エル・スール | 俺の命はウルトラ・アイ

エル・スール

『エル・スール』

EL SUR

イシアル

 映画 トーキー  95分 

 カラー 劇中劇『日陰の花』は白黒

 1983年5月19日スペイン公開

 昭和六十年(1985年)十月十二日 日本封切

 

 製作国 スペイン

 製作言語 スペイン語

 

 原作 アデライダ・ガルシア=モラレス

 脚本 ヴィクトル・エリセ

 製作 エリアス・ケヘレタ

 撮影 ホセ・ルイス・アルカイネ

 音楽 エンリケ・グラナドス

    モーリス・ラヴェル(弦楽四重奏曲ヘ長調)

    フランツ・シューベルト(弦楽五重奏曲ハ長調)

    『エン・エル・ムンド』

 

 出演 

 

 オメロ・アントヌッティ(アグスティン・アレナス)

 

 ソンソレス・アラングーレン(エストレーリャ幼女時代)

 

 イシアル・ボリャン(エストレーリャ 少女時代)

    

    

 ローラ・カルドナ(フリア・アレナス)

     

 ラファエラ・パリシオ(ミラグロス)

 オーロール・クレマン(イレーネ・リオスことラウラ)

 マリア・カロ(カシルダ)

 フランシスコ・メリノ(映画『日陰の花』の恋する男)

 ホセ・ビボ(グランド・ホテル バーテンダー)

 

   

 

     

 監督 ヴィクトル・エリセ

 

 ◎

 イシアル・ボリャン=イシアル・ボジャイン

          =イシアル・ボリャイン

 

 ◎

 鑑賞日時

 昭和六十一年(1986年)四月三日

 有楽シネマ

 

 昭和六十一年(1985年)三越劇場に

 おいて八回鑑賞

 

 平成二十九年(2017年)七月二十二日

 シネ・ヌ―ヴォにて十回目の鑑賞

 ◎

 1957年秋のスペイン。

 

 深夜の闇から朝日の光へと時は流れる。

かもめの家の寝室に少女エストレーリャは

寝ていた。

 母フリアと家政婦カシルダの会話と犬の

鳴き声で起きた。フリアは夫アグスティン

が居ないことで不安だった。

 エストレーリャは箱から父アグスティンが

くれた振り子を取り出し、父の固い決意を感

じ目から涙を流す。

 

 フリアの妊娠時にアグスティンは女の子

と直感しエストレーリャと名付けた。

 

 南(エル・スール)出身のアグスティンは

妻フリオと共に北部に移住しかもめの家を建

て医師として勤務している。早く退院したい

という患者にシスターの言いつけを守って下

さいと語り宥めている。

 

 7歳か8歳に成長したエストレーリャはアグ

スティンから屋根裏部屋で振り子の持ち方を

教わる。娘は振り子を用いた父の不思議な予

知の力を知る。水道工事の人々にアグスティ

ンは振り子の観察で掘り当てる場所を言い当

てた。

 

 エストレーリャの初聖体拝受の日が来た。

花嫁のように純白のドレスを着る。

 アグスティンの母と乳母ミラグロスが南

の実家から祝福に来た。アグスティンは中年

男性医師だがミラグロスにとっては坊ちゃま

だ。二人は再会を喜ぶ。アグスティンの母は

息子との再会に感慨を覚え孫娘の聖体拝受に

感動する。

 

 エストレーリャはアグスティンが何故故郷

の南部に帰らないかをミラグロスに問う。大

旦那様とアグスティンの父子対立があったこ

とをミラグロスは解説する。

 

  「内戦前の共和制の頃は御爺様が悪い側

   でパパが良い側だった。フランコが勝

   ってから大旦那様は聖人に、パパは悪

   魔になった。世の中勝ったほうが言い

   たい放題なのよ。」

 

 エストレーリャはアグスティンが何故過去に

投獄されたのかを問う。ミラグロスは戦争があ

ると勝ったほうはいつだってそういうことをす

るのと説く。

 

 教会において聖体拝受は厳かに行われる。

エストレーリャは秘かに来ていたアグスティ

ンのもとに報告する。

 パーティーでアグスティンとエストレーリャ

は『エン・エル・ムンド』の音楽演奏を受けて

ダンスを踊った。フリア・カシルダ・ミラグロ

ス・エストレーリャの祖母と同席の人々は讃嘆

する。

 ミラグロスと祖母はエル・スール(南)に帰

った。

 

