桐竹勘十郎 重要無形文化財指定保持認定 仮名手本忠臣蔵 大序・三段目 2019/4/29  | 俺の命はウルトラ・アイ

桐竹勘十郎 重要無形文化財指定保持認定 仮名手本忠臣蔵 大序・三段目 2019/4/29 

桐竹勘十郎

勘十郎

 三代目桐竹勘十郎

 本名 宮永豊実

 昭和二十八年(1953年)三月一日生まれ。

 文楽人形遣い

 令和三年(2021年)七月十六日。重要無形

文化財指定保持者に認定されたことが発表さ

れた。

 本日は祝賀の心をこめて、令和二年(2020年)

四月三十日の記事を再編し、平成三十一年(20

19年)四月二十九日国立文楽劇場『仮名手本

忠臣蔵』「大序」「二段目」「三段目」「四段目」公演

の中から、「大序」「三段目」の桐竹勘十郎の高師

直の遣いを讃えたい。

 

通し狂言 仮名手本忠臣蔵(大序より四段目まで)
第一五四回=開場三十五年記念文楽公演
平成三十一年(2019年)四月二十九日 国立文楽劇場

作   二代目竹田出雲

          三好松洛
     並木千柳
 

  大序 

 鶴が丘八幡宮兜改めの段
  《太夫》 竹本碩太夫 豊竹亘太夫 竹本小住太夫

 《三味線》  鶴澤清光  鶴澤燕二郎
 野澤錦吾  鶴澤清公 

 恋歌の段
 《太夫》
 高師直 竹本津國太夫
 顔世御前 竹本南都太夫
 桃井若狭助 竹本文字栄太夫
 《三味線》 竹澤團吾

 

 《人形役割》
 足利直義 吉田玉勢
 高師直  桐竹勘十郎
 塩谷判官高定 吉田和生
 桃井若狭助安近 吉田文昇
 顔世御前 吉田簑志郎
 大名  大ぜい
 仕丁  大ぜい


 

 三段目 
 下馬先進物の段
 《太夫》 竹本小住太夫
 《三味線》 鶴澤寛太郎
 
 腰元おかる文使の段
 《太夫》 豊竹希太夫
  《三味線》鶴澤清馗
 
 殿中刃傷の段
 《太夫》 豊竹呂勢太夫
 《三味線》 鶴澤清治
 
  裏門の段
  《太夫》 豊竹睦太夫
 《三味線》 野澤勝平
 
 《人形役割》
  高師直  桐竹勘十郎
  鷺坂伴内 吉田文司
  加古川本蔵 吉田玉輝
  早野勘平 吉田玉佳
  腰元おかる 吉田一輔
  桃井若狭助安近 吉田文昇
 塩谷判官高定 吉田和生
  奴     大ぜい
 侍      大ぜい
 門番      大ぜい
 大名      大ぜい
 
 

 

  『仮名手本忠臣蔵』の作者は二代目竹田出雲・三好

松洛・並木千柳である。

 寛延元年(1748年)八月十四日竹本座で初日を迎え

大当たりを取った。

 

 文楽は、国立文楽劇場において2019年の

開場三十五年記念公演で、四月と七・八月の

夏休み特別と十一月の三公演に渡って、『仮名

手本忠臣蔵』全十一段を上演することを決定し

た。

 

 

    

  嘉肴有りといへども食せざれば  

  その味はひを知らずとは

 

 『仮名手本忠臣蔵』冒頭の言葉である。原作戯曲

と演劇上演の関係とも照応している。山海の珍味が

あっても食べなければ、その味わいを知ることがない。

 

 平成三十一年(2019年)四月八日に国立文楽劇場に

おいて『仮名手本忠臣蔵』「大序」「二段目」「三段目」

「四段目」を鑑賞した。その日の感想は令和二年(20

20年)三月十九日記事で発表した。

 

仮名手本忠臣蔵 大序・二段目・三段目・四段目 平成三十一年四月八日 国立文楽劇場

 

