新必殺仕置人 裏切無用(六) | 俺の命はウルトラ・アイ

新必殺仕置人 裏切無用(六)

   『新必殺仕置人』「裏切無用」

   テレビ映画 トーキー 54分 

  カラー(一部白黒)

   昭和五十二年(1977年)三月十一日放映

  

 

  のさばる悪を  なんとする

   天の裁きは  待ってはおれぬ

  この世の正義も あてにはならぬ

   闇に裁いて  仕置する

  南無阿弥陀仏

  ☆
  演出の考察・シークエンスへの言及・台詞

の引用は研究・学習の為です。


 松竹様・朝日放送(ABC)様におかれましては、

お許しと御理解を賜りますようお願い申し上げま

す。感想文ではドラマの結末迄言及します。

 ☆


  念仏の鉄と己代松が花札をする。

 

  己代松「梅に桜だ。おい、念仏。何かスカッと

        することねえか?」

 

  鉄「スカッと爽やかか?」

 

  己代松「お」

 

  鉄「そんなもの、この世の中にある訳ねえ

    だろ。明日寅の日だ。競りの立つ日だ。

    それ迄我慢するんだな。」

 

 

  己代松「それ迄身が持たねえ!」

 

  鉄「そうボヤくな。『みんな悩んで大きくなっ

    た』だ。」

 

  己代松「女買いに行かねえか?」

 

  鉄「行かない。今日は駄目」

 

  己代松「どうしてよ?」

 

  鉄「今日は傾動の日。」

 

  己代松「傾動か!そりゃいけねえ。」

 

 絵草子屋

 

  正八はおていに傾動の日と聞かされ、吃驚する。

おていは嘘だと思うならば、本所深川・両国どこの岡

場所に行っても真っ暗だよと教える。お金が入った時

は、女と遊ばず、あたしとどこかに美味しい物でも食

べに行かないかいとおていは誘い、正八は考える。

 

  南町奉行所では真面目な同心石部が、傾動の

点検を命じられたことを中村主水に伝える。

 

  主水「傾動!では傾動の御役目をわたくしに。」

 

  石部「俺とお前だ。今のうちよく寝ておけ!」

 

 主水は「一両にはなるな」とほくそ笑む。

 

   ナレーター「傾動とは売春取締の世にも粋な制度

           であった。この時代の江戸では法律

          的に公認された遊郭は吉原だけであ

          ったが、俗に岡場所と呼ばれた私娼窟

          も多かった。その処置に窮した町奉行

          所は一計を案じ傾動と称して予め取締

          の日時を岡場所に通知する事にしたの

          である。当然岡場所では女達を余所に

          移しその上で奉行所には空になった岡

          場所を点検し『売春の事実無し』と公表

          したのである。

 

  岡場所の主人が女郎おしまが移動しないので、「お前

何してるんだ?」と問う。おしまは風邪を引いたので動け

ないんですと答える。主人は傾動の日だから出るようにと

諭す。

 

    おしま「一人ぐらい何とかなるんでしょう?飯焚女だ

         とか言って誤魔化してさ。こんな身体で川風

         に当たったら・・・・・・」

 

    主人「しょうがないな、何処へも行くんじゃないよ」

 

 女郎達が川を舟で渡る。

 

 一晩だけ休まされた女郎達は河原で奉行所の

見回りが終わるのを待って夜を明かす。

 

 

   ナレーター「連日の重労働で疲れた彼女達

           にとって、この一夜は何よりの

           レクリエーションであった。大川

           橋を登る舟の中でそれぞれが

           故郷の歌を歌い夜風に乗って

           流れるその哀切な歌声に江戸

           市民達はしんみりと耳を傾けた

           と伝えられる。」

 

  岡場所では石部が中村主水に指示を出す。主人

が主水を案内し「この通り女等は置いておりません」

と説明する。

 

 主水は「おい待て」と語り、おしまを指して、「何だこれ

は?」と問う。

 

  主人は「これは私の娘でございまして、身体を悪く

しております」と述べる。

 

   主水「いい女じゃねえか。」

 

   主人「ええ」

 

   主水「ま、せいぜい大事にしてやれよ。」

 

   主人「はい。」

 

 二人が去った事を察した鉄が隠れている襖から

「もう良いかい?」と問い、おしまが「もういいよ」と

答え鉄が出てきて「ねんねしよ」とおしまに抱きつ

く。

   

    おしま「朝迄二人っきり」

 

    鉄「泊まり賃無し、場所代も無し、なんにもなしの結構な

      夜だ」

 

    おしま「気の毒だね。八丁堀は」

 

