皆さんこんばんは照れ

 

前回のあらすじ

チョンホとソンが街を歩いていると、手押し車に酒を沢山載せて歩く少女に出くわす。ソンの一言に怒ったその子が文句を言ってくるが、チョンホは少女に優しく接する。彼はそのチャングムという少女の聡明さと無邪気さが気に入り、将来また会えるかもしれないと期待する。一方のソンは、女の子たちと話しているところユンナと出くわす。険悪な彼らだったが、4歳上の色男であるハ・デヒョンが彼女の気を引こうとしているところを見てしまう。ソンはとっさに2人の前に出てテヒョンに彼の浮気を指摘する。だが、ユンナが怒ったのはテヒョンにではなくソンに対してだった。

 

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親友の初恋

 

 オム・ユンナと再び揉めてからというものの、ソンは何だか落ち着きが無かった。

授業中も時々物思いに耽っていたり、みんなと話している時もいつも以上に寡黙だった。そんなソンの変化に親友のチョンホが気が付かないわけもなく、何があったのかと何度も尋ねたがソンは何もないと頑なに言い続けた。チョンホは仕方なく普段会話のないシミンに話を聞いてみたが、彼女は案の定何も知らなかった。

 そのまま数日が過ぎた。チョンホは再び特別授業に行き、、ソンは放課後1人になった。サンミンたちが一緒に出掛けようと誘ったが、ソンは気乗りせず断った。

 ぼうっとしたまま書堂を出ると、門の前にあのハ・デヒョンが立っていた。

「おい、パク・ソン」

テヒョンはソンに声を掛ける。ソンはうつろな目で彼を見上げた。

「なんですか」

「お前、この間はなんなんだ。いきなり俺にあんなことを言ってくるなんて」

「すみません」

ソンはテヒョンの顔も見ずに礼をし、そのまま帰ろうとした。

「おい、待てって」

「何ですか」

「何で俺がオム・ユンナを口説くのを邪魔したがるんだ。あの子は他の子とは違うんだ。確かに今までいろいろな子を口説いてきたのは本当だけど、あの子には本気なんだ」

「名家の娘だから、婿入りでもして裕福に暮らしたいってことですか?」

「話し方をもっと考えろ。考えてもみろ。お父上は元左副承旨なんだぞ?俺は官職に就く気がないし、いつ生活が出来なくなるか分からない。結婚って言うのは生きるための手段の1つじゃないか。みんなそうしているし、女の子たちも了承していることだ」

テヒョンは開き直って言った。

「そうでしょうか」

「お前だって婚約者がいるし、そういう理由で婚約したんじゃないか。それとも何だ?ユンナに関心でもあるのか?」

テヒョンはソンに聞いた。

ソンはなぜか、答えが思いつかなかった。

「・・・なんだ、やっぱりそうなのか。でもどうせお前はもう決められた人がいるし、家柄からしてもあの子は手に入らないよ。頼むから俺に譲ってくれ」

「そういうことって僕たちが決めることじゃないのでは?」

「正義づらするなよ。あの子を守ってやろうとか、そんな大それたことでも考えてるのか?」

「ナウリが本当にそう思われるならあの子にそう言ったらいいじゃないですか。本心を何も言わないで口説くだなんて、それは騙しているのと同じです。相手の了承を得ているとは到底思えません」

ソンはテヒョンの目を見てきっぱりと言った。

「うるさいな。何だよ、お前俺にこんなに逆らっておいてただで済むと思うな。ユンナのお父上にお前のこと全部話してやる」

テヒョンはソンの言葉に態度を豹変させ、捨て台詞を吐いて去っていった。

 

書堂の影から、ユンナはこっそり2人の様子を見ていた。

普段は紳士的で上品なテヒョンの言葉がソンの前で崩れるのを見、また彼の卑怯な考え方を初めて知って彼女は衝撃を受けていたが、それ以上にソンの発言に驚いていた。テヒョンに自分に関心があるのかと聞かれ、ソンは否定しなかった。ユンナは今までずっと、テヒョンは自分に気があってソンは自分を見下していると思っていた。だが、それは全くの真逆であったのだ。

彼女は昔から女の子たちの中では中心的な役割を担っていた。おせっかいで、いつも色々な相談を受けては持論を展開してきた。ゆえに、彼女には自分が下す評価に変に自信を持っていた。だが、自分が既に心の中で切り捨てていたパク・ソンという年下の青年が、正義感があって想像以上に良い子だったと初めて気が付いた。

テヒョンが去った後、ソンがその場に立ち尽くすのをユンナはしばらく見つめていた。

確かにソンは女の子たちに人気だった。皆、口は軽いが優しくて聡明だと言っている。容姿も悪くはないし、品もある。ユンナには彼がどうしても軽々しく見えて仕方が無かったのだが、今彼の後姿を見るうち、その評価が自分の中で段々変わってくるのを感じた。

