明治侠客伝 三代目襲名 | 俺の命はウルトラ・アイ

明治侠客伝 三代目襲名

『明治侠客伝 三代目襲名』



わいはわいであってわいでないねん

公開日 1965年9月18日 

制作国 日本
制作 東映京都


企画 俊藤浩滋 

    橋本慶一
原案 紙屋五郎


脚本 村尾昭 

鈴木則文


音楽 菊池俊輔
撮影 わし尾元也
擬闘 上野隆三



出演


鶴田浩二(菊池浅次郎)


大木実(星野軍次郎)  

津川雅彦(江本春夫)


藤純子(初栄)


安部徹(唐沢竜造)  

遠藤辰雄(天竜熊吉)
品川隆二(小栗清)  

中村芳子(おかつ) 
毛利菊枝(江本ひさ) 

山城新伍(立石三郎) 

原健策(佐川)
御影京子(野村明子) 

水上竜子(秀奴) 

汐路章(中井徳松)



丹波哲郎(野村勇太郎) 

藤山寛美(石井仙吉)
嵐寛寿郎(江本福一)


監督 加藤泰


☆☆

藤純子→富司純子

遠藤辰雄→遠藤太津朗

☆☆


1991年11月 朝日シネマにて鑑賞


 ―今回は物語の核心までネタばれします。
  未見の方はご注意下さい―



 明治四十年、大阪。

 木屋辰一家二代目江本福一は妻ひさと祭りを見物し、御輿を
担ぐ若者達の元気の良さに感動していた。煙草を銜えた福一の
背後に立った男中井徳松が、いきなり福一を刺して逃走する。

 
 福一はやくざの大親分であると同時に、初代の材木の事業を
継承すると共に、セメント・砂利の仕事でも大成功を収めた実
業家でもあった。同業者の星野は福一の人望・仕事ぶりを嫉妬
し、部下のやくざ唐沢に中井を雇わせて、刺客として派遣した
のである。



 「親父、誰にやられてん!?」


 福一の息子春夫は怒り心頭に達し、重傷の父の諫めを聞かず、
仇を討つべく、殴りこみに行こうとするが、福一の一の乾分菊
池浅次郎に制止され、水をかけられる。



  浅次郎「ボン、シャキっとしなはれ。今、お医者はんな、
      親分の体、ちょっとでも動かしたらよう起きは
      らん、言うてはりまんにゃで、絶対安静やて。」



 春夫は尚も怒りを抑えられない。



 病床から福一は報復をやめるように、厳重に言い聞かせる。


 そこへ星野が見舞いに来た。


 春夫は黒幕が星野と見破り、糾弾する。「何を証拠に?」と
星野はとぼけて、



 「何分にも、私どもはこちらと違って、堅気の星野商会です
  からね、信用に関わることは」



と自身満々に白をきる。そこへ犯人逮捕の報が入り、警官は顔

の照合を頼む。ドキっとする星野。江本一家の源一(国一太郎)

が犯人の顔を確認に行こうとすると、福一が痛みを堪えながら立
ち上がる。

 