    鉄「いいんだ、いいいんだ。浮世の馬鹿は起きて

      働くってな。ほっとけ!」

 

 主水は顔役から預かった賄賂を石部に渡すが堅物の真面目

人間の石部は激怒し、日誌に書くと告げる。牢屋同心に再び格

下げとなることを、主水は恐れ、日誌に明記することだけは待っ

て欲しいと主水は頼む。

  厠に行った鉄は、武士金見屋庄へエがかねみ屋手代文吉

を斬殺する光景を見る。

 

  主水と石部は手代が殺害された事件を調べ、被害者文吉の

雇い主かねみ屋庄次郎が「手前の店で働く手代でございます」と

報告する。庄次郎が売る薬「美人丹」は評判の薬だが、おていが

探すと常に売り切れていた。 

  石部は主水に「貴様が袖の下なんか貰うから」と叱る。

 

  主水はこういう時の為に無頼の者を手名付けておりますと

述べ鉄を探すが、寅の日で留守だった。

 

 寅の会

 くるみを鳴らす仕置人が着席していた。

 

 元締世話役虎が厳しい表情を浮かべる。虎の腹心の部下吉蔵

が仕置の句を読む。

 

    「かねみとて 薬売るなり 庄次郎 虎万筆」

 

 庄次郎仕置は鉄が五両で競り落とす。

 

    吉蔵「今一つご披露させて頂きます。頼み料は二十両で

        ございますが、この者住所不定で探索費として、別

        途三両お渡しします。

 

        旅鴉 江戸に入りけり 闇の重六」

 

 競りが始まる。クルミを鳴らしていた仕置人が怒って立ち上がり、

「虎がなんでい。やれるものなら殺って見やがれ」と怒り、鉄の玉を

虎に投げつけるが死神が守る。重六は逃走する。

 

 

  死神が刃物を投げるが取り逃がす。

 

   吉蔵「お静かに。お静かにお願い致します。ご説明申し上

       げます。これは上方よりの依頼でございます。一年

       程前あの闇の重六に押し込み強盗を働かれ、一家

       八名無惨にも殺されたあるお方が頼み人でござい

       ます。その後重六めは名を変え仕置人に成りすまし

       この寅十番会に出席していたものと思われます。」

 

 

 

  虎の部下吉蔵は仕置人達に謝罪し、連続殺人鬼の重六が

仕置人になって寅十番会に出席していたことを見抜けなかった

ことを謝る。

 

     吉蔵「このような不始末を仕出かしました事は只只

      虎の不行届」

      

 

  虎「皆の衆お聞きの通りだ。本日をもって仕置人世話役の

    役を降ろさせて頂きたい。」

 

  鉄「ちょっと待ってくれ。俺は不承知だぜ。お前さん、これ

    まで立派に世話役の勤めを果たしてきた。この事に

    ついては俺達何の不満もねえ。お互い名前も知らね

    え俺達が裏の稼業を続けてこれたのも寅の会があ

    ったからだ。今度の事は災難だ。最後の始末さえき

    っちり付けてくれりゃこれまで通り世話役をやっても

    らいてえ。」

 

 鉄はこれまで立派に世話役を果たしてくれたと讃え「今

度の事は災難だ」と優しく語り、全員の御手を拝借して

場を締める。

 

 虎が御礼に頭を下げる。

 

  

 美人丹の看板を掲げる金見屋を鋳掛屋の己代松と

掏摸のおていが見ている。

 

   己代松「手代が殺されて主人が狙われるか。 

        よくよくついてないんだな、あの店は。

        美人丹てのは何の薬だ?」

 

   おてい「血の道によく効くそうなのよ。何時行った

        って品切れなのよ。」

 

 松は店から仲間の正八と主人金見屋庄次郎が出て

きたことを告げる。正八は殺された手代文吉の友人を

名乗って探りに行ったのだ。

 

   己代松「あれが金見屋だな?」

 

   おてい「正八のあの格好!あんなんに線香あげ

        られたんじゃ殺された手代も浮かばれない

        ね。」

 

  念仏の鉄が登場し、正八に「猿回し」と声をかける。

 

   正八「ちょっと聞いてよ。あの店じまいするんだっ

       てさ。」

 

 おていが驚く。正八は金見屋が手代を殺され商売に

嫌気がさしたと語ったことを報告するが、葬儀も終わら

ないうちに雇い人全員に暇を出したことを不審に思う。

 

  鉄は「暇出した?」と問い、正八は金見屋の家の中

は人気も無く主人一人のようだと予想を語る。

 

  おていは「楽な仕事じゃない」と予想する。

 

