10がつ11にち( 金 )くもり

僕が敬いおののく先輩、南海キャンディーズ山里さん、オードリー若林さん、そして同い年のBISH アユニ・Dさんは口を揃えて「天才は諦めた。自分に期待しないことで失望しない。」とおっしゃっていた。

レジェンドお笑い芸人のようにスター街道を駆け上がり"ハイセンス"と言われる芸人になる為にこの世界の門を叩く。もちろん、僕もその1人だ。

だが、僕は正直その言葉に疑問符が途絶えなかった。自分に期待しなければどうやってモチベーションを保つのか。
正直、自分はだらしない性格のため、すぐサボる傾向にある。だから憧れの先輩のようになる為に己に喝を入れ、同期を睨みつけて勝ち上がっていくのではないか。

でも、先輩方の言葉をもう一度考えてみた。
"自分に"期待しないのだ。思い返せば、のんびりとした(退屈とは言わない)人生だった。

でもそこに答えがあったのだと思う。

自分に期待しない→"自分だったら"どうするか

僕は大好きな人のWikipediaを見る。

顔、名前、名前の数、誕生日、誕生月、星座、血液型、出身、身長、学歴、学科、趣味嗜好、生い立ち、考え方、etc…

それを受験番号を見る高校生のように、照らし合わせる。一喜一憂する。この人とはこんな共通点がある。僕と考え方が似ているかもしれない。この人と近い次元にいることが無意識に嬉しかったんだと思う。

でも、実際世間はあまりに夢が溢れて現実は悪魔的に現実的だった。テスト勉強の前日になって焦ってきたように。
本当に本当に自分の実力通りの結果が出る。

だから、己の不甲斐なさに俺はなんて情けないんだと答えのない悲しさに包まれる。

改めて、僕は関西のお笑いに胸を打たれ、この世界の門を叩いた。お笑いを愛している。笑いに需要がない社会に出ればマジで俺の存在価値は無い。マジで。でも今はなんとなく胸が軽い。

憧れにはならない。憧れで終わらせない。
俺だったらどうする?
もう憧れに憧れるだけの自分には期待しない。

正直、人間はみんな弱いと思うから。