二代目中村扇雀名舞台『艶容女舞衣 酒屋』平成元年十二月南座
平成元年(1989年)十二月南座
顔見世 昼の部
『艶容女舞衣』「酒屋」
(はですがたおんなまいぎぬ さかや)
お園 二代目中村扇雀
半七 二代目中村扇雀
半兵衛 五代目片岡我當
おさよ 中村鴈之丞
丁稚長太 秀樹
お通 市川まゆ
三勝 初代中村浩太郎
宗岸 五代目中村富十郎
☆
二代目中村扇雀→三代目中村鴈治郎
→四代目坂田藤十郎
初代中村浩太郎→三代目中村扇雀
中村鴈之丞→中村桜彩
☆
酒屋茜屋は大阪上塩町の店である。
茜屋半七はお園という妻がいるが、女
舞の芸人三勝という愛人がいて、彼女
との間にお通という娘を設けた。父半
兵衛は半七が殺人を犯してしまった事
を受け勘当を決める。
茜屋に捨て子があった。
お園は実父宗岸に実家に帰ることを
決められたが、父と共に茜屋を尋ねる。
宗岸は半兵衛が着物の奥に縄目をし
ていることを洞察し、半七の罪を着る覚
悟であることを言い当てる。親の心は変
わらぬことを宗岸に説かれ、半兵衛は
お園を若い後家にしたくなかったと心情
を語る。
お園は「今頃は半七さん。どこでどうし
てござろうか」と家出してしまった夫を案
じる。
茜屋に捨てられた児はお通と分かる。
お通が持つ手紙は半七が認めたもので
三勝との心中への決意が語られ、「未来
は必ず夫婦」の言葉がお園宛てに書かれ、
お園は夫の気持ちを喜ぶ。だが、半七の
心中の決意は固く、お園と共に茜屋の人
々に深謝しつつ、心中への道を歩みだす。
二代目中村扇雀後の四代目坂田藤十郎
のお園は情の暖かさが深い。裏切られても
殺人を犯した存在であっても夫半七を母性
愛で深く強く愛し抜く心に圧倒された。
「今頃は半七さん」の愛のせりふを息を
詰める話法でしみじみと語ってくれた。
歌舞伎では早替わりでお園半七を勤める
例があるが、本公演はそれを明かした。
二代目扇雀半七が現れた瞬間、南座では
どっとどよめきが起こった。
一瞬で男となり、別れた妻や両親・義父へ
の申し訳なさを示し、三勝との深い愛も深く
表現した。
浩太郎後の三代目中村扇雀の三勝は綺麗
だった。二・三代目扇雀の親子による恋人達
は心中で思いを遂げようとする絆を熱く演じた。
片岡我當の半兵衛は渋く、息子の罪を被
って縄目に生きる父親の強さがあった。
五代目中村富十郎の宗岸は繊細で優しく
暖かかった。
この月の顔見世は南座が改築前の最後の
公演という事で東西の大名優が集うた。
扇雀は昼の部がこの『酒屋』で夜の部が『摂
州合邦辻』の浅香姫、富十郎は昼の部序幕で
『種蒔三番叟』と『酒屋』、夜の部は『勧進帳』の
富樫を勤め大奮闘であった。
サイン会もあり、二代目扇雀に「お願いしま
す」とサインをして頂き、「ありがとう」と言葉を
賜った。
これが林宏太郎から直接に言葉をかけて頂
いた機会となった。
令和二年(2020年)の南座顔見世はチケット
取得が遅れ見聞することが無理だった。
坂田藤十郎が出演しない顔見世という事実
にショックを受けて行動が遅くなったことは自分
でも否定できない。
令和二年(2020年)一月の大阪松竹座の
『酒屋』で三勝を勤める予定であった藤十郎
は休演し、お園役の三代目扇雀が二役で勤め
たことを聞いた。
大阪を舞台にしみじみと家族・夫婦の絆を
語り心を温めてくれる名作である。
三十一年の歳月が経ったが、お園・半七役の
二代目中村扇雀後の坂田藤十郎が現した愛
の芸は、今も私の胸に感動を呼び起こしてくれ
ている。
合掌