  己代松「行こうじゃないか。何も考えこむ事ないじゃ

       ないか。線香あげに来たといってギィと殺り

       ゃあ!」

 

  正八「八丁堀のおじさん。本当に外すの?」

 

  己代松「手代殺しは奴の係だ。今度だけはちょっと

        まずいや。」

 

  おてい「八丁堀いたらややこしくなるじゃない。」

 

  鉄「何か変だな?」

 

  正八「何が変なの?」

  

  己代松「待ってろ。俺が殺ってやりゃ!」

 

  鉄「松。ちょっと、待て!」

 

 金見庄兵エが現れ店に入っていく。鉄は「八丁堀呼

んで来い」と松に声をかけ、松は正八に「呼んで来い」

と指示を出す。

 

  

 かねみ屋庄次郎は店内で兄金見庄兵エの姿を

見て、文吉殺しの下手人として疑われていないか

どうかを問う。

 

   庄次郎「どうだった、兄さん?」

 

   庄兵エ「大丈夫だ。町奉行所には何の動き

        もない。」

 

  兄弟の会話を聞く存在が声をかけた。

 

   「怖いのは町方なんかじゃねえ。」

 

 闇の重六であった。

 

  寅の会に追われる彼は金見兄弟に狙われていることを知ら

せ組むことにしたのだ。だが、庄兵エは快く思わなかった。

 

   重六「本当に怖いのは仕置人さ」

 

 重六は団子を食べる。

 

   庄兵エ「又その話か!作り話をでっちあげて金にしようとし

        てもそうはいかん!とっとと消えろ!」

 

   庄次郎「兄さん。この人の話は満更嘘でもなさそうですよ。

        現にいましがた、文吉の友達だという妙な野郎が

        線香あげに来たんです。」

 

   重六「仕置人の一人だ。間違いねえ。」

 

   庄兵エ「考えてみりゃ、俺達に恨みがある人間がごまん

        といるんだ。」

 

 庄兵エは美人丹の薬害で自分達を恨む人間のひとりが仕置

人に頼むことも納得のいく話であり、金も掴んだし、薬商売を畳

み逃げる時期だと述べる。重六は庄兵エに何故雇い人を殺った

のかと問い、庄兵エは文吉が訴えようとしたので斬ったと動機

を語った。

 

   庄兵エ「貴様の話が本当ならじたばたしても仕方がない。

        来るなら来い。」

 

 絵草子屋

 鉄・己代松・正八・おてい・主水が語り合う。

 

 主水は庄兵エと庄次郎が実の兄弟であることを伝える。鉄は

庄次郎が侍くずれの商人であることを知る。主水は美人丹の

看板を挙げているが江戸では一粒も売っておらず、陸奥や但

馬等で売っていたことを突きとめる。おていは酷い目に遭った

人も大勢いるんだろうねと想像する。

 

    鉄「おい八丁堀。お前こんな所でぼやぼやしてねえでよ。

      早いとこ庄兵エとかいう浪人召し取ったほうが手柄

      になるんじゃねえのか?」

 

    主水「証人がいらあな。殺しの現場を見ましたって奴が

        な。」

 

 鉄は見たが見てねえよととぼける。主水はおめえのような埃

だらけの奴叩かれちゃこっちが危ないと注意する。

 

   主水「そうだろう正八?」

 

   正八「何で俺に聞くの?冗談じゃないよ。そんな事見まし

      たって行ってみろ!」

 

 正八は傾動の日に女郎と遊んだことがばれて罰せられると

恐れる。

 

   鉄「せいぜい百叩きだ。我慢しろ!」

 

   おてい「あたし、あれに耐えてる人素敵なの。」

 

 正八は怖がる。松は承知すれば五両の四分の一は

貰えるぜと言って聞かせる。

 

   主水「違うぜ。五分の一だ。」

 

   

 己代松は中村主水にかねみ庄次郎を殺るのかと問い

主水は頷く。町方として手代文吉殺しの下手人を捕まえ

ることが重要でかねみ屋がどうなろうが知ったことでは

ないと主水は述べる。正八は証人になることを承知した

訳ではないと述べるが、松に小型鉄砲を向けられ、鉄に

骨外しの仕種を示され、主水に睨まれ、おていに豆をぶ

つけられて嫌々ながら承知する。

 

  主水はこれで決まったと述べ、鉄に何故下手人を教

えてくれたのかと問う。鉄は友達思いだからだと答える。

主水は、本当かと問い、金見庄兵エは腕が立ち、俺が

召し捕れば、弟の庄次郎の始末は楽だろうからなと語

って奉行所に戻って行く。

 

