博奕打ち 総長賭博 (十七)雨 | 俺の命はウルトラ・アイ

博奕打ち 総長賭博 (十七)雨

『博奕打ち 総長賭博』

 

映画 トーキー 93分 カラー

昭和四十三年(1968年)一月十四日公開

製作国  日本

製作    東映京都

 

企画  俊藤浩滋

     橋本慶一

 

脚本  笠原和夫

 

音楽  津島利章

撮影  山岸長福

照明  井上孝二

調音  野津裕男

美術  富田次郎

編集  宮本信太郎

 

助監督 本田達男

記録 史部はつ子

装置  米沢勝

装飾  渡辺源三

 

美粧  佐々木義一

結髪  妹尾茂子

衣裳  高安孝次

擬斗  谷明憲

進行主任 並河正人

 

 

出演者 

 

 

鶴田浩二(中井信次郎)

 

 

藤純子(松田弘江)

 

名和宏(石戸孝平)

曽根晴美(水谷岩吉)

佐々木孝丸(河島義介)

三上真一郎(小林音吉)

 

沼田曜一(野口進)

中村錦司(青木勇作)

小田部通麿(北川常次)

原健策(五井常次郎)

国一太郎(岩倉宗太郎)

堀正夫(坂上貞蔵)

関根永二郎(竹下清之助)

大木勝(長尾清)

 

 

若山富三郎(松田鉄男)

金子信雄(仙波多三郎)

曽我廼家明蝶(西尾宇一郎)

 

 

監督  山下耕作

 

 

藤純子→富司純子

 

佐々木孝丸=落合三郎=香川晋

平成三年(1991年)十一月十三日 朝日シネマにて鑑賞

☆☆☆

画像出典 『博奕打ち 総長賭博』DVD

台詞出典 『博奕打ち 総長賭博』DVD

       『笠原和夫 人とシナリオ』版

       『博奕打ち 総長賭博』(平成十五年

       十一月七日シナリオ作家協会発行)

 ☆☆☆

  台詞の引用・シークエンスの考察は、研究・

 学習の為です。 
 東映様・シナリオ作家協会にはおかれまし

ては、ご理解・ご寛恕を賜りますようお願い申

し上げます。

☆☆☆

 

 中井信次郎は妹松田弘江と組員と共に雨

の日に亡妻つや子の墓参をする。卒塔婆に

は昭和十年十月二十五日とつや子が自殺し

た日が記されている。

 義弟で弘江の夫松田鉄男が現れる。水谷

岩吉をはじめ中井組の組員達は緊張するが、

信次郎は「お前たちは先に帰ってろ」と強く命じ

る。

 弘江は誰が姉さんを死なせたか分かってる

のと夫に問う。

松田は哀悼をこめて、義姉の墓の前に座り

瞑目する。

 

 中井は破門状が回ったことを伝え、無駄な

あがきはやめるようにと諭す。松田は賽の目

は出ちまったんだと語り、石戸の跡目披露を

潰すことは俺の最後の意地だと決意を表明

する。信次郎はそうはさせねえと告げる。

 

  松田「中井。おめえ、天竜一家がそんなに

      大事か?この俺よりもか?」

 

  信次郎「渡世人の道は一つしかねえ。」

 

 信次郎と鉄男の話し合いは決裂する。二人

に緊張感がこみあげ一触即発となる。

 

  信次郎「もう一度話し合えると思って持っ

       ていたが、これまでだな。」

 

 信次郎は懐から松田との兄弟盃を取り出し

て墓石で叩き割る。松田も一歩も引く気はな

く、石戸孝平の跡目披露を命に代えても潰す

という決意に燃える。

 信次郎が匕首を掴むと妹弘江が制止する。

 

   弘江「兄さん。姉さんが何の為に死んだ

       のか分かっているの?姉さんは自

       分一人の命で兄さんや松田や音さ

       んや、みんなの命を助けようとした

       んですよ。それなのに姉さんのお墓

       の前で!兄さん。それでも人間な

       の?」

 

   信次郎「松田。おめえの命は弘江に

        預ける。」

 

  信次郎は去っていく。雨に打たれながら弘江

は懸命に夫鉄男に「兄さんに謝って」と頼み、この

ままじゃ姉さんがあんまり可哀相じゃないですか

とみんなの幸を祈って自殺したつや子の気持ちを

思って詫びて平和に暮らすべきですと懇願する。

  

