イワン雷帝  | 俺の命はウルトラ・アイ

イワン雷帝 

『イワン雷帝』

 Иван Грозный

映画 二部作 トーキー 184分 白黒・カラ―

製作・公開年度 1944年ー1958年

製作国 ソビエト連邦

監督 セルゲーイ・ミハーイロヴィチ・エイゼ

         ンシュテーイン


  『イワン雷帝 第一部』

 トーキー 99分 白黒

 1944年12月30日 ソビエト連邦公開

 昭和二十三年(1948年)十一月二十日日本公開

 製作 アルマアタ中央合同撮影所

 主演 ニコライ・チェルカーソフ(イワン四世)

    

     スタリツカ・セラフィマ・

      ビルマン(エフロシニア)

     リュミドラ・ツェリコフスカヤ(アナスタシア)

     パーヴェル・カドチニコフ(ウラジミール)

     ミハイル・ナズワーノフ(クルブスキー公爵)

     フセボロド・プドフキン(ニコラ)

     アンブロシ・ブシュマ(A・バスマノフ)

     ミハイル・クジエツォ(フョードル)

     ミハイル・ジャロ(スクラートフ)

 

 

 

 監督 セルゲーイ・ミハーイロヴィチ・エイゼ

         ンシュテーイン

 

 『イワン雷帝 第二部』

  トーキー 85分 白黒・カラ―

 1958年ソビエト連邦公開

 製作 アルマアタ中央合同撮影所

 脚本 セルゲーイ・ミハーイロヴィチ・エイゼ

         ンシュテーイン

 音楽 セルゲイ・プロコフィエフ

 撮影 アンドレイ・モスクヴィン

     エドゥアルド・ティッセ

 

出演  ニコライ・チェルカーソフ(イワン四世)

     ミハイル・ジャロ(スクラートフ)

     スタリツカ・セラフィマ・

      ビルマン(エフロシニア)

     パーヴェル・カドチニコフ(ウラジミール)

     ミハイル・ナズワーノフ(クルブスキー公爵)

     アンドレイ・アブリコーツォフ(大司教フィリップ)

     ウラジミール・バラショー(ピョートル・ヴォリネッツ)

     ミハイル・ナズワーノフ(クルブスキー公爵)

     バーべル・マサルスキー(ポーランド国王ジグムント)

     EricK Pyryev(イワン少年時代)

     

 監督 セルゲーイ・ミハーイロヴィチ・エイゼ

     ンシュテーイン

 

 ☆☆☆

 『イワン雷帝 第三部』は製作途中で中止を命じられた

が、断片映像が残っている。

 ☆☆☆

 平成三十年(2018年)三月三日

 京都文化博物館 企画「創造のためのアーカイヴ」の特集

 上映にて鑑賞

 ☆☆☆

 「第一部」

 モスクワロシアのツァーリイワン四世の戴冠式が銀幕に映

る。壮麗な宮殿に玉座に向かって、若き青年貴族が悠々と闊

歩する。

 イワン四世である。彼は1530年8月20日にクレムリンにおい

てヴァシーリー三世とその妻ヘレナの息子として誕生した。

 大司教が高らかに宣言する。

 家臣達が鋭い目を寄せて戴冠式を凝視する。従者達から

貨幣をかけられ、祝福されるイワン。

 巨体で美声の家臣が、イワンを讃える歌を豪快に歌う。王

冠を戴くイワンはロシア統一を宣言する。妻にアナスタシアを

迎え、一手にロシアを抑えることを誓う。

  イワンの叔母エフロシニアは我が子ウラジミールを溺愛し

皇帝を廃し、我が子を帝位に就けようと画策するが、イワンは

民衆や家臣の人心掌握に長けており、彼等を味方につける。

 

 家臣との酒宴において、イワンは反乱を為す者は厳罰に

処すると命じる。カザフから使者が来て剣を渡され、「我が国

は大きく、モスクワは小さい。自害せよ。」と揶揄され、イワンは

戦闘を宣言する。

 

