仮名手本忠臣蔵 大序 四段目 七段目 平成二十一年十月十九日 御園座 | 俺の命はウルトラ・アイ

仮名手本忠臣蔵 大序 四段目 七段目 平成二十一年十月十九日 御園座

  第四十五回記念 吉例顔見世

  平成二十一年十月 御園座

 

  十月十九日 昼の部・夜の部鑑賞

pict000008
 

  作/竹田出雲 
  三好松洛 
  並木千柳

 pict000006

 

  昼の部

 
  配役/
  高武蔵守師直/市川左團次
  塩谷判官高定/中村橋之助
 
  顔世御前/中村福助
  足利直義/片岡進之介
  桃井若狭助安近/片岡愛之助
  
  鷺坂伴内/片岡亀蔵
  加古川本蔵/市川寿猿
  原郷右衛門/市村家橘
  斧九太夫/嵐橘三郎
 

 

  早野勘平/片岡仁左衛門


 

  お軽/片岡孝太郎
  大星力弥/坂東新悟
  薬師寺次郎左衛門/坂東彌十郎
  石堂右馬之丞/片岡我當

 

 
  大星由良之助/市川團十郎


   

 ☆

 中村橋之助→八代目中村芝翫

 ☆

 2009年11月2・9日記事を顔世御前・おかる

感想を中心に再編している。

 ☆
 十月十九日(月曜日)午前十時十九分、
御園座の前に立った。



ウルトラアイは我が命-200910191019.jpg

 まねきを見て、「いよいよ、『仮名手本
忠臣蔵』が始まるんやなあ」という感慨

が胸に迫る。

 

 

 元禄十四年(一七〇一)年三月十四日、
江戸城内において浅野内匠頭長矩が、吉
良上野介義央へ刃傷に及んで、将軍綱吉
から、即日切腹を命じられて自刃し、翌
十五年十二月十四日、長矩の家老であっ
た大石内蔵助良雄が四十六名の浪士の浪
士を引き連れ、主の恨みを晴らす為、吉
良義央を襲い、刺殺した。

 

 この「元禄赤穂事件」を脚色した人形浄

瑠璃が、『仮名手本忠臣蔵』である。
 いろは四十七文字と四十七士の数の一
致に着目し、仮名で書かれた芝居におい

て、忠臣の心を、浪士の頭領大石内蔵助

の「蔵」の一字に尋ね、包んで、題名に謳

い上げたのだ。

 

 江戸時代の赤穂事件を、南北朝時代の
出来事として脚色し、『太平記』の世界
の出来事として描きつつ、赤穂事件の人

々の名と少し変えた役名の人物も登場さ
せながら描いている。

 

 事件の人物名は、狂言において、

以下のように変遷している。

 


  吉良義央→高武蔵守師直
  浅野長矩→塩谷判官高貞
  阿久里→顔世御前
  伊達宗春→桃井若狭助安近
  梶川頼照→加古川本蔵
  原元辰→原郷右衛門
  大野九郎兵衛→斧九太夫
  萱野三平→早野勘平
  おかる→お軽
  大石主税→大星力弥
  大石内蔵助良雄→大星由良之助

 

 時代設定は、南北朝・室町期だが、他の

浄瑠璃と同様、江戸時代の風俗が作中に

出てくる。


 作者は、前述の通り、竹田出雲・三好
松洛・並木千柳。寛延元年八月大阪竹

本座にて初演。後に歌舞伎化され、今日

では、「役者は忠臣蔵の代役を頼まれた

ら、どの役でも、出来なければいけない」

と言われる程、大切な狂言となっている。

 

 芝居の前に、口上人形が挨拶し、一座
の配役を述べる。重い物語なので、観客
を笑いで包みながら、緊張感を和らげる。

 

 「大序」

 

 古式の演出が、奥深く、荘厳な空気で
劇場を包む。

 舞台は鶴ヶ丘八幡宮社頭。

 二重中央に直義、上手に師直。
 平舞台上手に判官、下手に若狭。

 

 役者はうつむいている。竹本が「嘉肴
有りといえども」と語ると、「始まった!」
という気持ちが、観客にも、昂ぶりと共に
湧き起こる。

 うつむいていた役者達は、竹本に役名
を呼ばれると、顔をあげる。人形に、命
が吹き込まれる、という古風で神秘的な演
出である。

 歌舞伎が、人形浄瑠璃から産まれた
事実を示すものであり、人形浄瑠璃へ
の敬意が窺えよう。

 足利直義は、史実では、護良親王暗殺
事件にも関わっている、という説も囁か
れている人だが、この狂言では、神秘的
な象徴のようなキャラクターとして登場
する。
 いかに傲慢な師直も、直義公の前では
顔世を口説けない程、大きな権威を体現
しているのである。
 

