大菩薩峠 片岡千恵蔵主演 内田吐夢監督作品 | 俺の命はウルトラ・アイ

大菩薩峠 片岡千恵蔵主演 内田吐夢監督作品

『大菩薩峠』

映画 トーキー 119分 カラー

昭和三十二年(1957年)七月十三日公開

製作国 日本

製作言語 日本語

 

製作 東映京都

 

製作 大川博

 

企画 マキノ光雄

    玉置潤一郎

    南里金春

 

 

原作 中里介山

脚本 猪俣勝人

    柴英三郎

 

撮影 三木滋人

音楽 深井史郎

美術 鈴木孝俊

装置 魚山富造

装飾 秋田実

録音 佐々木稔郎

照明 田中憲次

編集 宮本信太郎

衣装考証 甲斐荘楠音

色彩考証 和田三造

進行主任 池田利次

 

助監督 大西竜三

      倉田準二

     山下耕作

      内田有作

撮影助手 鷲尾元也

尺八独奏 福田蘭童

美術助手 井川徳道

録音助手 足立満

照明助手 増田悦章

編集助手 細谷修三

 

出演

 

片岡千恵蔵(机竜之助)

 

長谷川裕見子(お浜 お豊)

 

丘さとみ(お松)

 

岸井明(与八)

山形勲(神尾主膳)

左卜全(道庵先生)

高松錦之助(机弾正)

香川良介(逸見利恭)

千田是也(権田丹後守)

 

浦里はるみ(お絹)

竹原秀子(深雪太夫)

太田優子(長屋の内儀)

紅かほる(女中)

若水美子(お梅)

梅原竜子(花魁)

大島まり(少女)

日高澄子(お滝)

 

 

片岡栄二郎(金蔵)

森田肇(老巡礼)

中村時之介(玉造)

中野雅晴(新三郎)

吉田義夫(鍛治倉)

水野浩(金六)

尾上華丈(修験者)

梅沢昇(久作)

 

河村満和(門人)

有馬宏治(おやじ)

大邦一公(紀州藩士)

五里兵太郎(紀州藩士)

佐々木松之亟(木津屋の男)

香月涼二(呼び出しの侍)

伊香雅之(長松)

 

 

清川荘司(土方才三)

永田靖(近藤勇)

青柳竜太郎(芹沢鴨)

山村英三郎(酔客)

荒木忍(中村一心斎)

 

大河内傳次郎(島田虎之助)

波島進(宇津木文之丞)

月形龍之介(裏宿の七兵衛)

 

中村錦之助(宇津木兵馬)

 

監督 内田吐夢

 

 中里弥之助→中里介山

 

 多田光次郎=マキノ光雄=マキノ光次郎

         =多田満男=牧野満男

         =マキノ満男

 

 植木正義=片岡十八郎→片岡千栄蔵

       =植木進→片岡千恵蔵

        

 

 香川良介=香川遼

 

 島田照夫→片岡栄二郎

 

 

 月形龍之介=月形陽候=月形竜之介

        =月形龍之助=中村東鬼蔵

                  =門田東鬼蔵

 

  

  大邊男=正親町勇=西方弥陀六

      =室町次郎=大河内傳二郎

      =大河内傳二郎→大河内傳次郎

      =大河内伝二郎

 

 小川錦一→初代中村錦之助

      =小川矜一郎

      →初代萬屋錦之介

 

内田吐夢=内田富=平田参作

      =閉田富

平成十四年(2002年)十一月十日

高槻松竹セントラルにて鑑賞

 音無しの構えを為す机竜之助の剣は大菩

薩峠の頂きで老人の巡礼を斬殺した。巡礼の

孫娘お松は盗賊裏宿の七兵衛に助られた。

 

 机道場に帰ってきた竜之助のもとに宇津木

文之丞のお浜が、夫との御嶽山奉納試合の

勝を譲って欲しいと頼むが拒絶される。

 

 石工の与八は竜之助に脅迫され、お浜拉致

に協力させられる。

 

 帰途水車小屋でお浜は龍之助に身体を奪わ

れる。

 文之丞は妻が竜之助に身体を奪われたとし

て怒り心頭に達する。

 