 エストレーリャは父がイレーネ・リオスとい

女優に強い想いを抱いている事を知る。母フリ

アにイレーネ・リオスの名を聞くと彼女は知ら

ないという。

 イレーネは『日陰の花』という白黒映画に出

演していた。『日陰の花』封切の映画館に行った

エストレーリャはチラシをもらい受付のおばあ

さんから金髪の美人女優がイレーネ・リオスで

あることを教わる。

 

 『日陰の花』においてイレーネは想いを激し

く寄せる男に追われ射殺される。

 

 喫茶店カフェ・オリエンタルにおいてアグス

ティンはイレーネ・リオスことラウラに手紙を

書く。

 窓からエストレーリャがノックした。

 

 アグスティンは店を出て愛娘に合図する。

 

 カフェの机にはラウラへの文が置かれてい

る。

 

 妻フリアと夫アグスティンが激しい口調で

語りあう。

 両親それぞれの主張の厳しさに娘エストレ

ーリャは悩む。

 屋根裏部屋でエストレーリャは泣く。上の

部屋からアグスティンは床を杖で叩く。エスト

レーリャは父が悩んでいる事を知らせていると

感じる。

 

 イレーネ・リオスことラウラはアグスティン

に手紙で「あなたには大事な人達がいる」と気

遣い、「四本出た映画で三本殺されたわ」とハ

ードな人生の役柄を振り返る。

 

 8歳のエストレーリャは家の前の並木道を自転

車で進む。

 並木道を落葉が覆う。

  

 15歳のエストレーリャは自転車で帰宅する。

カシルダが台所で調理している。

 ボーイフレンドの少年カリオコことミゲルは

映画に誘ったエストレーリャが約束をすっぽか

したことに抗議の電話をかけてくる。エストレ

ーリャは彼の壁落書きに困っている。「僕は恋

人だぞ」と宣言してカリオコは電話を切る。

 家の前にカリオコが描いた落書きは「愛して

る」と書かれていた。

 帰宅したアグスティンが驚く。

 

 エストレーリャは写真店で掲示されている自

身の聖体拝受の白黒写真を見る。煙草の火が切

れて道行く人に貰ったアグスティンも愛娘の写

真を見る。エストレーリャは日記を記す。

 

 アグスティンはエストレーリャを昼食に誘い

グランド・ホテルを予約した。食堂の奥の部屋

は結婚披露宴で賑わっている。

 

 エストレーリャは思い切って父アグスティン

にイレーネ・リオスについて聞く。

 

 「似た人は知っていたが、イレーネ・リオス

さんは知らない」とアグスティンは答える。『日

陰の花』にイレーネ・リオスが出ていることを

知った幼女時代に映画館に行き、カフェ・オリ

エンタルでパパを見つけたのとエストレーリャ

は回顧する。

 「『日陰の花』は途中で出たよ」とアグスティ

ンは述べる。

 アグスティンが中座すると給仕の男性はエス

トレーリャに花を渡す。エストレーリャは御礼

を言う。

 席に戻ったアグスティンはフランス語の授業

を受けに行くエストレーリャに「さぼれないか?」

と提案する。「本気で言ってるの?」とエスト

レーリャは吃驚しつつ「パパが分からない」と

呟く。

 「小さかった頃は分かったかい?」とアグステ

ィンは問いつつ隣室の披露宴で『エン・エル・ム

ンド』が演奏されていることを確かめ聖体拝受の

後のパーティーのダンスを想い起す。エストレー

リャは立ち上がり、「カリオコに気をつけて」と

アグスティンは注意する。

 

 隣室では出席者から祝福を受ける新郎新婦が

『エン・エル・ムンド』に乗って幸せ一杯に踊

る。その光景を見つめたエストレーリャはドア

を開けてくれた給仕に礼を言う。

 

 

 ◎命探求◎

 

 ☆感想文内では物語の核心に言及します。本

篇未見の方々は御注意下さい☆

 

 

 ヴィクトル・エリセ

  Víctor Erice Aras

 ヴィクトル・エリセ・アラス。

 映画監督・脚本家。

 1940年6月30日スペインバスク地方カラン

サに生まれた。本日2023年6月30日は83歳誕

生日である。

 