 高師直は、文楽の人形では、「大舅」
と呼ばれる頭だ。黒の大紋の衣装が、ど
す黒い野望といじめを楽しむ卑劣な性格
と巨悪の恐ろしさを、鮮やかに象徴して
いる。


 進之介の直義。何度も演じている役で
気品があって、高い声も劇場全体に通っ
ている。

 左團次の師直。傲慢で、強圧的な存在
感を重量感豊かに現していて、その怖さ

は格別である。

 愛之助の若狭・橋之助の判官、という
二人の美丈夫役者が並ぶと、壮観である。

 
 愛之助は、若狭の清廉で生一本な性格、
橋之助の判官は、優しく温厚で、思慮深く
落ち着いた人柄を、それぞれ、鮮やかに
描き出す。

 左團次の「黙れ、若狭」は、圧迫感が
強烈だ。師直の憎たらしさが光る。

 新田義貞の兜改めで、判官の妻顔世御
前が呼び出される。絶世の美女顔世に、
師直は、秘かに横恋慕している。

 福助の顔世は、美しく、気品豊かで、
舞台に、花が咲いた感覚を、観客に与え
てくれる。

 左團次は愛しい顔世を見て、思わず、
興奮してしまった、自分の下半身を袂
で覆い抑える演じ方だ。

 橋之助の判官・福助の顔世、という
実の弟・兄による夫婦は、言葉を交わ
さずとも、二人のこころがしっかりと
通じ合っていることを、静かに、それ
でいて力強く、現している。

 二人だけになった師直が顔世に迫り、

 「口説いて、口説いて、口説き抜く」

の台詞に、横恋慕の凄まじさが溢れる。

 浅野・吉良の複雑な対立は、様々な
諸説があり、何が、松の廊下で、「こ
の間の遺恨」になったのかはわからな
い。

 賄賂が足りなかったので、いじめ
が起こったとも言われている。

 浄瑠璃の作者は、人妻への横恋慕の
後の失恋に対する八つ当たりを、事件
の契機に選び取り、人間の最も具体的
な感覚に訴えたのだ。
 
 顔世救出に現れる若狭。

若狭を無視し、軽侮する師直。


 憎々しく見下ろす師直を、若狭がに
らみ、判官に諫められる。三人のキャ
ラクターを鮮明に伝える、見事な演出
だ。この様式・象徴性が、「大序」の
魅力でもある。
 幕切れでの、左團次・愛之助・橋之
助の三人の絵面の形もピタリと決まる。

 


 「四段目」

 

 橋之助の判官が、重厚に武士の
悲劇を極め、「誠実な若殿が、何故
命を奪われねばならないのか?」と
いう問いを、静かに、それでいて熱
く問いかける。

 「由良之助はまだか?」

 判官の無念さ、信頼する家臣に、
せめて一目会って伝えたい思いに、
切なさが迫る。

 

 力弥は新悟。十二月に十九歳になる
青年だ。舞台に映える、清新な若さと
誠実さがある。映画界の重鎮坂東好太
郎の孫にあたる役者さんだ。

 判官と力弥は、危ない関係を匂わせ
るように演ずる、とも伝えられている。


 判官切腹の場は、緊張感が最も強ま
る。客席から見えない場でも、諸士役
の役者さんは、平伏している。この重
みが、時代物・時代劇に必須なのだと
思う。

 見えないところ・映らないところで
も、しっかりと演技をする。


 表面だけを重視して、能力で人の価
値を決め、成果だけを欲しがる風潮と、
「仮名手本」の精神は合わない。軽薄な
時代の流れから見れば、「仮名手本」
は、確かに、「時代遅れ」かもしれな
い。
 軽薄な時代の傾向に遅れても、時代
の重い問いに通じているからこそ、「仮