  福一「待て、その首実検はわいが行く!」



 犯人中井は小倉の無宿者。江本家に頼み人星野が居て動揺す
るも、彼をかばって、

  「わしゃ、男上げる為に殺ったんじゃ」

と全てを負う。



   福一「アホンダラ!おのれ如きのなまくらドスで殺される
      木屋辰やないわい!わいを刺すなら、性根入れて刺
      せい!」



 だが、福一の着物の内から血が流れ、足を赤く濡らす。浅次郎
は手拭いをそっと投げて血を隠す。



   春夫「糞、面白うない!放したれ、飲み直しに
      行くのじゃ!」



 事務所に戻った星野は「老いぼれ一人、止めをさせなかったのか!」
と唐沢を叱責する。

 星野は、木屋辰が野村組の浄水場工事の現場にセメントを送り込む
ことに嫉妬し、木屋辰一家に妨害を為し、部下に命じてセメントを
奪う。


 浅次郎は涙を飲んで、星野にセメントの借用を願うが、星野は、


   「僕はやくざが嫌いだ。もめ事があれば暴力で解決しようとする。

    これからはそういう時代じゃないよ」



といけしゃあしゃあと語る。更に頭を下げ続ける浅次郎に、セメントを

借りたいならば、「一遍、堅気になってみたまえ」と条件を提示する。


 浅次郎は工事現場に結果的に迷惑をかけたことを野村勇太郎社長に
謝罪する。

 一方春夫は子分の立石を連れて曾根崎の遊里で豪遊し、「世襲で跡
目が継承されない」という木屋辰の慣習に不満を述べ、「三代目はわ
いや!」と豪語し、馴染みの芸者秀奴に「本妻にしたる」と述べて、
熱く接吻を交わす。


  
 春夫を案じて遊里に探しに来た、浅次郎は松乃屋で女将おかつが娼
妓初栄を叱責する声を聞く。


  おかつ「わからん娘やな、あんたも。あては何もいけずで言うて
      んのとちゃいまっせ。」


  初栄「お父ちゃんは明日をも知れぬ命や言うてますねん。
     この通りだす、一目だけでも会いに帰らしとくんな
     はれ。」


  おかつ「今日のあんたはお客に買いきられた体とちゃうか?」


  事情を聞いた浅次郎はおかつに頼む。


  浅次郎「なんぼ売りもん、買いもんの女郎や言うたかて、
      親の死に目に会えんかったら、一生の不孝やで。
      女将さん、そう意地張らんと帰したりいな。」


 おかつは、今夜、「初栄と遊ぶから、他の客取らすな」と唐沢
に厳命されている窮状を訴える。
    


  おかつ「親分は、この娘に三日に開けずでんね。」


  
  浅次郎「何日あったら、行ってこれんね?」


  初栄「三日もあったら。」


  浅次郎「(財布をおかつに出し)よっしゃ、この娘は
      三日間、わいが買うた。」


 唐沢は松乃屋で浅次郎に事情を聞かされ、懸命に「許してやって
欲しい」と頼む浅次郎の言葉を聞いても怒りを収めず、「畜生」と
叫ぶ。

 浅次郎は木屋辰に戻り、徹夜で夫の看病をしているひさに「代わ
りまひょ」と申し出る。ひさは浅次郎こそ徹夜で頑張っていること
を知っているが彼の懇願を受けて休みにいく。

 病床で眠ったと思われていた福一の頬を涙が濡らす。


  浅次郎「起きてはったんでっか?」


  福一「すまんな」


  浅次郎「何言うてはりまんにゃ!一旦親分子分の盃受けて
      体染めたからには、子分が親分に尽くすんは当た
      り前のことやおへんか。」


  福一「春夫はまだ帰ってへんのやろ?あいつは遅うなって
     出来た子供やよって、甘う育ててもうた。親っちゅう
     もんは、弱いもんやなあ。
     浅次郎、春の事は頼むでえ。」


