春琴物語(二)  京マチ子主演 伊藤大輔監督作品 | 俺の命はウルトラ・アイ

春琴物語(二)  京マチ子主演 伊藤大輔監督作品

 

『春琴物語』

映画 トーキー 112分 白黒

昭和二十九年(1954年)六月二十七日公開

製作国  日本

製作   大映東京

原作   谷崎潤一郎『春琴抄』

脚色   八尋不二

音楽   伊福部昭

撮影   山崎安一郎

美術監督 伊藤喜朔

美術    木村威夫

録音    橋本国雄

照明    安藤真之助

 

助監督 井上芳夫

     富本壮吉

     渡辺実

 

 

 

出演

 

京マチ子(春琴)

 

花柳喜章(佐助)

 

 

船越英二(美濃屋利太郎)

間野聡子(春琴少女時代)

石野千恵子(春琴少女時代)

 

 

 

千秋実(卓造)

宮嶋健一(加平)

入江洋祐(直吉)

飛田喜佐夫(金どん)

白井玲子(たね)

飯田弘子(つゆ)

杉岡毬子(ゆき)

 

 

高品格(源吉)

桜緋紗子(みや)

伏見和子

榎波啓子

町田博子

河野秋武(正太)

 

 

 

進藤英太郎(鵙屋安左衛門)

滝花久子(しげ)

杉村春子(おえい)

浦辺粂子(つぎ)

青山杉作(春松検校)

 

 

語り 東山千栄子

 

 

監督 伊藤大輔

 

平成十一年(1999年)九月十日

京都文化博物館にて鑑賞

平成二十九年(2017年)十月十二日記事を

再編している。

 

 大阪道修町の薬種問屋鵙屋は老舗で、二女

お琴は幼い時期に視力を失った女性で、琴や

三味線を春松検校に学び、美しい女性として

その名を知られていた。

 幼い頃から献身的に仕えている男性佐助を

春琴は特に重く遇し、二人の間には深い絆が

あった。

 佐助は春琴の音曲の稽古を聞き、貯金から

三味線を買い、音を立てることなく秘かに稽古

していたが、それに気づいた春琴は弾くように

指示すると見事な弾きであった。

 お琴は主人で佐助は奉公人の主従関係は

続いたが、二人の深い愛は決定的で、愛し合う。

 お琴は佐助の子供を懐妊し出産するが、子供

は亡くなってしまう。二人は主従関係を続けて

いた。

 お琴は師匠春松から名を一字もらって春琴を

名乗るが、鵙屋の商業は厳しくなり、佐助と共に

淀屋橋に住む。

 美濃屋利太郎は春琴の美貌に惹かれるが、

冷たくされて、やくざ者の源吉を雇って、復讐

を狙う。

 春琴が寝ている時に秘かに侵入した源吉

は彼女の顔に熱湯をかける。

 湯をかけられ、火傷を負った顔を、誰にも

見られたくない。

 これが春琴の気持ちであった。愛しい佐助

には最も見られたくない。佐助は近づくことを

禁止された。彼には春琴の心が察せられた。

 針を持って見つめる。そして自身の目を突い

て視力を捨てて、春琴が見えない身となった。

 

 佐助は春琴の心を思い、一途に彼女に仕え、

二人は愛を確かめ合った。

 

 ☆伊藤大輔が描いた純愛劇を

  京マチ子が熱演☆

 

 

 伊藤大輔(いとう・だいすけ)は明治三十一年

(1898年)十月十三日、愛媛県宇和島市に誕生

した。

 父朔七郎は中学校教師であった。母は寿栄で

ある。

 愛媛県立松山中学に在籍していた時代から

文筆に情熱を燃やした。中学卒業後、父朔七郎

が死去し地方新聞記者・呉海軍工廠勤務を経て

演劇への夢に燃え、戯曲を書いて、指導を小山

内薫に乞うた。

 大正九年(1920年)師小山内薫の勧めを受け

上京し活動大写真の俳優学校に入った後、脚本

を学び、師小山内の推薦を受けて第一回脚本作

品『新生』を書き映画化される。

 以後松竹蒲田で数多くの脚本を執筆する。

 大正十二年(1923年)に執筆した『女と海賊』

に「新時代劇映画」と名付ける。女役を女形男優

が勤めていた時代に、女役は女優が勤め、現代

劇(新派)の俳優を旧劇に起用して欲しいという

伊藤の希望を松竹が採用し、野村芳亭が演出

した。この「新時代劇映画」の言葉が、「現代より

昔の時代の物語」を描く写真(映画)である「時代

劇」と言われるようになっていく。

 大正十三年(1924年)伊藤大輔は第一回監督

作品『酒中日記』を監督する。

 大正十五年(1926年)、幕末に愛する者を助け

る為に自己を犠牲にする壱岐一馬を主人公に

する映画『幕末剣史 長恨』を大河内傳次郎主演

で日活大将軍で撮り演出する。以後日本時代劇

活動大写真・日本時代劇映画を荷う存在となり

「時代劇の父」を称される。

 

 『春琴物語』は谷崎純一郎の純愛小説『春琴抄』

を映像化した映画である。

 時に大輔満年齢五十五歳、第七十八本目の監

督作品である。

 『時代劇映画の詩と真実』(昭和五十一年四月

十四日発行 キネマ旬報社)に収められた文『谷

崎先生』において谷崎潤一郎との出会いを確かめ

ている。

 

