御誂次郎吉格子 御誂治郎吉格子 活弁版 | 俺の命はウルトラ・アイ

御誂次郎吉格子 御誂治郎吉格子 活弁版

 

『御誂次郎吉格子』

『御誂治郎吉格子』

 

 現存フィルムタイトル表記は

 

    誂御

  子格吉郎治

 

映画 無声 現存版65分 白黒

昭和六年(1931年)十二月三十一日公開

製作国 大日本帝国

製作字幕言語 日本語

製作 日活太秦

 

原作 吉川英治(『治郎吉格子』)

 

脚色・監督 伊藤大輔

 

撮影 唐沢弘光

 

鼠小僧治郎吉 大河内傳次郎

 

床屋の仁吉  高瀬實勢

やっちょろ丑  山口喜佐雄

与力重松    山本禮三郎

 

お喜乃     伏見信子

お仙       伏見直江

 

 

大邊男=正親町勇=西方弥陀六

     =室町次郎=大河内傳二郎

     =大河内傳二郎→大河内傳次郎

     =大河内伝二郎

 

 

 

高瀬實勢=高勢実乗=高勢實

    =相馬一平

 

山本禮三郎=小沢美羅二

     =市川壽三郎

 

 

伏見信子=伏見延江

 

伏見直枝→藤間照子→霧島直子

      →伏見直江

 

 

伊藤大輔=伊藤葭=呉路也

 

☆鑑賞日時☆

 

令和四年(2022年)十月二十五日

十四時十五分→十五時二十分

シネ・ヌーヴォ F- 10席

 鼠小僧治郎吉は、貧困に苦しむ庶民の

金は奪わず、武家と豪商から盗む。庶民

は彼に拍手喝采を送る。

 

 役人達の厳しい詮議が迫った。

 

 浅き夢見じ酔ひもせず。

 

 身の危険を感じた治郎吉は上方に逃げる。

草鞋を履く治郎吉の足が銀幕に映る。宿場町

本が銀幕に映される。

 櫂は水路を漕いて行く。三十石舟で治郎吉

は眼帯を付けて変装している。猿回しが見事

な芸で猿を躍らせる。親と共に旅する少女は

瞠目する。

 

 

 色っぽい美人の姐さん仙は疲労で睡魔

に襲われ眠気を覚える。

 声明する僧はお仙の懐からはみ出しつつ

ある財布を狙う。

 

 

 財布がこぼれつつあり、掏摸の坊主は

素早く奪うが、治郎吉に制止される。坊主

は犯行を見られて諦め、治郎吉はお仙の財

布を確保する。

 

 船が港に着いた。

 

 

 眼帯をして変装した治郎吉だが、御用提灯

をかざす役人達の詮議を受ける。

 

 治郎吉は港で襲い掛かってくる御用提灯を

相手に素早く身体を動かし撃退する。

 

 その奮闘に猿が驚嘆する。

 

 

 陸にあがった治郎吉はここでも襲い掛かって

きた役人集を圧倒する。

 

 三十石舟内に居たお仙は落ち着いて眼帯の男

の大立ち回りを見ていたが財布を掏られたことに

動揺する。

 

 眼帯を外した治郎吉が舟に戻り財布を渡す。

 

 お仙は感謝する。

 

 舟が再び水路を走る。

 

     「二日月の晩に出来ると

      腐れ縁だと言やはります」

 

 お仙と治郎吉は月光の下に恋を感じ合う。

 

 大坂で宿の払いを貯めたままお仙治郎吉は

同棲するが、治郎吉は別れ話を切り出す。

 お仙は悲しみつつ、床屋の兄仁吉に売られる

苦しみを確かめる。

 

 百両の大金で妹お仙の身体を売ろうとする

床屋の仁吉は、遣り手婆さんから金を渡した

のにお仙さんが奉公に来ないのはおかしいと

催促されている。

 客として来た治郎吉が「妹さんを売らないで

くれ」と頼める状況ではなく、髭のみ仁吉に剃

ってもらう。

 

 床屋に武家の少女お喜乃が尋ねてきた。

 

 治郎吉はその清純な美しさに感激し一目惚れ

する。

 

 お喜乃は天王寺の長屋で病身の父を介護

している。内職しつつ将来芸子となって父を

守ろうと考えている。

 

 

 

 彼女が長屋の家に帰り、婆さんに事情を問う

た。

 

 婆さんは、お喜乃さんのお父様は脇坂家

のお侍で公金管理の勤めをしていたが、鼠

小僧にお金を盗まれ、罰せられて浪人したそ

うでっせと伝える。

 

 治郎吉は黙り下を向く。

 

