戦場に行った蒸気機関車

 

 

 

かつて、日本にはC56という蒸気機関車が活躍していました。

 

C56は当時の国鉄の支線向けの蒸気機関車で、太平洋戦争の頃に、泰緬鉄道用に日本からタイ・ビルマ(現:ミャンマー)へと渡りました。

 

泰緬鉄道は、軍事物資輸送のために建設された全長400km超えの鉄道で、建設に当たって連合軍捕虜・他のアジア人労働者などが命を落としたことから「死の鉄道」と呼ばれていました。

 

C56は使い勝手のよさから重宝され、泰緬鉄道でも軍事物資の輸送などで大活躍しました。

 

同型機が破壊されたり、日本に帰れないまま取り残された車両もいる中、何よりも日本に帰還できなかった日本軍兵士や、泰緬鉄道に関わった多くの人々が命を落とした中、戦争が終わった後に2両が奇跡的に日本に帰還し、画像の車両が東京の靖国神社へ、もう1両が静岡県の大井川鉄道で安住の地を得ることになりました。

 

学校の教科書では学べない戦争の悲しい歴史を伝える2両の末永い保存、そして人類の悲劇的な衝突が少しでも改善されることを願うばかりです。