獣人 | 俺の命はウルトラ・アイ

獣人

『獣人』

La Bête humaine

映画

1938年12月12日フランス公開

昭和二十五年(1950年)七月十五日日本公開

製作国 フランス

製作言語 フランス語

 

製作 パリ・フィルム・プロダクション

    ロベール・アキム

 

原作 エミール・ゾラ

 

脚色・台詞 ジャン・ルノワール

        クロード・ルノワール

        シュザンヌ・ド・ドロワ

撮影  キュルト・クラン

カメラマン  クロード・ルノワール

        ジャック・ナトー

撮影助手 モーリス・ペクー

       ギー・フェリエ

見習い  アラン・ルノワール

録音    ロベール・テセール

録音スタジオ RCA

スチール  サム・レヴィン

編集     マルグリット・ルノワール

鉄道シークェンス編集   シュザンヌ・ド・ドロワ

音楽 ジョゼフ・コスマ

 

出演

 

ジャン・ギャバン(ジャック・ランチエ)

 

シモーヌ・シモン(セヴリーヌ)

 

フェルナン・ルドゥー(ルボー)

ジャック・ペルリオーズ(グラン=モラン)

 

ジェニー・エリア(フィロメーヌ)

コレット・レジス(ヴィクトワール)

ジェラール・ランドリー(ドヴェルニュの息子)

レオン・ラリーブ(グラン=モランの執事)

ジョルジュ・スパネリー(カミー・ラモット)

ジャン・ルノワール(カビュッシュ)

 

エミール・ジェヌヴォワ(若者)

ジャック・B・ブリュ二ウス(若者)

マルセル・ベレス(点灯係)

ブランシェット・ブリュノワ(フロール)

クレール・ジェラール(乗客)

トニー・コルテジアーニ(地区主任)

ギー・ドコンブル(踏切番)

ジョルジュ・ペクレ(鉄道員)

シャルロット・クラシス(ジャックの名づけ親 ファジー伯母)

マルソー(機関士)

ジャック・ベッケル

 

ジュリアン・カレット(ペクー)

 

監督 ジャン・ルノワール

 

平成三十年(2018年)二月十六日

PLANET+1にて鑑賞

 

 エミール・ゾラの署名が銀幕に映る。小説から

次の言葉が引用される。

 

   「彼にはときどき、アルコール中毒の父

    や母たちが自分の血を腐敗させ、かれ

    らにかわって罰を受けているように思え

    た」

 

 

 機関士ジャック・ランチエは突然女性を殺して

しまいそうになる発作に襲われることがあった。

自己自身を警戒するジャックには、美人の恋人

フロールが居るのだが、彼女の身の安全を考え

結婚を諦めている。

 

 ル・アーヴルに近い車両区で勤務電車の整備

の三日間にジャックはフロールや伯母と会って語

り合った。

 

 助役ルボーとその妻セヴリーヌに出会ったジャッ

クはセヴリーヌの妖しい美貌に惹かれる。ルボーは

中年男性で年の離れた妖艶な妻セヴリーヌを溺愛

し、嫉妬の炎を絶えず燃やしている。

 

 セヴリーヌは夫ルボーの頼み事でかつてのパト

ロングラン=モランに頼み事をしたが、不倫関係

になってしまう。

 

 ルボーは嫉妬からセヴリーヌを連れて、彼女と

グラン=モランが出会う列車の中に待ち伏せし、

グラン=モランを殺害する。

 

 ジャックはルボー夫妻を見たが、セヴリーヌに

惹かれ、彼女が犯罪に関連したことを黙っていた。

 

 密猟者ガビッシュがグラン=モラン殺しの疑い

を問われ逮捕されたが、ジャックはルボー夫妻

目撃を証言しない。

 

 セヴリーヌはジャックに見られた事を知り、その

妖艶な魅力で誘惑する。

 

 惚れたセヴリーヌの誘いを受け、ジャックは彼女

を抱きしめ二人は結ばれる。

 

 ルボーは嫉妬に狂い、愛するセヴリーヌを独占

することに燃えている。

 

 セヴリーヌは嫉妬深い殺人犯の夫ルボーに将

来殺される可能性があると語り、厄介者の夫を殺

してくれないかとジャックに頼む。

 

 ジャックはセヴリーヌへの恋に燃えており、彼女

を夫ルボーから奪い、自分だけのものにしたいと

いう心もあり、邪魔者ルボー殺害に同意する。

 

 セヴリーヌはルボーのスケジュールを知らせ、ジ

ャックに夫を殺させる機会を練る。

 

 決行の日ジャックはセヴリーヌと共にルボーが

現れる機会を待つが、衝動的に発作が起こった。

 

