『成長の技法』第5回 | 「目に見えない資本」が自然に集まる「磁石」を持つ
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田坂教授に聞く「知的プロフェッショナル 成長の技法」
「目に見えない資本」が自然に集まる「磁石」を持つ
――:この「知的プロフェッショナル 成長の技法」の連続インタビューにおいて、
田坂教授は、プロフェッショナルとして成長していくために、
「知識」ではなく「智恵」を掴むことの大切さを語り、
「経験」や「師匠」から「智恵」を掴む技法として、
「反省」や「私淑」の大切さを語られました。
では、知的プロフェッショナルの成長の技法として、
この「経験や師匠から智恵を掴む」という技法以外に、
どのような技法があるのでしょうか?
田坂:「経験や師匠から智恵を掴む」という技法も大切ですが、
もう一つ大切なのは、「世の中の智恵が自然に周りに集まってくる」という技法です。
――:「世の中の智恵が自然に周りに集まってくる技法」ですか…。
それは、どのような技法でしょうか?
田坂:「磁石を持つ」ことです。
「磁石」を持つと、自然に周りに世の中の「智恵」が集まってくるのです。
――:それは、どのような「磁石」でしょうか?
田坂:その「磁石」としては、「三つの磁石」がありますが、
その説明をする前に、「世の中の智恵」と呼ばれるものの性質を、
「知識資本」という観点から説明しておきましょう。
この性質を理解すると、
「世の中の智恵が自然に周りに集まってくる」
という言葉の意味が理解できるでしょう。
――:「知識資本」という観点ですか?
田坂:そうです。そもそも「知識」や「智恵」とは、
経済学的には「知識資本」(Knowledge Capital)と呼ばれるものですが、
この「知識資本」を身につけていくことが、
プロフェッショナルとしての成長の基本であることは、
改めて言うまでもないでしょう。
ただ、この「知識資本」には、「メタ資本」と呼ばれるものがあるのです。
「メタ資本」とは、「より上位の資本」という意味です。
――:具体的には?
田坂:例えば、「知識資本」の「メタ資本」は、
「関係資本」(Relation Capital)と呼ばれるものです。
分かりやすく言えば、自分自身が必要な「知識」や「智恵」を持っていなくとも、
その「知識」や「智恵」を持っている人との「良い関係」があれば、
その「知識」や「智恵」を活用することができるわけです。
すなわち、「智恵を貸してもらう」ことができるわけです。
――:なるほど、「関係」があれば、他人の「知識」や「智恵」を活用しやすくなる。
それが、「関係資本」が「知識資本」の「メタ資本」であるという意味ですね?
田坂:そうです。従って、プロフェッショナルは、
自分自身が豊かな「知識資本」を身につけていなければなりませんが、
この「関係資本」も、豊かに持っていなければならないのです。
これは、いわゆる「人脈」や「人的ネットワーク」と呼ばれるものですが、
プロフェッショナルをめざすためには、
自分がどのような知識や智恵を持っているか
という「知識資本」の棚卸しをするだけでなく、
どのような知識や智恵を持っている人々との人脈や人的ネットワークを持っているか
という「関係資本」の棚卸しもする必要があるのです。
――:「知識資本」だけでなく、「関係資本」の棚卸しですね?
田坂:しかし、さらに、この「関係資本」にも、「メタ資本」があります。
それは、「信頼資本」(Trust Capital)と呼ばれるものです。
この「信頼」とは、「関係」のメタ資本です。
なぜなら、ある人物に、他人や社会から見た「信頼」があると、
「関係」が生まれやすくなるからです。
実際、我々は、初めての人物と会うときには、
「この人物は、信頼できる人物だろうか?」と考えて、
「関係」を結ぶか否かを決めています。
――:そうですね。
たしかに、我々は、「信頼感」のある人物とは、関係を結んでもよいと考えますね。
そして、「信頼感」を持てないと、あまり深い関係を持たないようにしますね。
田坂:そうです。
従って、他人から信頼感を持ってもらえる人物や、社会的信用がある人物は、
人との関係を築きやすいと言う意味で、「信頼資本」を持っていると言えるわけです。
――:従って、プロフェッショナルは、
その「信頼資本」も身につけていかなければならないのですね?
