必殺仕置人 人間のクズやお払い | 俺の命はウルトラ・アイ

必殺仕置人 人間のクズやお払い

 『必殺仕置人 人間のクズやお払い』

 テレビドラマ  トーキー  55分 カラー

 放映日 昭和四十八年(1973年)五月十二日

 製作国 日本

 製作言語 日本語

 放送局  朝日放送・TBS系




 

 のさばる悪をなんとする
 

 天の裁きは待ってはおれぬ

 

 この世の正義もあてにはならぬ

 

 闇に裁いて仕置する



 南無阿弥陀仏


 

 

 天狗の面

 

 その下でやくざが抗争を繰り広げ、斬り合っている。

 

 聖天の政五郎は凄腕の野心家え残虐非道を為す男だ。

配下の武助・条吉・猪太郎らと共に、ライバルのやくざ達

を斬殺する。


ウルトラアイは我が命-黒澤年男、現・年雄

 

 政五郎は斬ったやくざの遺骸の口に銭を銜えさせる。

 

 髪結床で半次は居眠りをしていたが、いきなり現れた

政五郎がやくざの口に銭を銜えさせて、喉笛を剃刀で

斬って殺した惨劇を見て、「はあー!」と驚愕の声を挙げ

る。


 

 鉄は骨接ぎで半年かかった老婆の腰痛を治してほっと

安堵する。

 

 そこへ、半次が激走しながら現れ、老婆にぶつかり、髪結

の惨劇を大声で語る。

 

 老婆は新たに腰を痛めてしまった!

 

 鉄は半次を殴り、「てめえ、俺の一年の苦労を台無しにし

やがって!」と怒鳴る。

 

 女郎屋

 

 遊女お仲は馴染みの男弥七に煙管を渡す。

 

 二人は深く愛し合っているのだが、何故か弥七は、お仲と

所帯を持つことに消極的だった。

 

  お仲「どうしても嫌なんだね。

     あたしが子持ち女だから?

     ター坊だってあんたになついているし」

 

 お仲は息子のター坊・弥七と三人で暮らす為の貯えの金も

稼いでいた。

 

 弥七「俺とおめえは、こうしてめえ日会ってるんだ。それで

     いいじゃねえか」

 

 弥七は隻腕で右腕が無かった。
 

 鉄は博奕で弥七に負けたことに雪辱したがっており再戦を

挑むが拒絶される。

 

 弥七は錠の家に行き、殺されたやくざの名を聞くが、錠は

棺桶を作ることのみは職務で被害者の名は知らぬことを

告げ、深川の良い顔であったという噂を伝える。

 

 おきんが現れて、弥七は逃げる。

 

 弥七に惚れているのだ。

 

 錠は、「弥七さんにはお仲さんが」といることを確認し諦め

るように諭すが、おきんの恋心も燃えていた。

 

 牢内で天神の小六は配下の留造と共に、政五郎の殺戮に

悩んでいた。

 

 小六には鰹の刺身の膳が運ばれるが、吸い物の中に銭が

入っていた。

 

 小六は牢番を呼び、「御取調べの願い」を出し、中村さんを

指名する。

 

 主水は小六の苦悩を察している。

 

 小六「三途の川の渡し賃だそうだ。」

 

 主水「前払いで送ってきたところを見ると、親分も長くはねえな。

    可哀相に。」

 

 小六「よしてくれ。」

 

 主水「てめえがバラした仏の心配をするとは、聖天の政五郎

    とは親切な男らしいな。」

 

 小六「政五郎って中村さん!下手人の見当はついてんのか?」

   

 

 主水「町方を全部が全部、舐めちゃいけねえぜ」

 

 小六「だったら、何故お縄にしねえんだ?」

 

 主水「こいつら人間の屑だ。何人殺されるか、俺の知ったことじゃ

    ねえ。

    もっとも、親分は別だぜ。俺の大事な金蔓だ。そう簡単に死

    なせる訳にいかねえ」

 

 主水は小六から日当を貰ってだしてやり、政五郎との会談におい

て秘かに護衛してやる。

 

 小六は、野望に燃える聖五郎に銭について、「どういう了見なんだ?」

と問う。

 