 試合は非情の竜之助と激怒の文之丞の決戦

で、竜之助の剣は文之丞を殺害する。お浜は竜

之助に連れ去られた。

 

 

 

 文之丞の弟兵馬は、父弾正から妖剣音無し

の構えを破る為に精進が必要と説かれ、剣聖

島田虎之助に学ぶ事を決意する。

 

 七兵衛は偶然竜之助に出会い、煌めく剣に

襲われるが素早く逃げた。

 

 江戸で竜之助は虎之助に出会い貫禄に緊張

する。新選組に出入りするようになった龍之助

はある夜土方歳三らが、虎之助に跳ね飛ばさ

れるように圧倒された光景を見て感嘆する。

 

 兵馬は亀田道場に学び、お浜と知り合い愛

し合うようになる。

 

 旗本神尾主膳に身体を奪われそうになったお

松は七兵衛に助けられ、医師道庵に匿われてい

た。

 

 竜之助は、口論から無残にもお浜を斬殺し、一

子郁太郎を残し江戸を去る。

 

 京都に現れた竜之助は、芹沢鴨を頼って新選組

に入るが斬殺した人々が心に浮かび苦悩する。

 

 一方兵馬は近藤勇の世話で新選組に入った。

 

 大和路で竜之助はお浜とそっくりの女性お豊と

出会った。お豊に横恋慕する金蔵は鍛治倉と図

って彼女を誘拐・拉致する。

 

 天誅組に身を置いた竜之助は捕手の火薬の目

を傷つけられ失明するが、音無し構えの剣は益々

冴え渡る。

 

 ☆吐夢・千恵蔵の煩悩の探求☆

 

 内田吐夢五十九歳、片岡千恵蔵五十四歳。日本

映画を代表する巨匠監督と時代劇最大スタアが、

人間における罪の問題をフィルムの中で追求した。

 

 明治三十一年(1898年)四月二十六日、内田常次

郎は岡山県岡山市に誕生した。

 少年時代は横浜で不良少年として有名になり、ト

ムの綽名で呼ばれた。ピアノ製作所勤務を経て、大

正活映に入り、内田吐夢(うちだ・とむ)を芸名とした。

 若き俳優吐夢の写真を見ると美男子である。

 

 

 

 大正十三年(1922年)十月二十九日公開、牧野

教育映画製作所製作の『噫小西巡査』を衣笠貞之

助と共同で演出し、吐夢は映画監督としてデビュー

する。

 

 残念ながら『噫小西巡査』のフィルムは残っていな

い。

 

 『きげき虚栄は地獄』『少年美談 清き心』『漕艇王』

『喜劇 汗』の四本の吐夢監督無声映画は現存してい

る。

 

 

 吐夢は新映画社・日活多摩川製作所・満州映画協

会を経て戦後中国に残り、昭和二十九年(1954年)に

復員し東映に入った。

 

  明治三十六年(1903年)三月三十日、植木正義(う

えき・まさよし)は群馬県に誕生した。

 明治四十五年(1912年)満年齢九歳で十一代目片岡

仁左衛門の片岡少年劇に入門し片岡十八郎を名乗る。

 

 少年劇解散後は片岡千栄蔵を名乗り、松嶋屋の屋号

で舞台俳優として活動した。

 

 植木進の芸名で映画にも出演した。門閥制度に不満

と不安を実感していた千栄蔵は、昭和二年(1927年)直

木三十五の紹介でマキノ省三のマキノ・プロダクション御

室撮影所に入社し、芸名を片岡千恵蔵に改める。

 

 これ以後に活動大写真美男剣戟スタアとして日本活動

大写真を代表する存在となる。

 

 昭和三年(1928年)五月二日マキノを退社し、十日片岡

千恵蔵プロダクションを設立する。

 日活・大映を経て東横に入社する。東横は大泉映画と東

京映画配給株式会社に合併され、東映となる。

 

 昭和三十年(1955年)二月七日公開『血槍富士』は、監

督内田吐夢・主演片岡千恵蔵のチームによって製作され

た。

 