 おていは、八丁堀が庄兵エと戦って怪我すんじゃない

のと案じる。

 

  鉄「そんな玉か!あれが!」

 

 奉行所で主水は同心石部に手代文吉殺しの下手人

が分かり証人を抑えましたと報告する。石部は主水が

手柄を譲ってくれると聞き感動する。その代わり、自分

が傾動の日に賄賂をかましたことを日誌から削除して

頂けませんかと主水が懇願する。石部は快諾し、「お前

本当に良い奴だな」と主水の気遣いを絶賛する。

 

 石部は主水と捕手を率いて金見屋を探索する。鉄・

松・正八・おていは待機したいた。主水・石部はかね

み屋を調べるが、かねみ兄弟と重六の姿は無かった。

だが畳が暖かいことに注目した石部は、天井から逃げ

た跡を見つけ屋根に注目し店外に出る。

  

 かねみ兄弟と重六は屋根の上に居た。石部は捕縛

の指示を出す。その時重六は火の玉鉄球を投げて、

石部の顔面にぶつけて殺害した。

 主水・鉄・松・正八・おていは、重六の残酷な殺害方

法に震える。その間隙を突いて かねみ兄弟と重六は

屋根伝いに歩み逃走する。死神が見ていた。

 

 与力は激怒し、主水を叱責し、かねみ兄弟を召し捕れ

なかったならば、牢屋同心降格どころか、奉行所から追

い出すと通告する。

 

 御堂の中でかねみ兄弟と重六は今後の逃走につい

て語り合う。庄次郎は金を掘り出して帰ると告げる。

 

   重六「国は何処だ?」

 

   庄兵エ「備後福山。良い所だ。」

 

 庄次郎は一緒に来ないかと誘う。

 

   重六「馬鹿野郎。てめえ気は確かか?定廻りを

       一人殺ったんだぜ、定廻りを。娑婆に出て

       見ろ、たちまち御用風に喰らうぜ。」

 

 庄次郎はこんな事も有るだろうと手は打ってあると

述べ、俺達の身に何かある時は十万石の大名が守

ってくれるのだと豪語する。重六はでっけえ事ぬかし

やがると信用しないが、庄次郎は大船に乗ったつも

りで任して欲しいと自信を持って話す。その時庄兵エ

は外で物音を聞き、外に誰かいる事を告げる。

 

   重六「来やがったな!」

 

 外には虎の人形があった。重六は走り虎を探し心

の中で「何処だ!何処にいやがる?」と問うた。

 

 虎と死神が現れた。バットを持った虎は、走って近付

いてくる。

 

  「来い」と挑発する重六は、火の玉鉄球を構え、獲

物虎が至近距離に来るのを見て、玉を投げた。

 

 虎はバットで鮮やかに玉を打ち返し、重六の顔面に

命中させて殺害する。

 

 松は大きな藁人形を作り鉄砲の実験をしていた。正八

とおていは懐疑的だ。松は重六の球は十五、六間の飛

距離なのでそれ以上飛べば負けないと分析する。巨大

竹筒の銃を発射するが藁人形に当たらなかった。

 

 死神が現れ、闇の重六は虎が仕置したこと、かねみ兄

弟は神目にいると知らせる。

 

 絵草子屋では鉄・主水・松・正八・おていが語り合う。

 

   鉄「そうか、虎が殺ったか!ハハハハ!」

 

   おてい「大した人だね。あの化け物みたいなの、どう

       やって殺ったのかしら?」

 

   松「かねみ屋の野郎!手古摺らせやがる。小梅なら

     一跨ぎだ。行こうぜ。」

 

  主水はかねみ屋が今奉行所のお尋ね者で捕縛しなか

たら、首が飛んでしまうと危機感を語る。二足の草鞋を履

いているのはお前の勝手で知ったことかと松が突き放す

と、主水は小梅で人殺しがあり、岡っ引きがウヨウヨして

るんだと警告する。

 

   主水「真昼間から行ってみろ!『捕まえておくんなさ

      い』と頼んでるようなもんだぞ!」

 

   おてい「どうすんのよ?」

 

   主水「俺に任せろ!」

 

 主水は巧い事を言って暮六つ迄に岡っ引きを引き上げ

させてそれから迎えに行くと約束して立ち去る。

 

  夕焼けが鉄の家の障子に映えた。主の鉄は寝ていた。

 

  松が怒って入室する。

 

   己代松「鉄。起きろよ。念仏。八丁堀が裏切りやがっ

        た!半月前に小梅に人殺しがあったなんて

        嘘っぱちだよ。あの野郎!あれからすぐ五十

        人捕方連れてかねみ屋兄弟召し捕りやがっ

        た。嘘だと思うんなら、南町覗いてみな。昼

        行燈が手柄立てたって言うんでその話で持ち

        切りだぜ。大した野郎だよ。どうもおかしいと

        思ったんだよな!」

 

