きんは、マダムの中で一番逞しい。美佐は煙

草の吹かし方にも強さがある。殴殺された死体の

写真の演技も凄まじい。允さんとのラブシーンが

無かったことは、残念無念だ。

 河村有紀は悲劇美が光る。

 

 三代目若乃花勝関の花田虎上さん・貴乃花光司

関・親方の母上藤田紀子氏の藤田憲子時代の美し

さも光っている。

 

 恐らくは本作の後に、初代貴ノ花利彰と出会わ

れたのであろう。

 

 太宰久雄・吉田義夫・松村達雄の情感豊かな

演技が光る。

 

 人情豊かな町で起こった悲劇は、オリジナルテレビ

版が喜劇で進みラストに悲劇になる『男はつらいよ』

の原点となったことは確かであろう。

 

 純粋な心根を持った男が、純粋さ故に殺人鬼にな

てしまったという悲劇が、川島の人生なのかもしれな

い。

 

 「全ての殺人は罪か?」という泰さんの問いは重

い。

 

 矛盾・疑問が多く、後味の悪さも強烈だが、それ

でいてインパクトの凄さも強靭な本作は、やはり

ミステリーの傑作と認めざるを得ない。

 

 鏑木創作曲のテーマミュージックで女性の歌声

が心に染みる。

 

 ラストの千恵子様の涙に切なさが極まる。

泰 千恵子 允

 ◎

 『愛の讃歌』の春子は伊作に愛されることを知り

つつも夫竜太との愛に生きる。愛されるヒロインで

ある。

 

 『みな殺しの霊歌』の春子は自身の罪を反省し償

いつつ、激怒に燃える川島に自首して償いをして欲

しいと望む。愛で復讐鬼川島を包む女性である。

 

 食堂店員春子は優しさと強さを兼ね備えたヒロイン

である。

 

 倍賞千恵子の美しさは春子の母性に輝いている。 

 

 山田洋次監督

 

 九十二歳御誕生日

 

 おめでとうございます。

 

 

                  文中一部敬称略


 

                       合掌

 

 

 

                     

                     南無阿弥陀仏

 

 

                          セブン

 

 

 

山田洋次