 政五郎「天神の小六が一声かけりゃ、俺達の間の揉め事はピタリ

      と収まった。だが、それはもう、昔の話よ。その冥土銭はな、

      『この辺でさっさと隠居しろ』という俺の親切心よ。」

 

 小六「隠居しろと俺に言うのか?」

 

 政五郎は小六に牢内に居住していることの訳を聞く。

 

 小六「娑婆にはおめえみてえな剽軽者が居てうるさくってかなわね

    えからな」


 

 政五郎「とうとう本音を吐きやがった。何だかんだとぬかしやがる

      が、俺にはちゃんとわかってるんだ。おめえは娑婆で暮ら

      すのが怖えんだ。ビクついて震えてやがるんだ。だから

      俺はうんざりしちまったんだよ。てめえみたいな奴の下に

      居るのがな。

      いいか、この世の中は力だ。強え奴が弱え奴に勝って、

      弱え奴は強え奴にその場所を譲らなきゃならねえんだ。

      この世だけじゃねえ。いつの世も人間って奴はそういう

      仕組にできてるんだよ。」


 

 小六「会いに来て良かったぜ、政。

     ごり押しして少しくらい顔を売ったからっていい気になってる

     と今に大火傷するぜ」

 

 政五郎は怒るが、主水が現れ十手を掲げて、小六の護衛なのでお

縄にはしないが、自身や小六に対して、手を出さずに引きあげることを

諭す。

 

 昼

 

 鉄がお島やお仲に念仏流味噌の寄せ鍋を作ってあげている。

 

 半次は親分衆が集まっていることを報告する。

 

 政五郎の残虐な仕打ちに怒りを持つ親分吉五郎・文蔵達が会合を

開いていると、役人が踏み込んで会合の趣旨を問う。

 

 吉五郎は頼母子講と説明するが、役人は怒り、奉行所に連行する

ことを告げ、文蔵から刀を奪う。

 

 役人は猪太郎の変装だった。

 

 刀を奪われて連行されようとした親分達は襖を開け階下の様子を

見て、驚愕する。

 

 政五郎は一階の人々を斬殺していたのだった。

 

 吉五郎・文蔵は抵抗するが、政五郎一味に斬殺される。

 

 抗争は政五郎の完勝だった。

 

 誰かが戸を叩いた。

 

 政五郎が戸を開けさせると頑是ない幼子がいた。

 

 ター坊だった。

 

 母お仲を尋ねてきたのだった。

 

 政五郎とター坊の目と目が合う。

 

 ター坊は恐怖から逃げるが、猪太郎に抱き留められ、家の中に

拉致される。

 

 政五郎はター坊の前に立ち、刀を抜き、一刀のもとに斬殺した。

 

 お仲は愛息ター坊の死体を抱いて離さない。


 

 

 お島は、気持ちを察しつつ、ター坊を葬らなければならないことを

語る。

 

  お島「気持ちはわかるけれども、いつまでこうしてたって

     しょうがないだろ。

     ター坊も運が悪かったんだ。

     何もこんな日におっかさんに会いにくることないじゃないか。

     本当に神様どこみ向いてんだろうね?わかったら、お離しよ。

     早くお坊さんにお経をあげてもらわなきゃ、ター坊も浮かばれ

     ないだろ。」

 

 半次は、堅気の児童を斬殺したことをネタに政五郎をゆする計画を

持ちかけ、鉄・錠・おきんも同調する。

 

 その話を弥七が聞き、政五郎を恐喝することは危険であると諭す。

 

 弥七「こん中で政の身内で手裏剣のきたろうって男の名前を聞いた

    ことがある人はいるかい?」

 

 半次は十間離れたところに手裏剣を命中させる名手と応答する。

 

 弥七は自身がきたろうであることを告げ、政五郎との関わりを回想

する。

 

 政五郎の闇の世界の土台を築く功労者であったきたろうは、政五郎

の残忍さに恐怖感を覚えて、「足を洗いたい」と申し出る。

 

 政五郎は快諾した。

 

 きたろうは「すまねえ」と頭を下げる。

 

