皆さんこんばんは
前回のあらすじ
ある日、書堂にパク・ミョンホンやキム・チソンらが訪れる。スボクはチョンホとソンを彼らのもとに連れて行き、彼らの実力を見せる。その後、ミョンホンは2人に次の科挙で進士科を受験し及第してほしいと伝える。その際新しい王の即位を念頭に置いたミョンホンの言葉にソンは驚くが、チョンホの様子から彼が既にそのことを知っていたのだと気づく。一方のチョンホは、ソンのユンナへの態度が頭から離れない。
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2人の女の子
秀才のチョンホだったが、勉学を怠ることは無かった。
女の子に人気があり、かつ文武両道なので多くの人に妬まれそうな彼であるが、意外なことに彼が首席であることに不満を示す者は1人もいなかった。というのも、彼がどれだけ謙虚で、そしてどれだけ努力家か皆知っていたからである。
彼らがどこかに出掛ける時も、チョンホは常に本を片手に持っていた。時々彼らに題を出してやったり、授業の復習を手伝ってやったりした。スボクに時々特別授業をしてもらっている彼だったが、その内容は必ず次の日にみんなの前で話した。それは親しい子たちの前でだけではなく、同じ組の全員に向けてだった。組の中で一番発言力があってみんなをまとめるのはいつもソンで、チョンホはいつも横で黙って聞いていた。が、何かあると彼は決め手となる一言を放ち、それはみんなに大きな影響力を持っていた。全羅道にいた頃はいじめられていた彼であったが、理解のある友人や大人の助けと、さらに彼自身の努力により彼は多くの人の信頼を若くして勝ち得たのだった。
しかし、チョンホは依然ソンを尊敬していた。常に主導権を持ちみんなに愛想が良く、男女ともに信頼されるソンをチョンホは羨んだ。何より、温かい家庭で何不自由なく育ったソンの持ち前の無邪気さは何よりチョンホを引き付けたのである。チョンホはいつも、ソンの他愛ない、そして終わりのない長々とした話に嬉しそうに熱心に聞き入った。
そしてソンの方も親友を尊敬していた。だがそれは、みんなと同じ理由からではない。チョンホの繊細な感性と穏やかさ、そして思いやりの深さを彼は心底敬っていた。そしてソンは常に繊細なチョンホの壁となってやっていた。
いつしか周りの者たちは2人の仲の良さを当然のように思うようになっていった。2人は常に一緒、何をやるにも一緒、そしてそれは今までだけでなく、これからも続くと思っていた。だが、チョンホには1つ恐れていることがあった。それは、親友を『女の子』という邪魔者に奪われてしまうことである。心優しいソンがいつか1人の女性を自ら選ぶであろうことはチョンホには明確だったし、彼の日頃の考え方からしてもそうなるのは必然だった。ゆえに、彼が多くの女の子たちににこやかに話しかけても危惧せず、誰か1人に特別な扱いをするまでチョンホは何も警戒することは無かった。
そんなことを正直にソンに言えるはずもなく、チョンホはその『オム・ユンナ』という少女へのソンの反応を気にしながら毎日を過ごした。彼の敵意はユンナやシミンだけではくほとんどの女の子へ向いていたが、さすがに幼い子供は例外だった。彼は無類の子供好きだったのだ。
この日も授業後新しい筆を新調するためチョンホとソンはチェ・パンスル商会に向かっていた。
「・・・で、お前は何の役職に就いてみたい?」
ソンはチョンホに訊く。2人は将来就いてみたい役職について話し合っていた。
「うーん。司憲府の執義かな」
チョンホは答える。
「従三品じゃないか。お前ならもっと上位に上がれるだろうに」
「そうかな。まあ、政局によるし」
「司憲府に行きたいなら、大司憲(従二品の役職)にしろよ」
「いいや、執義なら決定権もあるし、実際に役人の不正を取り締まることが出来るじゃないか。絶対に一度はやってみたいんだ」
チョンホは断言した。実際、これから約10年で彼はこの夢を叶える。
「確かにそう言われてみるとお前に合ってそうだよな。おれは大司諫(テサオン:サオンウォンの長。宮中の食材や薬の出納を扱う)かな」
「ええっ?」
「何だよ、だって、品物の出納こそ不正が横行する場所じゃないか。お前みたいに不正を取り締まることに躍進するんじゃなくて、おれは自分が壁になって不正を止めて見せる」
ソンはそう言って自慢げな表情をした。
チョンホは呆れて笑う。
「お前の方が無謀みたいだな」
「まあ結局随分先のことだけどな。お前だってすぐには執義になれないだろうし。最高でも従六品の官職だよ」
