大阪物語
『大阪物語』
映画 トーキー 白黒
昭和三十二年(1957年)三月三日公開
製作国 日本
製作言語 日本語
製作会社 大映京都
製作 永田雅一
企画 辻久一
原作 溝口健二
脚本 依田義賢
音楽 伊福部昭
美術 水谷浩
照明 岡本健一
録音 海原幸夫
出演
市川雷蔵(忠三郎)
香川京子(おみつ)
勝新太郎(市之助)
小野道子(滝乃)
林成年(吉太郎)
中村玉緒(綾衣)
三益愛子(おとく)
東野英治郎(星野権右衛門)
浪花千栄子(お筆)
中村鴈治郎(仁兵衛)
山茶花究(河内屋)
十朱久雄(新屋)
天野一郎(天王寺屋)
滝花久子(すえ)
万代峰子(お竹)
南部彰三(熊本内膳正)
林家染丸(医者)
西川ヒノデ(源六)
伊達三郎(庄吉)
石原須麿男(木賃宿亭主)
玉置一恵(堀惣右衛門)
浅尾奥山(宗兵衛)
小林加奈(お通夜の客乙)
園井信子(花屋の娘)
堀佐知子(木賃宿の女房)
仲上小夜子(町の人)
本間瑛子(遊女甲)
和田房子(遊女乙)
星中位子(遊女丙)
藤川淳(門松売り)
菊野昌代志(近江屋手代)
三浦志郎(幇間)
長谷川茂(客)
滝川潔(近江屋手代)
武田徳倫(浮浪人)
大崎四郎(客)
大国八郎(客)
沖時男(近江屋大番頭)
小南明(浮浪人)
遠山泰樹(奉公人)
畑義直(丁稚長吉)
清水綋治(丁稚)
秋吉朝臣(丁稚)
江上正伍(丁稚)
宮崎照美(丁稚)
国米曠(吉太郎)
竹野まり(少女時代のおはつ)
監督 吉村公三郎
☆
平成十九年(2007年)八月十二日
京都文化博物館にて鑑賞
☆
井原西鶴の『日本永代蔵』を元に、溝口健二監督は新作
の構想を練っていた。『西鶴一代女』(1952)において、主演
田中絹代は全身を挙げて主人公おはるを熱演し、監督溝口
も深遠な演出を示して絹代の名演に応えた。「女」のこころ、
「女」の情念を問い、尋ねることは、溝口生涯の課題であっ
た。その彼が最晩年意欲を示したのが「男」の心を描くこと
であった。
個人的には、溝口が男の熱き魂を明かした最初の試みは
『新・平家物語』(1955年)であったと思う。貴族に走狗として
使われながら、「いつの日か見返してやる」と心に期する平
清盛を市川雷蔵が力強く演じきった。吉川英治が描く「ちげ
ぐさの巻」の世界を鮮やかに溝口・依田・雷蔵のトリオは映
像に表わした。
『新・平家』の翌年の1956年、溝口は新作『大阪物語』に情
熱を燃やしていたが、体調を崩し、同年8月24日死去した。
溝口の遺志を継ぎ、吉村公三郎監督、依田脚本で映画は製
作された。撮影杉山公平、美術水谷浩も長く溝口組で活躍
した人たちである。
東近江の百姓仁兵衛(二代目中村鴈治郎)は、妻筆(浪花
千栄子)との間に息子吉太郎(国米曠)、娘なつ(竹野まり)が
いた。一生懸命働いたが年貢が納められず、庄屋宗兵衛(浅
尾奥山)と代官堀(玉置一恵)から入牢を冷厳に言い渡される。
お筆が哀願し、一日期限を伸ばしてもらうが、年貢を納め切れ
る見通しはない。
「わたしが身、売ります」と決意する筆を仁兵衛は叱りつけ、
一か八かの大勝負を決意し、「捕まったら縛り首」という恐怖
を抱きつつ、一家で大阪に夜逃げする。
大阪で働き口を必死で探す仁兵衛は、大店の花屋で哀願す
るが、手代庄吉(伊達三郎)に殴られ、その上、「人を恨むより
わが身の甲斐性なしを嘆き」と嘲笑される。
土佐堀川で仁兵衛は飢えに苦しみ、お筆は一家心中を申し
出る。そこへ幼い吉太郎・なつ兄妹が拾った米を持ってくる。
上荷船が停まるこの地は沖士が米俵を運ぶ際に米が落ちる
のだ。仁兵衛は米を拾い集めて売る商売を開始する。