 政五郎「何も謝ることはねえ。何時かそう言ってくるだろうと俺は

      思ってたんだ。俺は弱え奴に用はねえ。その右腕置いて

      さっさと出て行け!」

 

 きたろう「腕?」

 

 

 政五郎「俺がおめえに敵わねえのは手裏剣だけだ。離れて

      いくおめえから手裏剣を取り上げなきゃ安心できね

      えのは当たり前だ。」


 

 きたろうは、政五郎とのさしの勝負を恐れて、右腕を差し出し、政

五郎に斬られる。

 

 きたろう郎時代に腕を斬られて、激痛に苦しみつつも政五郎から

「逃げられたと心底ほっとしたのを覚えてる」と弥七は、鉄・錠・おき

ん・半次に語った。


 

 鉄「俺は降りるぜ。全くひでえ世の中だ。色んな化けもんがいや

   がる。」

 

 錠「辛いこと喋らしちまったな。」

 

 半次「俺も降りたぜ」

 

 おきん「弥七さん。あんた、そんな昔を背負ってるから、お仲さんが

      『所帯を持とう』と言った時に、『うん』とは言わなかったんだね。

      あんたって本当に優しいひとなんだね。行先はそっちじゃない

      だろ?あたしも降りたよ。行っておあげよ。お仲さんが一番声

      をかけて欲しいのはあんたなんだから」

 

 

 お仲は愛息ター坊を斬殺された悲しみに深く落ち込んでいた。

 

 牢内で小六は囚人に化けた政五郎の部下に襲撃され、これを制して

留造に報復を宣言する。

 

 緑豊かな林。

 

 朝の光は葉に映えている。

 

 弥七は政五郎を呼び出して話し合いを要請する。

 

 政五郎「しばらくだったなきたろう。おめえ、まだ生きてたのか?

      話ってのは何だ?断っておくが俺は今、忙しい身体だ。

      手短に言え」

 

 弥七は金を要求する。

 

 弥七「今のおめえさんの土台を作ったのはこの俺だ。そのこ

    とが基で女が一人不幸になった。俺は金をやってその人

    に謝らなけりゃならねえ。これだけ言やもういいだろう?

    さあ、出してもらおうか?」

 

 政五郎は武助・条吉・猪太郎と共に爆笑する。

 

 弥七は手裏剣を抜いて、さしの勝負を挑む。

 

 政治は「いい度胸だ」と褒めて挑戦を受ける。

 

 お仲の恨みをこめて、左手で弥七は手裏剣を放つが、政五郎

の着物を傷つけたのみだった。

 

 政五郎は猛進して、刀で弥七を斬殺した。

 

 朝の陽光はまぶしく輝いていた。


 

 政五郎は牢内に送った配下の刺客の遺体が口に銭を銜えて

自身の元に送られたことを知り、小六との全面戦争を決意する。

 

 錠は弥七の遺体を棺桶に入れる。

 

 鉄・おきん・半次・お仲も部屋にいた。

 

 主水が現れ、天神の小六が動いたことを告げ、政五郎は小六に

倒されるであろうから、仕置を辞めるようにと説得する。

 

 おきんは「急がなきゃ」と課題が迫っていることを告げる。

 

 主水は「頼み手のない仕置なんて」と述べ、依頼者もいない仕置は

辞めるべきだと語る。

 

 錠「頼み手はいるよ。」


 

 鉄「礼金で十五両だ。この人が里子に出した子供を引き取りその

   仏と所帯を持つのを楽しみに三年がかりで貯めた金だ。」

 

 お仲と主水は会釈を交わす。

 

 主水が策略を巡らす。

 

 夜

 

 おきんが政五郎の家に現れ、怯えながら配下の者に手紙を渡して、

「手紙で書いてないことを浄念寺で伝えたい」と伝言して走り去る。

 

 政五郎は武助・条吉・猪太郎を始め部下一党を連れて浄念寺に

向かう。

 

 主水が現れ、政五郎に「一両で護衛する」と持ちかけ、政五郎と

武助・条吉・猪太郎の四人で寺に参ることを許可して、五人で歩み

出す。

 

 尾行者がいた。

 

 錠・半次だ。


ウルトラアイは我が命-錠 二
 

 主水は狂言で錠・半次に挑み、筋書通り殴らせるが、かつて主水

に「半人前」と舐められた半次は怒りをこめて強く主水を殴打する。

 

 政五郎は一人浄念寺にやってきた。

 

 一人の僧が階に腰かけていた。

 

 鉄である。

 

 政五郎「おい、坊主!女を見かけなかったか?