  

  中村家では主水の手柄を妻りつ・姑せんが絶賛する。

 

  記録を書くせんは、主水から五十人の配下を率いて賊二

人を召し捕ったことを聞かされ、二人では面白くないので賊の

数は五十人にしましょうと水増しして書く。

 

 りつはお手柄で御手当があがるでしょうと期待し、せんが

注意するが、主水は奉行はケチですからと懐疑的に答える。

 せんは、りつが一両のへそくりをやっと貯めたのに、小遣

いの額の引き上げを要求するのはけしからんと叱り、りつは

母上が糠味噌の中に一両二分隠されていると指摘する。

 

   せん「一両三分でございます。」

 

 己代松の「ごめんください」の声が響く。りつは奉行所から

のお使いの方と知らせる。せんは正装するように主水に勧

める。

 主水が玄関に現れ一礼すると、松であった。

 

 

   己代松「用件は分かってるな。ちょいと面貸しな!」

 

 主水は無言で歩む松の後ろから語りかけ謝る。

 

   主水「おめえ達を騙したのは悪かった。だが悪気は無

       かったんだ。伝馬町の牢なら俺は鼠の穴迄知っ

      てるぜ。小梅みてえなだだっ広い所で殺るより、よ

      っぽど仕事は楽じゃねえのか?ええ?」

 

 
 念仏の鉄・おていが待つ場に、松は主水を案内する。

☆ここからドラマの核心に言及します。未見の方は

 ご注意下さい☆

   主水「よ、松には事情話した。子供じゃあるめえし

       おめえ達何か勘違いしてんじゃねえのか?」

 

  鉄は素早く動いて主水の両腕を捕え羽交い絞めにする。

松は主水の刀を奪う。鉄は主水を殴り倒し、肩の骨を外す。

激痛で主水は苦しむ。松が主水を蹴る。

 

   鉄「教えて貰おうじゃねえか。十万石の大名の懐に

     逃げ込んだ奴はどうやって料理するんだ?」

   

   主水「知らねえ」

   

   松「すっとぼけんじゃねえや!」

 

   主水「待ってくれ。俺は訳の分からねえことでおめえ

       達に殺される訳にはいかねえんだ。おてい、か

       ねみ屋は伝馬町に居ねえのか?」

 

 主水は激痛を堪えて這いながら事情解説をおていに頼む。

 

   おてい「あいつがどれだけばら撒いたかしらないけど、

        備後福山十万石アベ備中守っていう大名が

        奉行所に掛け合って兄弟共引き取っていった

        よ。」

 

   主水「何時だ、そりゃ?」

   

   おてい「一時程前だよ。」

 

    松「大した千両役者だぜ。見ねえ。この面」

 

    鉄「頭の良いてめえの事だ。はなからこうなる事を承知

      で町奉行所に貸を作るつもりでやったんだろう?ど

       っこい世の中そう甘くはねえんだ。上の奴は弱み

       を握られるのを嫌うもんだし、俺達は裏切られるの

       が何より我慢ならねえんだ。死んで貰うぜ。」

鉄 主水 に

   鉄は主水の刀を抜く。

 

   松「おいおい、俺に殺らせろ!」

 

   鉄「こいつとは古い馴染みだ。殺るのは俺しかいねえよ。」

 

  倒れた主水の前におていが立つ。

 

   鉄「どけ!牝!」

 

   おてい「二人共いい年しやがって。銭にもならない殺しや

        たって、しょうがないだろ?もしかしたら、本当に

        しらなかったのかもしれないよ。」

 

  正八が来て、かねみ兄弟が福山藩の腕利き侍五人の警

固を受けて福山に旅立つことを知らせる。

 

   主水「俺も行くぜ。これは仕事だ。」

 

 鉄・松・おてい・正八が歩み出し、捨てられた主水は這い

ながら後を追う。

 

  追い付き立ち上がり何とか歩む力を取り戻した主水は

鉄に語る。

 

    主水「覚えてやがれ。てめえ必ず獄門台にかけて

        やる。」

 

 鉄が主水の肩を叩き、主水は激痛にうめく。主水の肩を

鉄が治す。

 

   鉄「痛かったろ、ごめんよ。大体てめえが役所勤め

     なんかしてるからいけねえんだ。これを機会に

     辞めろ!」

 

   主水「そうはいかねえや。俺はてめえ達と違って

       一番安全な所で仕事してんだ。俺はヨレヨ

       レになっても奉行所は辞めねえぞ!」

 

