剣難女難  全二巻 | 俺の命はウルトラ・アイ

剣難女難  全二巻

 『剣難女難 女心流転の巻』

 映画  トーキー 76分 白黒

 昭和二十六年(1951年)十一月十六日公開

 製作国    日本

 製作      新東宝

 製作      高村将嗣

 原作      吉川英治

 脚本     木下藤吉

 撮影     藤井晴美

 美術     北川弘

 音楽     高橋半

kennnan jyonan2
 

 

 出演

 

 黒川弥太郎(春日新九郎)

 

 林加壽恵(千浪)

 市川春代(光子の方)

 春日あけみ(お延)

 

 堀正夫(春日重蔵)

 寺島貢(大月玄蕃)

 澤村国太郎(深見重左衛門)

 川喜多雄二(鳥さし小六)

 加賀邦男(投げ槍小六)

 高松錦之助(正木作左衛門)

 香川良介(梶新左衛門)

 阿部九州男(鐘巻自斎)

 

 監督  加藤泰

 

 

 剣難女難

 『剣難女難 剣光流星の巻』

 映画 76分 トーキー 白黒

 製作国 日本

 昭和二十六年(1951年)十一月三十日公開

 製作国    日本

 製作      新東宝

 製作      高村将嗣

 原作      吉川英治

 脚本     木下藤吉

 撮影     藤井晴美

 美術     北川弘

 音楽     高橋半

 

 

 出演

 

 黒川弥太郎(春日新九郎)

 

 林加壽恵(千浪)

 市川春代(光子の方)

 春日あけみ(お延)

 

 堀正夫(春日重蔵)

 寺島貢(大月玄蕃)

 澤村国太郎(深見重左衛門)

 川喜多雄二(鳥さし小六)

 加賀邦男(投げ槍小六)

 高松錦之助(正木作左衛門)

 香川良介(梶新左衛門)

 

 阿部九州男(鐘巻自斎)

 徳川夢声(橘左典)


 

 監督  加藤泰

 

 ☆☆☆
 澤村国太郎=四代目澤村国太郎

 ☆☆☆

 平成二十八年(2016年)九月二十四日

 神戸映画資料館にて全二巻鑑賞

 ☆☆☆

 

 福知山藩の武士春日重蔵と宮津藩の剣士

鐘巻自斎が試合を為した。互いに相手の凄

まじさを感じ合っていた。自斎が重蔵を倒し、

重蔵は身体が不自由になった。

 兄の無念を晴らし、自斎に挑戦することが、

弟新九郎に求められた。

 ところが新九郎は刀や竹刀を持つこと自体

震えてしまう男で、挑戦の課題は「無理な相談

だ」と拒否する。

 新九郎は美しい娘千浪を愛していた。彼女

の父正木作左衛門は、彼女に横恋慕する武士

大月玄蕃に殺害された。

 新九郎は千浪に無理心中を迫るが、拒絶さ

れ、現れた玄蕃に襲われ崖から転落してしま

う。

 女お延と情夫投げ槍小六が新九郎を見つけ

る。新九郎を助けたお延は彼に惹かれる。酒

と賭博に身を持ち崩し遊興に耽る新九郎。

 将軍の妾の姉光子の方と出会った新九郎は

彼女に愛される。お延は光子への嫉妬を抱い

た。

 

 

 兄重蔵と千浪は新九郎を探して投げ槍小

六の小屋を尋ねた。そこには大月玄蕃も姿

を潜めていた。

 光子の方の庇護を受け、酒と博奕に遊ぶ

新九郎は、不自由な体を押して旅に出た兄

と愛しい千浪への感謝から流石に心が動い

た。

 

 新九郎と光子が雨の中を歩んでいると、お

延が現れ、新九郎への想いを語る。光子は心

の中で「新九郎さまは私のもの」と明言し対抗

心を確かめた。

 

 鐘巻自斎は自堕落な新九郎を見て叱責し、自

身を仇として挑戦しに来ないことに嘆く。

 