 

 鉄「あすこにいる。待て、今は行かぬほうがいい。男が連れていこう

   としている。」

 

 政五郎「何処だ?」


ウルトラアイは我が命-鉄 

 鉄は政五郎の背後に近づく。

 

 鉄「あそこだ!見えぬか?目を凝らさぬと見えぬかもしれぬ」

 

 その瞬間、鉄は政五郎の右腕をねじりあげ、右肩の骨を砕き折る。

 

 政五郎は激痛から叫ぶが、鉄に階から突き落とされる。

 

 鉄は一瞥して刀を投げ、止めは刺さずに歩みだす。

 

 政五郎「誰だ!てめえは?」


 

 武助・条吉・猪太郎の三人がかけつける。

 

 剛腕・強豪の親分として君臨していた政五郎だが、右腕をへし

折られ、戦闘力を失った身体では、もはや仕える用はなくなった

ことを三人の配下は視線で確かめる。

 

 三人の部下は、親分だった政五郎に、「お前さんはもう駄目だ、

役に立たねえ!」と突き離し、見限って捨てることを宣言する。

 

 政五郎は裏切りに怒る。

 

 条吉「どこへでも失せろ!そんな風に言ってたのはおめえ

      さんじゃなかったのかい?」

 

 

 政五郎「てめえら、頭の俺に向かって!」


 

 条吉「これでも?」


 

 条吉は政五郎の砕かれた右肩を嬲って痛めつけて、政五郎

は悲鳴をあげる。

 

 条吉「物は考えようだ!命があって足が洗えるだけでも、おめ

    えさんはついてるよ!」

 

 三人の部下は政五郎を嘲笑して歩き出す。

 

 傷ついた右肩と自尊心を思い、政五郎は最後の力を振り絞って

左手で抜刀して、条吉を背後から斬殺する。

 

 政五郎「来やがれ!俺は負けやしねえ!」

 

 武助「血迷ったか。」

 

 武助と猪太郎は、政五郎の身体を刀で刺す。

 

 政五郎は致命傷を負い遂に倒れるが気力を振り絞って

坊主一味の身元を突きとめようとする。

 

 猪太郎「骨を折らせやがって。それにしても、この肩、一体誰に

      やられたんだ?」

 

 錠と主水が現れる。

 


ウルトラアイは我が命-錠 三

 武助は主水に裏切られ、猪太郎は尾行者と再会したことを、それ

ぞれ知り、激闘するが、仕置人の腕は強かった。

 

 主水は刀で武助の身体を、錠は手槍で猪太郎の首を刺して仕置

した。

 

 鉄「お仲さん、すんだぜ。」

 

 政五郎「誰だ?てめえ達は誰なんだ?」

 

 翌朝。

  

 鉄・錠・おきん・半次・主水の五人は橋を渡ろうとして、多数の

足音が近づいていることを知り、橋の下に隠れる。


 

 足音の集団は、小六の一味だった。

 

 その足音の数から、小六一味は一大軍団であることを知り、

大親分小六でも大人数で挑む強敵を、一人三両の安値で

仕置を受けたことを半次・おきんは後悔する。

 

 鉄が、堪えきれず、思わすくしゃみをしてしまった。

 

 

 ☆☆野上龍雄が探求した怨念の世界☆☆

 


 野上龍雄は、昭和三年(1928年)三月二十八日東京に誕生

した。

 

 東京大学文学部仏文科卒業後、大映脚本家養成所を経て

東映において時代劇・仁侠・実録路線の傑作を数多く執筆さ

れた。

 

『必殺シリーズ』には、この第二作『必殺仕置人』から参加さ

れた。

 

