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『成長の技法』第4回 |会議においては、議論の奥の「心の動き」を深く読む

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田坂教授に聞く「知的プロフェッショナル 成長の技法」
会議においては、議論の奥の「心の動き」を深く読む

――:この「知的プロフェッショナル 成長の技法」の連続インタビューにおいて、
第3回、田坂教授は、

「師匠」を見つけて私淑し、同じ部屋の空気を吸う

ということの大切さを語られました。

そして、その話の最後に、昔から我が国において語り継がれてきた
「仕事を通じて、己を磨く」という言葉を引用され、
「心の世界」を深く学ぶことの大切さを語られました。

では、どのようにすれば、我々は、
仕事を通じて己を磨き、「心の世界」を深めていくことができるのでしょうか?

田坂:「心の世界」を深く学ぶということは、
ビジネスの世界で活躍する知的プロフェッショナルにとっては、
不可欠の条件とも言えるでしょう。

なぜなら、すべてのビジネスが、
「人間の心」を対象としたものだからです。

すでに述べたように、ビジネスにおいては、
社内における上司、同僚、部下から始まり、
社外においては、顧客、業者、提携企業の担当者、
さらには、株主、有識者、メディアの担当者など、
すべてにおいて「人間」を相手にする営みが求められるのであり、
この営みを円滑に進めるためには、
何よりも「人間の心」を深く学ぶ必要があるのです。

――:その「人間の心」を学ぶためには、どうすれば良いのでしょうか?

田坂:しばしば、「人間の心」を学ぶために、
「心理学」の本や、「人間学」の本、さらには「宗教書」などを読む方がいますが、
こうした本をどれほど読んでも、「人間の心」を学ぶことはできないでしょう。

なぜなら、「人間の心」を感じ取る力とは、
現実の体験を通じて掴むべき「深い智恵」であり、
このインタビューの最初に申し上げたように、
単に書物を読んで「知識」を学んだだけでは、
その「智恵」を身につけることはできないからです。

従って、「人間の心」を感じ取る深い智恵は、
日々のビジネスの実践の中から掴み取るしかないのです。

――:では、その深い智恵を、日々のビジネスの実践の中から掴み取るには、
どうすれば良いのでしょうか?

田坂:そのための技法は、数多くありますが、
ここでは、誰にでもできる素朴な一つの技法を申し上げておきましょう。

会議においては、議論の奥の「心の動き」を深く読む

その技法です。

すなわち、毎日、社内、社外での無数の会議に出席するとき、
その会議における「議論の流れ」だけに目を奪われるのではなく、
その会議における「心の動き」を敏感に感じ取り、
その背後にある参加者一人ひとりの「心理」を推察するという修練を積むことです。

例えば、社内の企画会議において、
「何が議論され、どの企画が採用されたか」だけを見ていても、
「議事録」以上の情報は得られませんが、
この企画会議の参加者一人ひとりの「心の動き」に注意を払い、
それぞれの発言の裏にある「心の動き」を感じ取る努力をしていると、
次のようなことが分かるようになります。

「田中課長が鈴木課長の企画案に、理路整然と反対をしている。
しかし、田中課長の反対の論旨そのものは全く妥当な指摘なのだが、
あの表情を見ていると、
先月、鈴木課長の反対で田中課長の企画案が潰されたことへの
意趣返しのようなものを感じる…」

「斉藤君の企画案を、山本課長が『この企画、面白いじゃないか!』と誉めているが、
同期の岡田君の表情を見ていると、
斉藤君が誉められれば誉められるほど、
自分が『岡田も、もっと良い企画を考えてこい!』
と言われているような心境になっているのではないだろうか…」

そうしたことが、分かるようになります。

――:なるほど、そうした視点で見ると、思い当たる場面が多々ありますね。
ただ、こうした「心の動き」を読むことが、
なぜ、ビジネスにおいて大切なのでしょうか?