 イワンはカザフに猛攻撃を加え圧倒する。モスクワに帰った

イワンは病臥に臥し、赤子の息子ディミトリ―の未来を案ずる

が無事回復する。エフロシニアは毒薬を妃アナスタシアの盃

に盛る。毒杯とも知らずイワンは妻にそれを渡し、服したアナ

スタシアは毒で殺害されてしまう。

 失意と悲嘆のイワンに信頼していた家臣クルブスキー公爵

が裏切りポーランドに走ったと聞いてショックを受けて、隠遁

を決める。

 

 イワンの帰還を望む民衆が十字架行進を為す姿を見て、イ

ワンは勇気を回復しモスクワに帰ることを決める。

 

 第二部

 ナレーターが「これはイワンの闘争の物語である」と述べる。

 第一部の粗筋とニコライ・チェルカーソフを始め主要配役が

紹介される。

 1564年イワン四世の親衛隊の権力が打ち建てられた。皇帝

はアレクサンドロフに退去するが民衆の十字架行進を受けて

モスクワ帰還を決定した。

 

 ポーランドに寝返ったクルブスキー公爵は国王ジグムントに

忠誠を誓った。ジクムントの家臣達はモスクワの新皇帝にウラ

ジミールを立てようと画策し内応策を進める。王ジクムントは

「イワンが統一したロシアを分割せしめ、ロシア人をヨーロッパ

から亜細亜に追放しよう」と宣言する。

 

 イワンは親衛隊に権力を授けるが、大司教フィリップと対立

する。幼い頃からロシア貴族はモスクワ大公に敵意を抱いて

いたことを、イワンは回想する。

 

 少年時代のイワンは暗い部屋で毒を飲まされたことを告げ

て倒れ込んだ母親を抱きしめるが、母は毒死してしまう。その

母の遺骸を家臣達が運んで行った。大貴族と大主教ビーメン

が外国に払う税を語り合うが、少年イワンは払う必要はない

と明言する。そんな力はないと大貴族は冷笑し、寝台に足を

かける。

 「母上の寝台に足をかけるな!お前達が母上を殺したの

だ。犬め!」とイワンは巨漢の大貴族を叱る。大貴族は「お

前の母親こそ雌犬だ。雄犬と遊びおった。お前とて誰の子

かわからん」と侮蔑し棒を振り上げる。

 

  「この男を捕えろ!」

 

 少年イワンが衛兵に大貴族の逮捕を命じた。大貴族は驚き

仰向けにされ連行されていく。少年王が権力に覚醒した瞬間

であった。

 

 皇帝イワンは少年期の悲しい時代を確かめ、民衆の支持と

親衛隊の護衛を受けても友が居ないことを悲しむ。

 

 妻アナスタシアが毒殺された事を知ったイワンは怒りを抱く。

しかし、伯母エフロシニアが黒幕かどうかわかるまで秘密にせ

よと家臣に厳命する。

 

 フィリップは神に仕える身として皇帝イワンに力を示そうと

する。

 

 エフロシニアはこの事に着眼し、フィリップを味方につけ、

愛息ウラジミールの新帝擁立計画のクーデターを進める。

 

 王宮では道化たちが踊り、三人の若者の火刑を語る。

火刑のショーが行われ、少年達は歌う。

 

 イワンとフィリップは激論を交わし、親衛隊の解散を要求

するフィリップの声をイワンは跳ねのける。

 

 エフロシニアはイワン暗殺を計画し、共謀者の大司教ビー

メンは、信頼する若者ピョートルを「心の清らかな者」と見込

み、刺客に任命する。

 

 ウラジミールは繊細な性格で暗殺計画と新帝即位問題

に苦悩する。強き母エフロシニアは悪の道を歩むことも必

要と息子を説得する。

 

 イワンの家臣が現れ、「皇帝は伯母上にウオツカの盃を

賜り従兄弟ウラジミール様を酒宴に招待されました」と告

げる。

 

  「計画は成ります」と喜ぶエフロシニア。

 

 酒宴の席では豪壮な群舞が為される。

  

 人形の仮面をつけた男の激しいダンス。

 

 イワンは従兄弟ウラジミールを歓待する。

 

  「私は権力に興味がありません。酒とカルタ遊びがあれ

ば充分」と笑うウラジミール。

 

 (ここから物語の核心をネタバレします。未見の方はご

 注意下さい)

 