「それは状元だった場合だろ」
「何言ってんだよ、人生そう長くないんだ、高みを目指さないと!おれも将来はあの酒売りみたいな商売人と議論し合って・・・・あれ?子供しかいないじゃないか」
ソンが見ている方向にチョンホも目を向けた。10歳前後の少女が一人、酒を載せた手押し車を引いていた。
「ええ?女の子が一人で酒を売ってるのか?」
ソンは呆れて言った。
その子は周りには目もくれずこちらにやって来、彼らを通り過ぎた。
「世も末だよ。一体どんな親が幼い娘にこんなことを」
ソンはぼそっと呟いた。
運悪く、その声は少女の耳にも届いてしまった。少女は振り返る。
「すいません」
チョンホとソンはびっくりして振り返る。
「どなたか知りませんが、私の両親は私をちゃんと育てました」
少女はきっぱりした口調で彼らの目を見て言った。
「えっ?いや、その・・・」
あまりの威勢にソンはどもる。チョンホはあわてて少女の方に近寄る。
「ご、ごめんね、気分を害したみたいだね。こいつも私も悪気はなかったんだ。ただ女の子が一人で酒を売っているのを見たことが無かったから驚いてしまったんだ」
チョンホは少女の前にしゃがみこんで視線を合わせ、穏やかに言った。
「私が酒を売ってるんじゃないです。おじさんが今忙しいから、代わりにシン家のお宅に酒を届けに言っているだけです」
親切に話しかけたチョンホに対し、その少女は依然生意気な態度で言った。
だがチョンホは笑った。
「はは、なんだ。それは偉いね。こんなにしっかり話してくれるなんて、ご両親は立派な方のようだ。そうだろう、ソン?」
チョンホはそう言ってソンを振り返る。
「え?あ、ああ・・」
ソンは慌てて頷く。
「急いでいるところを邪魔してごめんね」
「分かって下さったならそれでいいです」
その少女はませた口調だった。チョンホは思わず吹き出す。
「そうかい。だけどこっちの気が済まないから、詫びとしてこれでも貰って行ってくれないか」
そう言ってチョンホは懐からさっき買った干し柿を出した。
「うわあ、いいんですか?」
少女は目を輝かせた。チョンホもなぜか嬉しそうに頷く。
「うん。さっきたくさん買ったんだけど、食べきれなくて。これでも食べて力をつけて行ってきてね」
「もしかして、毒が入っているんですか?」
少女は急に怪しそうに眉間にしわを寄せた。
チョンホは干し柿を少しちぎって口に入れる。
「ほら、私だって食べるんだから毒なんかじゃないよ。私の名前はミン・ジョンホだ。その角を曲がったところにある屋敷に住んでいるんだけど、もしそれに毒でも入っていたなら私の名前を捕盗庁(ポドチョン:現在で言う警察)に言って捕まえさせたらいい」
チョンホはそう言って女の子に向かって微笑んだ。
「さあ、もう行っておいで。ずいぶん長く話してしまった」
「干し柿をくれてありがとうございました」
少女は深々と頭を下げて、すぐに背を向けた。
「あっ、そうだ、君の名前は何ていうの?」
チョンホはふとその子の名前が気になり、再び声を掛けた。
女の子は振り返る。
「ソ・ジャングムでございます」
チャングムという少女はそう言って再び礼をし、背を向けて車を再び引き始めた。
「ソ・ジャングムか・・・・」
チョンホは呟いた。聡明そうな少女だから、またいつか会うかもしれないと思い彼はその名を記憶にとどめようとした。だが、数年後チャングムと再会した時には、チョンホはすっかりこのことを忘れてしまっているのである。
「・・・変な子だよな」
ソンは呟いた。
「そうかな?可愛いじゃないか」
チョンホは嬉しそうに言う。
「ええっ?お前の口からそんな言葉聞くの初めてだよ。お前って、子供が好きなんだな」
ソンは目を丸くしてチョンホを見た。
「知らなかった?」
チョンホは機嫌が良さそうににこにこしていた。
「そんなの知らないよ。へええ、でも女が嫌いなら自分の子供を持てないじゃないか」
「不条理だよな」
「知るかよ」
ソンはそう言って再び歩き始めた。
チョンホも彼の後を追ったが、チェ・パンスル商会への道中さっきの少女の言葉を何度も思い出しては、再び笑顔になっていた。
「何にやにや笑ってんだよ。だいたい干し柿もあの1つしかなかったくせに。通りかかった子全員に何かやってたら最後は裸一貫になっちまうぞ」
「さすがにみんなになんてやりはしないよ。あの子・・・なんて子だっけ?チャングム?しっかりしていて、おまけに賢そうだし・・・なんだかただ者じゃない感じがしたんだ」