田坂:その通りです。
そして、この「信頼資本」にも、さらに上位の「メタ資本」があります。
それは、「評判資本」(Brand Capital)と呼ばれるものです。
すなわち、社会的に高い「評価」を受けている人物や、
周囲の「評判」の良い人物は、
「信頼」を得やすいという意味で、「評判資本」を持っているわけです。
実際、我々は、初めて誰かと会うとき、
「お噂は、かねがね伺っています」や
「ご高名は、かねて耳にしております」といった言葉を使うことがありますが、
社会的評価や世間的評判の高い人物には、比較的安心して信頼を置くことができます。
――:なるほど。
それが「評判資本」が「信頼資本」のメタ資本であるという意味ですね。
たしかに「ブランド」という言葉には、
本来、「信頼」という意味が含まれていますね。
従って、プロフェッショナルとして成長していくためには、
この「評判資本」も身につけていく必要があるわけですね?
田坂:そうです。プロフェッショナルとして成長していくためには、
以上述べた、「知識資本」「関係資本」「信頼資本」「評判資本」などの
「目に見えない資本」(Invisible Capital)を、
自分の周りに集めていくことが必要なのです。
――:「目に見えない資本」ですか?
田坂:これまでの「金融資本主義」全盛の時代においては、
「資本」というと
「金融資本」(Money Capital)のことであると思われてきましたが、
これからの「知識資本主義」の時代においては、
「知識資本」と呼ばれるものこそが、重要な「資本」になっていきます。
そして、この「知識資本」とは、「知識」や「智恵」だけでなく、
「関係」「信頼」「評判」といった「メタ資本」をも含めたものであり、
これらはいずれも、貨幣によって定量的に評価できない
「目に見えない資本」なのです。
――:では、どのようにすれば、我々は、
その「知識資本」「関係資本」「信頼資本」「評判資本」などの
「目に見えない資本」を、自分の周りに集めていくことができるのでしょうか?
田坂:それが、最初に申し上げた、「三つの磁石」です。
その三つの磁石を身につけるならば、
この「目に見えない資本」は、自然に周りに集まってきます。
――:では、第一の磁石は?
田坂:「智恵」です。
すなわち、プロフェッショナルとして一つの分野の「智恵」を身につけると、
自然に様々な分野の「智恵」が周りに集まってきます。
なぜなら、「智恵」は、「智恵」を呼ぶからです。
――:なぜ、「智恵」は「智恵」を呼ぶのでしょうか?
田坂:それは、この言葉に象徴されています。
「智恵を貸してくれ」
すなわち、世の中では、通常、
「智恵をくれ」や「智恵を売ってくれ」とは言いません。
なぜなら、「智恵」を借りたら、
いつか「返す」ということが前提になっているからです。
例えば、営業の田中マネジャーが企画の鈴木マネジャーに
「ちょっと企画の智恵を貸してくれ」というときは、
暗黙に、「いつか営業の智恵で良かったら返すから」ということを言っているのです。
すなわち、「智恵」というものは、「等価交換」されるのです。
――:「等価交換」ですか…?
田坂:そうです。
つまり、他人からある分野での「智恵」を借りられる人というのは、
自分の分野での「智恵」を返すことができる人なのです。
ところが、この「等価交換」の原則を理解していない人が多い。
例えば、名刺交換会などで多くの識者と精力的に名刺交換をして回り、
「また、色々とお智恵をお借りできれば」と言って回る人がいますが、
「自分がどのような智恵を返せるか」を棚に上げて、
こうした「人脈づくり」をいくら行っても、
自分の周りに「智恵」が集まってくることはないでしょう。
逆に、自分自身が、一人のプロフェッショナルとして、
誰かに貸してあげることのできる豊かな智恵を持っているならば、
黙っていても、その周りに、他のプロフェッショナルの智恵が集まってくるのです。
すなわち、プロフェッショナルとして、
一つの分野での「智恵」を身につければつけるほど、
他の様々な分野の「智恵」が集まってくる。
それゆえ、「智恵」が「智恵」を惹き寄せる磁石となるのです。
――:なるほど。では、第二の磁石とは?