名手本」は、数多く上演されるのだ。
 時代の叫びは、「仮名手本」を求めて
いるのだ。


 判官が切腹する。悲しみが観客の心
に迫り、城内にすすり泣きの声が響く。

 花道から、由良之助が急いでやって
くる。呼吸も荒い。なんとか主君の死
に目に会いたい気持ちが燃える。

 判官が息絶える直前に、由良之助は
到着して、間に合う。

 團十郎の由良之助。大きく、渋く、
暖かい。この人なら、全てを、託せる
という安心感を呼び起こしてくれる。

 橋之助と團十郎は、目と目で通じ合
う、主従の魂を熱く演ずる。

 いじめによって、辱めを受け、命を
捨てて立ち上がらざるを得なかった判
官。人は、時として、最も大事なもの
を、意地と誇りの為に、捨ててしまう
こともあるものなのだ。
 無念の思いを、引き継ぐ由良之助。
彼にとって、主の恨みを晴らすことが、
この瞬間、全生涯の課題になる。

 

 判官が死ぬ直前の笑いが、切なかっ
た。
 橋之助は、清廉な魂を熱く演じきっ
た。

 

 我當の石堂。
義太夫が胆に入っていて、情味・暖か

さ、共に万全。大歌舞伎の風格がある。

 

 彌十郎の薬師寺。
手強く、嫌らしく、憎たらしいところ
が光っている。


 橘三郎の九太夫は、ベテランの渋い
味わい。
 この役は亀蔵の亡父五代目片岡市
蔵が素晴らしかった。

 

 福助の顔世は、この場の、悲しみ
をしみじみと伝えてくれる。

 

 「門外」

 由良之助が、塩谷館表門を背に、無
念の死を遂げた、主君判官の恨みを、
心に刻み付ける名場面だ。

 門が後方に引かれ、由良之助の位置
から、離れていく。

 セルゲイ・エイゼンシュテイン監督
は、『仮名手本忠臣蔵』を観劇して、
モンタージュの技法に、大きな影響
を受けた、と言われている。

 想像が許されるならば、エイゼンシ
ュテインは、門外の演出に、深い関心
を持たれたのではなかろうか?

 由良之助が握る九寸五分に、「復讐
」の一念が、こめられる。

 團十郎の由良之助は、武士の魂が燃
えていた。


 

 第四十五回記念 吉例顔見世

 『通し狂言 仮名手本忠臣蔵』
 夜の部

 十月十九日 御園座にて鑑賞

 

  早野勘平/片岡仁左衛門


 

  女房お軽(六段目)/片岡孝太郎
  斧定九郎・竹森喜多八/片岡愛之助
  

  
  千崎彌五郎/坂東彌十郎
  百姓与市兵衛/市川寿猿
  判人源六/片岡松之助
  母おかや/坂東竹三郎
  
  一文字屋お才/片岡秀太郎
 
  不破数右衛門/市川左團次

 

  原郷右衛門/市村家橘
  大星力弥/坂東新悟
  赤垣源蔵/澤村由次郎
  富森助右衛門/大谷桂三
  矢間重太郎・小林平八郎/市川男女蔵
  斧九太夫/嵐橘三郎
  高師直/中村又蔵
  鷺坂伴内/片岡亀蔵
  仲居おつる/市川左升

 


  寺岡平右衛門/中村橋之助
 
  遊女お軽/中村福助



 

  大星由良之助/市川團十郎

 

 ☆

 中村橋之助→八代目中村芝翫

 ☆

 

 「七段目」
 「七段目」は祇園一力茶屋が舞台で華や

いだムードである。

 赤垣源蔵・富森助右衛門・矢間重太郎
の三人侍が、奴寺岡平右衛門を伴って祇
園に現れる。

 橋之助は、偉い。この場の平右衛門は
後に諫めの場で現れるより、本文通り、
この場で三人に付き従って登場するほう
が良い。今回の演じ方に、自分も賛成で
ある。


 團十郎の由良之助が登場する。ここで
の由良之助は、紫の着付けが鮮やかで、
遊びこころと色気を漂わせ、それらの中
に復讐の大義を包む、という難役である。

 四段目が名演と讃えられる人は、七段
目の色気が重いと言われ、七段目の粋な
風を見せる役者は、四段目に重さが欲し
かった、と評されることが多いのだ。

 團十郎の由良之助は、落ち着いていて、
渋い。心の芯に判官への忠義がある。

 誠実で暖かく、生真面目な團十郎氏の
お人柄が、そのまま忠臣由良之助像に
反映しているようだ。

 「蛸肴」において、酔態を示しつつも
裏切り者の九太夫に、怒りを示し、「お
のれ」の台詞に託すところにも気骨があ
る。

 お軽が手紙を読んでしまったと知って、
身請けする際にも、悲しみの心情を静か
に演じているところに、余韻を感じた。


 僭越な物言いをお許し下され。推察が
許されるならば、團十郎は「説明」にな
ることを、あくまでも排し、由良之助の
士魂を明かすことに主題を置かれたので
はなかろうか?