 

ソンはテヒョンが去った後、彼の言葉を思い出していた。

『・・・それとも何だ?ユンナに関心でもあるのか?・・・』

そうじゃない、と自分は言わなかった。彼はここ数日、ユンナに平手打ちされたことでなんとなく心が沈み、彼女の泣いた顔が何度も頭に浮かんだ。

チョンホに何度聞かれても、彼女のことを考えているとは認められなかった。自分でも意識していなかったその理由に、今ソンは初めて気が付かされた。なぜ初めて見た時に矢を打ち損ねたか、なぜ普段はみんなに親切なのに彼女に対しては意地を張ってからかってしまったか、そしてなぜテヒョンとの会話を盗み聞きしようとしたか。すべて、テヒョンの言った通り、ユンナに好意を持っていたからである。

ソンは初めてユンナを見た時のことを思いだした。容姿は可愛らしいのに、それに似合わない挑戦的な目つきでソンを見ていた。そんな女の子は初めてであった。書堂の息子で成績優秀の自分に抗ったのは、チョンホを除くとユンナしかいなかった。

彼はただじっとその場に立ち尽くした。彼にとって、こんなことは初めてだった。誰か一人のことが心から離れなかったり、胸の奥で虫が騒いでいるような気持ちになったり、どうしても素直になれなかったり、やけになってしまう、そんな経験は初めてだったのだ。そう思うと、急に不安になった。これから、どうすればよいのであろう?人を好きになったら、一体何をしたら良いのであろう?何から始めて、何を言ったらいいのであろう?

皆自分の心には責任をとれと言うが、その『責任』とは一体何のことであろう。まだユンナのことはよく知らないし、向こうも自分を知らない。

(そうだ、まずは相手のことを知っていかないと・・・)

ソンはそうひらめいた途端、くるりと振り返って意気揚々と歩き始めた。

だが、彼の向かう先にはユンナがこっそり隠れている木があった。彼女がすぐに逃げられるはずもなく、すぐにソンに見つかってしまった。

ソンは驚いて立ち止まる。ユンナも戸惑い、目を泳がせる。ソンはすぐに目をそらし、しばらくそわそわしていたがそのまま何も言わず立ち去って行った。

ユンナは彼の後姿を見ながら自分の頭を殴った。

(ああ、よりによって見つかってしまうなんて・・・もうこれで何もかも終わりだわ)

ユンナはその場に座り込んで頭を抱えてしまった。

 

ソンはみんなが帰った後の書堂に急いで戻り、壁にもたれかかった。

(なんでこんなに馬鹿なんだ、おれは!なんで何にも言えなかったんだ!)

ソンは拳を握りしめ、悔しそうに壁を叩いた。

 

 

ソンの様子の変化はホヨンでさえ気が付いた。いつも以上に無口なソンを見て、同じように友人のユンナの口数も最近減ったことを思いだした。2人の間に何かあったと気が付いたホヨンは、真っ先にソンのユンナへの恋心に気が付いた。彼女は、溺愛する弟の初恋を嬉しく思うと同時に、仮に2人が上手くいったとしても一緒になるのは一筋縄ではいかないと気が付いていた。

一方、普段から落ち着きのないソンが急に大人しくなったことにチョンホも気づいていた。以前まではソンはユンナへの関心を否定していたし、ソン自身も気が付いていないようだったが、いよいよ自分でも意識するようになったのだとチョンホは思った。これはチョンホが最も恐れていたことだった。今までどこに行っても一緒だった親友を失う最大の危機が訪れたからである。しかも、こんなに早く。

チョンホは、まだ童生のソンの心を惑わせたユンナを快く思わなかった。次の試験では案の定ソンの成績は落ち、初めて二位の座をリョウォンに譲った。今回の試験では易経が題であったが、儒医の父を持つリョウォンは天文に詳しく、チョンホでさえ彼に教えを乞うほどだったのだ。しかし、ユンナの件で頭がいっぱいのソンはみんなで開いた勉強会に参加せず、一人家で勉強していたことが最大の敗因となった。リョウォンより成績が良く首席の座を守ったチョンホはリョウォンに『出藍の誉れだ』と言われたが、チョンホにとっては単にソンの成績が下がり、三位常連だったリョウォンが代わりに二位になったようにしか思えなかった。

それでも、チョンホはソンにユンナの件を話さなかった。チョンホにとっては根を詰めて勉強せねばならない大事な時期で、仮に政権転覆に間に合わず式年試が通常通り開かれたなら来年の秋には司馬試小科を受験しなければならなかったからである。もっとも、もっと早く新王が即位した場合、そのごたごたで増広試の実施は伸びあと1年は猶予が出来るだろうとチョンホは予想していたが。