「もうお前に何を言っても無駄だよ、全く。一度言い出したらずっとそのことばっかだもんなお前は。だけどあの子の話はもうおれは飽きたんだ。なあ、ところで最近シミンとは話したのか?」
途端にチョンホの顔が曇る。
「・・・いいや」
「今のうちにちゃんと話しとけよ。どうせ結婚はおれらに抗えることじゃないんだから。おれも、新しい許嫁さんとやらに今度会いに行く予定なんだ」
「なあ、ソン」
「うん?」
「お前、ほんとに決められた結婚に従うつもりか?」
「・・・うん。でも、なんで?」
「皆そうやって結婚して、後から好意をもつ女が出来て、いろいろ家庭が揉めたりするって言うじゃないか」
「ああ、イドがよく言ってるやつね。でもおれ自信があるんだけど、おれを少なからず好いてくれる女なら誰でも、1人決めたら大事にできると思うよ。だから今度会う子がいい子そうだったら普通に結婚して一生上手くやっていくと思う」
「・・・そうかなあ」
「そういや、戸判大監とお前のお母上はどうやって出会ったんだろう?」
「出会った?許嫁じゃなくて?」
チョンホは言った。
「ええ、知らないのか?父上の話では、大監が自身で政略結婚する道を選んだけど、結局その方を好きになってしまわれたみたい。それがお前のお母上だったって」
「・・・確かに、父上は母上をずっと崇めてるようだけど・・・。先生はおれが母上にそっくりだと言うけど、ほんとに父上が母上を大事に思われてるなら、なんでおれをこんなにないがしろにするんだ?」
チョンホは不快そうな表情で言った。
翌日。チョンホは放課後スボクの特別授業を受けに行き、ソンは一人で書堂を出た。外では裁縫の教室を終えた女の子たちが雑談していた。
「でね、ホヨン姉さんが好きなのはそういう人じゃなくて、例えば・・・」
ユジンは興奮したようにハンビに話している。
「うちの姉上が何だって?」
ソンは後ろからにこやかに会話に割って入る。
「あっ、道令様!ちょうど良かったです、ミン・ジョンホ道令様はいらっしゃいますか?シミンが今日会いに来ていて・・・」
ハンビはそう言って隣にいるシミンを前に押しやる。シミンは恥ずかしそうな表情でソンの前に出た。
「ああ、あいにく今日は特別授業の日だからしばらく出てこれないんだ。また出直してやってくれないか」
ソンはシミンに言う。
「出直せって、シミンは毎日のように来てるんですよ?なのに、毎度毎度チョンホ道令様が『用事だ』だの何だの言って追い返すんですから。道令様からも何か言って差し上げてくれません?婚約者なのにこんな扱いをするなんて、いくら何でも・・・」
ユジンは怒ったようにソンに言う。
「まじで?チョンホが?全然知らなかったよ。次来た時はおれに声を掛けてくれ、仲介してやるから。でもあんまりチョンホには媚びない方がいいぜ」
「媚びるだなんて、この子がそんなことするわけないじゃないですか。ねえ?」
「え、ええ・・・・」
シミンは戸惑ったように言った。
「へえ?おれの聞いた話とは違うけどな。もちろんチョンホからじゃなくて、他の奴からも・・・」
「またちょっかいを掛けにいらっしゃったんですか?」
後ろから声がしたかと思うと、艶やかな絹の服を着た相変わらず生意気そうなユンナがこちらに向かって歩いて来ていた。
「お前に用はないんだ」
ソンは鼻で笑って言った。
「うちのシミンをいじめるのはやめてくださいません?この子がどれだけいい子かご存じないようですけど。それとも、既に他の男と婚約したような娘はぞんざいに扱うんですか?」
ユンナは腰に手を当てて言った。
「なんだって?お前、何様のつもりなんだ」
ソンはむっとして言う。
「道令様!ユンナ姉さんに向かって何てこと言うんですか。忘れないでください、私たちはみんなユンナさんの味方なんですから!」
ユジンはソンを制して言った。
「はあ?この女の味方だって?」
「ええ!この前も、道令様がちびなんておっしゃらなかったらあんなことにならなかったんです。それに道令様は男なんですから、先に謝られたらどうですか?」
「それは・・・」
「騒々しいけど何の騒ぎだい?」
書堂の門が開いて低い声がした。皆振り返って見ると、そこにはスボクの書堂に出入りしている18歳のハ・デヒョンというソンビ(儒学を修めた両班の成人男性)が立っていた。
とたんにユンナの顔が赤くなる。
「おっ?ソンにユジン、ユンナにハンビにシミンじゃないか!」
テヒョンはそう言って優しく微笑む。
ハ・テヒョンはとても美男子で、チョンホやソンに次ぐと多くの人が言っていた。だが、テヒョンは風変わりな性格と俗世を捨てた生き方のため、女性受けは悪かった。ただし、ユンナを除いては。
