終わりよければすべてよし 日本語吹替版 追悼坂口芳貞 | 俺の命はウルトラ・アイ

終わりよければすべてよし 日本語吹替版 追悼坂口芳貞

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原題 All's Well That Ends Well
製作 1980年 イギリス BBC

日本放映日 

1983年2月19日 日本語吹替版
1983年2月27日 オリジナル英語版、日本語字幕スーパー版


作/ウィリアム・シェィクスピア


/出演・・・・・・・・・・・・・・・・・・・日本語版、声の出演

 

フランス王/ドナルド・シンデン・・・・・・・・鈴木瑞穂
バートラム/イアン・チャールスン・・・・・・山本亘

 

ラフュー/マイケル・ホーダン・・・・・・・・滝田裕介
ぺローレス/ピーター・ジェフリー・・・・・坂口芳貞
道化/ポール・ブレック・・・・・・・・・・・・・・及川ヒロオ
兵士/ニコラス・グレース・・・・・・・・・・・・坂部文昭

 

ロシリオン伯爵夫人/シリア・ジョンスン・・・南美江

 

へレナ/アンジェラ・ダウン・・・・・・・・・・・・香野百合子


 

ダイアナ・キャピレット/ピッパ・ガード・・・島村佳江
未亡人/ローズマリー・リーチ・・・・・・・・・小沢寿美恵
マリアナ/ジョリア・キャプルマン・・・・・・・倉沢瑛子


音楽/スティーブン・オリヴァー
プロデューサー/ジョナサン・ミラー
演出/イライジャ・モシンスキー

 

☆☆☆

1983年2月27日教育テレビでは、オリジナル

英語版・日本語字幕スーパー版放映の後、

ロジャー・マンベル、荒井良雄の対談が放送

される。

☆☆☆

 

 

 舞台はフランス。ロシリオン家の若き伯爵バートラムは、
家来ペローレスと共に、宮廷で病身の王に仕えることとなっ
た。半年前に亡くなった名医侍医ジェラード・デ・ナーボンの

娘ヘレナは、バートラムの母である伯爵夫人に養育されて

いたが、秘かにバートラムを慕っている。


 

 優しい伯爵夫人は、ヘレナの表情から、彼女の想いを洞

察し、「私はあなたのお母さんですよ」と語りかける。義理の

母になって欲しい人から「あなたのお母さん」と言われ、ヘレ

ナはドキっとしてしまう。伯爵夫人は、ヘレナの恋を応援して

くれているようだ。

 

 ヘレナは、亡父が遺した処方箋が、王の不治の病を治せ

る、と確信し、単身パリの宮廷に赴く。数多の碩学の名医か

ら、「治療方法はございません」と言われ、回復の望みを断

っていた王は、宮廷に現れた、若く美しい娘ヘレナが治療に

自信があり、失敗した場合は「死を賜りますように」と言い切

ったことに心を動かされる。

 「陛下のご病気を治した場合は、お慕いしている男性と、結

婚させて頂けますか?」と聞くヘレナに、王は望みを叶えるこ

とを確約する。

 

 ヘレナの見事な治療により、治癒不可能と言われた王の重
病は立ち所に快癒し、王は元気になった。王は宮廷の若者を
呼び寄せ、ヘレナに選択させる。彼女は長く慕い続けていた
バートラムに、


 

  生きているかぎりこの身を捧げてお仕えし、お導きに
  従いたい(2)


 

と願って、求愛する。旧知の彼女が宮廷に現れたことに戸

惑っていたバートラムは、ヘレナを「貧乏医者の娘」と罵って、

結婚を拒絶する。

 王は「余の名誉を潰す気か」と怒り、バートラムに、「高
慢、不遜な小僧、お前には過ぎた贈り物だぞ」(3)と言い聞
かせて、求愛を受け入れるように命じる。王の顔を立て、保

身の為に、バートラムは、しぶしぶヘレナの手を取って、結

婚を承諾する。


 

 結婚式の後、ヘレナとベッドを共にしたくない、と嫌がるバ

ートラムはペローレスの勧めもあり、フローレンスへの出陣

を決意する。

 フローレンスに行く、と妻に語るバートラム。別れの際に、
「キスを」と切なく願うヘレナを、冷たく帰すバートラム。


 伯爵夫人は、息子が優しいヘレナに酷薄な仕打ちをしたこ

とに深い悲しみを覚える。ヘレナは、夫から、「お前が私の指

輪を入手し、私の子供を産めたら、私を夫と呼べばよい」とい

う手紙を受け取ったことを義母となった伯爵夫人に報告する。

 

