外はけっこうと明るい色の空なのですが、予報では下り坂。

 

夕方に外出…。

とはいっても、徒歩5分という近所にある区民文化センターですがね。

 

 

昨日は、学生時代の連中と3人で茅場町の焼き鳥屋へ。

 

私、ショックだったのが土地勘が全く狂っていたこと。

まぁ、今までも多少はこうしたことはあったのですが、昨夜は完全に駄目。

薄暗くなる時間でスマホの地図が見にくかったというのもあるのですけれど。

ちなみに、今の目の病気の状態は薄暗いのが一番見えにくいのです。

 

ぐるぐる30分ほど歩きまわって、ようやく一度通り過ぎたところがお店だったと。

まぁ、店の看板もわかりにくいっちゃぁ、わかりにくい。ニヤリ

 

汗びっしょり。💦

最近の行動を説明するのに、4年前のモーニング娘。のアロハシャツを着て行こうかと思ったのですがね。

止めておいてよかった。

なにせ、これ全く汗を吸わないので。(笑)

 

 

その店では、久しぶりに美味しい焼き鳥お団子を食べました。

 

本当は安くはない店のようですが。

とろろが、私もそうですが皆酒を飲まなくなった。生ビール

一人は透析を30年も続けているので、最初の1杯だけ付き合ってくれますけど。

そして、量を食べなくなった。

 

支払い額は、普通の居酒屋並みよりも、ちょっと安かったのではないかな。

それほど混んでいなかったから良かったけど、混んでいたらお店に申し訳ないほど。キョロキョロ

 

 

飲んで話していても、みんな同じ年代ですから、悩みもわかります。

 

でも、最初はGW何してたということから?

 

息子が二人いる奴がいるのですが、消防士とJRの現場という一般のサラリーマンとは勤務形態の違う子供たち。

 

5人の孫相手のGWだったと。

おじいちゃんも大変だよなぁ。

でも、それを嬉しそうに話していますから。ウインク

もう一人は、私と似たような生活かな。

だらだらしていたと。(笑)

 

 

そして、悩み…。

 

一人だけ、奥さんのお母さんが90歳を超えて施設に入っていて、その自宅をどうするというのが問題だと。

地方都市では、売るにも売れないという現状がありますからねぇ。 ショボーン

 

今、持ち主不明という土地が全国にあり問題になっています。

このポイントだけならなんとかしないとならないのは間違いない。

いろいろと他に問題があるのですが、多少国権を強めた政策が国会審議に付されると思っています。

 

そして、今までは固定資産税を払っていれば、土地の名義は亡くなった人の名義でも問題なかった。

それが4月からは法律違反とされています。

これ、まさに私がその状態で、現在司法書士の手続き中。

まだ、終わったという連絡がこないけど。

 

これを一人の奴が知らなくて教えておきましたが、もう少しPRされていても良いような気がします。

司法書士の方が言うには、一応制度はできてもいきなり罰金ということはないのではという判断。

 

 

楽しい話しも…。

 

コロナ禍前は、もう1~2人のメンバーを加えて神宮でナイター観戦というのが年に何回かありました。野球

昨日出たのは、マリンスタジアムで土日のデーゲームに行こうという。

たまたま、一人の奴の息子がロッテのファンクラブに入っているということで、チケットは何とかなるかも。

 

3人ともにそれほどマリンスタジアムは遠くないのですが、追加メンバーは東京の西側だから…。

 

 

 

話題を変えます

 

昨日から触れている昔のラジオの深夜放送のこと。

再放送でしたが、以下の番組。

 

何度か書いているヒット曲と言われているものが、世間一般に広まらない今の時代。

テレビでの歌番組の衰退もあるでしょう。

 

今は、その代わりにネットからのヒット曲が中心ということになる。

ただし、ごく一部を除いて、狭い範囲ではバスることがあっても、世間一般というところまでは行きません。

 

 

それが、70年代前後の時代は、テレビもありましたが、フォークソングや、後にニューミュージックと言われる曲の発信の主役はラジオの深夜放送。

 

今と似ているところもあれば、全く違うところも。

 

今は、最初の発信はアーティスト本人というのが多いのかな?

YouTubeやTikTokで気軽に発信できますし。

 

しかし、この当時はそう簡単ではない。

その役目を担っていたのが深夜放送。

 

例えば…。

アンダーグランドで生まれたような曲。

 

時代はかなり違いますが、もともとはアルバム曲だったこの曲に光を当てたのも深夜放送。

 

 

コラムニストの泉麻人さんの資料で、1969年7月7日のラジオの番組表が示されました。

中央がニッポン放送。

 

見にくいのですが、「フォークビレッジ」という番組に赤線が引いてあり、これが23時からの番組。

これは、アマチュア発掘型の音楽番組だったと。

 

この前後に若もの向けの音楽番組が、いかに多かったのか。

 

そして、フォークビレッジの後に、「◇パンチ」としか書いてありませんが…。

「ザ・パンチ・パンチ・パンチ」というのが正式な番組名。

 
私、この3人が唄った「海の底で歌う唄」というのが好きでした。
オールナイトニッポンのパーソナリティーの亀淵昭信さんと、斉藤安弘さん。
“カメとアンコー” で、こんな歌を唄っていた時代。

もともとは、ザ・フォーククルセダーズが、“ザ・ズートルビー” の名前で1968年に発表した曲ということ。

この二人の累計売上枚数は21万枚という、けっこうな売り上げでした。

 

 

この後は、様々な曲が深夜放送でどのように関わり合っていたのかということなどが出てきます。

どこまできちんとまとめられるのか…。

 

 

 

 

てなことで パー