田坂:「人間力」です。
言葉を換えれば、
温かい人柄や、潔い人格、深みある人間性などの「人間的魅力」と言っても良い。
それがあれば、自然に、周りに「目に見えない資本」が集まってきます。
例えば、「温かい人柄」の人物は、周りに多くの人々との「関係」が生まれてくる。
「潔い人格」の人物は、周りからの「信頼」を得ていく。
「深みある人間性」の人物は、世の中での良き「評判」が広がっていくでしょう。
このように、「人間力」もまた、
「関係資本」「信頼資本」「評判資本」といった
「目に見えない資本」が集まってくる「磁石」なのです。
――:それが、前回、「仕事を通じて己を磨く」ことの大切さを語られた、
一つの理由でもあるのですね…
では、第三の磁石とは?
田坂:「志」です。
「志」を持っていると、
やはり、この「目に見えない資本」が、自然に周りに集まってきます。
「志」とは、
「世の中を、少しでも良い世の中に変えていきたい」という思いのことです。
――:なぜ、「志」を持つと、「目に見えない資本」が集まってくるのでしょうか?
田坂:世の中には、「同志」という言葉がありますが、
「志」を持つと、その「志」に共鳴・共感して支えてくれる人々が現れるからです。
その人々は、「志」を実現するために、
自然に「知識」や「智恵」を提供し、「関係」を広げてくれるのです。
また、「志」を抱いた人物には、
多くの人々が「信頼」を寄せ、世の中で良き「評判」が広がっていきます。
――:なるほど。それゆえ、「志」もまた、
「目に見えない資本」が集まってくる「磁石」なのですね。
田坂:そうです。
ただし、この「志」と似て非なる言葉がありますので、
その違いを、我々は深く理解しておくべきでしょう。
それは、「野心」という言葉です。
――:その「野心」と「志」とは、何が違うのでしょうか?
田坂:この二つの言葉の違いを、端的に述べましょう。
「野心」とは、
己一代で何かを成し遂げようとの願望。
「志」とは、
己一代では成し遂げ得ぬほどの素晴らしき何かを、次の世代に託する祈り。
この二つの言葉の違いを理解して頂ければと思います。
なぜなら、もし我々が、「志」と称して、実は、この「野心」を抱いている場合には、
周りに集まる人々は、それが一人の人間の「エゴの蠢き」であることを感じ取り、
離れていくからです。
しかし、我々が、自分自身の小さなエゴを超え、
真に「志」と呼ぶべきものを抱いて歩むならば、
その道には、不思議なほど、多くの人々が集まってくれます。
そして、その道の周りには、自然に
「知識」や「智恵」、「関係」や「信頼」、「評判」といった
「目に見えない資本」が集まってくるのです。
――:なるほど、すなわち、「智恵」と「人間力」と「志」。
その「三つの磁石」を身につけていくことが、
プロフェッショナルとして成長していくための、大切な技法でもあるのですね。
田坂:そうです。
そして、それは「技法」であるとともに、
我々が生涯を通じて歩むべき「道」でもあるのです。
次回、最終回は、
その「道」を歩むときの「大切な心得」について語りたいと思います。
テーマは、
仕事において起こったトラブルの「意味」を考える
です。
なお、2014年5月に上梓した新著、
『知性を磨く 「スーパージェネラリスト」の時代』では、
二十一世紀に求められる人材とは、
今回お話した「人間力」と「志」を含めた
「七つのレベルの知性」を垂直統合した人間像であることを語りました。
興味のある方は、お読みください。
http://www.amazon.co.jp/dp/4334038018/
田坂 広志