   松田「弘江。俺が馬鹿な男だって事はお前

       が一番よく知ってるだろ。俺はもう行

       きつく所迄行かなきゃどうにもならね

       えんだよ。弘江、離縁したぜ。」

 

 松田鉄男は最愛の妻弘江に離縁を申し渡し、

石戸の決戦に向かう。弘江の心に悲しみが湧く。

 

 信次郎が傘をさして墓地を歩むと、小林音吉

が現れ大雨に打たれながら土下座する。

 

    音吉「叔父貴。堪忍してやって下さい。

        叔父貴。俺が憎いなら好きなよ

        うにしてやっておくんなさい!」

 

 信次郎は去ろうとする。音吉は敬愛する叔父

貴信次郎に「何か言って下さい」「許さねえなら

許さねえと言ってくれ」「俺を殴ってくれ」と大雨

に打たれ雨水に全身を濡らしながら懇願する。

 

    信次郎「それ程言うなら俺の言う事を

         聞け!渡世から足を洗え!」

 

 音吉は「そいつはできねえ」と苦しい胸の内

を語る。信次郎はお前の命はお前ひとりのも

のじゃねえと諭す。松田の親父についていく

しかないんだと音吉は生き方を語る。

 

   音吉「叔父貴だって、俺にそう教えて

       くれたじゃねえか!」

 

  信次郎は「音!」と怒鳴って音吉を殴る。

「叔父貴」と叫んで音吉は大雨の中地に膝

をついて泣き崩れる。信次郎は傘を被せる。

 

 修善寺駅前には全国から親分衆が集まり、

石戸孝平の跡目披露を祝福する。

 旅館呉竹荘で天竜一家二代目披露が開催

される。

 中井は青木勇作より松田組組員らしい人間

は見当たりませんでしたと報告を受けるが、松

田の事だから必ず来ると警告し、水谷岩吉に

二代目石戸の警護を頼む。

 

 離れ座敷において、二代目石戸孝平は、叔

父貴分の仙波多三郎とその乾分野口進と政

界の黒幕河島義介と語り合う。

 

   河島「石戸君。跡目披露おめでとう。」

 

   石戸「ありがとうございます。今後とも宜

       しくお願いします。」

 

 仙波は折り入って相談したいことがあると切

り出し、河島先生の肝煎りで一門衆の中で有志

が大日本同志会を結成し国防の第一線に立とう

という計画があることを知っているなと聞き、石戸

が頷くと、加わって欲しいと頼む。石戸は天竜一

家がありますと説明する。

 

 

   仙波「天竜一家は看板だけ残して事実上

       消滅する。」

 

 石戸は愕然となる。仙波は会長の座には儂が

つき、石戸君にも幹事の一人にもなってもらうの

で明日の花会の寺銭の仕切りを儂に委せると

みんなの前で表明して欲しいと頼む。石戸は委

せてどうするんですと問う。仙波は新しい国志会

の活動資金にすると述べる。石戸は明日の寺銭

は手つかずで引退した先代に贈るのが渡世の

しきたりで全国の貸元衆はその為に来て下さっ

たと筋道を強調し、仙波の圧力に抵抗する。

 

 仙波はあんたが跡目に立てたのは兄弟会や

六人衆を儂が買収したからであって、いわば儂

の代わりであり、儂の言う通りにすればいいの

だと圧迫する。

 石戸の心に憤然たる炎が燃える。

 

   河島「石戸君。実はあんたを信頼して大陸

       から大量の麻薬を買い付けてあるん

       だ。支払いが遅れると、我々やあんた

       達一家にも迷惑がかかることになる。

       君だって損をする訳じゃなし、頭を切り

       替えてみたらどうかね?」

 

 石戸は明日の寺銭をそんな商売の元手に使う

つもりだったのかと怒る。仙波は先生に対して失

礼な事を言うなと叱責する。石戸は仙波に引き立

ててくれた恩義は忘れないが渡世上の指図は自分

の意志で行い、例え叔父貴でも一家の家憲に背く

ことは許しませんと決然と述べ、今の話は聞かな

かったことにすると言い残して退出する。仙波は

河島に謝罪する。

 

 

    仙波「あいつに裏切られるとは?」

 

    河島「まだ若いんだよ。大陸ではああいう

        男が一番先に早死にする。」

 

 佐野屋旅館に滞在する松田は音吉の調査報告を

聞く。呉竹荘で花会が開催されることは掴んだもの

の石戸の居場所は分からない。中井がついている

以上慎重に事は運ばれる。コマ譲りの当日は早朝に

地元の神社に参詣するのがしきたりでそこに襲撃し

ようと松田は計画を立てた。

 