 数日後、木屋辰一家に石井仙吉というやくざが食客としてやっ
てくる。



  福一「わいはご覧の通りの有様や。一家に病人が居ては何か
      と陰気やろけど、ま、ゆっくりしとくんなはれ。」



  仙吉「親分さん、早速でおまんのやけど、あの、遊ばして
      頂きたいと思うんでございますけど・・・」



  福一「客人、すまんけどな、うちでは賭場はやってへんね。」



  仙吉「なんででおまんね?」



  福一「これからの極道はな、賭場のあぶく銭だけで、しのぎを
     立てるようなケチな料簡ではいかん!
     これがわいの信条だんね。」



  仙吉「さよでっか、変わってはりまへんな。」



  福一「浅次郎、案内したげて。」



部屋に案内された仙吉は浅次郎に聞く。



  仙吉「お宅の親分、先、あんまり長いことない
      んとちゃいまっか?」


  浅次郎「客人、うちうらのことに、あんまり嘴、入れ
       んといてくれなはれ、それが渡世の作法っちゅう
       もんでっしゃろ!?」


  仙吉「お宅、偉うおまんな。すんまへんな、わい、おっちょこ
      ちょいだんね。すんまへん。」
  


  浅次郎「ま、よろしがな。」


  仙吉「けど、二代目にもしものことがあったら、跡目は
      あんたでっしゃろ?これ、間違いおまへんで。わしら
      旅しとるとね、自然と人見る目っちゅうもんが出来て
      きおるし。」



  浅次郎「客人」


  仙吉「すんまへん」



  そこへ、浅次郎に手紙が来る。初栄からだった。

 

 夕方の橋のもと。

初栄は浅次郎に礼を言う。彼女の父は着いて二日目に亡くなったと

いう。



  初栄「旦さん、なんでうちみたいな女に親切にしてくれはったん?」



  浅次郎「親切言う程のことやあらへん。行きずりの気紛れみた
       いなもんや。」


  初栄「これ、つまらんもんやけど。」



 初栄は岡山の実家の木からもぎ取った桃を二つ渡す。


 夜 松乃屋に戻った初栄は嫉妬に燃える唐沢から殴る蹴るの暴力を
受け、泣き叫ぶ。彼女の身を案じた浅次郎は唐沢を止めるが、唐沢は
怒りを収めない。



  唐沢「おどれ、初栄に惚れおったな?」



  浅次郎「ああ、惚れた」



  唐沢「何やと!」

  
そこへ、偶々遊びに来ていた仙吉の声が響く。

  


  仙吉「じゃっかあしいわい、ぎゃあぎゃあ抜かしやがって、
      気が散って出来へんやないかい」


  唐沢「おどれ、出てこい。」



 仙吉は馴染みの女に「心配すんなて」と言い聞かせて、「わいも
銭出して遊んでまっさ、静かにしとくんなはれ」と唐沢に頼む。

 仙吉の機転で、唐沢は帰宅し、初栄・浅次郎は窮地を救われ、二人
だけで語り合うことが成り立つ。



  初栄「私への親切、ほんまに気紛れやったん?」


  浅次郎「わいの親父はな、三度の飯より博奕が好きで、お袋泣かして
       ばっかりよるしょうもない男やった。その親父が死にかけてる
       と聞かされたとき、わいは監獄で赤い着物着てる時やった。
       そんな親父でも会いたかったなあ。しゃあけど、どないも出来へ

       ん。」



  初栄「それで、うちのこと。」



  浅次郎「なんやしらん、他人事と思えへんかったんやろ」



  初栄「浅次さん。うちは明日から売りもん、買いもんの女郎だす。
      唐沢のおもちゃになる女だす。女郎は汚なおすか?女郎は

      人を好きになったらあかんのですか?」



  浅次郎「初栄、人間はな、体やない、心や。
       お前は綺麗な女や。」



 親分の重傷を思い、「いななあかん」(関西弁で「帰らなきゃいけな
い」の意味)と語る浅次郎だが、初栄は「好きです」と強く彼の肩を抱き、
二人はそのまま愛し合って一夜を過ごす。

 朝帰りで浅次郎が、木屋辰に戻ると、福一は亡くなっていた。


 一家の会議で、ひさは三代目に浅次郎を推す。

 春夫は烈火の如く怒り、実子のプライドを誇り、父の命日に朝帰りを
した浅次郎の態度を責める。そして、香典を鷲掴みにして、「親父のもん、
息子が勝手に使うのが何が悪いねん!」と叫ぶ。


 浅次郎は春夫を殴り倒す。



  浅次郎「ボン、わいに向かってくるだけの根性があるんやったら、
      何でもっと一家の為に尽くさへんねん?跡目盗られて腹が
      立つんやったら、何でもっと、しっかりせえへんね?