 明治十八年(1885年)四月四日、中里弥之助は神奈川県

に誕生した。

 号が中里介山である。大正二年(1913年)九月二日から

大正十年(1921年)十月迄小説『大菩薩峠』を『都新聞』に連

載し、『都新聞』連載より後は自費で出版した。以後春秋社・

『大阪毎日新聞』『東京日日新聞』『隣人の友』『国民新聞』

『読売新聞』と発表の場を移しつつ、昭和十六年(1941年)

まで『大菩薩峠』執筆を続けた。

 昭和十九年(1944年)四月二十八日五十九歳で死去した。

 

 

 鈴木尚之著『私説 内田吐夢伝』(2009年3月16日発

行 岩波現代文庫)によると、『大菩薩峠』の企画は、

プロデューサーマキノ光雄から吐夢に求められたもの

であった。

 

 マキノ光雄は明治四十二年(1909年)十一月五日京都

府に誕生した。父は牧野省三、兄はマキノ雅広である。

 幼少時から映画界で遊び、キリスト教に入信したが、放

蕩無頼の少年時代を過ごし、後に日活・満映・松竹を経て

東横に入った。

 

 昭和二十八年(1953年)片岡千恵蔵主演・渡辺邦男監督

版で東映は『大菩薩峠』三部作を製作したが、光雄にとっ

て長年夢見て企画であった。しかし、著作権を持っている中

里家は不満を感じ、完結篇の製作を許可せず、光雄自身も

渡辺邦男演出版の内容を残念に思っていたという。

 

 『血槍富士』における吐夢監督起用に光雄は尽力した。

 

 中里家から「内田吐夢監督ならば『大菩薩峠』映画化

を許可する」という条件が光雄に提示され、光雄に恩義

を感じていた吐夢はオファーを受けた。

 

  『私説 内田吐夢伝』によると昭和三十二年(1957年)

三月下旬吐夢は鈴木尚之らスタッフ五人で大菩薩嶺を

尋ねロケハンを行ったという。尚之はベレー帽・コールテ

ンのズボン・アメリカ製ジャンパーに身を包む吐夢が馬に

乗って山道を登る姿に「絵になる人」と感嘆した(224頁)。

 

   内田 ぶつかってね、これ大変陰惨なミステリーで

       しょう。どういうふうに観客にアピールするの

       か、ちょっと見当がつかないんですよ。まして

       現代の人がこのニヒリスティックな考え方に

       至ったものをどういうふうに受け取ってくれま

       すかね。

  (『作家訪問 歴史の中に現実を探る』

   『「命一コマ」映画監督 内田吐夢の全貌』155頁

   平成二十二年八月七日発行 エコールセザム)

 

 吐夢は『時代映画』1957年7月号のインタビューで『大

菩薩峠』演出において、大変陰惨なミステリーの物語を

どのように観客に訴えるかという問題にぶつかったこと

を語っている。

 

  映画『大菩薩峠』全三部作の冒頭のタイトルバック

  は地獄極楽図である。大日如来からはじまり、キャ

  メラは静かにパン・ダウン。スタッフ・キャストの字幕

  が映し出される。現世で悪事をなした人々は一気に

  地獄に落ち、釜ゆでなどさまざまな責苦にさいなま

  れる。やがて画面は緩やかに静止、罪人は閻魔大

  王の前に引き出される。かぶさって、監督 内田吐

  夢のクレジットが現れる。地蔵和讃を基調とした音

  楽が一際たかまって、やがて本篇に引き継がれる。

  (内田有作稿『はじめに』

   『「命一コマ」映画監督 内田吐夢の全貌』70頁

   平成二十二年八月七日発行 エコールセザム)

   

 内田有作は父吐夢が地獄極楽図を冒頭に映した事

を確かめ、罪を犯した者は地獄の責苦にさいなまれて

閻魔大王の前に引き出されることを語る。

 

 机竜之助は音なしの構えの剣士だが、天下無敵の

剣術で人々を斬殺して血を流し、お浜の身体を奪い、

口論で彼女も刺殺してしまうという極悪人である。剣の

道に精進し無双の存在となるが、その剣で殺人を繰り

返し罪に苦悩し煩悶する。

 