 ☆シナリオでは音吉が清に弘江姐さんを東京から

  お呼びしていると告げるシーンがある☆

 

 修善寺の神社に石戸は水谷らの護衛に守られ

つつ自動車で参詣に向かった。石戸の車を音吉

・清の車が追い、後部座席に松田がドスを握って

いる。

 

  神社で石戸は祈願し、神主は玉串を振るって

祈祷する。清が襲撃に現れ、岩吉は石戸を守って

共に自動車に向かう。音吉は「死んで貰います」と

叫んで匕首を握って突撃する。岩吉が応戦し、石

戸を逃がす。親友どうしの音吉と岩吉は匕首のつ

ば競り合いになるが、音吉は懐からヨーヨーを落

とす。岩吉は思わずヨーヨーを見て、その隙を音吉

に付かれ刺され致命傷を受ける。

 

   岩吉「音。久美ちゃんを泣かすなよ。」

 

 岩吉は絶命する。親友を殺してしまった事に音

吉は激しく苦悩する。

 

 石戸は車にたどり着き、ドアを開けると松田が

寝転がっていた。恐怖で石戸は後ずさる。

 

   松田「石戸。命を貰うぜ。死ね!」

 

 松田は刀で石戸の腹部を刺す。北川達が石

戸を助け車に入れて呉竹荘に向かう。激怒す

る松田を清と音吉が必死に制止する。信次郎

は事件を口外しないようにうと箝口令を敷き、

石戸に謝罪する。石戸はいいんだと語り、松

田のいう通りあんたに二代目を渡すべきだった

と反省し、自惚れた俺への天罰だと捉えて許し

を乞う。

 

   信次郎「とんでもねえ。あんたは立派な二

        代目だ!」

 

   石戸「いや。俺は仙波に操られていた人形

      だったんだ!中井の。聞いてくれ。仙波

      は今日の花会の寺銭を流用して、天竜

      一家を大陸ゴロに売る腹だったんだ!」

 

 中井は仙波の恐るべき陰謀を知って驚く。

      

   石戸「俺は仙波の人形じゃねえってことを

       見せてやる。俺の意地を立たせて

       くれ!」  

 

 石戸は手当をして死んでも跡目披露に出ると

決死の覚悟を述べる。中井は弟分の組への愛

に感動し支える。

 

  ☆シナリオでは野口が石戸の負傷を仙波に

   報告するシーンがある☆

 

 重傷の石戸は震える体で跡目披露の席に臨む。

荒川政吉名代西尾宇一郎から、「天竜一家荒川

政吉儀、老齢と病により総長の重責を果たせず

跡目を実子分石戸孝平に譲り勇退致すことにな

りました」と口上が述べられる。

 来賓席において河島は冷たく見つめ、仙波は

微笑み、信次郎は心配そうに凝視している。

 

 石戸の傷は深く盃を持つ手も震えたが、何とか

気力で跡目披露を務め切る。花会は盛大に行わ

れる。

 

 野口が仙波の耳元で何かを囁く。

 

 宿の部屋で石戸は横たわり療養し医師の診

察を受ける。中井が容態を聞く。医師はもう少し

で手遅れになるところですが心配ありませんと

救命の事実を語りつつ、これ以上の無理は禁物

ですと注意する。

 

 信次郎は医師を送る。

 

 ☆ここから劇の核心について言及します。

  未見の方はご注意下さい☆

 

 野口が入ってきて臥せっている石戸に容態を

聞く。

 

   野口「二代目。如何ですか?傷の具合

       は?」

 

   石戸「てえしたことはないんだ。」

 

   野口「そいつは良かった。」

 

 野口は匕首を抜いて石戸に突き刺す。石戸は

激痛と怒りで抵抗しようとするが野口に鋭く刺され

息絶える。

 

 野口はすぐに姿を隠す。

 

 部屋に帰ってきた信次郎は「二代目!」と叫ぶ

が、石戸の返事は無かった。青木勇作や六人衆

の親分たちや幹部たちも集まり、二代目暗殺事件

に恐怖を覚える。仙波は落ち着いている。今後の

事をどうすると中井に問う。

 信次郎は花会を続けて親分衆がお帰りになって

から二代目が亡くなったことを告げて談合を持つの

が筋と心得ますと語る。

 

   仙波「そうだな。今夜の寺銭は兄弟会で預か

       ろう。異存はねえな?」

   