  福山藩下屋敷。

 

 警固の侍に守られ移動するかねみ兄弟に、塀の上

から巨大竹鉄砲を持った松が威嚇する。

 

    松「そこで止まって貰おうか!動くんじゃねえや」

 

  庄次郎が恐れ、庄兵エはこけおどしと竹鉄砲を評価

する。

 

    松「じゃ試してみるか?」

   

 松は三つ数えたらぶっ放すと宣言する。

 

    「一つ!二つ!三つ!」

 

 竹鉄砲が発射する。弾丸はそれ、松の姿は見えない。

侍達は塀の外に落ちた松を追い、門内に入るが、正八

が仕掛けた落とし穴に陥る。松・正八は逃げる。

 

 庄兵エは背後に控える主水の殺気に気付き、斬りか

かるが、逆襲に遭い、斬られる。

 

  震える庄次郎のもとに女装した鉄が現れる。

 

   鉄「かねみ屋さん。美人丹のおかげで身体は

     ガタガタ。手足は痺れるし髪の毛は抜ける

     し。」

 

 逃げる庄次郎を捕え、鉄は骨外しで仕置きし、庄

次郎の死体のカッと見開いた目を閉じる。

 

  ナレーター「そして又傾動の日がやってきた。」

 

  鉄はおしまと遊ぶ。おしまは傾動の日なら来るが

 ふだんはちっとも来ないと叱る。「忙しくてな」と語る

鉄は、おしまは別の女郎との浮気を指摘され怖がる。

 

 おしまは「良い物見せてあげよ」と櫛を取りだす。

 

   おしま「死んだ妹の。髪は女の命って言うけど、

        妹のは黒くて本当に綺麗だった。けど

        死んだ時はカサカサに抜けてしまって

        さ。美人丹なんか飲まなけりゃ良かった

        んだ!」

 

   鉄「美人丹?」

 

   おしま「知ってんのかい?」

 

   鉄「いや」

 

   おしま「血の道に効くからって言うから妹は飲んだ

        んだ。十七の頃にこれから花も実も咲こう

       って時だってのに。妹は首をくくって死んだん

       だ。」

 

  おしまは最愛の妹を亡くした悲しみを語るが、仇は

取ったと喜ぶ。鉄は「なんて言った」と問う。

 

   おしま「仇は取ってやったと言ったのさ。仕置人に

        頼んでね。亥年生まれの女は執念深いか

        ら。もしあたしを捨てたりしたら・・・・・・」

 

   鉄「仕置人か!」

 

   おしま「そうとも、すぐに頼んじゃうから、覚悟

        しときなよ!」

 

 

 念仏の鉄は震え怖がる。

 

 

  ☆「殺るのは俺しかいねえよ」☆

 

 『新必殺仕置人』「裏切無用」は、山崎努の熱演が念

仏の鉄の生き方を明かした。野上龍雄のシナリオ・高

坂光幸の演出は完璧ある。

  念仏の鉄と己代松が花札に興じても中々乗れず

松は岡場所通いを提案するが、鉄は傾動を理由に断

る。

 

 「みんな悩んで大きくなった」は、当時流行っていた

野坂昭如のCMソングである。

 

 山崎努のアドリブかもしれない。

 

 傾動の日。沢山の女郎達が一日のみの休みに心身

の疲労を癒す。このシーンは名場面だ。

助け人走る 営業大妨害 追悼京唄子師匠

 

 野上龍雄は昭和四十八年(1973年)十二月一日

放送『助け人走る』「営業大妨害」(監督三隅研次)

においても傾動の日の女郎の物語を書いた。森

みつるが犠牲者お駒を熱演した。三年三か月を

経て脚本野上龍雄、ヒロイン森みつるのドラマが

再び具現した。

 

 岡場所に隠れていた鉄は、馴染みの女郎おしまとの

逢瀬を楽しむが厠で殺しを目撃する。主水が調査する

と、かねみ屋の手代が事件被害者であった。

 

 寅の会で鉄がかねみ屋庄次郎殺しを引き受ける。

 

 旅烏闇の重六は自身の名が読まれ、激怒し、虎に

鉄の玉を投げるが死神が守る。

 

 

 主水は賄賂を石部に怒られる。かねみ兄弟が美人

丹と称する贋薬で儲け、飲んだ客たちは薬害で苦しみ

命を絶った人も居た。

 

 寅の会では標的の闇の重六に潜入され、虎の命

が狙われる。重六・かねみ兄弟を追う主水は手柄を

譲って石部に賄賂を許してもらおうとして快諾しても

らう。

 