 

 

 ☆鉄道に愛の悲劇が映る☆

  ◎感想内では物語の結末に言及しますので未

見の方はご注意下さい◎

  理性や意志では抑えきれない衝動を鋭く尋ね

た物語である。

 1938年ジャン・ルノワール監督、ジャン・ギャバン

主演のコンビにより映像化が為された。

 

 ジャン・ルノワールJean Renoirは1894年9月15日

フランスパリに誕生した。

 父は画家のピエール・オーギュスト・ルノワール、

兄は俳優のピエール・ルノワール、甥はカメラマン

のクロード・ルノワールである。

 1979年2月12日アメリカカリフォルニア州ビバリー

ヒルズにおいて84歳で死去した。

 

 ジャン・ギャバンJean Gabinは1904年5月17日に

フランスパリに誕生した。1976年11月15日72歳で死

去した。

 フランス映画の歴史を支えた大スタアである。

 

 逞しく強靭な体力を持つ機関士だが、内面の衝動

が抑えがたく苦悩するジャック・ランチエを鋭く探求

した。

 

 シモーヌ・シモンSimone Simonは1910年4月23日

にフランスマルセイユに誕生した。 本名はSimone

 Thérèse Fernande Simonである。2005年2月22日

94歳で死去した。

 

 『獣人』製作者スタッフからセヴリーヌ役にジナ・マ

ネスが推されたが、ジャン・ルノワールがシモーヌの

演技を強く望んだ。

 

 

 妖しい魅力を放ち男たちの人生を狂わせる妖艶

なヒロインセヴリーヌ役を鮮やかに演じた。

 

 ジャックが金髪美人の恋人フロールと語り合うシ

ーンは背景の緑が綺麗だ。

 理解者の伯母との語り合いでジャックが懸命に

衝動と向き合いフロールを守ろうとしていることが

窺える。

 

 ジャン・ルノワールは、『大いなる幻影』において

ジャン・ギャバンのマレシャル中尉とその捕虜仲間

が護送される電車の動きを鮮やかに撮った。

 

 『獣人』ではジャック・ランチエの勤務先の電車が

鋭く映され、彼の生涯にとって重要な事件の場所と

もなっていくドラマを鋭く映し出す。

 

 ジュリアン・カレット Julien Carette は1897年12

月23日にパリに誕生した。1966年7月20日フランス

において68歳で死去した。

 ランチエの同僚ペクー役を渋い演技で見せる。今

回はシリアスな演技が多く笑いを取る場面はない。

カレットの重厚芝居をジャン監督が映し出した。

 

 フェルナン・ルドゥー Fernand Ledouxは1897年

1月24日に誕生した。1993年9月21日96歳で死去

した。

 欲深く嫉妬深い中年男ルボーの人間像を粘り強

い演技で描ききった。

 悪党ルボーの強かさは強烈な印象を与えてくれ

る。

 

 年の離れた美貌の妻を持つ中年男の嫉妬と独占

欲を鮮明に表現する。

 

 

 ルボーとセヴリーヌがグラン=モランを襲うシーン

はグラン=モランの電車内の部屋のカーテンの開閉

で犯行が語られる。

 

 犯罪現場としての電車のサスペンス描写に感嘆し

た。

 

 セヴリーヌは年上の男達からモテモテだが、彼女

自身は男たちの嫉妬から逃れたいと望んでいる。

 

 セクシーな悪女セヴリーヌに惹かれるジャックは、

惚れている彼女から誘惑され、恋の望みを叶える。

 

 二人が抱き合って、外の光景に映るキャメラワーク

に息を呑む。

 

 ジャン・ルノワールは無実の罪で殺人犯にされて

しまう密猟者カビッシュを哀感豊かに演じた。

 

 ランチエについてジャン・ルノワールはエディプス

を想起し、自身に流れる血の問題と戦う人間を描い

た。

 

 ◎クライマックス・大詰に関して言及します。繰り返し

  になりますが未見の方はご注意下さい◎

 

 セヴリーヌは「そんな風に私をみつめないで。あな

たの目が疲れるから」とジャックを労わる。彼女を溺愛

するジャックは邪魔者の夫ルボーを始末する計画に

共鳴し殺し屋役を引き受ける。

 

 全ては冷酷でセクシーなセヴリーヌの計画通りに

動こうとしていた。

 

 夜、ルボー暗殺計画の現場でセヴリーヌとジャック

は時を待つが、ジャックに突然発作が起こり、怯える

セヴリーヌを殺害してしまう。

 

 自身の背景に流れる血の問題と格闘していたジャ

ックだが、犯罪計画を契機に最愛の人を殺してしまう。

 