 平成三十一年(2019年)四月二十九日国立文楽

劇場において二度目の鑑賞をなした。

 

 『シネマ de もんど』のももじろう2号さんと奥様が

この日観劇に来て下さった。

https://ameblo.jp/iwashima555/entry-12458007966.html

 

 午前十一時開幕の時が来た。「大序 鶴が丘八幡宮の段」が

開幕する。人形遣いは黒衣を着て遣う。

 

     嘉肴ありといへども食せざればその味はいを知らず

     とは。国治まつてよき武士の忠も武勇も隠るゝに。譬

     へば昼の星見えず夜は乱れて顕はるゝ 

 

 足利直義・高師直・塩谷判官・桃井若狭助の人形が静止した

状態で舞台に立っている。太夫の語りで名を呼ばれると動き

出す。太夫が語り三味線が惹かれ人形遣いが遣って、人形に

命が吹き込まれ躍動し始める。文楽の神秘を明かす演出だ。

 

 直義の人形かしらは若男で繊細で美男の君主的存在である。

執事高武蔵守師直は権柄眼で他人を見下す権力者で、人形

のかしらは大舅で黒の着物を着ている。師直は巨悪を顕示

する存在である。

  師直の指示を受ける御馳走の役二人は桃井若狭之助安

近と塩谷判官高定(塩谷高貞)である。若狭之助は正義感

が篤く、塩谷判官は優しくて思慮深い。若狭のかしらは源太、

判官のかしらは検非 違使(けんびし)である。

 

  文楽において大序は、若手の太夫の研鑽の段とも言われて

いる。碩太夫・亘太夫・小住太夫・咲寿太夫が力強く語る。小

住太夫の声は鋭く聞こえてきた。

 清允・燕二郎・錦吾・清公が弾く三味線は力強かった。

  師直と若狭の間に緊張関係が生じ、判官は直義の指示を

仰ぎ、直義は過去に後醍醐天皇に仕え、義貞の兜を取り次

いだ高定の妻顔世御前を召し出す。四十七という数字が、

様々な形で劇中に登場する。いろは四十七文字から「仮名」

と赤穂義士の数が照応するのは題名だ。師直のせりふの

「四十七」の死骸にもこの数字が登場する。

 顔世(かおよ)は「かおよい」に通じる。高師直が顔世御前

に横恋慕してその夫塩谷高貞を虐めたという物語に依拠し

ている。

 塩谷高貞(本作では塩谷高定)は、生年不明で興国二年・

暦応四年(1341年)の三月二十五日から二十九日の間に

自刃した。自刃事件の真相は現在も謎である。「塩谷」の

「塩」の一字が赤穂の「塩」に通じることもあり、浅野長矩

役が託されて、『仮名手本忠臣蔵』に登場することになった。

 『太平記』の人物である新田義貞・高師直・塩谷高貞が

江戸徳川時代の生活様式で生きるという自在な発想も

文楽歌舞伎の演出なのだ。だがこうした作者達の作劇を、

簡単に「現代」と決めつけ思いこむことは早計である。

 浅野長矩刃傷事件の「四十七」年後に、作者が『仮名手

本忠臣蔵』を発表したことは重くて大きい。

 

 吉田玉勢の直義は気品豊かであった。吉田和生の塩谷

判官には清潔な美しさがある。吉田文昇の桃井若狭助は

一徹な正義感が漲っている。吉田蓑志郎の顔世御前は

優美であった。

 桐竹勘十郎の高師直は憎々しさが壮絶である。

 

 

 「恋歌(こいか)の段」は、美しい人妻に恋してしまった

老権力者の強烈な片思いのドラマだ。作者は師直・高

定の争いの根源を、女性への男性の恋心という具体的な

事柄に見た。人妻に恋した権力者が執拗に口説いて振

られ、逆恨みをして夫を虐めぬいて斬りつけられる。男

女三角関係の問題という極めて分かりやすく生々しい問

題にドラマの根本を確かめた。

 

 

    天下を立てようとも伏せようともまゝな師直。塩谷

    を生けうとも殺さうとも、顔世の心たつた一つ

 