 山内久司・深作欣二と三人で主人公達の設定の探求をされ

た。

 

 三人の話し合いで、藤田まことの中村主水が一番最初に決

まったという。

 

 動画のインタビューで野上は、藤田まことを、「一番迫力が

ある」と絶賛していた。

 

 『仕置人』では開幕の第一話「いのちを売ってさらし首」(監督

貞永方久)と本第四話「人間のクズやお払い」を執筆している。

 

 二作品ともに、永遠の大傑作である。

 

 人間の怨念の無限の深さを探求した脚本として、不滅の輝き

を放っている。

 

 第一話では、貞永方久監督の演出もあり、怨念と悲しみの世界

が暖かさと華麗さによってしみじみと語り明かされた。

 

 本第四話の演出を担当されたのは、大映時代劇映画で、『座頭

市』シリーズ、『眠狂四郎』シリーズを支えた巨匠三隅研次である。

 

 三隅監督は大正十年(1921年)三月二日生まれ。

 

 復員後、大映において伊藤大輔や衣笠貞之助に学んだ。

 

 豊麗で耽美的な映像は、重く深い。

 

 殺陣の演出も重厚である。

 

 『必殺シリーズ』では第一作『必殺仕掛人』から演出を担当され、

数多くの大傑作を産みだされた。

 

 本作『必殺仕置人 人間のクズやお払い』はテレビ時代劇映画

における三隅研次の代表作であると確信している。

 

 野上脚本・三隅演出は、冒頭に天狗の面を見せる。

 

 天狗の面が人間達の暴力闘争をじっと凝視している印象を与える。

 

 政五郎が剣の凄腕で、競争相手のやくざ達を斬り倒し、屍の山を

築くシーンは衝撃的だ。

 

 黒沢年男の迫力と凄みは圧巻である。

 

 配下の武助・条吉・猪太郎も凄みがある。

 

 半次が髪結床で居眠りしていると、政五郎が上がり込んで、客の

やくざを捕まえて、喉笛を剃刀で掻っ捌くシーンにも圧倒される。

 

 三隅監督は残酷な事件を静かで落ち着いたキャメラワークで重厚に

撮影されている。

 

 それだけに凄惨さの迫力は絶大である。

 

 半次の「はあ~!」の叫びも強烈だ。

 

 人間は残酷な惨劇に出会うと、震えだし、理性や落ち着きを失い、震え

出し、大声をあげてしまうという脚本の分析も鋭い。

 

 政五郎がライバルのやくざに対して、「銭を口に銜えさせて殺害する」

という描写があるが、『必殺仕置人』と同時代のアメリカ映画『ゴッドファー

ザー』において、コルレオーネファミリーの殺し屋ルカ・ブラッツィが密偵

の役割をタッタリアファミリーに見破られて処刑され、彼の衣服がコルレ

オーネファミリーに送り届けられ、「消された」ことが明示される場面を

想起した。

 

  鉄がお婆さんの腰痛を一年かけて治療するシーンは、凄惨な物語の

中で安堵させてくれる光景となっている。

 

 だが、御婆さんは半次に激突され、転倒し再び腰痛を起こしてしまい、

鉄が半次を叱り飛ばして殴るシーンには、骨接ぎに懸命に妥協しない

鉄の厳しさがある。

 

 享楽と遊びを追い求めている鉄だが、表稼業の骨接ぎには、懸命に

取り組んでいることが窺える。

 

 女郎屋でお仲は煙管を弥七に渡してあげる。その仕種・所作にお仲の

深い優しさが表現されている。

 

 お仲と弥七は愛し合っているのに、何故、弥七は二人の所帯に同意

しないのか、という問いを視聴者に与える。

 

 伊藤栄子(後に伊藤榮子)の気品豊かな美貌は輝いている。

 

 林隆三の繊細な演技は、弥七の優しい心を深く明かすものとなってい

る。

 

 子連れ女郎と博奕打ちの恋。

 

 牢内で小六の豪華な食事が映されるシーンは、視聴者の心にクスリ

と笑いが起こる。

 

 だが、吸い物に銭が入れられ、政五郎からの挑戦状が突き付けられた

ことが示され、視聴者の心にも緊張感が走る。

 

