新学期 | 日々ツブ

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ポンコツ母とマイペースな娘(中学生)の日々の生活ブログです。
2022年2月中学受験終了。

今日から新学年(中学2年)。

無事登校していきました。


起床時は「行きたくない…」と言っていましたが。


私も春休みのんびりしていたので心配でしたが無事起床できました。

といっても6時過ぎ。

1月頃から5時半起床をやめました。

自分の心身回復と夫の成長(?)のために。

下ごしらえしておいたお弁当を詰めてもらっています。


娘が産まれてからずっとワンオペだったので昨年メンタルを崩してからも夫に任せられずにきたのですが、そろそろ自分を許そうという気持ちになりました。


フルタイム片道1時間20分通勤しながらワンオペ育児。大金を散財する夫の代わりにコツコツ貯蓄をして娘の受験を終わらせて、13年間自分なりに頑張ってきたから少し休んでもいいんだと自身に言い聞かせています。


家庭のことも娘のことも知らぬ存ぜぬできた夫、私に何かあった時にまともな子育てはできないだろうということも心配だったので良い機会だと思います。

文句を言われましたが…。

私だけが親なわけではない、今はそう考えるようにしています。


1年前は今まで使ったことのないバスに乗って最寄りじゃない沿線まで出て電車に乗り換え早朝通学する娘が心配でたまりませんでした。

最寄り沿線の利用だったらここまで不安にはならないのに。

他の要因も重なっていましたが、説明できないくらいの不安に襲われていました。


1年経った今も完全に不安がなくなったわけではありませんが、出発時間が遅くなったことや昨年度の担任の先生が学校にいてくださっていることが安心材料になっています。

あとは、お友達が出来たことも。

娘が登校を渋るようになってから見守ってくれているお友達がいます。

すごく仲良しというよりは仲良しなお友達の1人、くらいの立ち位置のお子さんなのですがたまに娘にくれるお手紙やLINEの内容を娘から聞くと、まるで先生のようにそれとなく見守り続けてくれていることを感じて有難いなぁ…といつも思います。


クラス替えで先生もクラスメイトも変わって、娘がどうなるかは未知数です。

2月下旬頃には「(今の学校に)通い続ける」と言っていたのですが春休み少し前からまた様子が変わり「転校する」と言い出しました。

春休み中に学校のお友達と遊びにいったりしていたので気持ちが変わるかなと思ったのですが、数回話し合っても「転校する」と言い続けています。


せめて通学しやすい場所に引っ越したら通う気持ちが強くなるのでは、と思って夫にも何度も相談してきましたが、夫は自分が買いたい土地がある場所優先で応じませんでした。

娘から夫に話せば少しは変わるかと思いましたが、娘自身も通学が楽になったからといって通いたくなるとも言えないようで、だったら今のままの場所で転校する、と。


この1年間ほぼ毎日物件を探してきましたが不動産供給減少および不動産高騰でなかなか通学しやすい場所に望むような物件が出ませんでした。

夫の年齢を考えると今の分譲賃貸に住む時間が延びるのも決して良い選択ではなく。


来年の年明けくらいには学校に近い地域にマンション販売予定があるという情報をキャッチしたのですが、金額等詳細不明で購入検討できる確証がありません。

そして、その時まで娘が通学しているかどうかの確証も。


夫が選んだ土地よりも、娘が通学しやすくて私も通勤時間が短くなるような場所を選べて娘がいまの学校に通い続けてくれたら一番まるっと収まるような、そうであったらいいのにな、と思ったりしますが

人生そんなにうまくいかないものですね。


「家族のことや、自分が計画していることと違うことが起こって、計画を変えざるを得なくなることって人生ではよくある。でも、人は一人で生きていないし、それが人生なので仕方がない。
ただ、そのときに、自分はどういう人間で、どういう指針や信念を持って生きているのかを意識しておくことが大事だなと思っています。

そうすると、何か大事な選択しないといけない時に、ぱっと「こっちじゃないか」とわかる。私はどういうことをやりたいのか、どういう人なのか。どういう役目があって社会にいるのかということを自分なりに意識しておくことが大切だと思っています。」 

フリーアナウンサー 住吉美紀


私は住吉さんのようなプロフェッショナルな仕事でもなかったですし、ただ毎日仕事と子育てに追われて生きてきましたが、少しでもこういったことを意識して過ごしていたらもう少し早く行動できることがあったかもしれないと考えさせられました。

もっと早く行動していたら違う今が待っていたのではとこの1年間後悔ばかりしてきました。


私は未熟な人間なので、より良い選択をすることに自信がありません。

臆病なので「なんとかなる」と考えられる強いメンタルもパワーもありません。


だからこそ働き続けてきたんだと思います。

20数年間働いてきて、しんどくて辞めたいと思ったことは何度もありましたが働くこと自体が嫌になったことはありませんでした。

働いて社会にいること、お金を稼ぐこと、が自分の心の安定剤でありアドレナリンだったのだと思います。


ここからの人生はいろいろな選択に迫られそうです。

想定外のことも起こるかもしれません。

夫だけに任せる勇気も(信頼も)ありません。

だから、また社会に出ていかないといけないんだろうな…と感じています。

いまは情けないけれど小さく屈んでその時がくるのを待っています。


とりあえず明日からも娘が無事登校出来ますようにニコ