 伯爵夫人は、息子の冷たい態度・振る舞いを嘆き、ヘレナ

を励ます。ヘレナは、自分さえ、いなくなれば、バートラムは

危険な戦場から帰ってきてくれるかもしれない、と考え、巡礼

の旅に出る。


 

 フローレンスに着いたヘレナは、キャピレット未亡人、その
娘ダイアナから、バートラムが戦功を立て、美しいダイアナを
執拗に口説いていることを聞かされ、一計を考える。

 
 ダイアナは口説いてくるバートラムに、愛の誓いとして、指
輪を譲って欲しい、と頼み、「ダイアナを得る為ならばやむを
得ない」と考えるバートラムは家代々の宝であった指輪を渡

すことを承知する。ヘレナはダイアナと入れ替わって、バート

ラムと一夜を共にする。抱いた相手が捨てた妻とは知らぬま

ま、バートラムは、ダイアナに扮したヘレナから指輪を受け取

る。この指輪は、ヘレナが王から譲り受けたものだった。


 

 バートラムは友人の貴族達から、家臣ぺローレスが巧言令

色を用いながら、内心では主人の自分をも軽蔑していることを

聞かされ、敵兵に変装した貴族達にぺローレスを捕らえさせ、

脅す。ぺローレスは命惜しさにバートラムや貴族仲間を悪口

を言ってしまい、家臣としての職を奪われる。

 


 ヘレナが死亡したという噂が流れ、バートラムに、老貴族ラ

フューの娘との再婚話が持ち上がり、王も承知する。王とラフ

ューは、バートラムがはめている指輪が、かつてヘレナがはめ

ていたそれであったことを思い出す。王はヘレナがバートラム

に殺害されたのではないか、と疑う。

 そこへキャピレット母娘が、現れ、ダイアナは操を奪われた

上にバートラムに捨てられたと訴える。王は怒り、バートラムは

彼女を口説き、言い寄ったことは認めるが、愛情は持っていな

いと、冷たく言い放つ。バートラムに指輪の返還を求めるダイア

ナに、指輪は元々自分が与えたものであり、どこで入手したの

か、と王は彼女に詰問する。


 

 ダイアナは、自分は男性とベッドを共にしたことはないし、自

分のベッドで伯爵は奥様と結ばれたのだ、と明かし、バートラ

ムの子供を妊娠しているヘレナを呼ぶ。

 

 ヘレナはバートラムから貰った指輪を見せ、「彼の指輪を得

て、彼の子供を身ごもった」事実を語り、改めて夫に求愛する。

 

 死んだと思っていたヘレナが生きていたことに、バートラムは
驚き、これまでの不実と冷たい仕打ちを詫びて、彼女を愛し抜く
ことを誓う。

 

 この戯曲は、問題劇と呼ばれている。優しいヘレナが、何故、
バートラムのような傲慢・軽薄で不実なプレイボーイを愛する
のか?という疑問を抱いてしまう。しかし、そこが恋愛の不思
議とも言えるだろう。

 

 


 ヘレナの誠実な心とバートラムの冷たさ。どちらもこの戯曲
の大きな柱となっている、と言えよう。


 大詰めの場面で、バートラムがダイアナに卑劣な逃げ口上

を語ったことを見ても、終幕のヘレナへの詫びも、王の前での

保身かもしれない、という疑問は残るし、お節介かもしれない

が、劇の後の結婚生活でも、「浮気なバートラムに、ヘレナは、

又、泣かされるのではなかろうか?」という不安を抱く。


 だが、このBBC制作のテレビドラマ版は、そうした一連の疑

惑から視聴者を解放する、清潔な物語になっている。ヘレナの

純粋で一途な愛の心を丁寧に映像化し、その「愛の奇跡」が視

聴者の心に大きな感動を呼ぶ。

 

 
 

 主演のアンジェラ・ダウンのひたむきさ・繊細さが、ヘレナの
清らかな心を深く表現してくれた。

 


 


 イライジャ・モシンスキーの丁寧な演出とダウンの優しさ

は、放蕩者バートラムをヘレナの母性愛が優しく包み取る、

宗教劇のような荘厳さをも現している。

 
 モシンスキーは、ワンカット、ワンカットを一枚の絵画のよ
うな美しい映像で演出していることも凄い。

 

 モシンスキー演出を語る営みにおいて、「美しい」という形

容詞を連発することでしか語れない、自分の貧弱な語彙と
脆弱な表現力に悲しみを感ずるが、「美しい」としか言いよ
うがないのだ。


 「第二幕第三場」の宮廷の場で、健康を回復した王が、感

謝をこめて、ヘレナの手を取り、ダンスを踊る。鏡の間から映

されるダンス・シーンは重厚で深みがある。「美の極み」と言

うべき名場面で感嘆した。

 アンジェラ・ダウンを抱きしめて、回転して踊るドナルド・シン

デン。あの壮大なダンス・シーンはダンサー二人の呼吸が
ピッタリ合っていないと、踊れない。


 