 亀石征一郎は昭和十三年(1938年)十一月三十

日生まれ。令和三年(2021年)七月十一日八十二

歳で死去した。数々の悪役名演は『必殺』の歴史

において光っているが厳格で真面目な被害者石部

役の名演も輝いている。

 石部が重六の鉄球に殺されるシーンは衝撃的で

ある。

 

 名和宏・五味龍太郎・伊達三郎の三大悪役の凄み

が光っている。亀石征一郎の善人役も貴重だ。

 

 酒井哲の与力に怒鳴られ平伏謝罪する主水。

 

 高坂光幸監督は蝋燭の炎を映し、主水の不安と

対応させる。

 

 虎と重六がバットと鉄球で激突合戦をするという

ドラマに驚嘆した。名和宏が投げる球を藤村富美男

が打つ。まさに夢の対決である。虎が玉を打ち返し

て重六を殺害するが、このシーンの藤村の打撃の

演技は迫力豊かである。

 

  中村家ではせんとりつが主水の手柄を喜ぶが

せんが記録を脚色するところに、鋭さがある。

 菅井きんの存在感・白木万里の粘りが強烈であ

る。

 

 松の視線は厳しく怖い。中村嘉葎雄の眼力が光

る。

 

 

 念仏の鉄が中村主水を殴り倒し骨を外し、裏切りを

糾弾し刀を奪って殺害しようとする。

 

 『必殺仕置人』『新必殺仕置人』全史における鉄と

主水の物語のクライマックスである。かねみ兄弟を

捕え手柄を立て奉行所での保身を図る主水。鉄・

松・正八・おていは、アベ備中守に保護されたかね

み兄弟を仕置するのは無理になり、死神に命を狙

われる窮地に立った。

 

 裏切った主水を鉄は許す訳にはいかない。

 

  鉄「頭の良いてめえの事だ。はなからこうなる事

    を承知で町奉行所に貸を作るつもりでやった

    んだろう?どっこい世の中そう甘くはねえんだ。

    上の奴は弱みを握られるのを嫌うもんだし、俺

    達は裏切られるのが何より我慢ならねえんだ。

    死んで貰うぜ。」

 

  この言葉に、仕置人念仏の鉄の道がある。仲間

中村主水の強かさを察しつつ裏切りを許さず罰する

という姿勢である。

 

 このシーンで鉄は主水を殴る。山崎努は藤田まこ

とを本気で殴り出血させたものと思われる。藤田まこ

との鼻には血痕がある。

 

 演技を越えた演技と言うよりも、演技・芸に山崎努・

藤田まことを命の全てを挙げて取り組み、命の情熱

を燃やし、鉄・主水の命を生きている。

 

 松の「俺に殺らせろ」という言葉を否定し、鉄は自身

のいのちの道を語る。

 

   「こいつとは古い馴染みだ。

   殺るのは俺しかいねえよ。」

 

 念仏の鉄の言葉は、古い馴染み中村主水への感情が

燃えている。昔馴染みであるから、殺害するのは自分し

かいないという確認である。

 

 「こいつに惚れこんでいる」とか「男惚れに惚れぬいて

いて好きだ」と一言も言わない。

 

 念仏の鉄にとって、中村主水がかけがえのない戦

友あることを、「殺るのは俺しかいねえよ」という自己

確認で明らかにする。

 

 

 鉄にとって主水が、最愛の友であることを、自身の

手で「殺る」という意志で語る。野上龍雄脚本に痺れ

る。

 

 おていの諌止に、「どけ、牝」という表現で激怒する鉄。

だがおていは鉄と松を宥め、主水の立場を思う。

 

 かねみ兄弟が逃れたことを知らなかった事を力説し

謝罪をする機会を貰う主水。傷ついた体で鉄に姿勢を

語る。

 

   主水「覚えてやがれ。てめえ必ず獄門台にかけて

      やる。」

 

 主水にとっても、念仏の鉄がいかに大親友であると

いう心が「必ず獄門台にかけてやる」という宣言で表

明される。二人の友義は、互いに「殺る」「獄門台」とい

う処刑宣言において明言される。

 

  謝罪する鉄は骨を力強く治し、主水は激痛を感じ

る。奉行所を辞めろと鉄は勧め、主水は絶対に奉行

所勤めは辞めねえと述べる。

 

 

 

 松は実験を重ねた巨大竹鉄砲で侍達を脅すが、中

村嘉葎雄は、「ひとつ、ふたつ、みっつ」の台詞を凄ま

じい力で聞かせる。

 

