アフリカ巡回記 ブルキナファソ 開発か死か編
開発か死か
ブルキナファソは人口1400万人の小国です。アフリカ中央部のやや西よりに位置し、海はありません。大統領の「開発か死か」の号令のもと、国民が一致団結して国の開発に努めています。首都ワガドゥグ空港に降り立った時も、日本だったら農産物を運ぶ地方空港のような雰囲気でしたが、明るくこじんまりとして、好感が持てました。
到着が2日遅れたのに出迎えが来ていました。ありがたいことです。早速、中級のホテルへ案内されました。このぐらいがちょうど良いです。
ただ、出迎えの青年たちが言うには、一休みしたら、すぐに日本のNGOが植林した農場を見に行こうと言うことです。そうですか、すぐに行きますか。ブルキナ青年2人の熱意に負けました。でも、もうじき身体が負けてしまいそうです。
集会での演説
アフリカで、地方の町や村に招かれると、よく現地住民の集会に参加させられます。そして必ずスピーチを頼まれます。最初はいやでした。いくら日本を離れて幾千里、誰に恥をかくわけでもない訳ですが、大衆の面前です、人々の注目を集めることに幾ばくかの気後れと、気恥ずかしさを感じられずにはいられないのです。
サバンナの奥地を走ること数時間、行きついた先には立派な植林地があり、耕作地がありました。最初は数人のスタッフと、そぞろ歩きながら村を見て廻りました。そして村の広場へと案内されました。なんだか、騒がしいです。
うわ、なんですかこの人数は、、、!
数百人の女性たちが待っていました。我々が着くと方々から歓声が上がり、歌や踊りがはじりました。リーダーが叫びます「はるか日本から、お客様がお見えになりました」ワーワーワー(女性たちの歓声)。「この方は、我々の活動に理解と興味を示してくれています」ワーワーワー。近くのスタッフが英語に通訳してくれています。
「さあ、それでは彼の話を聞きましょう」ワーワーワー、パチパチパチ。
はあ~。こんな大勢だとは、聞いてなかったし、全然準備してなかったし、、、。
「みなさん、本日はお招き頂きましてありがとうございます。ここでみなさんとお会いできてたいへんうれしいです。みなさんの活動を見ました。とてもすばらしい活動です。これからもぜひ頑張って、この活動を続けてください。日本に帰りましたら、きっと、このことを日本の人々に伝えたいと思います」ワーワーワー、パチパチパチ。
いろんな事を話して終わりましたが、果たして、彼女たちの中に、どこに日本があり、どのくらい日本のことを知っている人がいるのかなあ、と思いながらスピーチを終えました。汗だくになっていました。
アフリカの女性問題
アフリカの女性はよく働きます。もちろん、働かなければ、即、死が待っているからかもしれませんが、数時間の薪運びや数時間の水汲み、農作業から子供の世話、炊事・洗濯・掃除、そして旦那の相手と、それはもうたいへんです。
そこで男はと言うと、まじめに農作業をやっている男の人もいますが、昼から酒を飲んだり、日がな一日ブラブラしたり、あるいは農業を嫌って高収入の都会へ出て行く男たちも多いのが実情です。
そこでこのNGO団体は考えました。使い物にならない男たちを畑に向かわせるより、女性の仕事を楽にして、その余った時間を生活環境の改善に使えないかと。
まず、粉引きを考えました。アフリカのこの地方では、主食のトウモロコシや粟を粉にしなければなりませんが、その際、臼(うす)に硬い粒を入れ、杵(きね)でガッスン、ガッスンと突きながら粉にします。日本昔話に出てくる、ウサギがお月様で杵つくあれです。
ひと家族分の粉を引くのに2~3時間かかるらしいです。そこでエンジン式の製粉機を村に導入し、それで、それぞれ余った時間を利用してもらい、奥様方が国語・算数を勉強します。そして、村にやってくる悪徳商人が商品の値段やつり銭をごまかしたりするのを防ごうと言う、至極、立派な計画でした。
日本だったらどこにでも川があり、水車小屋などが製粉所の役目を果たしていたのでしょう。私の実家も昔は水車がありました。風の強いオランダなどヨーロッパだったら風車です。しかし、このアフリカの砂漠には強い風も川もありません。それどころか、引き臼に使う大きな硬い石がこの地域にはないのです。時として思いもかけない要因が、文明の発展を阻害します。彼等が貧しいのは、肌の色のせいでは絶対にありません。そしてエンジン式製粉機は、この地で大成功を収めました。これも日本のNGOのお陰です。
すでに成功し、この地域のリーダーとなった女性と会いました。30代後半の知的で物静かなアフリカ黒人女性でした。スラリとした美人ですが、芯の強さが感じられました。今は、首都に出稼ぎに行っていた旦那も帰って仕事を手伝ってくれているそうです。旦那にも会いました。首都でタクシーの運転手をしていたとのことで、小太りで人の良さそうな旦那様でした。
アフリカンマナー
拍手と踊りに送られながら帰路につきました。集会はお祭りやイベントと一緒で、彼女たちの楽しみの一つでもあるのでしょう。取りあえず盛り上がってよかったです。明日からはまた、彼女たちには過酷な日々が待っているからです。製粉機は設置されましたが、他の仕事はまだまだ沢山残っています。
さて、車が、首都まで30分ほどのところまで来た所で、また休もうと言われました。え~?1時間ぐらい前に休んだばかりだし、もうじきじゃないですか、と思いましたが、車は路肩に止まりました。茶店があります。コーヒーを注文し、腰の高い椅子に座ると、靴磨きの少年がやって来ました。靴磨き?ここで? 確かにサバンナ地帯を歩いたせいで皮靴は砂まじりに白茶けています。なるほど。首都に入る前に身だしなみを整えようと言うのですか。そう言うのは嫌いじゃないです。少年は言われてもいないのに順に磨き始めました。こちらも黙ってされるままになっていました。
首都に帰ってから、やることがありました。あのポンコツ飛行機を運航しているRK(エアーアフリク)航空会社をキャンセルして別な航空会社に乗り換えることです。まだまだ、これからアフリカを飛び回らなければなりません。飛行機に乗るたびに神様に祈っていては、神様が小休止なさっている時に、こちらは人生の大休止を取るはめになってしまいます。それで、エアーアフリク航空会社のオフィイスに行きました。気合を入れて事務所に入りました、が、担当のマネージャーが自分のいとこの子供が日本に行ったことがあるとかで、心安くフライト便を変更してくれました。ちょっと拍子抜けして申し訳ない感もしましたが、こちらも生きるか死ぬかの問題です。これからの便をガーナ航空に変更しました。しかし、コートジボアールからチャドに向かう便はどうしても、またエアーアフリクに乗らなければなりません。それが心配です。とても心配です。