 
 今回の七段目は、仲居おつる役に、大
ヴェテラン市川左升が出てくれているこ
とも、舞台を大きくしてくれている。
 


 お軽は福助。
 華やかな美貌・豊満な魅力・艶やかな
色気、完璧。それでいて、夫勘平を一途
に慕う愛情も、清らかに演ずる。
 遊里の美女の哀しみも、しみじみと
伝えてくれる。

 



 平右衛門は、橋之助。
 豪放磊落で、優しく、勇ましく、情熱
的な男気を明かす奴を鮮やかに演ずる。


 亡き判官の恨みを晴らす仇討ち一党に
入りたいという忠義とおかや・お軽の母・
妹を大切に思う孝心がじっくりと、丁寧
に描かれる。

 口跡が素敵で、大きく太い声は広い御
園座全体に響き渡り、あったかい心は観
客の胸に染みこむ。

 橋之助の平右衛門も、男の中の男だ。

 意外にも橋之助は、今回が二度目で、
福助のお軽とは、今回が初めてで、「子
供の頃の夢の実現」の配役であった、と
いう。

 実際の弟福助・兄橋之助による、兄妹の
再会のドラマ。
 
 平右衛門は、由良之助が秘密の手紙を読
んでしまったお軽を、勘平の妻と知らずに
身請けしたい、と申し出たことに、口封じ
の意図を感じ、由良之助が妹を斬る前に、
身内の自分が我が手にかけて、仇討ち一党
への加入を許可してもらおうと思う。

 最愛の妹を斬ることに、勿論哀しみは
あるが、孝を犠牲にしてでも、忠を貫かね
ばならぬ奴の悲哀を、橋之助は、じっくり
と演ずる。

 老父与市兵衛が殺害されたことを悲しむ
お軽。

 「勘平さんは」の妹の問いに、兄が「勘
平はな、勘平はな、やっぱり、勘平だあい!
」と真相を言えずに嘆くところも涙の名場面
だ。

 

 福助のお軽と橋之助の平右衛門は、息と
呼吸がピッタリで、兄弟の情に、泣かされ
た。

 実際の弟・兄による兄妹競演は、芸と芸
の激突も一層熱くなり、心の交流も強靱な
ものとなる。


 「勘平が腹切って死んだわい」と聞かさ
れ、「勘平殿は三十に成るやならずに死ぬ
るはさぞ悲しかろ」と嘆く場面に、お軽の
哀感が極まる。

 「仮名手本」は、罪なくして死んでしま
う若者の悲劇でもあることを教えてくれる。

 兄平右衛門が妹お軽を斬ろうとした瞬間、
「やれまて」と團十郎の由良之助が現れる。
 團十郎の由良之助は、頼りになる人であ
り、全てを荷ってくれる頭領の風格が豊か
だ。

 平右衛門は仇討ち一党参加を許し、お軽
も助かる。

 
 由良之助は、裏切り者の九太夫を折檻し、

  一生連れ添う女房を
  君傾城の勤をさするも
  亡君の怨を報じたさ

と愛妻を祇園に売ってまでして、復讐の大
義に参加しようとして果たせなかった勘平
の無念を思って、その忠義を讃える。


 ここで、福助のお軽と橋之助の平右衛門
は同時に目頭を抑えた。

 「そうか!」と膝を打った。

 お軽が、由良之助の言葉に、死んでいった
夫勘平への哀悼と自身への労りを感じて涙を
覚える演者は、これまでも、先輩におられた。

 今回の公演は更に踏み込んで、兄平右衛門
の涙も描かれた。ここには、妹を気遣ってく
れる由良之助への感謝だけでなく、罪の意識
に苦しむ母おかやへの思いや、亡き義弟勘平
を救えなかった自己への痛みがある。

 

 橋之助の、本行を読み込む慧眼、鋭く、深
い。


 兄妹が、同感・同悲の元に感涙にむせぶ。


 仇討ちの挙を支えていたのは、こうした
一途な人達の献身と真心にあることを、改
めて教わった。

 

 兄妹同感感涙を、弟・兄の芸で鑑賞し胸

が熱くなった。

 

 九代目中村福助丈

 

 六十一歳御誕生日

 

 おめでとうございます。