   信次郎「叔父貴衆待っておくんなさい。それ

         は筋が違うんじゃないですか?」

 

 「何」と仙波が問う。信次郎は二代目にとって叔父

貴衆兄弟会は一門会であって一家内ではなく、天竜

一家には六人衆が居り、六人衆筆頭の中井信次郎

が預かりますと筋道を立てて語った。

 

  仙波は言う事は立派だが、それだけの責任を

果たしているのかと詰問する。今日の花会と跡目

披露を委されながら、二代目は怪我をして今度は

暗殺されており、侍ならば切腹ものだと厳しく注意

する。

 

   仙波「二代目をやったのは松田だ。お前さん

       分かっているんだろう?分かっていて

       何故松田を追わねえんだ?兄弟だか

       らか?中井の、松田をこっそり手引き

       したのはお前さんなんじゃないのか?」

 

   信次郎「叔父貴。この宿には猫一匹入る隙

        はねえ筈です。今朝の事件は松田

        だが、二代目の命をやったのは松田

        じゃねえ!この宿にいるもんです!」

 

   仙波「誰だというんでぃ?松田の他に誰が

       いるんでぃ?」

 

   信次郎「あっしがきっと見つけ出して参りま

         す!」

 

   仙波「こんな松田の肩を持つような男に大事

      な寺銭を預けられねえ。俺の言う事は

      間違っているかい?」

 

   信次郎「叔父貴衆、御一党さん。そこまであっ

         しを疑うんなら松田の事はきちんと

         身の証を立ててきます!」

 

  信次郎はあっしが帰るまで寺銭をそのまんまに

して指一本触れねえと約束して下さいと頼む。帰っ

て来れなかったらどうするんでと仙波は嘲笑う。信

次郎は必ず戻ってきますと確約する。

 

 佐野屋旅館で松田は「芸者はどうしたんだ?」と

音吉に問う。音吉は東京から姐さんが来るんです

と告げた。離縁した弘江がどうして来るんだと松田

は詰問する。俺が呼んだんですと音吉は涙声で必

死に訴える。

 

   松田「音!出しゃばった事をしやがって!俺

      はてめえ達にしか愚痴を言えないんだ

      ぞ!」

 

 松田は女房を離縁し兄弟分と別れた俺の気持ちも

考えろと悲しむ。

 

   音吉「俺は岩ちゃんを殺ったんだ!俺はこんな

       ことはやなんだ!このままだと中井の叔

       父貴とも殺らなきゃいけねえ!」

     

 

    松田「音!分かったってどうにもならねえじゃ

        ねえか!」

 

 松田も音吉も男泣きに涙を流した。

 

  旅館の女性店員が「ごめん下さい。お客さんで

す。」と声をかけた。

 

  ☆「人間なの?」☆

   

 シナリオでは雨中の墓参のシーンの冒頭につや

子の遺書の言葉が響くことになっている。

 雨の中で妻を追悼する信次郎。義姉の死に悲し

む弘江。罪の意識で思わず着座する松田。

 中井と松田は任侠道と意地から激突する。二人

が交わした兄弟盃は中井の手で墓石で叩き割ら

れる。一触即発となる二人を弘江が制止する。姉

さんは兄さんや松田や音さんの命を守るために

自殺したのに、その姉さんのお墓の前で兄さん

は人間なのと悲しみの問を語る。

 

 鶴田浩二の悲しみと藤純子の涙の問と若山富

三郎の闘志。義兄弟二人の男と一人の愛がぶつ

かる。愚かな男は筋や対面の為に戦ってしまう。

他に道がないという悲しみが迫る。みんなが傷や

怒りを持っていても仲良く平和に暮らして欲しいと

いう女の優しさ。男の闘志は女の和を踏みにじって

でも燃えてしまう。

 

  山下耕作監督の雨の演出が光り、名場面の

決定版となっている。

 

 信次郎に詫びを入れて殴ってくれと頼む音の悲

しみも忘れられない。音吉は思い込んだら驀進し

てしまう若者だ。自分の襲撃がつや子姐さんを自

殺に追い込んだという罪悪感から、中井の叔父

貴に斬られるという覚悟を定めている。信次郎は

「やくざから足を洗え」と叱責する。堅気になって

久美ちゃんと所帯を持てと暗に注意している。だ

が音吉は久美との結婚を諦め、松田と一緒に生

死を共にすると決めている。中井は怒って殴るが

これは愛の鞭だ。妻を亡くした信次郎はせめて音

吉には幸せになって俺のような悲しみを味わって

欲しくないと望んでいる。

 雨に打たれてうなだれる音吉に信次郎が傘を

かける場面も美しい。

 弘江の叱責や音吉の罪悪感を聞きながらも、信

次郎は涙を流さすぐっと堪える。任侠道を一筋に守

る信次郎はその任侠道に徹していては人としての

幸福を掴めないことを感じている。降り注ぐ大雨が

彼の心の涙を象徴している。

 