      姐さん、お言葉通り、三代目はわいが継がして貰います。
      しあやけど、親分が作らはったこの会社はそっくりボン
      にお渡ししたいんです。

      その変わり、ボンには堅気になってもらいま。」



  野村「菊池君、君は偉い、あんたは木屋辰百年の計を考えたね。」



  春夫「浅次郎はん、この家出んといてくれ」


浅次郎は腕の刺青を見せる。



  浅次郎「ボン、わいはどうあがいても、この墨、消して行くこと
      出来へんね。やくざの木屋辰はわいが背負て行く。」



 一方、唐沢はおかつに大金を払い、初栄の身請けを申し出る。


 おかつは、唐沢の頼みを断れば、浅次郎が襲われるかもしれない、
という事態の深刻さを初栄に伝える。初栄は最後に一目、思い出の
橋のふもとで浅次郎に会いたいと、懇願する。


 その日、思い出の場で初栄は諦めるつもりでいたが、浅次郎を見る
と恋心が一層熱くなって、抱きつき、「うちを連れて逃げて!」と願
う。

 勿論浅次郎もそうしたいが、自分の立場上出来ないことを、切なさ
をこめて訴える。



  浅次郎「今のわいはな、わいであってわいでないねん。
       木屋辰一家の金看板と『義理』っちゅう二字を背負った
       男や。阿呆な男や。しやあけど、わいはそういう生き方  
       しか出来へんね!」
     


 浅次郎が三代目を継いだ日、初栄は唐沢に身請けされていく。


 浅次郎は、敢えて星野を尋ね、三代目襲名の挨拶をする。約束通り、
春夫は、やくざ木屋辰一家と関係のない堅気の会社江本建材の社長と
なったことを告げ、同業者として力になって上げて欲しい、と頭を下
げる。



  浅次郎「やくざ渡世で、なんぼ親分の言いつけや言うたかて、

       親分が、どこぞの誰かに殺されたんをわいら、目つぶって黙っ

       とるんです。『木屋辰の跡目は意気地なしや』と後ろ指指され

       とるんをじいっと辛抱しとるんです。星野はん、わいの頼み聞

       いてもらいま!どないだんね?星野はん。」



  星野「わかった」



 野村は、浅次郎に神戸の建設現場に行って欲しいと頼み、春夫の
後見は自分がするから大丈夫、と確約する。

 だが、星野は浅次郎が大阪を去ると、野村の部下八木(鈴木金哉、
後の鈴木康弘)を買収し、次々に嫌がらせを再開する。

 けれども、春夫は必死に耐えて、仕事に精進する。


 一方仙吉は単身、唐沢の留守を見て、初栄を尋ね、「三代目のいる
神戸へ、わいと一緒に行こ」と進める。
      


  仙吉「あの人はな、一言も言わへんけど、あんたのこと
     忘れられへんね。
     それとも何け。あんた唐沢みたいなゲジゲジと一生
     暮らすつもりか?」



  初栄「うちは死んだ女だす」



  仙吉「死んだてなんや?生きてるやないけ?
     人間、息してるうちは生身の体や。
     好きなもん同士が一緒になれへんて
     そんなあほな事、あらへんやないけ」


  初栄「あの人は、人を好きになる夢、教えてくれはったんです。
     『忘れ』、言われたかて、忘れられしません。
     うちが死んだ気で唐沢の下で暮らしてるんも、あの人に
     ちょっとでも大事がかからんようにと思て。

     なんぼ好きや言うたかて、今のうちがしてあげること、
     おへんやないか。あほな、あほな女だっしゃろ」



 春夫は仙吉を連れて曾根崎に久々に遊びに行き、馴染みの秀奴を
尋ねる。秀奴は春夫に抱きつき、二人だけになりたいと頼み、仙吉
に「春ボンのこと借りまっせ」と頼む。

 