 野上脚本の台詞は鋭く中村主水の冷徹なキャラクターを伝えている。

 

  主水「前払いで送ってきたところを見ると、親分も長くはねえな。

    可哀相に。」

 

 小六「よしてくれ。」

 

 主水「てめえがバラした仏の心配をするとは、聖天の政五郎

    とは親切な男らしいな。」

 

 小六「だったら、何故お縄にしねえんだ?」

 

 主水「こいつら人間の屑だ。何人殺されるか、俺の知ったことじゃ

    ねえ。

    もっとも、親分は別だぜ。俺の大事な金蔓だ。そう簡単に死

    なせる訳にいかねえ」

 

 大親分小六の用心深さと主水の軍師役の冷徹さを明かす台詞

である。

 

 小六と政五郎の激突シーンにドラマの情熱が燃え上がる。

 

 大親分小六と野心家政五郎の対立・闘争である。

 

 野望に燃える政五郎は剛腕と荒々しさで奇襲の勝利を収めてお

り、自らの剣技に驕り高ぶり傲慢不遜になっており、強者としての

自己に対する自惚れを語る。


 

 政五郎「とうとう本音を吐きやがった。何だかんだとぬかしやがる

      が、俺にはちゃんとわかってるんだ。おめえは娑婆で暮ら

      すのが怖えんだ。ビクついて震えてやがるんだ。だから

      俺はうんざりしちまったんだよ。てめえみたいな奴の下に

      居るのがな。

      いいか、この世の中は力だ。強え奴が弱え奴に勝って、

      弱え奴は強え奴にその場所を譲らなきゃならねえんだ。

      この世だけじゃねえ。いつの世も人間って奴はそういう

      仕組にできてるんだよ。」


 

 政五郎は弱肉強食の世の中で力を得た強者は弱者から「奪い取っ

て良いのだ」と自論を語る。

 

 「この世の中は力だ」と語る政五郎の理論は、様々な世界の道理

を明かしているものでもある。

 

 前述したように、弱肉強食の世の在り方を鋭く剔抉したものであると

も言えよう。

 

 しかし、自身を強者として位置付けて傲慢になっていると、小六は

「大火傷するぞ」と注意する。

 

 政五郎は悪のヒーローとしての存在感を顕示する。

 

 野望と欲望の為には、競争相手・ライバルを次々と惨殺するという

激烈さは、この第四話が放映されていた頃の東映映画『仁義なき戦い

広島死闘篇』の大友勝利を想起させるものがある。

 

 「野心家の悪の天才」というキャラクターでは、ウィリアム・シェイク

スピアの戯曲『リチャード三世』のリチャードを思い出させるものもあ

る。

 

 読者・観客・視聴者は現実の暴力に怒りと悲しみを感ずるが、虚構・

フィクションの中の暴力に対しては完全に否定する訳ではない。

 

 物語の中において、悪を極めるダーティーヒーローに魅力を覚える

ことも自然な感情だと自分は思う。

 

 黒沢年男の政五郎は、極悪のヒーローとして絶大な魅力を放って

いる。

 

 政五郎の酷薄な弱肉強食の論理には、野上龍雄の鋭い人間洞察

がある。

 

 本作は、「政五郎・小六の世代間闘争」「お仲弥七の愛」「弥七・政五郎

の対立」「小六にバレないように政五郎を仕置する仕置人五人」と様々な

人間関係のドラマが鮮やかに重ね合わされ、壮大な戦いの物語が織り

成されている。

 

 その偉大な傑作の成立根拠は、野上龍雄の精緻な脚本である。

 

 寸毫の隙もない完璧な脚本である。

 

 ソフォクレス・シェイクスピア・竹田出雲・三好松洛・並木千柳・ゴーゴリ

も偉大だが、野上龍雄はそうした諸師に匹敵する巨星である。

 

 そのことを立証しているのが、この「人間のクズやお払い」の脚本なの

だ。

 

 主水が十手の権威で政五郎・武助・条吉・猪太郎を威嚇した後、条吉

が役人に扮して吉五郎・文蔵達を殺害するシーンには、悪党の学力の

強さを物語るものとなっている。

 