 伊藤大輔監督作品で活躍した伊達三郎が壮絶な

迫力を殺陣で見せるが、手負いの主水に斬られるシ

ーンの哀感も素敵だ。藤田まことが傷ついた主水の

剣を重厚に見せてくれる。

 

 鉄がかねみ庄次郎の前に女装して現れ、薬害で

傷ついた女達の怨念を伝えて仕置きする。

 カネミ油症事件に対する野上龍雄の悲しみが窺

える。

   

 ラストでおしまが亡き妹の恨みをこめてかねみ

庄次郎の仕置を依頼したことを語り、鉄が震える。

 殺し屋が馴染みの女郎が頼み人と知り吃驚する

ドラマは鋭い。ここにも野上龍雄脚本の完璧な構成

を見る。

 

 森みつるの凄みは圧巻である。

 

 最終回「解散無用」で森みつるは、鉄の恋人の

女郎として出演する。辰蔵との死闘の後、傷を腹

に負った鉄は馴染みの女郎と遊びそこに男の生

き甲斐を感じる。

 

  この女郎とおしまは同一人物であると自分は

思う。

 

 「裏切無用」で浮気すれば仕置するというおし

まの警告を聞き震えた鉄は、「解散無用」で自身

が危機的状況に在っても、馴染みの女郎のもと

に行く。

   

 裏切った仲間は殴り骨を外して制裁する。

 

 裏切らないと約束した女のもとに遊びに行く。

 

 念仏の鉄は裏切らぬ事に命を賭けた。

 

 

 キャスト

                   

 藤田まこと(中村主水)

 

 

 中村嘉葎雄(己代松)


 

 火野正平(正八)

 

 中尾ミエ(おてい)

 

 河原崎建三(死神)

 

 名和宏(闇の重六)

 

 伊達三郎(金見庄兵エ)

 五味龍太郎(かねみ庄次郎)

 森みつる(おしま)

 

 藤村富美男(元締虎)

 

 北村光生(吉蔵)

 酒井哲(与力)

 日高久(宇平)
 

 黛康太郎(侍)

 吉田聖一(侍)

 東悦史(侍)

 岡田恵子(丘場所の女)

 

 瀬下和久(闇の俳諧師)

 藤沢薫(闇の俳諧師)

 原聖四郎(闇の俳諧師)

 堀北幸夫(闇の俳諧師)

 沖時男(闇の俳諧師)

 

 亀石征一郎(石部)

 

 菅井きん(中村せん)

 

 白木万理(中村りつ)

 

 

 

 山崎努(念仏の鉄)

 

 


 スタッフ

 

 

 制作       山内久司(朝日放送)

          仲川利久(朝日放送)

          桜井洋三(松竹)

 

 

 

 脚本          野上龍雄
 

 音楽          平尾昌晃

 編曲          竜崎孝路

 

 撮影          石原興

 製作主任       渡辺寿男

 

 美術          川村鬼世志

 照明          中島利男

 録音          木村清次郎

 調音          本田文人 

 編集          園井弘一

 

 助監督        松永彦一 

 装飾         玉井憲一

 記録         杉山栄理子

 進行         黒田満重

 特技         宍戸大全

 

 装置          新映美術工芸

 床山結髪       八木かつら

 衣装          松竹衣裳

 小道具         高津商会

 現像          東洋現像所

 

 制作補         佐生哲雄

 振付           藤間勘眞次

 殺陣           美山晋八

               布目真爾

 題字           糸見渓南

 

 ナレーター       芥川隆行

 

 オープニング 

 ナレーション作     早坂暁

 予告編ナレーター   野島一郎

 

 主題歌          あかね雲

 作曲           平尾昌晃

 編曲           竜崎孝路

 唄             川田ともこ

 東芝レコード

 

 

 監督           高坂光幸


 

 制作協力        京都映画株式会社

 

 制作            朝日放送

                松竹株式会社

 

 

 ☆

 

 藤田まこと=はぐれ亭馬之助

 

 

 中村嘉葎雄=中村賀津雄

 

 

 二瓶康一→火野正平

 

 中尾ミエ=中尾ミヱ

 

 名和宏=名和広

 

 白木万理=松島恭子=白木マリ

 

 

 山崎努=山﨑努 

 

 早坂暁・野島一郎はノークレジット

 

 傾動についてのナレーションは酒井哲

 の声と思われる。

 ☆

 「己代松」の表記は本編字幕に依る

 ☆

 平成三十年(2018年)十月十六日・十一月四日・

六日・十五日・十六日発表記事を再編している。 

 (画像・台詞出典

  『新必殺仕置人』DVD vol.2)

 

 

                     南無阿弥陀仏