87歳で上梓した「遺言」著書

 「私の遺言のようなものです」

 茶道家で漱石研究者の丹治伊津子さん(87)は自宅の茶室で、昨年12月に上梓した著書『漱石・明治・京都』(翰林書房)への思いを語った。

 著書は、丹治さんがこれまで書いてきた漱石についての随筆や評論などをまとめた。漱石の孫で漫画批評家として知られる夏目房之介さんが帯にコメントを寄せ、「襟を正したくなるほど美しい、得難い文章である。漱石好きには必読の書であろう」と賞賛した。

 

 丹治さんにとって今作は2010年に刊行した『夏目漱石と京都』(同)に次ぐ2冊目の著書になる。「学問もない私が漱石を語ること自体がおこがましいのですが、みなさんのおかげで何とか本を出せました」と控え目に語る。

 1937(昭和12)年、山口県で生まれた。

 戦災で家は燃え、一家で寺に身を寄せる辛酸を味わった。8歳で敗戦。「米軍の飛行機が現れると竹藪の中に逃げる日々がやっと終わり、ああ良かったと心の底から思った」

新著『漱石・明治・京都』の箱を飾る漱石の画。漱石が京都旅行から帰り、京都を思いながら描いたとされる『不成帖』の「椿と盆石」

仏教学者の夫が見せた背中

 20代で京都市内に単身移り住み、茶道の研修所に通って学んだ。「日本文化の総合であるお茶を通して、実にさまざまなことを勉強させていただいたと思っています」

 30代前半での結婚が大きな転機になった。

 夫は仏教学者で関西大学名誉教授の昭義さん(91)。息子に恵まれた。家庭を支えながら、やがて漱石研究に踏み出したのは夫の影響が大きかったと明かす。