 残虐な殺戮の場面を静かに描写する三隅研次の演出力は大きい。

 

 ター坊が惨劇を見てしまい、恐怖に怯えながら、政五郎と目と目で静

かに見つめ合うシーンは重い。

 

 ター坊が政五郎に斬殺されるシーンは、視聴者の心に悲しみが湧き

起こる。

 

 「戦いで幼児の生命が奪われる」という視座に、野上龍雄の現実を見

つめる鋭い洞察がある。

 

 お仲とター坊が同じシーンで登場するのは、お仲がター坊の遺体を

抱きしめて泣くシーン一つのみである

 

 ワンシーンに母が息子の遺体を強く抱きしめるシーンを語り描く。

 

 母の悲しみと怒りが、視聴者の胸を打つ。

 

 墓場で政五郎に対する強請で大金をせしめようとする仕置き人四人

は弥七に諌められる。

 

 このシーンでは林隆三の静かで落ち着いた語りが光る。

 

 「右腕置いてさっさと出て行け」の台詞に政五郎の残酷さが表され

ている。

 

 鬼太郎の手裏剣に恐怖心を隠さないところには、政五郎が凄腕に

驕っていても、内心は臆病者であることも伝えている。

 

 鬼太郎が右手を斬られて、政五郎と別れられることに安堵感を抱く

語りが、政五郎の残忍さを深く明かしている。

 

 「強請」を「降りた」の台詞に、仕置人四人の性格を鮮やかに描く野上

脚本は芸術の極みである。

 

 鉄「俺は降りるぜ。全くひでえ世の中だ。色んな化けもんがいやがる。」

 錠「辛いこと喋らしちまったな。」

 

 半次「俺も降りたぜ」

 

 おきん「弥七さん。あんた、そんな昔を背負ってるから、お仲さんが

      『所帯を持とう』と言った時に、『うん』とは言わなかったんだね。

      あんたって本当に優しいひとなんだね。行先はそっちじゃない

      だろ?

      あたしも降りたよ。

      行っておあげよ。お仲さんが一番声をかけて欲しいのは

      あんたなんだから」

 

 鉄は政五郎の剣術に恐怖を覚える。

 

 錠の言葉は暖かくて繊細な優しさが光っている。

 

 半次の台詞回しにも優しさがある。

 

 おきんの言葉は暖かくて優しい。

 

 弥七がお仲との所帯の話を断ったことには、自身の過去に対する

悲しみかあったこと。

 

 おきんの「降りるよ」には、お仲との恋愛対決も「降りる」と掛けている

ところが素晴らしい。

 

 野川由美子の名演は輝いている。

 

 政五郎が弥七を斬殺するシーンでは、陽光が林の大自然を照ら

していることの対照の妙は、先輩方が絶賛されている。

 

 惨劇と日常性の対照である。

 

 自然の輝きが無言のうちに弥七の悲劇を強く伝える。

 

 主水が軍師役の智慧で計画を緻密に立てて、政五郎

一味を嵌めていく過程に、「悪の天才 中村主水」の個性

が光り輝いている。

 

 半次が「半人前」と揶揄されたことへの怒りをこめて、主水

の顔を強く殴るシーンは、深刻なドラマの中の貴重なユーモア

でもある。

 

 夜の浄念寺で、鉄が背後から政五郎の右肩を潰すシーン

は怖い。

 

 右腕を折ることは、右腕を斬り落とされた鬼太郎後に弥七の

怒りと無念を思ったことでもあったと思う。

 肩を潰され、戦闘力を喪失した政五郎が配下の三人に裏

切られ、刺されて致命傷を負うシーンに、野上龍雄の深い

人間観がある。

 

  武助・条吉・猪太郎の三人から見れば、戦闘力のない

政五郎は利用価値の無い者であり、捨てられる存在なの

である。

 

 野上脚本はドキッと緊張させる怖さがある。

 

 重傷を負った身体で、最後の気力で猪太郎を刺す政五郎。

 

 残虐非道な極悪人であっても、全身を刺されている姿は

「哀れ」という心を視聴者に抱かせる。

 