 仙吉「熱う、春ボン、こんな殺生な事おまへんで!秀奴はん、
     ええ娘、おへんか?」


  秀奴「知りまへん。あて、春ボンのことで精一杯でっせかい」


 だが、秀奴が案内したのは、星野・唐沢が子分天竜達と共に飲む
席であった。春夫は監禁される。



  星野「江本建材の若社長!」


  秀奴は「ホさんのいけず」と星野に抱きつく。


  星野「秀奴は俺の女なんだ」


  春夫「ほんならわいを誘き出すための囮に・・・」


  星野「今頃わかったのか、若社長!」


  仙吉「ボンボン、こんな色気の無いとこから帰って
     飲み直しまひょ。」



  唐沢「( 仙吉に)おんどれ、死にたいんか?」



  仙吉「は、色気の無いお人やな!」


  星野「おい、若社長!君は堅気になったんじゃないのかね?
     どうして、こんなやくざと?三代目は俺とハッキリ
     約束したんだ!」



  春夫「仙吉はん、ここはわいが話をつける。」



  星野「流石は若社長だ。野村組から手を引いてくれ。」



  春夫「お断りしま!」



  星野「じゃあ、しょうがねえな」


  仙吉「ボン、逃げて!」



 唐沢・天竜らは十数人の部下と共にドスを抜いて春夫を襲い、
仙吉は春夫を逃がし、自身は犠牲となって、めった突きにされ、
大量出血する。


  天竜「( 仙吉に)おい、逃げれるもんなら逃げてみいやい?」


  天竜が止めを刺し、仙吉は遂に絶命する。


 大阪の浅次郎のもとへ、春夫重傷と仙吉殺害の報が入る。
彼は一家の子分達に聞く。


  浅次郎「みんな事情は聞いたやろ?わいに命預けてくれるか?」


  立石「わいらの命は親分のもんです!」


  浅次郎「お前らの命はこの工事現場に捧げてくれい」

 

 立石「何、言うてはりますにゃ?立った今命を捧げると・・・」


 「おう、みんな、大阪帰ろうかい!」の声も上がる。


  浅次郎「アホンダラ、わいの言うことが聞けへんのんかい?
       大阪へは、わい一人で帰るんや。
       みんなの気持ちはもうて行くで!」


 浅次郎は、野村が春夫を激励している光景を見届けた後、星野
商会に向かって橋を歩み、堪えに堪えた堪忍袋の緒を切り、遂に
ドスを抜く。


 
 加藤泰監督は、この映画の演出オファーを受けた際に、
  
   「会社の作っているような映画は撮れない、
   長谷川伸の世界なら撮れる」


と語ったという。

 義理に篤いやくざと優しく美しい娼妓のはかなく純粋な恋。
橋のもとで、初栄が浅次郎に実家の桃を渡す場面は、心の芯か
ら暖められる。

 脚本の村尾昭と鈴木則文は、熱く、繊細に、豊かに、二人の
誠実な男女の悲恋を謳い上げる。長谷川伸の戯曲ともよく通じる
「優しさ」があった。


 加藤泰監督は、演出にうるさく、厳しい人としても有名で、
細かい点も徹底的に追求する方で、妥協は一切しなかった。
セット撮影も多様され、それが歌舞伎の舞台装置とよく似て、
象徴性の効果を銀幕にもたらした。

 明治四十年(1907年)の大阪。この時代の空気を再現する
為に、美術も念入りに作業されたのではなかろうか?写真に
見る明治時代の風景と、映画の風景は酷似している。


 極めて、私的な事柄を書くことをお許し下され。

 映画の設定の明治四十年の大阪。この時代、この地で、自分
の曾祖父母が大阪で働いていた。それで、この映画を見ると、
自分のにとって家族ゆかりの地が舞台ということもあって、ど
こか原風景の原風景のような、根源性を個人的に抑えられない。


 自分の祖父が誕生したのも、この時代で、「おじいちゃんが
幼年期過ごした時代は、この頃やったんやろなあ」という感慨
が湧く。

 福一役の嵐寛寿郎は明治三十五年(1902年)生まれである。

想像が許されるならば、アラカン先生は、「懐かしさ」を持って

おられたのではなかろうか?