 宿でお仙は自身が解放されるかどうかを聞く

が、治郎吉から仁吉と話していないと聞かされ

落胆する。彼の冷たい態度にお仙の目頭が熱

くなる。宿代を催促する番頭に治郎吉は明日

払うと約束する。

 

 頬かむりをした治郎吉は与力重松を調査

する。

 

 

 重松はお喜乃に横恋慕しており、仁吉を通

じて妾にしようと圧力をかけている。十手持

ちの岡っ引きになりたい仁吉は重松に望みを

叶える事を約束するが軍資金に百両の金をね

だって預かる。

 

 治郎吉は重松の屋敷から百両を盗む。

 

 

 宿でお仙は本気で治郎吉に改めて愛を語る。

治郎吉の態度は冷たく、別れ話を語った。お

仙は、「女の感で分かります」と述べ、兄仁

吉の店に行ってから、治郎吉の心に変化が起

こったと指摘する。

 

 認めた治郎吉は、別れを改めて強調し追わ

れている兇状持ちであることを告白するが、お

仙は彼が鼠小僧であることも知っていた。

 

 

 「鼠小僧の看板に惚れただけだ」とお仙の

真心に対して、冷たく語る治郎吉は、手切れ

金として百両を与えた。

 

 お仙は「忘れ物ヨ」と匕首を渡した。

 

 

 治郎吉は「忘れりゃ、それまでだ」と冷た

く述べる。

 

 

 お仙は夜空に光る月を見つめた。

 

 

 長屋で仁吉はお喜乃に対して、「芸子勤め

をやめて、重松様の妾になれ」と強く勧めて

無理矢理百両の金を掴ませる。

 

 

 

 仁吉が去った後に、現れた治郎吉は百両の

金を渡して、「あっしゃ實はお父様に掛り合

ひのある者」と確かめ、「芸子の一件、待っ

たとしておいてくれませんか」と頼む。

 

 深夜仁吉はお喜乃とその父の家に侵入し、

二百両の金を奪う。お喜乃と父は抵抗する

が、仁吉は顔を隠しつつ父親を刺殺して逃

げた。

 

 家に戻った仁吉は百両は何故二百両に化

けたかと不審を感じつつ子分の丑に殺害現

場に証拠が残ってないかどうか調査させる。

 

 お仙が現れ、遊里に売られないために百

両の金を渡す。遊女の妹の金策を疑問を感

じた仁吉は金の取得方法を聞き、お仙は「お

客に貰った」と答える。

 

 仁吉はお仙を縛り上げ、金を与えた存在

は治郎吉で人相書きから店に来た男と直感

し、実の妹も治郎吉をおびき寄せる為の人

質にする。

 

 

 治郎吉は、お喜乃に、「何処へ行く?」と

聞き、お喜乃は治郎吉の胸に頭を埋め、「何

処へでも」と語る。

 

 治郎吉は感激するが、泥棒の自身は無垢な

武家娘お喜乃を幸せにできないことを痛感し

知悉している。

 

 「気紛れな男」と自己確認する治郎吉は、お

喜乃に恋しつつ、「いつまた飽きが来るかわか

らない」と述べる。

 

 

 

   「腐り切った生涯に

   ただの一つ位は

   綺麗な思い出が 

   あってもよかろう」

 

 

 

 ふれ太鼓が響く。

 

 

 治郎吉は駕籠屋を呼び、お喜乃を乗せて彼女

の父の位牌を渡す。

 

 お喜乃は涙を呑んで治郎吉の優しさに深謝し

つつ、別れを決意する。

 

 彼女は月の美しさを讃えた。

 

 治郎吉はお仙が捕縛されている仁吉の家を目

指し歩を進めるが、御用提灯がその姿を見つめ

ていた。

 

 沢山の御用提灯に囲まれていることを感じつ

つ治郎吉は仁吉の家の二階に入った。

 

 ☆フィルムが語る無償の愛☆

 

 

 

 

 

 吉川英治の小説『治郎吉格子』を、日活は

昭和六年年末・七年正月映画として製作し、

主演に大河内傅次郎、共演に伏見直江・伏見

信子姉妹、脚色・監督伊藤大輔、撮影唐沢弘

光のチームを結成した。

 

 昭和六年大晦日に本作『御誂治郎吉格子』は

公開された。

 大河内傅次郎・伊藤大輔満年齢三十三歳、伏

見直江満年齢二十三歳、伏見信子満年齢十六歳で

ある。

 

 『御誂治郎吉格子』の「御誂(おあつらえ)」

の二字には大日本帝国政府・当局の厳しい監視・

検閲に対する大輔の皮肉がこめられていると思う。

 