 カール・テホ・ドライヤー、ジャン・ルノ

ワール、溝口健二、ロベルト・ロッセリーニ

の映画に学び、フランソワ・トリュフォーの

『大人は判ってくれない』を18歳か19歳の時

代に鑑賞して映画に自身を決定付けられた。

 1973年9月18日、スペイン・サン・セバス

チャン映画祭において監督作品『ミツバチの

ささやき』が上映された。

 

 エリセは溝口健二を崇拝している。『雨月

物語』『西鶴一代女』『山椒太夫』にエリセ

は学んだ。『雨月物語』における田中絹代の

宮木が槍で突き殺されるシーンの死の静かな

描写に感嘆したという。

 

 『エル・スール』は42歳で発表した監督作

品である。

 

 少女エストレーリャは父アグスティンの厳

しい決定を直観し泣きつつ幼女時代からの父

との交流を確かめる。

 

 深夜の闇から朝の陽光を映す。ワンシーン・

ワンカットの長回しでエストレーリャの寝室

が明かされる。母フリアとカシルダと犬の声

でただならぬ事が起こったことを直観したエス

とレーリャは父が大事にしていた振り子を取

り出し、父の厳しすぎる決断を直感し右目から

一筋の涙を流す。

 

 

 イシアル・ボリャンはイシアル・ボジャイン、

イシアル・ボリャインとも表記される。フルネイ

ムはイシアル・ボジャイン・ぺレス=ミンゲス

Icíar Bollaín Pérez-Mínguezである。

 1967年6月12日にスペインに誕生した。現在

56歳で監督・脚本家として活動している。監督

作品『オリーブの樹は呼んでいる』は日本で公開

された。わたくしはこの演出フィルムを未だ見て

いない。

 16歳で繊細に演じたエストレーリャ少女時代

は女優イシアル・ボリャンの代表作と確信して

いる。

 

 冒頭のエストレーリャの悲しみの涙は切ない。

 

 別れの直観に胸が熱くなる。

 

 深い絆で繋がり合っている娘と父だが、父

の悩みは深く、その悩みの源を娘は想像し心

で尋ねる。

 

 エストレーリャは父アグスティンの深い悲

しみを探求する。探求にエストレーリャの生

き方がある。

 

 

 

 オメロ・アントヌッティ Omero Antonutti

は1935年8月3日イタリアに誕生した。2019年

11月5日84歳で死去した。

 

 父アグスティンを繊細に演じ深い芸で命を吹き

こんだ。47歳の名演である。

 

 

 ワンシーン・ワンカットが清らかで秀麗な映像

である。

 ホセ・ルイス・アルカイネが撮る映像は自然の

輝きを鮮やかに映す。繊細で優美である。ワンシ

ーンワンカットが絵画のように綺麗で美を極めて

いる。

 

 映像の清純な美の一つ一つが父の悲しみを尋ね

る娘の物語を紡ぎ娘・父の家族愛を織り成してい

る。

 

 アグスティンとエスレーリャは仲の良い親子で

振り子を大事にし畑の野菜を見て微笑み合い絆を

確かめ合う。

 

 南の郷里に帰らないことがアグスティンの生き方

だ。

 南の家の家政婦ミラグロスは大旦那様はフランシ

スコ・フランコ・バアモンデを応援し、アグスティ

ン様はそのあり方に反発し逆の道を歩み投獄された

ことをエストレーリャに解説する。

 

 フランシスコ・フランコ・バアモンデは1892年

12月4日に誕生し1975年11月20日に死去した。ス

ペインを独裁的に統治していた人物である。

 

 

 『ミツバチのささやき』においてヒロインアナが

1940年当時の真面目な若者、姉イザベルが権力や金

銭に執着する国粋主義者を現し、スペインの世代を

象徴しているというウィキぺディアの意見に反対し

ていることは過去記事で述べた。

 

 

 そのような観念化に束縛される事は『ミツバチの

ささやき』の無限性・神秘性との出会いを妨害する。

 

 フランコ総統統治時代のスペインの人々の苦闘は

台詞によって明確に言及されている『エル・スール』

においてこそ学ばれる事柄である。

 

 総統統治時代の1973年に発表された『ミツバチの

ささやき』でフランコ統治時代の苦悩を全面的に描く

ことは無理で総統死後の1983年にようやく苦闘の跡

を『エル・スール』で発表しえた。これは察せられ

る。

 