   谷崎潤一郎先生の主宰されていた大正活映

   が解散になり、先生の義妹で同社のスターだ

   った葉山三千子嬢が松竹へ入社するについて

   先生ご自身、葉山嬢を同伴して蒲田撮影所

   に見えられた。

   「かねがね小山内君から聞き及んでおり、書

   かれた作品も拝見しております。このたび葉山

   が厄介になりますが、なにぶんよろしく」と、い

   んぎんなごあいさつである。私は脚本部の一

   員には相違ないが、まだ私大の夜学に通って

   いる貧書生である。かねて尊敬する大作家の

   前に、顔もあげられぬ思いであった。

                           (13頁)

 

 大作家谷崎潤一郎先生は親戚の葉山三千子嬢が

松竹に入るに当たって、若き脚本家伊藤大輔に丁寧

に挨拶された。伊藤は尊敬する大作家の謙虚で誠実

な言葉に感動し強く緊張する。

 

 戦後大映で映画を演出する監督となった時代は

既に大巨匠の評価を受けていたが、当人にとっては

深く尊敬する大作家の小説の映像化に挑む気持ち

は、並々ならぬ熱さであったことは窺えよう。

 

 伊藤大輔夫人朝子は『時代劇映画の詩と真実』

において製作当時の問題を語っている。

 

   「春琴物語」もやってくれということになって、

   京都でやったら溝口が邪魔しよるさかいに、

   東京で気持ちよく仕事をやってくれということ

   になってね。東京で決まったら、溝口さんが

   怒鳴り込みに来やはったんですって。「春琴」

   はぼくがやろうと思ってたのに、なんで伊藤に

   やらすんですかって。

                          (140頁)

 

 ライバル溝口健二は、『春琴物語』の演出に意欲

を燃やしていたようで、自分が監督をしたかったの

に、何で伊藤に演出やらせるんですか、と大映首脳

に問うたと朝子夫人は証言する。

 溝口健二の並々ならぬ闘争心が察せられる。伊藤

大輔はそうした友人の嫉妬を受けつつも、悠然と恋愛

ドラマを熱く語った。

 

 京マチ子は大正十三年(1924年)三月二十五日大

阪府に誕生した。本名を矢野元子と申し上げる。

 昭和十一年(1936年)大阪少女歌劇団に入り、二

十四年(1959年)に大映に入りグラマー美女の魅力

でスタアになった。日本映画の傑作群に主演し、堂

々たる存在感を顕示し、トップスタアとして活躍した。

 

 伊藤大輔とは数々の傑作でチームを組んだ。春

琴役の美しさは光り輝いている。誇り高く気品豊かで、

華やかさと麗しさを兼ねた美貌で銀幕に絢爛と華

を咲かせる。

 

 佐助に花柳喜章。一途で純粋に春琴を愛し抜く

真心を熱演し明かし切った。自分は、佐助が目を

突く前に見せる恐怖心の表情が鮮烈だった。目を

突くのは勿論怖い。しかし、愛する春琴が顔を見

られたくないと望んでいる。しからば、何も見えない

身となる。この心に佐助は全てを託し、激痛を覚悟

で目を針で刺し、何も見えぬ身となったが、春琴

の望む世界を尊重した。

 佐助は春琴の心に添うことが一番の幸せだった

のだ。

 

 船越英二が美濃屋利太郎の冷酷さを鋭く勤める。

過去に片想いで愛した春琴が、冷厳に接するから

と逆恨みして顔に火傷を負わせる。大悪党だが、

根本に振られた悔しさがあることをしみじみと伝え

てくれた。春琴の美貌に出会って、道を誤ってし

まった男の哀しみがあった。

 

 高品格の源吉は凄みがあった。

 

 青山杉作・浦辺粂子・進藤英太郎・杉村春子・滝

花久子と大名優達が出演し、芸の層の厚さと深さ

を見せてくれた。

 

 東山千栄子のナレーションが暖かさと優しさに

溢れ、聞いていて胸が熱くなった。

 

 昭和二十九年(1954年)は木下恵介監督作品

『二十四の瞳』や溝口健二監督作品『近松物語』

といった歴史的大傑作が公開された年であった。

 男女の純粋な愛を語る本作『春琴物語』は、現

代では知名度があるとは言い難いが、作品の質

は『二十四の瞳』や『近松物語』に匹敵する大傑作

であると申し上げたい。

 

 大輔監督・マチ子様出演作品では、『遙かなり

母の国』は未見で、本作『春琴物語』『いとはん

物語』『地獄花』『女と海賊』は銀幕鑑賞し感激

した。

 

 『遙かなり母の国』鑑賞は自分にとって大きな

課題である。フィルムは現存しているようだ。

 

 

 京マチ子と花柳喜章が名演において明かした愛

の絆は、美しくて清らかで熱い。

 

 その愛は完璧な世界であり、絶対的な強さを以て

春琴と佐助を深く結びつけている。

 

 京マチ子は令和元年(2019年)五月十二日に九十

五歳で死去した。

 日本映画を牽引し銀幕に名演を輝かせたご生涯

であった。

 大女優大スタア京マチ子と巨匠伊藤大輔が組ん

だ『春琴物語』は悲しく痛ましい物語だが、暖かい。

 

 伊藤大輔が、銀幕において書いた愛の世界は、

完璧な美しさを見せているが、その強固さは永遠

である。

 

 

 

           令和三年(2021年)年五月十二日

 

 

                             合掌

 

 

                       南無阿弥陀仏

 

 

                            セブン