前回のあらすじ

弓の大会で敗れたソンだったが、すぐに取り巻きの女の子たちに囲まれた。その中には、リョウォンが好意を寄せるハンビもいた。チョンホたちはリョウォンをハンビの所に無理やり連れて行ったが、ハンビを探していたユンナが彼らの輪に入ってきた。ユンナをじっと見つめるソンだったが、ユンナは彼らにろくに挨拶もしなかった。さらにユンナが彼らより1つ年上だと聞いたソンは、いきなり彼女を「ちび」だと言う。逆上したユンナはソンを罵り、それに怒りだしたソンは他の子たちに制された。

書堂での彼らの生活はあまり変わっていなかった。チョンホとソンは相変わらず親友で、授業中も話し続けていたのでスボクに叩かれ居残りを命じられてしまった。

 

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使命

 

「ああ、まじで馬鹿らしい。なんでこんな年にもなって居残りで硯の片付けなんか・・・ほんとについてないよ。それもこれも、お前の声がでかいから・・・」

放課後、ソンは不満そうな顔で硯を洗っていた。横でチョンホは黙々と作業している。

「お前は良いだろ。おれは先生の放課後の授業を2回もいけないんだぞ」

チョンホは顔も上げずに行った。

「なんだよ、硯好きのお前の方が絶対に向いてるじゃないか。おれはこんなんが好きなんじゃないんだ。こんな変な形の石なんてもううんざりだよ」

「じゃあ何がいいんだよ」

「うーん」

ソンは考え込む。

「・・・もういいよ、そんな考えるんだったら」

「おい、こっちが真剣に考えてるってのに・・・全く」

「ところでお前、あれからホヨンお嬢さんに叱られなかった?」

「うん?おれが?なんで?」

「オム・ユンナさんのことだよ」

途端にソンはふくれっ面になる。

「その女の名前は二度と口にするなって言っただろ」

「・・あの人のお父上を知ってるか?オム・ヒウォン元左副承旨令監だぞ」

「あっ、ええ?あの女の父上が?あのオム令監なのか?」

「はあ・・・・やっぱり知らないと思ったよ。あの人は、令監の愛嬢なんだ。ご高齢になってから生まれた子ともあって、昔からとても可愛がっておいでだったようだよ」

「だからあんなに生意気なのか。わがまま放題で育ったんだろうな。ところでお前はなんでそんなこと知ってるんだ?」

「・・・シミンさんから聞いた」

チョンホの言葉にソンは驚く。

「ええ?お前、シミンと話すこともあるんだな」

「・・そうじゃなくて、この間声をかけられて、お前のことを心配されたんだ。あの人がどんな人か知ってるのかって」

「知ってなかったら何なんだよ。お偉いさんの娘には、手厳しくしちゃいけないってか?」

「お前、令監は気難しい方だって知ってるだろ?お前が言った事が伝われば無事じゃすまないぞ」

ソンは黙った。

「とにかく、今のうちに誤った方がいいんじゃないか?」

ソンはふくれっ面をして答えない。

「・・・おれは知らないぞ、どうなっても」

チョンホはそう言って再び硯洗いに集中した。

「・・・・なんだよ。どう考えてもあの女の態度の方がおかしかったのに、何でおれだけ・・・」

ソンはぼそっと呟く。

「でも、お前が最初にちびって言い出したんじゃないか」

「お前だってその前のあいつの態度見ただろ?大会中も、おれが的を外したのを見てあいつ鼻で笑ったんだ」

「・・・そんな時からあの人のことを見てたのか?」

「えっ?いや、そういう訳じゃ・・・とにかく、あいつの方が完全に失礼だったじゃないか。おれを挑発してたし」

「お互い様だと思うけどな」

チョンホがそう言うと、怒ったソンはチョンホに水をかけて来た。

「やめろって!ソン!」

「じゃおれが悪いってのか?お前」

「お互い様だって言ったろ」

「何だよお前まで!みんなしてあの女を崇めて・・・」

「あの女とはオム家の御令嬢のことか?」

後ろからスボクの声がして2人は慌てて立ち上がる。

「しゃべってばかりで全然進んでないじゃないか。2人とも居残りを倍にして欲しいのか?」

スボクは呆れたように言う。2人は黙っていた。

「・・・もういい、今日はその辺にして、2人ともついてきなさい」

「えっ?まだ他の罰があるんですか?」

ソンはスボクに訊く。スボクは笑う。

「パク・ミョンホンが漢陽に帰って来て、今うちに来ているんだ。お前たちに一目会いたいというから、今日は特別に罰を免除して連れて行ってやるんだよ」

「パク・ミョンホン令監がですか?」

チョンホは驚いて言う。彼がミョンホンに会うのは3年ぶりであった。

「そうだ。・・・ところで、チョンホはなんでそんなに濡れているんだ。拭いてきなさい」

スボクはチョンホの肩に目を遣って言った。チョンホはソンを睨んだが、ソンは知らん顔をした。

 