 この映画の偉大さの一つは、関西弁を自然に、そして綺麗に
喋る名優が、数多く起用されていることである。

 鶴田浩二・富司純子・津川雅彦・山城新伍・遠藤太津朗・中村
芳子・藤山寛美・嵐寛寿郎といった、言わば、「ネイティヴ」が
語らはる関西弁、ほんまもんやねえ!聞いてて気持ちええもん。

 

 鶴田先生は、お生まれは静岡ですが、少年時代、大阪西成で

暮らしてはりました。

 やっぱりね、わたいのような近畿の人間にしますとね、関西弁
がおかしいドラマ見たりすると、なんや、気分が辛なるんです。
そのかわり、この映画みたいに、古風で完璧な関西弁聞かせて
もうたら、気持ちええだけやなしに、感激しますね。

 


  福一「アホンダラ!おのれ如きのなまくらドスで殺される
      木屋辰やないわい!わいを刺すなら、性根入れて刺
      せい!」

 
 アラカン先生、カッコええ。この名台詞、やっぱり青年時代、
歌舞伎で修練を積まれ、時代劇で一時代を築かれた方の貫禄が
溢れてますわ。


 嵐寛寿郎の大きさ・暖かさが、そのまま福一の、昔気質で一
徹な人間味に伝わっている。やくざとして手に職を持ち、仕事
に精進して、賭場のサイコロ博奕はやらん、という真面目さ。

 自身は苦労して会社を大きくしたが、年を取って出来た愛息
春夫は甘やかして育ててしもうた、という反省。

 親の悲しみが蚊帳の中で流す涙に溢れてる。



 津川雅彦はこの時、二十五歳の若さだが、「ボン」の苦悩を
鮮烈に演じきった。前半では、若きヤクザのギラギラした個性

も光らる。偉大な父と父の一の子分に対する劣等感と「超えた

る」という気持ちが鮮やかに、描かれる。


 浅次郎にぶん殴られ、彼の誠意ある会社社長譲渡の気持ちに
振れ。気持ちを入れ替えて働く表情の真剣さ。若者の成長の軌跡
が、豊かな感性とダイナミックな演技で見事に現された。

 


 春ボンを誘惑して、罠に陥れる、可愛く怖い芸者秀奴には、
水上竜子。ファムファタールの素敵な魅力が輝いている。

 二年後のテレビドラマ『ウルトラセブン』「マックス号応答せよ」(

1967年)では、主人公モロボシ・ダン(森次浩司、後の森次晃嗣)を

油断させて、ウルトラ・アイを奪うゴドラ星人人間体を好演する。

男を惑わし、痛烈な打撃を与える小悪魔の個性を華麗に、自在に

演じきる方である。

 水上の秀奴の怖さは、星野とその部下がが春夫を襲って居る場
面で、穏やかに酒を飲んでいる冷静さだ。仕事の為には男をおだ
てたり、或いは騙すこともあるが、芯の落ち着きは決して失わな
い。


 秀奴が、「女の魔性」を現す存在ならば、ヒロイン初栄は、「
女の優しさと清らかさ」を象徴する存在だ。藤純子の清潔な美し
さは、まさに「絶世の美」である。美しさと共に優しい母性が輝
いている。

 初栄が橋で、浅次郎に抱きついて「逃げて」と泣くシーンは、
感涙の名場面だ。



  浅次郎「今のわいはな、わいであってわいでないねん。
      木屋辰一家の金看板と『義理』っちゅう二字を背負った
      男や。阿呆な男や。しやあけど、わいはそういう生き方  
      しか出来へんね!」