 お仙・お喜乃・治郎吉の恋愛劇を、直江・信子・

傅次郎の三者が熱く探求し清らかな愛の活動大写真

が生まれた。

 

 

 大河内傳次郎(おおこうち・でんじろう)は明

治三十一年(1898年)二月五日福岡県に誕生

した。戸籍上は明治三十一年三月五日誕生だ

が、傳次郎が強く二月五日誕生を語ったという。

 本名は大邊男(おおなべ・ますお)である。

昭和三十七年(1962年)七月十八日六十四歳で

死去した。

 

 

 伏見直江は明治四十一年(1908年)十一月十

日東京府に誕生した。本名は伏見直枝である。

 昭和五十七年(1982年)五月十六日七十三歳で

死去した。

 

 

 伏見信子は、大正四年(1915年)十月十日東京

府に伏見三郎の娘・伏見直枝の妹として生まれた。

現在百七歳である。

 

 伊藤大輔は明治三十一年(1898年)十月十三

日愛媛県に誕生した。

 昭和五十六年(1981年)七月十九日時西陣病院に

おいて八十二歳で死去した。

 

 

 伊藤大輔監督は沢山の無声映画を演出したが、そ

れらの大部分はフィルムは紛失してしまった。現存し

ているものの殆どが不完全版である。

 本作は稀有にほぼ完全版の90分フィルムが現存して

いた。

 

 京都文化博物館には本作の完全無音無音楽版があり、

五回同館の上映を鑑賞した。

 

 平成二年(1990年)七月一日

 京都文化博物館映像ホール

 

 平成二十四年(2012年)十月二日

 京都文化博物館 フィルムシアター

 

 平成二十八年(2016年)二月三日

 京都文化博物館 フィルムシアター

 

 

 平成二十八年(2016年)二月六日

 京都文化博物館 フィルムシアター

 

 令和三年(2021年)十二月七日

 京都文化博物館 フィルムシアター

 

 治郎吉の目覚め・お喜乃の純真・お仙の

母性愛に心を打たれた。

 

 冒頭義賊鼠小僧治郎吉の評判を語り、役

人の詮議の厳しさを恐れる彼が上方への逃

走を決意する事を鮮やかに映像で語る。

 

 草鞋に包まれる足・街道の図・水路を漕ぐ

櫂で大輔は治郎吉の逃走を映す。

 

 三十石舟の猿回しと猿・少女とその母・掏

摸坊主の描写も鋭い。

 

 お仙の掏摸被害を治郎吉が助ける。

 

 御用提灯をかざす役人達を相手にする治郎

吉のの激闘は小舟・港の二場面に集約する。

 

 大河内傅次郎の立ち回りは見せるが、三十石

舟と港の二場面に集約し、猿の視線で映すとい

う方法で大輔は超絶的な演出美を示す。

 

 掏摸から助けてくれた粋な兄さんにお仙は感

謝し月光の下で二人は愛を感じ合う。

 

 伊藤大輔の恋愛描写の美しさに驚嘆する。

 

 大河内傅次郎の二枚目の光輝と伏見直江の

妖艶な美貌に息を飲む。

 

 大阪の宿で治郎吉は飽きっぽい気性からお

仙に冷たくする。仙が非道な兄に食い物にさ

れていることを聞き、兄仁吉の床屋に行き、

髭を剃ってもらうが、冷徹な仁吉の眼力を知

る。

 

 高勢實乗が柔らかい笑顔と鋭い視線で仁吉

の冷徹さを表現する。

 

 お喜乃の清純無垢な美しさに治郎吉が一目

惚れする場面も美しい。

 

 長屋で恋する喜乃とその父は、自身の盗み

によって落魄し生活苦に喘いでいることを知

る治郎吉を、大輔は、大河内の無言の演技で

鮮やかに示す。

 

 宿で自身を鼠小僧と知るお仙に百両の金を

与えて治郎吉は縁切りをする。

 

 お仙は月に理解を求める。

 

 極悪非道の仁吉は、お喜乃の父を殺して二

百両を奪い、妹お仙を捕らえ、治郎吉を罠に

嵌めようと狙う。

 

  高勢實乗の極悪演技の表現は豊かで深い。

 

 治郎吉は罪滅ぼしと敵討ちの課題を感じ、

恋するお喜乃を守り、腐りきった盗人である

自身の生涯にただ一度の「綺麗な思い出」と

してお喜乃救援を確かめる。

 

 

