下町の太陽 (三) | 俺の命はウルトラ・アイ

下町の太陽 (三)

 『下町の太陽』

下町の太陽 1963

 映画 トーキー 86分 白黒

 昭和三十八年(1963年)四月十八日公開

 製作国 日本

 製作 松竹

 主演 倍賞千恵子

 監督 山田洋次

 ☆

 平成二十四年(2012年)八月二十二日

 南座にて鑑賞

 ☆

 

 

 町子が隅田川土手を歩みながら、主題歌『

下町の太陽』を歌うシーンは、過去の記事で

書きましたように、「美」の極みであり、神々し

いです。

 

 倍賞千恵子が完璧に町子の輝きを明かされて

 

います。

 

 下町の長屋の実家では上の弟は受験勉強に

 

頑張っています。

 

 父平八郎は生卵を肴にして晩酌で一献傾ける

 

のが楽しみです。

 

 下の息子に生卵を飲まれて叱るシーンが印象

 

的です。

 

 平八郎を勤めるのは名優藤原釜足です。

 

 

 長屋では温厚な老人善助や息子を探し続ける

 

老人源吉がいます。

 

 源吉は、息子ののぶおが事故で急死して以来

 

こころを病んで、「のぶおは居りませんか?」と町

の人々にいつも問うています。

 

 善助を演ずる人は渋い名優左卜全です。

 

 

 源吉は大名優東野英治郎が勤めます。

 

 

 東野の役柄は、久松静児監督の名作『警察日記』

 

(昭和三十年)の村田老人と呼応していると申せま

しょう。

 

 山田洋次にとっても、『警察日記』は深く感動した

 

一本で、東野に源吉を演じてもらうことで、尊敬する

久松監督に敬意を表したのかもしれません。

 

 長屋の人々にとって、源吉老人の悲しみは察せら

 

れる事柄でした。長屋のみんなが源吉を見守り、

源吉も交通事故が無くなるように努めています。

 

 町子の恋人毛利には、会社内で金子というライ

 

バルがいます。

 

 金子はプレイボーイとしても有名で仕事もでき

 

ます。

 

 社員昇格試験で、毛利にとって強力なライバル

 

なのです。

 

 町子と金子が休憩時間で卓球を戦うシーンに、映

 

画の緊張感が溢れます。

 

 女性と男性という性別の違いがあっても、共にライ

 

バルとして力を尽くして戦い合います。

 

 金子が勝って、町子は卓球台に倒れこみますが、

 

共に戦い合った相手に敬意を覚えます。

 

 金子はライバル毛利の恋人町子に惹かれたのかも

 

しれないとも思いました。

 

 町子が女性友達と共に踊るシーンも素敵です。

 

 

 町子の女性友達は、金子に遊ばれて捨てられ、彼を

 

ひっぱたきます。

 

 

 北の一途な求愛を受けて町子の心は揺らぎます。

 

 

 

 金子が会社の車を運転中に源吉を跳ねてしまいま

 

す。

 

 医師に事故を起こしたことを内聞にしてもらうように

 

金子は頼み込みます。

 

 

 源吉の命は無事でしたが、町子は事故を悲しみます。

 

 

 

 金子は社員試験の前に事故を起こしてしまったこと

 

を後悔し対策を考えます。

 

 待田京介の傑出した演技力が金子の強さと弱さを鮮

 

やかに明かします。

 

 毛利は、ライバルだった金子が事故を起こし社員昇

格試験に不合格となり、自身の合格・昇格が現実にな

ったことに喜びを隠せません。

 

 

 河原のデートで、毛利からの求婚を町子は断ります。

 

 

 自分の成功の為に、ライバルを蹴落として、蹴落とされ

 

た者の不幸を喜ぶ気持ちに町子は同意できなかったの

でした。

 

 毛利役の早川保は、知的な魅力が素敵です。

 

 

 山田監督は毛利の生き方も否定している訳ではないと

 

思います。

 

 競争社会はどこに行ってもあるし、勝ち抜いていく努力

 

も大切である。しかし、勝利は驕るべき事柄なのか?

 

 この問いを感じました。

 

 

 町子と北はデートをします。

 

 

 溶接工の仕事は激しい肉体労働で、休憩時間には

 

塩分補給の為に、塩を舐めていることを北は語ります。

 

 デートが終わり、町子は電車に乗り、北が見送ります。

 

 

 北が言いたいことを言おうとして、電車が動きだし、町

 

子は北の言葉を聞こうとするが、電車は走ってしまう。

 

 山田洋次の詩的な演出が光る名場面です。

 

 

 寺島家では、下の弟が父平八郎に生卵をプレゼントし

 

ます。

 

 藤原釜足が涙を見せずに、嬉し涙を隠すシーンに、ここ

 

ろで泣きました。

 

 町子と北は恐らく結ばれるであろうと予想させますが、ふ

 

たりが婚約・結婚するところまでは描かれません。

 

 そこにこの映画の深さがあります。

 

 

 町子と北は愛し合って、困難にも挫けず、壁を突破して

 

幸福な家庭を築いていくだろう。

 

 この予測・予想を与えてくれるところに、山田洋次演出の

 

深さがあるのです。

 

 

 会社の仲間達とバレーボールをして、力強くボールを

 

 

打つ町子。

 

 その爽やかな笑顔は輝いていて、太陽そのものです。

 

 

 母性の暖かさと優しさが溢れています。

 

 

 観音菩薩の慈悲や聖母マリアの愛とはこういう暖かさ

 

ではないかなとも思いました。

 

 

 

 山田洋次は第二作において、永遠の輝きを放つ大

 

 

傑作を演出しました。

 

 この作品から、山田洋次・倍賞千恵子の五十年の

 

コラボが始まります。

 

 後に産みだされていく山田映画の原点がここにあり

 

ます。

 

 悲しみや困難に遭っても、笑顔を忘れず逞しく生きる

 

町子。

 

 太陽の暖かさを明かすヒロインです。

 

 

 

 倍賞千恵子の町子は、太陽のひとです。

 

 

 

 

 

                               合掌