 大詰め、ダイアナが、死んだと思われていた、ヘレナを呼び

よせる場面の演出も印象的だ。

 

 ダウンの映像を中中映さず、ヘレナの歩みをカメラが背後か

ら追う形で、彼女が見た人々の表情を映し出す。

 

 奇跡を見た、ラフュー、ペローレス、フランス王、ロシリオン伯
爵夫人、そして、バートラムの驚きと喜びの顔。まさに、テレビ

の映像技術の個性を捉えた、卓抜した演出である。ここは移動

撮影であろう。
 この後、ヘレナとバートラムのキスの場となる。


 バートラムの複雑なキャラクターを自然な演技で、演じきった

のは、イアン・チャールスン。このドラマの後、映画『炎のランナ

ー』で人気を不動のものにして、シェイクスピア俳優としても大

活躍したが、1990年1月6日、40歳の若さで病死した。

 

 1981年の放映当時、若手だったダウン、チャールスンの主役

二人を見守るように、大ヴェテランの名優ドナルド・シンデン、マ

イケル・ホーダン、シリア・ジョンスンの三大名優がずっしりと重
い存在感を見せてくれる。シンデンの王の風格、ホーダンの老

貴族の気品と機知が、印象的だ。

 

 シリア・ジョンスンの伯爵夫人の母性愛は、思い出す度に泣

かされる。


 

 日本語吹き替え版も、素晴らしかった。上記の出演者リストを、
ご覧頂きたい。日本シェイクスピア劇の名優達が集うた、豪華な

顔合わせである。


 

 香野百合子は、ヘレナの情熱と無垢の優しさを深く演じきった。
『ウルトラセブン』「盗まれたウルトラ・アイ」において、マゼラン星

人マヤを演じてから、15年。マヤのぶんも、ヘレナは幸せになっ

てね、というメッセージを送りたくなったことを思い出す。

 

 バートラム役は山本宣。冷たさと保身が見事だった。

 
 ロシリオン伯爵夫人役は、日本新劇界の大御所南美江。

優しさと繊細を兼ね備えた名演に深く心を打たれた。

 

 主人を敬っていると見せて内心馬鹿にしていたことを、

主人の芝居で見破られ、捕らわれて命惜しさにばらして

しまうぺローレス。

 騎士から道化に転身する。騎士時代の奢り、道化時代

の哀感も共に素敵だった。

 坂口芳貞が男の自惚れと恐怖と正直さをじっくりと演じ

鮮やかに聞かせてくれた。


 

 坂口芳貞は1939年10月2日生まれ。文学座の名優で

吹替においても活躍された。

 2020年2月13日80歳で死去された。

 

 BBCシェイクスピア全集『終わりよければすべてよし』

は演出・音楽・撮影・演技の全てが美しく、映像芸術の

優美さを明かし、愛の物語を紡ぎ織りなしている。

 原作に忠実に物語を明かしていくことによって、原作

の精神を明らかにする。こういう美の探求を「演出」と

いうのである。

 

 日本語吹替版も美しい。堂々たるシェイクスピア劇

である。オリジナル英語版に匹敵する大傑作だ。

 1983年2月19日の本放送以来1度しか再放送されて

居ないはずだ。自分は字幕スーパー版DVDは所持し

ていおるが、吹替版は37年前に聴いたきりで再放送

は視聴しのがし、録画もしていない。

 NHKには再放送して頂きたい。1983年のテレビには

日本語シェイクスピア劇は健在であったのだ。

 これこそ、日本語シェイクスピア劇だ。

 

 坂口芳貞のペローレスには、空威張り騎士の弱さと

真面目道化の強さがあった。男の真実を教えてくれ

た。

 『終わりよければすべてよし』NHKシェークスピア劇場

版は、日本語シェイクスピア劇のいのちが開花している。

 


 

註・出典
(1)小田島雄志訳 『シェイクスピア全集』Ⅵ 310頁
  『終わりよければすべてよし』「第五幕 第三場」 
  
(2)小田島雄志訳 『シェイクスピア全集』Ⅵ 260-261頁
  『終わりよければすべてよし』「第二幕 第三場」


(3)小田島雄志訳 『シェイクスピア全集』Ⅵ 262頁
  『終わりよければすべてよし』「第二幕 第三場」

 

 

 

                               合掌