  大菩薩峠でお松の祖父を一刀のもとに斬殺し、お

浜の身体を奪い、文之丞を試合で殺害し、お浜と息子

郁太郎との暮らしでは弱い夫・親父の姿を露呈し、流転

しつつ剣を振るう。

 天誅組の一員として活動し襲撃を受けて視力を目に

大けがをして失明するが、剣の腕は更なる飛躍を示す。

 流血と殺戮を活動拠点とする竜之助の苦闘を、吐夢

は見つめ、千恵蔵は凄み豊かに勤める。

 

 冒頭の地獄絵図からラストの竜之助失明まで、吐夢

演出は重厚で鋭いリズムで厳かに進み、観客の心を

圧倒する。

 

 吐夢映画は怖いが、『大菩薩峠』の恐ろしさは格別で

ある。

 

 無双の剣で殺人を重ね血を流す竜之助は斬った存在

を思い、苦しみ悩み悶える。

 

 吐夢の骨太の演出と千恵蔵の重厚な芸は、竜之助の

無限の苦しみを描き出す。

 

 竜之助は極悪非道の殺人鬼でありつつ、愛に飢えて

いる存在でもある。悪と善、非情と愛の間で流浪する存

在でもあるのだ。

 

 片岡千恵蔵の鬼気迫る演技に跳ね飛ばされるような

感覚を覚えた。

 

 長谷川裕見子はお浜の母性とお豊の色気を豊かに見

せる。

 

 お豊が誘拐されるシーンでは、吉田義夫が鍛治倉の

不気味さを鋭く演じる。

 

 丘さとみのお松は可憐だ。

 

 山形勲が神尾主膳の憎たらしさを豪快に演じる。

 

 波島進は文之丞の嫉妬と激怒を鮮やかに表現する。

 

 初代中村錦之助は宇津木兵馬の清新と一徹さを明

かす。

 

 清純な青年宇津木兵馬が兄の仇討ちで、極悪剣士

机竜之助を追うという物語を、美青年錦之助と大御

所大名優千恵蔵御大が勤めるという配役が絶妙で、

新鋭美男子が大御所の胸を借りる道に呼応している。

 

 月形龍之介が裏宿の七兵衛を滋味豊かに深く探求

する。

 

 ガタさんの優しさの表現が、観客の心も暖めてくれる。

 

 机竜之助をも震えさせる剣聖島田虎之助を大河内傳

次郎が貫禄豊かに演じる。

 

 無声映画の時代、『大菩薩峠』映画化の企画が持ち

上がった。

 原作者中里介山は、日活勤務の映画監督伊藤大

輔に興味を持ち、大輔監督・傳次郎主演の映画『血

煙高田の馬場』を満員の場内で立ちっぱなしで鑑賞

した。

 疲労を感じたことを介山は語り、その疲れの因を、

「安兵衛に引きずられて高田の馬場まで走りづめに

走らされたからだよ」(『時代劇映画の詩と真実』)と

確かめた。

 

 大河内傅次郎の堀部安兵衛が激走するシーンは

現存断片版のフィルムにも収録されている。

 

 大輔活動大写真は観客にも疾走するような感覚を

与えるのだ。

 

 ところが日活重役は監督の考えで映画化企画を決

めたと激怒し、大輔は日活を去り、『大菩薩峠』の出版

元神田豊穂の後援を受けて、中里介山と映画プロダク

ション大峰社を設立する。

 

 神田豊穂は熱心なキリスト教徒で、彼の友人で同じ

くクリスチャンの男性の娘と出会った大輔は感激し、『大

菩薩峠』に起用したいと望んだ。

 

 この女性は及川道子である。

 

 伊藤大輔は『大菩薩峠』企画のどの役に及川道子

を望んだのか?お松であろうか?今となっては謎で

想像するしか術はない。

 春秋社の危機で大嶺社の映画企画は流れてしまっ

た。

 

  原作者中里介山に疲労感を実感させた大河内傳

次郎は昭和三十二年内田吐夢監督版『大菩薩峠』に

おいて剣聖島田虎之助で風格と貫禄を見せた。

 

 机竜之助は剣を振るって血を流し、犯した罪に苦悶

しつつも新たな戦いを繰り広げてしまう。

 

 剣で流血を重ね罪に苦悶し、自己自身を確かめる。

 

 片岡千恵蔵の重厚な芸は、冷酷と苦悩の剣士机竜

之助に命を吹き込んだ。

 

 

                             合掌