 クライマックスの治郎吉は無垢である。恋

するお喜乃さんが自分のような盗賊と逃げて

くれると言ってくれた事に深謝しつつ、俺の

ような盗賊は清らかなお喜乃様に相応しくな

いという現実を感じる。お喜乃さんの父上を

苦しめ、お命を守れなかったことに治郎吉は

悲しみを痛感している。

 

 盗賊の自身に、お喜乃の力になりたいとい

う心が起きた。

 

 恋する人の幸を願う。このことに治郎吉は

目覚めた。

 

  お喜乃は駕籠に乗り安全な場所に向かう。

 

  治郎吉は、恋する人の幸を思って、仁吉

との最後の戦に向かう。

 

 無数の御用提灯に囲まれながら悠然と歩む

治郎吉を大河内傅次郎が重厚に演じる。

 

 仁吉の家に付いた治郎吉は縛られたお仙の

縄を解き助ける。

 

 お仙は治郎吉さんが助けにきてくれたこと

に感激する。

 

 

 治郎吉は金を取り返しに来ただけよと告げ

仁吉が隠した天井を破り金を奪還する。

 

 お仙は御用提灯の群れから治郎吉を助けよう

とする。

 

 伊藤大輔は銀幕に清純な愛を語った。

 

 本作の完全無音完全無音楽は完璧な傑作で

無声映画を代表する一本である。

 

 松田春翠は活弁の大御所である。名調子に

痺れた。

 

 その松田春翠の深き話芸を以てしても

完全無音完全無音楽フィルムの純粋な無償

の愛の永遠性には及ばない。

 

 

 

 活弁版は完全無音・完全無音楽版とは別

の版と実感した。

 

 完全無音無音楽版は無言フィルムで治郎

吉・お仙・お喜乃の心を語り、無声で音が

響き、無音楽で暖かさと切なさが奏でられ

いる。

 

 『御誂治郎吉格子』(『御誂次郎吉格子』)

は完全無音無音楽版と松田春翠活弁版があ

る。

 

 松田春翠活弁版を否定している訳じゃな

い。この版には迫力があり一気に時をかけ

抜ける。

 

 伊藤大輔監督『御誂治郎吉格子』(『御誂

次郎吉格子』)完全無音・完全無音楽フィル

ムは治郎吉の真心・お喜乃の無垢・お仙の広

大な愛を明かし物語美を極めている。

 

 松田春翠活弁版は迫力ある活劇となってい

る。

 

 だが、本作の生命力は愛の表現にあり、そ

の事は完全無音・完全無音楽フィルム版によ

って伝えられることを確かめたい。

 

                 

   これまた鼠小僧です。何しろ鼠小僧は市井の

   英雄ですからね。しかし、市井の英雄といって

   も私、いわゆる“股旅物”は一本しか撮ってい

   ないのですよ。あとに出てくる「唄祭三度笠」

   だけです。“股旅”という言葉は長谷川伸先生

   がお作りになったのですが、ーそう、それで

   私よく覚えていることがあるんです。長谷川先

   生は自分の作品の映画化は勿論、映画をよく

   ご覧になる。それで、そうそう『キネマ旬報』で

   すよ、こう宣伝なさった、「自分の作品は伊藤

   大輔にはやらせない」とかね。「友人の作品

   の映画化をみると、伊藤大輔の手に掛かった

   映画はすべて伊藤大輔のものになってしま

   う。私は長谷川伸でなくなってしまうものは

   撮らせない」。戦後、初めてお目にかかって

   それを申しましたら、ご老体、「そうか、それは

   若気のいたり、すまなかった」で和解いたしま

   したが・・・・・・。それも一つの原因ですがー、

   私よく実体を知っているのです。きれいな羽

   二重を着て、一宿一飯の仁義とか何とか云

   ってましても、本当を云えば渡り者には非常

   に汚らしい面があるってことを。忠治のような

   英雄でさえ、みにくく扱おうと思った私です。三

   度笠傾けサッソウと、というような股旅物は

   撮れないのですよ。

   (『伊藤大輔シナリオ集Ⅱ』332頁

    『自作を語る』)

 

 吉川英治の小説『治郎吉格子』は、治郎吉が危機

に遭ったお仙を助けて別れる物語である。

 

 『御誂治郎吉格子』は、お仙を救った治郎吉が覚

醒する物語である。

 

 伊藤大輔は、お仙の限りない愛を語り、伏見直江

が渾身の熱演で応えた。

 

 長谷川伸の言葉は鋭い。

 

 

 

 映画『御誂治郎吉格子』は、原作小説『治郎吉格

子』を越えている。まさに伊藤大輔のものである。

 

 月光が照らす愛の物語を大輔は無声で語った。

 

 

                      合掌

 

 

                   南無阿弥陀仏

 

 

 

                      セブン