 新九郎は自身の在り方を問い直す。老剣士橘

左典に鍛えてもらい、剣の道に邁進する。左典の

指導は厳しく、新九郎は身心共にふらふらに疲労

するところまで追い込まれた。心と体を虐め抜き、

剣一筋に向かった。その甲斐あって腕も心も一気

に集中し、剣士として大きく成長した。

 

 

 お延は嫉妬の心もあり、重左衛門一党と共に光

子を襲撃し、新九郎が応戦する。光子とお延は短

刀を持ってもみ合いになり、光子がお延を刺殺して

しまう。

 

 仲間の鳥さし小六の救援もあり、新九郎は重左

衛門一党から逃れ、兄重蔵・千浪と再会する。

 光子の妹が将軍の愛妾であったことから働きか

けてもらい、自斎との試合を申し込んだ。ところが

新九郎は、「自斎との試合に勝てば、家を盛り立

ててやる」という殿の口約束が気まぐれの出まかせ

であったことを知り、ふっきれた気持ちで自斎との

勝負に賭ける。

 

 だが兄重蔵は重態の身で、病床で新九郎の勝利

を願った。千浪が懸命に看護したが、兄の容態は

良くならなかった。

 

 試合の当日。玄蕃も新九郎と自斎の戦いを見つめ

ていた。挑戦者二名は木刀を持って激しく打ちあった。

  新九郎が勝った。自斎は潔く負けを認めた。

 

 だが、兄重蔵はその時弟の勝利を夢見ながら亡く

なった。

 

 新九郎と千浪は自斎に挨拶して旅に出た。自斎は

成長した新九郎に敬意を表して握手して去った。

 

 そこへ玄蕃が現れ、短銃を出して新九郎に向けた。

彼を射殺し、千浪を奪う魂胆だ。その時銃声が鳴り、

玄蕃が射殺された。

 

 撃ったのは光子の方だった。

 

 新九郎と千浪は歩み出した。

 

 ☆

  剣と愛

 ☆

 

 

 

 加藤泰は大正五年(1916年)八月二十四日に

生まれた。昭和六十年(1985年)六月十七日六

十九歳で死去した。

 叔父に映画監督山中貞雄がいる。少年時代に

伊藤大輔の活動大写真を見て感激し、映画の道に

進むことを夢見る。加藤泰通の時代に映画界

入りを果たし、1941年記録映画『潜水艦』で初

監督作品を発表し、戦後1947年憧れの伊藤大

輔の作品で助監督を勤めた。

 脚本家として活躍しつつ、1951年新東宝で吉

川英治の小説『剣難女難』の映画化で初の劇

映画演出を果たした。

 

 

 

 吉川英治は明治二十五年(1892年)八月十一

日神奈川県に誕生した。本名は吉川英次(よしか

わ・ひでつぐ)である。作家として日本文学史

において活躍した。時代小説の巨星である。大

正十五年後に昭和元年(1926年)十二月に『剣

難女難』を発表した。満年齢三十四歳の若さで

ある。

 後に『宮本武蔵』『新・平家物語』『私本太

平記』といった長篇小説を執筆する。

 

 昭和三十七年(1962年)九月七日、七十歳で

死去した。

 

 冒頭の自斎と重蔵の決戦から迫力に満ちてい

る。一瞬の差で自斎が勝ち、身体が不自由にな

った重蔵の無念が語られる。堀正夫が敗北した

剣士の悔しさを熱演する。

 

 主人公新九郎は臆病な若者だ。独白で恐怖心

が語られる。剣が怖くてたまらない青年が突然

戦いを余儀なくされることの恐ろしさ。

 二枚目黒川弥太郎が、新九郎の弱さを深く見

せる。

 

 

 寺島貢の大月が憎たらしさ溢れる名演で、正木

を後ろから斬り、その娘千浪を狙うストーカーでワ

ルの魅力をたっぷりと粘り強く出す。

 

 林加壽恵の千浪が可憐だ。

 

 崖から落ちた新九郎は、お延と光子の方に愛され、

四角関係に悩む。

 