 ここにも野上脚本の鋭さがある。

 

 条吉・武助が鉄・錠に殺害されるシーンに、三隅演出のアク

ションの凄みがある。

 

ラストの小六軍団の大人数も、知的で鋭い「笑い」が光って

いる。

 

 鉄のくしゃみも微笑ましい。

 

 政五郎の残忍な押込み報道に始まり、鉄のくしゃみで明るく

終わる。

 

 悲劇で始まり、喜劇的場面で終わるという構成も凄い。

 

 本作の演技指導で、三隅研次が藤田まことを厳しく指導・

注意したことは有名である。

 

三隅は冷厳に「あんた、下手やな」と言って、当時喜劇王

として活躍した藤田をきつく叱り、厳格に指導した。

 

 その後、三隅は「この役はな、あんたの財産になるで」

と予言した。

 

 事実、中村主水は、藤田まことにとって、生涯の代表作

となった。

 

 野上龍雄・三隅研次は、愛する人の命を奪われた女性の

悲しみを問い尋ねた。

 

 怨念と激怒の根底を鋭く洞察し、怨念が出ることへの根拠

には、理不尽な仕打ち・虐待・いじめなどに対する怒りがある。

 

 怨念や怒りの根底にある「愛の世界」を野上龍雄・三隅研次

は深く明かされたのである。

 

 キャスト

 山崎努(念仏の鉄)


 

 沖雅也(棺桶の錠)


 

 野川由美子(鉄砲玉のおきん)


 三島ゆり子(お島)

 伊藤栄子(お仲)


 

 津坂匡章(おひろめの半次)


 

 杉山昌三九(吉五郎)

 江幡高志(留造)
 五味龍太郎(武助)

 

 

 高松英郎(天神の小六)


 

 玉生司朗(文蔵)

 山本一郎(猪太郎)

 内田勝正(条吉)

 

 三田一枝(老婆)

 藤川準(牢番)

 森内一夫(やくざ)


 

 黛康太郎(市助)

 西崎健(長次)

 吉田聖一(仁造)
 

 

 林隆三(弥七)

 

 

 黒沢年男(聖天の政五郎)

 

 

 藤田まこと(中村主水)


 


 

 スタッフ

 

 プロデューサー 山内久司

         仲川利久

         桜井洋三


 

 脚本  野上龍雄

 

 

 音楽  平尾昌晃

 撮影  石原興

 

 美術  倉橋利韶

 照明  中島利男

 録音  二見貞行

 調音  本田文人

 編集  園井弘一

 

 助監督 家喜俊彦

 装飾  稲川兼二

 記録  野口多喜子

 進行  黒田満重

 特技  宍戸大全

 

 

 装置 新映美術工芸

 床山結髪 八木かつら

 衣装 松竹衣装

 現像 東洋現像所

 

 

 制作主任 渡辺寿男

 殺陣   楠本栄一

 題字   糸見溪南

 

 

 主題歌「やがて愛の日が」

 作詞 茜まさお

 作曲 平尾昌晃

 編曲 竜崎隆路

 唄   三井由美子

 ビクターレコード


 

 オープニングナレーション作 早坂暁

 エンディグナレーション 野上龍雄

 

 

 ナレーター   芥川隆行

 

 制作協力 京都映画株式会社



 

 監督  三隅研次


 

 制作  朝日放送

     松竹株式会社


 

 ◎

 山崎努=山﨑努

 

 

 伊藤栄子→伊藤榮子

 

 津坂匡章=津坂まさあき→秋野太作

 

 山本一郎→結城市朗

 

 黒沢年男→黒沢年雄

 

 藤田まこと=はぐれ亭馬之助

 

 山内久司=松田司

 

 平尾昌晃=平尾昌章

 

 

  早坂暁・野島一郎はノークレジット


  野上龍雄はエンディングナレーション

  ノークレジット

 

      台詞・画像出典『必殺仕置人』DVD vol 2

 

                    文中敬称略

              

         

 

  『必殺仕置人 人間のクズやお払い』四十歳の日    

                平成二十五年五月十二日




 

                   南無阿弥陀仏