 「皇帝の正装を持って参れ」とイワンは命じて、正装の着物

の着服と王冠を戴くことを、ウラジミールに許す。ウラジミール

は驚き、蝋燭を持って歩む。黒衣の家臣達が蝋燭を持って続

く。

 

 ピョートルが皇帝の衣装を着た男を背後から見て、仕える

ウラジミールをイワンと思い込んで刺殺する。

 エフロシニアは暗殺計画成功と思い込んで驚喜する。だが

刺殺されたのは最愛の息子ウラジミールと知り、驚愕する。

 捕えられたピョートルは拷問されても口を割らないと宣言

するが、イワンは「皇帝の邪魔者を取り除いてくれた」とその

行為を褒めた。

 

 雷帝と恐れられるイワンは、忠臣に優しく逆臣に厳しくす

ることが皇帝の素質であり、ロシアの主権を侵そうとする

者に正義の剣を放ったとして、自国への侮辱を許さぬと

明言する。

 

 ☆☆☆活動大写真道の皇帝 エイゼンシュテイン☆☆☆

 イワン四世は1530年8月25日に誕生し1584年3月18日(

グレゴリオ暦3月28日)に死去した。残酷な性格で雷帝と

恐れられたツァーリである。

 その生涯を、二十世紀に映画監督セルゲイ・エイゼンシ

ュテインが映画化した。

 随分前になるが、本作の日本語吹替版を深夜放送で部

分的に視聴したことがある。

 イワン四世の声を吹き替えたのは高橋昌也で、その勇壮

な声の演技は迫力豊かであった。この時の放送では深夜と

いうこともあってか、録画を途中で失敗し寝てしまった。その

為第二部のカラーの演出は見聞しえなかった。

 

 巨匠エイゼンシュテインが最後に演出した『イワン雷帝』

はずっときになっていた。

 エイゼンシュテインの番組でウラジミールが暗殺されるシ

ーンを見た記憶がある。この映画が、撮影当時粛清を断行

していた独裁者ヨシフ・スターリンの恐怖政治を暗喩していた

とされ、権力に睨まれていたことを学んだ。

 

 近畿で何度か『イワン雷帝』のリバイバルはあったが、全て

の機会を逸していた。

 平成三十年三月三日京都文化博物館で『イワン雷帝』全二部

一挙上映、ナウーム・クレイマン講演による解説ありと聞いて大

喜びした私は、当日会場に走るように向かった。

 『イワン雷帝』を銀幕で遂に見聞し得た。大感激した。悲しく陰惨

な話だが、あまりの悲しさに完璧な美を覚えた。

 

 ニコライ・チェルカーソフが青年期から中年時代のイワンを深く

重い演技で勤めきった。ロシア統一の夢に燃え、勇壮な決意で

強敵を倒し、親衛隊を置き、権力を掌握するが、愛妻を伯母に

毒殺され、正教会とも対立し、股肱の臣と頼む貴族に裏切られ

悲嘆する。

 

 戴冠式のシーンは壮麗で、絢爛華麗な映像が開花し、新皇帝

イワンの門出を表している。愛妻アナスタシアとの愛も印象的だ。

カザフとの激闘の場面は、エイゼンシュテインの戦闘シーン演出

に賭ける闘魂を思い圧倒された。

 アナスタシアの死を悲しむ。柩に入ったアナスタシアは入水した

オフィーリアのイメージではないかなと思った。

 隠遁したイワンに、十字架行進で帰還を望む民衆たち。

 

 十字架行進の民衆の行列がロングショット。

 

 その上部にチェルカーソフのイワンのクローズアップが映る。

 

 名場面中の名場面だが、スクリーンで見聞して、真に感動

の中の感動を覚えた。

 

 皇帝と民衆の呼応の場面なのだが、チェルカーソフの目も

厳しく閉じられ、重いムードがある。民衆は皇帝を慕っている

が、皇帝の内面は悲しみがあり、悲しみを通じて再起しようと

している。

 

 第二部では、重いドラマが最重量級の物語となっていく。

少年時代のイワンの悲しみに心打たれる。最愛の母を毒殺

され、辛さを感じながら皇帝となるが、大貴族に母を侮辱さ

れ、捕え権力者の力を振るう。

 