必然的にチョンホとソンの会話の機会も減り、ソンはと言えば一人で思い悩む日々が続いた。時々裁縫の帰りの女の子たちとすれ違って会話をすることがあっても、ユンナの姿が見えると彼はすぐにその場を立ち去った。ソンのそんな姿を見、ユンナは傷ついていた。

ある日、ソンが授業を終えて帰ろうとすると、突然雨が降り始めた。彼は急いで書堂を出、すぐ横にある自宅に帰ろうとした。すると、角の向こうでチャンオッ(女性が頭から被った上着)を被った女性がたった一人で雨宿りをしていた。

ソンは近づこうとしたが、よく見るとその背丈や服装からどうやらユンナのようだと気が付いた。ユンナは傘を持っていない。

ソンはしばらく迷ったが、やがて引き返して家に帰った。家に着くなりソンは姉の部屋に飛び込んだ。

「ちょっと!入る時は先に言いなさいよ!服も濡れ放題じゃない!」

ユンナは熱した鉄でチマのしわを伸ばしていたが、驚いてそれを落としかけた。

「姉上、傘はありますか」

「傘?傘ならあなただって持ってるじゃない。それに、男が女性の・・・」

「説明している暇はないんです。とにかく、貸してください」

ユンナはため息をついた。先ほどから外で激しい雨音が聞こえる。

彼女は棚を開いて一番きれいな傘を取り出した。

「・・・はい。ちゃんと返してね」

姉が上等の傘を貸してくれたのでソンは驚いた。

「えっ・・・?でも・・・」

「いいから早く行きなさい。私は忙しいのよ、見ての通り」

ソンは怪しそうな表情をしながら部屋を出た、ソンが去ってから、ホヨンはくすくす笑った。

「なんて分かりやすい子なのかしら」

ホヨンはそう言って笑い、再びチマを伸ばした。

 

ソンは走ってユンナのもとに行った。幸い、ユンナはまだそこにいた。

雨音のせいでユンナはソンが近くに来るまで気が付かなかった。ソンは黙って何も言わず、傘をさしてユンナの上に掲げる。

ユンナは驚いてソンを見た。

彼女の顔が濡れているのにソンは気が付いた。それは雨の跳ね返りなのか、涙なのか、一瞬のことだったのでソンには判別が出来なかった。ソンは何も言わず目を背け、彼女の横に並んだ。

ユンナはソンから目をそらす。しばしの沈黙が流れた。

「・・・道令様の傘は?」

ユンナがぼそっと言う。

「家はすぐだから」

ソンも覇気のない声で言った。

ユンナはソンの顔を見上げる。

「道令様」

ソンは振り向く。長いまつげが目元に広がり、曇り空の中でも彼女の瞳は輝いて美しく見えた。頬は紅色に染まり、濃紺のペジャ(ベスト)は彼女の白い肌に映えていた。

ソンは思わず彼女の顔をじっと見る。

「・・ハ・デヒョンナウリのこと、私誤解してました」

ソンは我に返って再び彼女から目を逸らす。

「あの人は今まで何人も騙してきてるから、仕方ないよ。童生たちしか知らないことだし」

ソンはそっけなく言った。

ユンナは俯く。

「・・・あと少しで、本当に騙されるところでした」

「誰かがあの人の正体をみんなにばらせばいいんだけど。でも、おれらにとってはいいお兄さんだったから、みんな見てみぬふりをしてるんだ」

「いい人だったんですか?」

「うん。勉強を教えてくれたり、時々市場に連れて行って菓子やらなんやら奢ってくれたりしたんだ。男同士の仲でなら、本当にいい人だよ」

ユンナは不思議そうにソンを見た。既にソンの自分への好意を知っている彼女は、ソンがなぜ恋敵であるはずのテヒョンを自分の前で良く言うのか分からなかったのだ。

「道令様」

「えっ?」

「道令様って、本当に変わった方ですね」

ユンナはふっと笑って言う。

ソンの顔も少しほころぶ。

「・・・みんなが言ってる意味と違うようだけど」

「さあ、どうかしら」

ユンナはくすくす笑い、ソンが掲げている傘を受け取った。2人の指先が僅かに触れる。

「明日、お返しに行きます」

ユンナは深々と礼をした。ソンはまだ呆然として彼女を見たまま何も言わなかった。

ユンナはソンに背を向け、雨で濡れた泥道を歩いて家の方へ帰って行った。ソンは彼女の姿が見えなくなるまで、その揺れるチマを見つめ続けた。

 

 

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