 天下の権力者師直は夫塩谷判官の生殺与奪の権を

握っているから、顔世は心から靡いて夫を生かしてやる

べきではないかという脅し文句である。

 

 津國太夫が師直のねばり強い口説きを語る。南都太夫

が言い寄られる顔世の悩み、文字栄太夫が若狭の正義

を鮮やかに語る。團吾の三味線は劇的緊張を強く弾く。

 桐竹勘十郎が師直の傲慢不遜と巨悪を表現する。

 

 

 「三段目」は劇・ドラマ・物語の理想を極めた傑作と自分は絶賛

する。

 横恋慕の邪念を燃やす師直。その計画に協力しつつ自身もお

かるへの口説きに踊るる鷺坂伴内。

 任務の間を縫ってささやかな時間に恋し合う早野勘平とおか

る。恥辱への怒りに燃えて刃を向けんとする桃井若狭之助。主

君の生命と御家の安泰を祈るりつつそれらが叶わぬ場合は、

せめて武士の面目として刃傷だけは主君に果たしてもらいた

いと二面の課題を思う本蔵。

 これらの人々の人生の道が、塩谷判官の刃傷事件により激

変する。一人の青年が抜いた一本の刀の動きは、彼自身が

切腹という刑を受けることを呼び起こし、関わる人間達の人生

の物語にも急激な変化を惹起する。

 足利館に師直・伴内・本蔵・判官・勘平・おかるが現れる。文楽

ではこの来館を丁寧に語る。今や文楽でなければ見れない名

場面でもある。師直・伴内の入館だが、大序に続いて師直の 

衣装は黒である。勘十郎がここでも師直の歩き方に憎たらしさ

をたっぷりと見せる。

 寛太郎の三味線も渋い。

 

 文使いの段では、判官・勘平主従が入場する。この場面も

今日では文楽でなければ聞見しえない名場面である。

 

 おかるが主人顔世御前の文を持って現れ、判官様から直

接師直様に手渡しをお願いしたいという顔世の伝言を持って、

勘平に文箱を渡す。

 伴内が勘平を呼ぶ声を語り城に入れて、その隙におかる

に言い寄るが拒絶され、勘平の作戦で師直の用事を告げる

声が語られ、邪恋の伴内は口説きを中断して城に向かう。

 主人師直・顔世・判官と家来伴内・おかる・勘平の主従の恋

愛三角関係が照応する。豊竹希太夫の語りと鶴澤清馗の三

味線は恋愛のドラマ を鮮やかに明示してくれた。

 

 「殿中刃傷の段」は豊竹呂勢太夫の熱い語りと鶴澤清治の

深き弾きで、名舞台であった。

 桃井若狭助は師直遅しと待ち、鶴が丘での辱めに対し恨み

の刃を斬りつけ真っ二つに斬殺しようと待っている。師直は彼を

見るや態度を変えて謝罪する。老獪な師直は本蔵の賄賂を受

け巧みに態度を変えて若狭の殺意を弱らせる。

 文楽殿中刃傷の段ではここで伴内ではなくて茶道の僧珍才

を登場させる。原作に忠実な文楽にしては珍しい改変なのだが

これは良くない。原作通り伴内を登場させるべきだ。「寝刃合は

せし刀の手前差し俯き思案顔」と語られ、二段目で寝刃を本蔵

に合わせてもらったものの、師直に謝罪され、謝る者は斬れな

い。若狭は計画を諦める。

 

 文楽ではここで体調不良を訴える若狭に師直が珍才に看病

を命じる演出だ。「アゝもう楽じゃ」と殿中に潜む本蔵の安堵を

呂勢太夫が繊細に語る。

 文箱を持って塩谷判官が現れる。師直は遅いと叱るが、判官

は不調法を確かめつつ、時間があると語り、妻顔世からの文を

渡す。恋の上機嫌で文を見る師直だが内容を読み、その機嫌が

変化する。

   「さなぎたに重きが上の狭夜衣、我がつまならぬつまな重

    そ。これは新古今の歌」

 