 『ミツバチのささやき』はヒロイン幼女アナの心

を尋ねる映画と見て聞き学ぶべきである。

 『エル・スール』はフランコ総統に抵抗したアグ

スティンの生き方が確かめられている。故郷南部を

離れ北部でかもめの家で暮らすことは、父との対立

によって決定したことであり、フランコ政治糾弾の

道でもあったことだろう。

 

 それだけにアグスティンが老乳母ミラグロスと

母と再会するシーンに歴史の重みがある。ミラグ

ロスの台詞によって言及され本篇に登場しない「

大旦那様」は不在の重みを見せる。

 

 聖体拝受のシーンは神々しい。

 

 ソンソレス・アラングーレンの可愛さは輝いて

いる。8歳エストレーリャの美しさに感嘆する。

 

 アグスティンとエストレーリャが『エン・エル

・ムンド』の曲に乗ってダンスを踊る。このシー

ンには父娘の愛が暖かく溢れている。

 ブログで感想を書くに当たってDVDで見直し

たのたが白無垢のドレスに始まり白無垢のドレ

スで終わるこのシーンはワンシーンワンショット

の長回しで撮られている。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     

 

 イレーネ・リオスことラウラの姿を探求する

エストレーリャはカフェで父アグスティンを見る。

親子がガラス越しに視線と視線を交わす。名場面

だ。

 

 オーロール・クレマンがイレーネ・リオスの

気品を白黒映像に見せて、ラウラの悩みを声に

より繊細に語る。

 

 屋根裏部屋でエストレーリャがアグスティンの

杖の音を聞く。

 

 親子は無言で心を交流させる。

 

 並木道の自転車の進み方でエストレーリャの

七・八歳から十五歳への道が示される。

 

 エリセの映像詩は美を極めている。

 

 

 カリオコの激しい求愛にエストレーリャは

戸惑う。アグスティンも感じている。

 

 エストレーリャの箱には『ロミオとジュリ

エット』のバルコニーの場面の絵が描かれて

いる。

 

 写真店で15歳のエストレーリャが7歳か8歳

の自身の白黒写真を見つめる。イシアル・ボリ

ャン映像とソンソレス・アラングーレン白黒写

真のエストレーリャ競演名場面である。エリセ

監督の歴史探求は深い。過去と現在が照応して

いる。

 

 グランドホテルの親子昼食シーンにはアグス

ティンとエストレーリャの心の交流が繊細に語

られる。

 

 イシアル・ボリャンは美しい。

 

 オメロ・アントヌッティは風格豊かだ。

 

 娘の前ではイレーネ・リオスの名をとぼける。

 

 父としての配慮だろう。

 

 結婚式における『エン・エル・ムンド』演奏

への驚嘆に映像詩の美が光る。

 

 アグスティンの内面にはエストレーリャの

花嫁衣裳を見たいという夢があったのではない

か?

 

 愛娘エストレーリャがいるのに何故アグステ

ィンは悲しい選択をしたのか?

 謎のまま提示される。

 

 祖母やミラグロスの提案でエストレーリャは

南部エル・スールに静養することになる。

 

 エル・スールへの興奮をエストレーリャは

確かめる。

 

 現行95分版はこのシーンがラストである。

 

 エストレーリャ南部の旅は観客が心の中で

想像する。

 

 一人一人の観客の胸にそれぞれの物語が

広がって行く。

 

 ラストの理想である。

 

 過去に包まれてる現在を確かめ未来は観客

の心の中の想像の世界に流れてゆく。

 

 たが、エリセ監督はエストレーリャ南部

旅で撮ったシーンがあり、財政問題で南部旅

篇を諦め、95分版は未完のフィルムとしてい

る。

 

 エリセ監督にとっては悔しい編集であっ

たかもしれないが、親子の別れと娘の探求

を語る95分版は美しい。

 エストレーリャはアグスティンの心を

尋ねる。この探求に彼女の生き方がある。

 

 深く静かな演出リズムで娘エストレー

リャの愛を語る。

 

 映像・映画の歴史において最も清らか 

で最も美しい作品である。

 

 エストレーリャは最も深い悲しみを通し

て南への旅という生涯の課題を獲得したの

である。

 

 

                合掌

 

                セブン