 美少年EricK Pyryevの存在感は強烈である。

  ナウーム・クレイマンが調査し、幻の第三部映像現存部分を

再編した『知られざる「イワン雷帝」エイゼンシュテイン生誕100

年』によると、エイゼンシュテインはシェイクスピア劇を参考にし

てイワンの物語を語ろうとしたそうである。

 

 少年イワンが母親を毒殺される物語を聞き、自分は『ハムレッ

ト』の大詰で母ガートルードを王クローディアスに毒殺されるハム

レットを想った。下手人の一人と思われる巨漢の大貴族はクロー

ディアスと通じているかもしれない。

 

 第二部で孤独な権力者となり、政敵ウラジミールを誘い自身の

衣裳を着せて、刺客に殺させるイワンは、『マクベス』のマクベス

が呼応していることを感じた。

 

 『ハムレット』のハムレットのように、愛する者を殺され、理不尽

に怒りを覚え悲嘆する若者が、権力の座に着くと失うことを恐れ

て、マクベスのように保身の為に敵を殺害して行く。ここにも大い

なる悲劇がある。

 

 エフロシニアとイワンの対立の関係は、『ヘンリー六世 第二部』

『ヘンリー六世 第三部』『リチャード三世』のマーガレットとリチャード

三世の関係がオーバーラップする。

 陰謀によってアナスタシアを毒殺したエフロシニアが策に溺れて

イワンの罠にはまり、最愛の息ウラジミールを結果的に刺殺して

しまう。このドラマも重い。

 

 登場人物たちが眼を寄せる演技は、歌舞伎の見得からの学び

である。

 

 歌舞伎の表現主義を鮮やかに映像で開花させたエイゼンシュテ

インは凄い。映画演出の皇帝と仰ぎたい方だ。

 

 物語の美を芸で明かす演劇が歌舞伎である。その事柄を映画に

おいても確かめ、悲劇の美を、壮大な演技で明かすことを成し遂げ

た。

 

 第二部のイワン酒宴における家臣達の群舞は壮絶であり、無限

の迫力がある。

 

 

 これほど恐ろしくて美しいダンスシーンは他に無いだろう。

 

 死へとウラジミールを誘う力が此処にある。

 

 このシーンが、粛清政策を冷酷に為していたヨシフ・スター

リンの政治と呼応し、睨まれる。エイゼンシュテインは覚悟

していたことであろう。

 

 老齢になっていくイワンが若き従兄弟ウラジミールに優しく

接して、皇帝の装束を着せて、蝋燭を持たして殺害する。

 

 この残酷さに、権力者スターリンの暴政への悲しみをこめ

て告発したことは確かだと思う。

 

 『第二部』はスターリンの怒りにより、公開禁止となり、エイゼン

シュテイン没後の1958年迄公開が許されなかった。

 

 幻の『第三部』では、イワンがスパイを尋問するシーンがあり、

その部分映像が、前記『知られざる「イワン雷帝」エイゼンシュ

テイン生誕100年』に収録されている。

 

 強大な権力を握り、ロシア統一の課題を為して行くが、友が

居ないことに悩み、残酷な粛清でしか権力の座を守れない。

 

 この悲しい独裁者の描写に、現実の支配者スターリンの姿

を投影した。

 

 我が身を省みず勇気ある告発を、壮大な演出で為したエイ

ゼンシュテイン。

 

 暴政や独裁と戦うことで映画監督としての闘魂を非暴力で

示し切った。表現者・芸術家は権力に迎合するのではなくて

権力の横暴に悲しみを示す。この道をエイゼンシュテインは

教えてくれている。

 

 セルゲイ・M・エイゼンシュテインが遺作となった大傑作『イ

ワン雷帝』で語った、悲しみの心に胸を打たれた。

 

 美少年イワンの円らな瞳の輝きが、心に深く残っている。

 

 成人時代/少年時代と言う現代と過去の呼応で進む物語

は、エイゼンシュテインを崇拝するフランシス・フォード・コッ

ポラにとっては、『ゴッドファーザーPARTⅡ』の原点になった

かなと思った。

 

 『イワン雷帝』を見聞し、活動大写真らしい活動大写真を

拝見拝聴したという感激で胸が一杯になった。

 

 

                          文中一部敬称略

 

 

                                合掌

 

 

                          南無阿弥陀仏

 

 

 

                                セブン