   『総長賭博』という作品は、僕自身はTVシリー

   ズの『アンタッチャブル』を意識して書きまして

   ね。スピーディーなテンポを期待してたんです

   よ。でも試写を観た時に「何でのろいんだ!」

   って怒っちゃって山下耕作監督に文句を言った

   んですけど、これがまた劇場で観たら良いん

   だわ。

   (『仁義なき戦い 浪漫アルバム』147頁

    平成十年五月三十一日発行 徳間書店)

 

 笠原和夫が意識した作品はロバート・スタック主演

版のテレビシリーズ『アンタッチャブル』のテンポとリズ

ムであった。

 

 山下耕作監督はじっくりと深く脚本を映像化し重厚

なリズムで物語を進めた。その繊細な作り方・撮り方

が、脚本に語られるドラマ美を静かに明かすことにな

った。

 

 呉竹荘・神社・呉竹荘・佐野屋における劇の波乱

はそれぞれに重いが、山下耕作監督の風格豊かな

演出で悲劇の名場面となった。

 

 呉竹荘において跡目披露準備が進む中、信次郎

が青木と水谷に警護と用心を語るシーンは緊張感

豊かだ。

 

 石戸が仙波・河島の誘いを蹴って麻薬商売と対

決するシーンに勇気を感じた。過去記事で述べた

ように、日中戦争は大日本帝国による麻薬商法の

中華民国侵略でもあった。自身を弾圧した大日本

帝国政界の人間を重厚に演ずる佐々木孝丸の深い

演技は光っている。金子信雄の憎たらしさと名和宏

の潔癖さも輝いている。

 

 朝の陽光を受ける神社で石戸が刺客に襲われ

流血事件が起こることはドラマの重さを伝えてい

る。自然の輝きと残酷な惨劇の対照が心に迫る。

岩吉が戦いさなか、音吉の落としたヨーヨーを見て

刺され、久美の事を泣かすなと注意して死ぬが、

彼自身がひそかに久美を愛していて、音吉に恋

で負けて久美ちゃんを託したぞという気持ちであ

ったことを窺わせるものとなっている。

 曽根晴美の名演が心に染みる。

 

 三上真一郎の苦悩の表現が深い。

 

 石戸が難を逃れドアを開けると松田が寝そべって

いるというシーンは怖い。若山富三郎先生の迫力は

強烈である。松田が石戸を刀で突き刺すシーンには

ドラマのクライマックスに向けての流れが堰を切って

激化されることと照応する。

 

 重傷を堪えて跡目披露に挑む石戸を名和宏先生

が渾身の熱演で見せる。

 跡目披露のシーンの西尾親分を曽我廼家明蝶師

匠が渋く勤める。無言の河島の凄みも忘れられない。

 悪の頭領河島が生き残ることも本作の特徴である。

巨悪を全員斬る訳ではない。ここにも中井の悲しみ

の戦いは巨大な相手に挑んでいることが示されてい

る。

 

 仙波は野口を派遣して逆らった石戸を刺殺してその

罪を松田に着せ、寺銭をわがものにしようと狙う。中井

信次郎はその野望を制する。仙波は中井は責任を果

たしていないと責め、二代目が殺されたことは中井の

失敗で松田の肩を持っているので寺銭を預けられねえ

と嬲る。このシーンの金子信雄の憎たらしさは絶品で

ある。

 

 信次郎は追い込まれ、最愛の義弟松田鉄男を斬ら

ねばならないところに追い込まれる。最も苦しい決断

を甘受して黙って耐える。

 

 鶴田浩二が演技において生きる男は、悲しみと辛さ

と苦しみを背負って立ち、心で泣いて自身の道を歩ん

でいる。

 

 佐野屋旅館における若山富三郎と三上真一郎の涙

も美しい。

 

 ☆

 拙ブログの六月十三日記事『博奕打ち 総長賭博 (十六)

盃』を映画レビュー公式ジャンル7位に選んでいただきました☆

 

 

                          文中敬称略

 

                              合掌