 『新古今和歌集』の歌を引用して、顔世は恋の拒絶を伝えた。

心にもない謝罪を若狭にしたことと権力を用いてでも奪おうとし

た顔世に完全に振られた失恋の悲しみの両方が師直の心身を

直撃し怒りを呼び起こす。目の前には、顔世の夫で恋敵の判

官が居る。その逆恨みの激怒が一挙に向けられ、執拗な虐め

となる。

 呂勢太夫の鋭い語りと清治の重厚な三味線は、師直の粘り

強い虐めを迫力豊かに語り弾く。

 

   「うちばかりに居る者を井戸の鮒ぢゃという譬へがある」

   「貴様も丁度その鮒と同じこと。鮒よゝ鮒だゝ鮒侍だ」

 

 呂勢太夫は権力を笠に着て失恋の怒りを恋敵に向けて虐めを

楽しむ師直の憎たらしさをじっくりと語る。勘十郎が師直の傲慢さ

と嫌らしさを粘り強く遣う。和生がいじめにあって必死にこらえる

判官の苦悩を遣う。

  「ムゝハゝ」の長い笑いは師直の魔性を示す。ここでも呂勢

太夫の語りが圧巻だ。

 

   「ムゝすりや今の悪言は本性よな」    

 

   「くどいゝがまた本性なりやどうする」

 

 悪口雑言は本性のお言葉だなと判官は問い、某の本性ならど

うするのだと師直は問い直す。

 判官は耐えに耐えていたが、我慢の限界を突破し、師直に斬り

つける。師直は斬られた痛みを堪えて平舞台から引っ込み、舞台

二重に逃げて上手から下手に走り去るように歩み、判官はその

後を抜刀しながら追いかけて本蔵に抱き留められる。この段の

演出は見るたびに感嘆するが、人形と人形が本当に刃傷事件を

起こし逃走・追走しているように感じられるのだ。文楽の深いアク

ションである。

  玉輝の本蔵は、判官を抱き留める本蔵の親切心を鮮やかに

遣う。この思い込みは足利幕府には全く通じず、判官は殿中刃

傷の罪で切腹死罪を命じられ、本蔵への激しい恨みを抱いて切

腹の座につくことになる。

 和生が憎い師直の暗殺を仕損じて、痛恨の悔しさを噛みしめ

る判官を遣う。

 

 三段目裏門の段はおかる勘平の物語だ。おかるとの逢瀬で

主君塩谷判官の城中刃傷に居合わせることが成り立たなかっ

た早野勘平は自責の念から切腹しようとするがおかるに止め

られる。

 

    「皆わしが死ぬる道ならお前よりわしが死なねば

    ならぬ。今お前が死んだならば誰が侍ぢゃと褒め

    まする。こゝをとつくりと聞き分けてわしが親里へ

    一先づ来て下さんせ。」

 

 豊竹睦太夫の語りと野澤勝平の三味線が鋭い。吉田玉

佳と吉田一輔の遣いが勘平とおかるの固き愛を遣う。

 

  

 桐竹勘十郎の高師直の傲慢さと憎たらしさは壮絶である。

同時に若い人妻美女に振られた悔しさや嫉妬も強烈な印象

を与えてくれる。塩谷判官に斬られ上手から下手に逃げる

速度には、「痛み」「恐怖」を伝えてくれる。傲慢不遜な権力者

が人妻をわが物にしようと狙い、恋敵の夫を虐め抜いて刺され

負傷する。「憎たらしい」と観客に実感させる巨悪の遣いに感

嘆した。

 

 桐竹勘十郎の至芸の鑑賞は、文楽ファンにとって生き甲斐

なのだ。

 

 国立文楽劇場は、勘十郎の遣いとの縁を恵んでくれる場で

ある。

 

 桐竹勘十郎師

 

 おめでとうございます

  

 

                             合掌

 

 

                                    

                       南無阿弥陀仏

 

 

                            セブン