 市川春代がお光の方の母性と執念を鮮やかに

魅せる。

 澤村国太郎が深見重左衛門の凄みが光っている。

 

 阿部九州男の鐘巻自斎がもうけ役で、新九郎にと

って仇の存在でありつつ、彼が挑戦者に成り得るか

どうか見守る男でもある。この大きさを出す阿部の

存在感は深くて重い。

 

 千浪への想いを胸に抱きつつ、浮気心で愛欲に

溺れ酒と賭博に浸り自堕落な生活になってしまう。

兄の悔しさを思うと、奮起せざるを得ないのに、実

行に移れず甘えてしまう苦悩が描かれる。

 

 加藤泰が男と女の愛の物語を熱く語る。劇映画

第一作から男女の深い愛情がテーマであったこと

が窺える。

 

 群像劇としても緊張感豊かで引きつけられる。

 

 

 新九郎が悩んだ「兄の無念を晴らす」課題が恐

ろしくて、酒や賭博に溺れ、愛欲への誘惑に負け

てしまうという思いを、吉川英治は尋ねた。

 剣士が自身の主題から逃げて、周りの人々の暖

かさに気付き、自己自身を取り戻して行く。

 

 重蔵・千浪の愛情・大敵自斎の叱咤に、新九郎

は剣に生きる道を教えられる。

 

 黒川弥太郎が悩める美剣士の自己鍛錬の道を渾

身の熱演で見せる。

 

 林加壽恵の千浪は可憐だ。

 

 市川春代の光子は品格豊かだ。

 

 春日あけみお延は色っぽい。

 

 女性達が魅力的だ。

 

 加藤泰は男女の深い愛を情熱的に語る。

 

 泰は泰通の名前で師伊藤大輔監督作品に助

監督を勤めた。その時に阿部九州男は大輔

作品に出ている。阿部九州男が白石治右衛門

の腹の深さと呼応する大きさを、鐘巻自斎で見

せる。

 

 徳川夢声の橘左典老師が重厚で圧倒された。

 

 堀正夫が不自由な体で弟を応援し、その勝

利を望みながら死んでいく兄重蔵を深く勤め

る。

 

 新九郎と自斎の試合に、泰さんの戦いの演出

が冴えを見せる。

 剣と剣の対決は迫力に満ちている。自斎が立

派な剣士に成長した新九郎を讃えたことに感動

した。

 

 寺島貢が玄蕃の嫌らしさを粘り強く勤める。

若い千浪に横恋慕して殺人を犯してストーカー

になってしまう男の哀れさを深く尋ねる。

 

 大敵は自身の木刀で倒すが、恋人の父の仇玄

蕃は光子の短筒によって助けてもらう。新九郎

の在り方に、男は、女の支えで助けてもらって

いることが、暗喩的に語られているようにも感

た。

 

 初の劇映画を二部作時代劇として撮り、そこに

熱き男女の愛を探求した。

 

 三十五歳の若き加藤泰監督が撮った名作である。

 

 平成二十八年(2016年)十月十九日・二十日に

『剣難女難 女心流転の巻』『剣難女難 剣心流星

の巻』の感想を発表し、吉川英治生誕百三十年の今

日全二巻を管見した。

 

 兄が倒され雪辱せよと課題を示されても怯える。

 

 迷いながら克己し、剣に精進する。

 

 女達の優しい愛に支えられて危機を突破する。

 

 新九郎の生き方に吉川英治は男を見たのでは

ないか?

 

 男は女の支えなしでは進めない生き物である。

 

 弱さを見つめて自分を知り自身を鍛える。悩み

多き自己を知らされる。

 

 新九郎が苦闘を経て美しき千浪と未来への歩み

を踏むが、光子の方に助けられたことが忘れられ

ない。

 

 千浪は純な愛で、光子の方は母性的だ。

 

 新九郎の精進の道は活動大写真で夢の第一歩を

踏み出した加藤泰の青春と照応している。

 

 吉川英治生誕百三十年

      令和四年(2022年)八月二十一日

 

 

                   合掌