田坂:その理由を、端的に申し上げましょう。

人間とは、ある意味で、「理性の存在」ではなく、「感情の動物」だからです。

すなわち、我々人間は、物事を「理性的・理論的」に考え、
判断をしていくという側面もありますが、
一方で、物事を「感情的・感覚的」に受け止め、
判断してしまうという側面も、多分にあるからです。

そして、人間の理性と感情、理論と感覚、
さらには人間の心の表と裏が混然一体となって物事を動かしていくのが
「ビジネスの生々しい現実」であり、
その「現実」に処する立場にあるビジネス・プロフェッショナルは、
この後者の側面にも細やかに目を配ることが出来なければ、
円滑にビジネスを進めていくことは出来ないからです。

――:なるほど、人間は「感情の動物」でもあると…

たしかに、社内の企画会議などにおいては、
お互いが「感情的」にぶつかりあうこともあると思いますが、
社外での営業などにおいては、もう少し「理性的」に物事が進むように思うのですが…

田坂:いえ、残念ながら、
社外の営業の場面だから「理性的」に物事が進むとは限りません。
むしろ、真実は、その逆でしょう。

実際、営業担当者の「何気ない一言」や「何気ない行為」で顧客が気分を害し、
商談が壊れる例など、枚挙にいとまが無いでしょう。

例えば、顧客との一対一の商談のとき、
顧客が熱心に商品についての質問をしている最中に、
自分の携帯電話のメールを見る、といった無神経な行為は、
間違いなく、顧客の気分を害し、顧客の心を遠ざけています。

その理由は、顧客の心の中に、
「この営業担当者は、自分を軽んじている」という負の感情が生まれるからです。
そして、最悪の場合には、
その感情がゆえに、まとまるはずの商談がまとまらなくなることもあるのです。

――:商談の最中に携帯電話のメールを見る若い営業担当者は、多いですね。

田坂:商談の最中に「携帯メールを見る」というのは、
あまりにもアマチュア的で初歩的な次元ですが、
本当のプロフェッショナルの世界では、
「時計を見る」ことも出来る限り避けるべきでしょう。

――:「時計を見る」ことも避けるべきですか?

田坂:ええ、顧客の前で「時計を見る」という行為は、
できるだけ避けるべきでしょう。

なぜなら、相手の顧客が人間的に力量のある人物であればあるほど、
こちらが商談の最中に時計を見ると、
「ああ、この営業担当者は、次の会合の約束があるのだな。
そろそろこの会合を終えてあげよう」と、細やかな配慮をするからです。

しかし、この場面、本当は時間を延長してでも
その商談を深めたい場面であることもしばしばなのです。
それにもかかわらず、無意識に時間を気にして「時計を見る」という行為を示すと、
それが「商談を終えよう」とのサインと思われてしまい、
意図に反する結果になってしまうのです。

――:しかし、一日に何件もの商談をこなす必要がある営業担当者にとっては、
時間を気にせざるを得ないのではないでしょうか?

田坂:いえ、「時間を気にする」ということと、
「時計を見る」という行為とは、実は、全く別問題なのです。
「時計を見る」という行為を相手に感じさせずに、
「時間を気にする」ことはできるのです。

――:それは、どのような方法ですか?

田坂:私自身が営業の仕事をしていたときには、
商談が始まったときに、机の上の資料の横に、腕時計を外して置いておきました。
そうしておくと、資料を取る、見るという行為の陰で、
顧客に気がつかれずに時間を確認できるからです。

小さなことのようですが、「時計を見る」という何気ない行為が、
顧客の気持ちにどのような影響を与えるかまで考え、商談の席に着くということは、
プロフェッショナルとしての基本でもあります。

そして、敢えてこうした小さな事例を挙げて説明をするのは、
「社内の会議」や「社外での営業」において、「心の動き」を読むということは、
それほど細やかな心の使い方をしなければ
身につかない智恵だということを理解して頂くためです。

――:なるほど、「社外での営業」のような場面でも、
こちらの「何気ない一言」「何気ない行為」によって顧客の「感情」に影響を与え、
商談の結果を変えてしまうこともあるのですね。

田坂:そうです。
そして、プロフェッショナルとして理解しておくべきことは、
「社内の会議」よりも、むしろ
「社外での営業」のような場面の方が怖い、ということです。

なぜなら、「社内の会議」で、出席者の心の流れを理解し、
その心理に配慮することができず処してしまったときは、
ときおり、上司や先輩が「忠告」をしてくれるからです。

しかし、「社外での営業」においては、多くの場合、
顧客は「感情」が害されても、あまり表に出さず
「ポーカーフェイス」で通すことが多いからです。
特に、その顧客がプロフェッショナルである場合には、
こちらから見て、感情の動きは「読めない」のです。