 「わいであってわいでないねん」の言葉に、に自分自身に対する
怒りと悲しみがある。好きなひとがストーカーのような男に連れて
行かれるのを黙って見すごさねばならぬことへの悲痛さ。そして
やくざの世界の「義理」の重圧。強大な掟が桎梏として迫ってきて
浅次郎は涙を流して悲しみを耐える。この我慢劇が、観客の共感を
呼ぶのだ。


 愛し合っているにも関わらず、それぞれが背負う定めの為に、
引き離されて生きることを涙を飲んで決断する。


 仙吉が「神戸へ行こ」と提案しても、浅次郎の安全を思う
初栄は、自身を犠牲にして、唐沢の人身御供になってでも、
浅次郎を守りたい、と語る。彼女も又、「あほな女だす」と
自己決定する。


 観客は、「堅気になったら、協力してやってもいい」という星野
の提案に、何故、浅次郎が愚直な迄に墨守しようとするのか疑問に
思う。

 観客は、福一を殺した真犯人が星野であり、その後木屋辰をいじ
めぬいているのも星野だし、初栄をくるしめてるのも星野の子分
唐沢であることを知っている。大嘘つきで、約束など平気で反故に
してしまう星野に、何故義理を立てるのか?


 
 卑怯・卑劣で残忍な敵に、義理を立て尽くすという、言わば、「
捨身」の精神に徹することで、喧嘩を回避し、平和を保うとす
る浅次郎の精神が描かれているのだ。私情を捨てて、悔しさを
噛みしめながら、どれだけ馬鹿にされても耐え抜く。本当の強さ
とは、その馬鹿・アホに徹してでも、「義」に生き抜くことなの
だ、という事柄を教えてくれているのだ。


 浅次郎も、初栄も、平和の為に捨て石となる、言わば「アホ」
として生きることに自分の使命があると痛感する。みすみす損に
なっても愚直に生きる。ここに村尾・鈴木脚本の真骨頂がある
のだ。

 仙吉役の藤山寛美。侠気と暖かさが素晴らしい。至芸の中の
至芸である。

  鶴田浩二は、この時の共演から受けた寛美の印象を、親友
山下耕作に次のように語った、という。



  「油断してたらこっちが食われてしまう。
   性根すえてかからんと」
  (『将軍と呼ばれた男 映画監督山下耕作』

   1999年、ワイズ出版)



 こうした緊張感が作品の層を篤くしていることが窺える。

 大木実の星野は、悪役演技の最大傑作である。大阪弁の人情味
豊かなやくざ達に、エリートの標準語で圧迫感を与えてくる星野。
大木氏は大阪の出身だが、標準語も上手い。
 自身は子分のやくざ達を使って、福一の命を奪い、春夫を脅迫
しながら、仙吉を見て、「君はどうしてこんなやくざと」うぞぶ
く冷たさを、粘り強く演じきる。

 ワルの中のワルであり、残忍さ・卑劣さ・非情さ嫌らしさ・憎た
らしさを集成したキャラクターを熱演し、「こいつ、ほんまワルや
のう!」という印象を観客の心に刻み付ける。


 
  犠牲的精神と平和を願う心は星野・唐沢に通ぜず、踏みにじ
られ、結局、浅次郎は、敵討ちとはいえ、ドスを抜いてしまう。こ
れまで自分が堪えていた忍耐をすてさってしまう。ここにも悲しみ
がある。

 義戦といえども、刺客は刺客。浅次郎はその定めを甘受する。

 ラスト、浅次郎は愛する女に抱きしめられながら、巡査に連行
される。夜は明け、機関車が走っている。


 誠実に、愚直に生きる男女が、恐らく今生で会う最後の機会に
真心を通わせる。二人が結ばれないという非情な定めに、観客も
胸を締め付けられ、嗚咽を感ずる。

 その悲しい時にあっても、浅次郎は運命を耐え抜く。


 鶴田浩二の瞳には、「男の生き方」が光っていた。


 (2015年11月10日記事を加筆し・改訂しました。)

  
                           文中一部敬称略



                                 合掌