 

   「獣人」では本物の機関車に搭乗して撮影した

   ギャバンとカレットのショットの結果は素晴らし

   かった。この機関車での撮影期間中、実物大

   模型はただの一度も使わなかった。それはギャ

   バンが自殺する場面で、ギャバンは全速力で

   走っている時、炭水車のてっぺんから身を投

   げるのだ。いくらなんでもギャバンに本物の炭

   水車から飛び降りてくれと頼むわけには行かな

   かった。われわれがシーンの準備をしている

   間、ギャバンは「撮影機の中でフィルムが詰ま

   り出すことだってあるよな。それには俺が生きて

   た方が都合がいいもんね」と、しきりに繰り返し

   ていた。だからギャバンも、作り物の炭水車から

   部厚く敷き重ねたマットレスの上に飛び降りると

   いうだけで我慢したという次第だ。

   (ジャン・ルノワール著 西本晃二訳

   『ジャン・ルノワール自伝』169頁

   1977年7月5日発行 みすず書房)

 

 ジャック・ランチエは罪に苦しみ、勤務中に電車か

ら飛び降りて命を絶つ。

 

 同僚の死を見るペクーの悲しみをカレットが視線で

語った。

 

 セヴリーヌは悪女、ランチエは悪人で、犯した罪は

重いが、哀れさも観客に感じさせる。

 

 フランソワ・トリュフォーは「女の美しさと男の愚かさ」

はジャン・ルノワール監督映画の重要な主題と見てい

るが、ファムファタールセヴリーヌと血の問題に悩むジ

ャック・ランチエはこのテーマを体現している。

 

 『ゲームの規則』に、嫉妬深い中年男の密漁監視人

シュマシェールとその年の離れた妖艶な美人妻の侍女

リゼットが登場する。

 この二人の配役にジャン・ルノワールがフェルナン・

ルドゥーとシモーヌ・シモンを想定していたという記事

を読んだことがある。

 

 『ゲームの規則』完成映画版ではガストン・モドーと

ポーレット・デュボストがシュマシェール・リゼット夫妻

を鮮やかに演じ当たり役にして、この配役が素晴らし

い結果を生んだ訳だが、ルドゥー・シモン案も想像の

中においては察せられるものがある。

 

 

 

 主人公とその友人や大切な存在が、「二人」で歩み

だすというラストを、ジャン・ルノワールは『牝犬』『ラン

ジュ氏の犯罪』『どん底』『大いなる幻影』で撮り語った

が本作では主人公ジャックの死が映し出されることと

なった。

 

 『ランジュ氏の犯罪』は愛の逃避行、『どん底』は

再生への意志、『大いなる幻影』は世界平和希求の

願いの物語であった。この時期のジャン・ルノワール

映画のラストには夢があったが、本作はその流れを

一変する。

 

 『ゲームの規則』においては陽気な悲劇が語られ、

哀愁の探求にドラマの流れは進んでいく。

 

 長く見たいと望んでいた『獣人』を、2018年2月16日

のPLANET+1上映で見聞したことは有難い事であっ

た。

 

 ジャン・ルノワール監督作品全38本のうち、『チャー

ルストン』『マッチ売りの少女』『牝犬』『十字路の

夜』『素晴らしき放浪者』『トニ』『ピクニック』『ラ

ンジュ氏の犯罪』『どん底』『大いなる幻影』『ゲーム

の規則』『黄金の馬車』『フレンチ・カンカン』とこの

『獣人』の15本を映画館で鑑賞した。

 

 ジャン・ルノワールが5カット演出し残りの撮影をカ

ール・コッホが引き継いだ『トスカ』も銀幕で鑑賞して

いる。

 

 銀幕未見の21本を映画館で見聞する機会はある

だろうか?これは待つしかない。

 

 

 『獣人』撮影・演出でジャン・ルノワールは詩的写実

主義に対する信念を固めたと確かめる。

 

   機関車の鋼鉄の塊りが、私の想像の中では、ア

   ラビアン・ナイトの空飛ぶ絨毯に見えたのだ。

   (ジャン・ルノワール著 西本晃二訳

   『ジャン・ルノワール自伝』170頁

   1977年7月5日発行 みすず書房)

 

 鉄道機関車は物語の場所であり、登場人物の命を

飲み込む物でもある。

 

 機関車に男女の愛と嫉妬と犯罪が映しだされる。

   

 

 ゾラの小説が詩情に溢れている事をジャン監督は

指摘し、ゾラの言葉から力を籍してもらったと感謝し

ている。

 

 『獣人』は機関車恋愛悲劇として輝いている。

 

 

                            合掌