テヒョンはつかつかと彼らに近づき、ユンナの目の前に立った。
「怒っていたようだけど、どうしたんだい?」
「あ、あの、ナ、ナウリ、その・・・」
ユンナは傍目から見ても分かるほど動揺した。
「ソン道令様がまたユンナさんに失礼なことを言うんです」
ハンビは口を尖らせてテヒョンに言った。
「ソンなんかほっとけよ。ところでユンナ、ちょっと話があるんだけどいいか?」
「えっ・・?は、はい!もちろんです!」
ユンナは目を輝かせ、テヒョンに連れられて書堂の塀の向こうに消えて行った。
「・・・なんなんだ今の?」
ソンはぽかんとして言う。ハンビやユジン、シミンもそうだった。
「ユンナ姉さんとハ・デヒョンナウリってどういう関係なんですか?」
シミンはユジンやハンビに聞いた。
「さあ・・・?」
ハンビは首を傾げた。
ユジンやハンビ、シミンが帰った後、ソンはそっと塀の裏を覗きに行った。
「・・・それで、結局決まらなかったんだね?」
テヒョンとユンナの2人は木陰で親しそうに話していた。ソンは2人にばれないようにそっと近づく。
「はい。父上がお気に召さなかったようで」
「お父上はやはり厳しい方だね。僕だったらどうかな?」
テヒョンはそう言ってにやっと笑う。ユンナは顔を少し赤くする。
「そ、そんな・・・」
「はは、冗談だよ」
「はあ・・・」
「でも、仮にもしそうなったら君からお父上に僕を良く言ってくれないとね」
「ナウリ・・」
ソンは陰からテヒョンを睨んだ。彼は普段のテヒョンの素行を知っていたが、このような光景は日常茶飯事だったのだ。彼は無類の女好きなのである。
「ねえ、最近パク・ソンにいろいろ言われてるようだね。ほんとにしんどかったらいつでも僕に相談するんだよ。あいつに何て言われたんだい」
「その・・・ちびだって・・・」
「ええっ?女性にそんなことを?ひどいやつだ。まだ14歳だし、分別のつかない子供なんだ。多分自分の姉が長身だから、常識がないんだよ」
「ええ、ホヨン姉さんは確かに長身ですけど・・・」
「でもユンナ、君は小柄でもおしとやかで謙虚な女性じゃないか。あんな厚かましい男なんて放っておいてもきっとまたどこかの変な奴につかまってるさ」
テヒョンはそう言って笑った。
「おれが厚かましいって?この女がしとやかじゃないのと同じ位、おれも厚かましくなんかないんですけど」
耐えかねたソンは陰から現れて言った。ユンナは飛び上がった。
「おい、お前いつからいたんだ」
テヒョンは少し焦ったように言った。
「また女を口説いておいでのようですね。それで何人目ですか?言っときますけど、こいつはナウリがお好みのようなしとやかな女じゃありませんよ」
「な・・・」
ユンナは顔面蒼白になり言葉が出なかった。
「おい、俺に向かってなんて生意気な口をきくんだ」
「お認めにならないんですか?口説こうとしてるのはこの女だけじゃないって?」
「な、なんの真似だ。とにかく、お、俺は帰るからな」
ユンナの鋭い視線を感じたテヒョンは突然逃げ腰になって、そのまま帰って行った。
ソンはユンナを見る。彼はなんだか気まずくなり、無理に笑って見せた。
「いや、いいんだ礼は。あの人がいつもいろんなやつを口説いてるの、昔から見てたからな。だから・・・」
ユンナはかつ、かつ、かつとソンの方に歩み寄り、ソンの顔をいきなり平手で打った。
ソンは驚きで身動きを取らなかった。
「なんで私に構うんですか?!私に何の関係もないのに、なぜこうやって私を侮辱して、そんな大きな顔をしてられるんですか?」
ユンナは涙を流しながら叫んだ。
ソンはぽかんとユンナの顔を見つめた。
「書堂のご子息だからって何をしても許されるとお思いのようですが、人の幸せな結婚を阻む権利なんてあなたにはありませんわ!あなたは、ご自身に微笑みかけない女性の存在を忌々しく思っておいでのようですが、あなたのような方を本当に大事に思っている女性なんていないんですからね!」
ユンナはそう言ってくるりと背を向け、早足で帰ろうとした。
「ま、待ってくれ」
ソンは慌ててユンナを追うが、ユンナは立ち止まらない。
「もう私に構わないでください!」
ユンナはそう言ってそのまま角の向こうへ消えて行った。
ソンは呆然とその場に立ち止まり、しばらくの間そこから動かなかった。
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今回はここまで。みなさん、また次回