十年後、両替商近江屋として大成功を収めた仁兵衛は堺筋
に店を開き、大店のあるじとなっていた。吝嗇・ドケチでわずか
な小銭も大事に始末することを徹底し、朝のお誓いでは祭壇
に祀る団扇と手箒に「今日も結構に儲けさせていただきますよ
うに」と日々祈っていた。
仁兵衛は商売仲間の河内屋(山茶花究)から花屋が闕所・家
名おとりつぶしになったことを聞かされ、十年前自分を殴り嘲っ
た庄吉が役人に捕らえられ、後ろ手に縛られているのを見て、
ええ気味や、とニヤリと微笑んで溜飲を下げる。
仁兵衛の執念は更に燃え盛り、花屋を買って、積年の報復
感情を満たそうとする。丁稚の長吉(畑義温)がつきたての柔ら
かい餅を買うてくると、
「アホ、つきたては水気が多うて、目方がかかるやないか、
水気のひいた固い正味のとこを買うて来んかい・・・・・・
かえといで」
と厳命する。手代の忠三郎(市川雷蔵)は長吉を気の毒に思っ
て、仁兵衛が去るのを確認して、「かまへんかまへん風にあて
とき、いまにかとうなる」と慰める。
美しい娘に成長したおなつ(香川京子)を油屋の若旦那市之
助(勝新太郎)に嫁がせることを仁兵衛は独断で決める。おな
つは拒絶し、労咳を患うお筆も必死に夫を諌める。医師は倒れ
たお筆を診て、「滋養のつくものを食べたら治るかも」と言うが、
「金が惜しい」とケチる仁兵衛は妻の治療に全く取り組まず、お
筆は亡くなる。
おなつと忠三郎は秘かに愛し合っていて、成長した吉太郎(
林成年)は二人の想いを遂げてやりたいと考えていた。母お徳
(三益愛子)が商売に励んで欲しい願うと市之助であったが、
放蕩息子の彼には滝野(小野道子)という言い交わした太夫が
おり、その身請けの金を吉太郎に頼み込む。
おなつと忠三郎の仲を成就するために、わしが店の金を取っ
た、と語る吉太郎に、勘当を申し渡す仁兵衛。おなつも出て行
こうとするので必死にすがるが、拒絶され、孤独を実感する仁
兵衛。愛妻を見捨て、息子に裏切られ、愛娘に背かれた彼に
とって、命がけで執着した対象は、やはり金であった。
お徳や店の者が看病するが、仁兵衛は蔵に入って金箱にし
がみ付き、「誰にもやるもんか」と泣きながら語る。
極貧に苦しみ、富者から愚弄されていたが商売によって盛者
に成り、金の力で内心にわだかまる怨念を晴らしつつ、更なる
栄華を求めて金のみを愛し抜いた仁兵衛。強欲で執念深い性
格だが、人間のもろさ・弱さを合わせ持ち、憎めぬ愛嬌がある。
二代目中村鴈治郎はネチネチと粘り強く、かつ柔らかく、仁
兵衛の熱い執着を演じきった。笑わせながら、人間のエゴや
恨みやコンプレックスや悲哀を鮮明に描き出す演技力は凄い。
大阪出身の鴈治郎・千栄子・三益愛子・山茶花究・伊達三
郎、京都出身の雷蔵、成年といった、沢山の京阪出身の名優
たちによって語られる関西弁の素晴らしさは、圧巻やった。
特に鴈治郎・究が見事な着物の着こなしと歩き方で、
「儲かりまっか」
「どうしたんや・・・・・根ぶとでも出来たんかいな」
とリズミカルな会話を語ってくれたので、聞いとって、ゾクゾク
来て、たまらんかった。
吉村監督はこのシーンを長回しで撮っていて、溝口演出に
対する敬意を感じた。
依田によると、
「死んだら、必要なのは自分を埋める墓だけだった」
というロシアの短編の結末を溝口は本作のテーマに位置づけて
いたらしいが、この課題は吉村・鴈治郎コンビによって成し遂げ
れた、と思う。
鴈治郎はんの至芸はほんま、絶品。
未見の方は、機会があったら、是非見とくんなはれ。
よろしゅう、おたの申します。
文中一部敬称略
合掌