そして、プロフェッショナルの顧客は、
営業担当者の言動から
「こうした無配慮で気の利かない担当者と仕事をするのはリスクがある」
と感じたならば、
何も厳しいことは言わず、当たり障りのない理由を述べ、
穏やかに商談を終えてしまうのです。

そのことを、私は、『営業力』(ダイヤモンド社)という著書の中で、

最も怖い客は、「黙って去る客」である

という言葉として語っています。

逆に言えば、営業の場面において、
こちらの無配慮な言動に対して、それを咎め、叱ってくれる顧客がいたら、
それは実は、文字通り「有り難い」顧客なのです。

そのような顧客との出会いの「有り難さ」を、
私は『仕事の思想』(PHP文庫)においても語っています。

――:「最も怖い客は、黙って去る客である」とは、肝に銘じるべき言葉ですね。

田坂:さらに怖い言葉があります。

無配慮な人間は、「自分の無配慮さ」に気がつかない。

これは、考えてみれば当然のことなのですが、
顧客に対して無配慮な言動をしてしまう人間は、
自分がそうした「無配慮」な言動をしていることには気がつかないのです。

かつて、営業の仕事に携わっていたとき、
私が仕えた上司は、「営業の達人」とでも呼ぶべき人でしたが、
ある日、この上司が、営業への配属を希望する若手社員のA君を評して、
「彼は、駄目だ。彼は、顧客を遠ざける」と語っていた言葉が心に残っています。

なぜなら、このA君は、「自分は営業に向いている」と思い込んでいたからです。
しかし、周りから見ると、この上司の言う通り、
その無配慮な言動によって「周りを遠ざける」タイプだったからです。

そして、この上司の言葉が心に残っているのは、
A君に向けられたこの言葉を聞いて、
「自分は、顧客を遠ざける言動をしていないだろうか」と深く自省したからです。

――:なるほど、そう考えてみると、「社内の会議」に比べ、
「社外での営業」は、さらに難しい課題があるということですね。

田坂:そうです。
それは、「誰も言ってくれない。自分でも気がつかない」という課題の難しさです。

従って、

会議においては、議論の奥の「心の動き」を深く読む

という修行をするときは、
まず、「社内の会議」における修行から始めると良いでしょう。

「社内の会議」であれば、
会議の終了後に、上司や先輩に、
「私の先ほどの発言は、どういう印象で受け止められたでしょうか?」
と率直に聞くこともできます。
また、同僚と
「先ほどの木村課長の発言の真意は、何だったのだろうか?」
と意見交換をすることもできます。

従って、まずは「社内の会議」において、
参加者の「心の動き」を読むという修行から始めるべきでしょう。

そして、その修行がある段階に達したとき、
営業や渉外などの仕事に向かうことが望ましいのです。

――:しかし、現実には、OJT(On the Job Training)という言葉のもと、
ほとんどまともな訓練を受けていない営業担当者が、
顧客との折衝をする例も増えていますね?

田坂:それは、残念ながら事実です。
いま、日本の企業が全体として力を落としている一つの大きな理由は、
「若い社員を育てる余裕」が無くなっているからです。

言葉を換えれば、若手社員に「マニュアル」を渡し、
「知識」を伝えただけでビジネスの現場に送り出すという、
無責任な状況に陥ってしまっているのです。

しかし、本来は、若手社員には、一つずつ「経験」を積ませ、
その経験を通じて「智恵」を掴ませるということをしなければならない。

そのための一つの技法が、今回お話しした、
日々のビジネスの会議において、
出席者の「心の動き」を感じ取る修練を積むことであり、
その修練を通じて「人間の心」というものを、「感情」の側面も含めて理解し、
「心の世界」を深く理解することなのです。

そして、こうした修練を積むことによって身につけたものは、
いずれ、近い将来、一人のプロフェッショナルとして自立するとき、
「目に見えない大きな資産」となるのです。

次回、第5回は、そのことを述べたいと思います。

テーマは、

「目に見えない資本」が自然に集まる「磁石」を持つ

です。

なお、2014年5月15日に上梓した新著、
『知性を磨く 「スーパージェネラリスト」の時代』では、
今回お話した「心の動きを感じ取る修練」こそが
「人間力」を磨く唯一の方法であることを語っています。

ご興味のある方は、お読みください。
http://www.amazon.co.jp/dp/4334038018/


田坂 広志