2人が書堂の奥の部屋に入ると、パク・ミョンホンが上座に座っていた。隣にはキム・チソンやイ・ジョンミンもいた。

ミョンホンは彼らに微笑みかけた。

「よく来たな。2人とも座りなさい」

チョンホは顔ぶれを見て、深刻な話だとすぐに悟った。ソンは少し腰が引けているようだった。

スボクは2人を下座に座らせ、彼らの横に座った。

「ミン・イクス大監はお元気かね」

ミョンホンはチョンホに訊く。

「少し体を壊しておいでですが、おかげさまでなんとか大丈夫です」

「体を?どこか悪いのか?」

「酒のせいで肝の臓を少しやられたようでございます」

「そうか・・・。あれほど飲まれていたのだ。多少の不調は予測できたからな」

ミョンホンは言った。スボクとキム・チソンは目を合わせた。

「ところで、2人とも書堂では成績優秀と聞いた。次の科挙を受験する準備は出来ているのか?」

「・・・つ、次の科挙ですか?」

ソンは驚いて顔を上げる。

「まだソンにはちゃんと話していないんだ。何しろ慎重に行わねばならないからな」

スボクは慌ててミョンホンに言った。

「だが、大丈夫なのか?今から準備するとなっても・・・」

「では少し問題を出してやってくれ」

ミョンホンは疑うようにスボクを見たが、咳払いして問題を言い始めた。

「・・・では、辞を修めその誠を立つるは、業に居る所以なりとはどういう意味か」

チョンホはソンを見た。ソンはチョンホの顔を伺った後、ミョンホンに向き直って答え始めた。

「相手に誠実に考えを伝えたければ、自身の業に身を置く必要がある、という意味です」

「その通りだ。では、春秋、桓公八年からだ。八年、春、正月、己卯、蒸す。この続きを暗唱しなさい」

ソンは再びチョンホを見た。チョンホは頷く。

「・・・天王家父をして來聘せしむ。夏、五月、丁丑、烝す。秋、邾を伐つ。冬、十月、雪雨る。祭公來る。遂に王后を紀に逆う」

「そこまででよい。それほど覚えているならもっと自信を持って答えてもよいのに、何が不安なのだ?」

ミョンホンはソンに訊く。

「そうではなく・・・。私より、チョンホのほうが良く出来るので、彼にお聞きになった方がいいかと思いまして・・・」

「ソン!」

チョンホは小声でソンをたしなめた。

「ははは。そなたに聞いているからそなたが答えればよいものを」

ミョンホンは笑う。

「2人とも既に四書五経の暗唱や解釈に問題はない。もっと他のことを聞いてやってくれ」

スボクはミョンホンに言う。

「わかった。では2人に聞こう。君子が政を疎かにし娯楽に興じた場合、臣下としてそなたたちはどうするか」

チョンホとソンは驚いて顔を見合わせた。

「ミョンホン、それは・・・」

キム・チソンがたしなめようとしたが、それをスボクが右手を挙げて制した。

「そ、それは・・・。臣下として殿下をお諫めするのが正しい道かと思われますが、殿下がお聞き入れにならなかった場合、臣下が一丸となって殿下に訴える必要があると思います」

「・・・なるほど。では、チョンホはどうかね」

「私は、忠臣と奸臣を見抜くための賭けを殿下と行います」

「か、賭けだと?」

皆驚いてチョンホを見た。

「はい。殿下は民の父でございます。享楽に身を置かれるのは、民の心から遠ざかってしまったがために起こることです。それゆえ、宴の踊り子や楽師たちに民間の音楽や踊りを披露させてその由来を殿下の前でお話しし、お食事もそれぞれの食材がどのようなところで作られどのようにして殿下のお口に届いているかをお聞かせし、医員たちもその経穴の由来と大地とのつながり、そして病とのつながりをご説明しながら治療すれば、殿下は君子としてのお心を取り戻すでしょう。しかし、それを行うためには、殿下のお心を民から遠ざけようと企む奸臣を見抜き、彼らを処罰せねばなりません。それは簡単なことではございませんが、ここで賭けを行うのです。私は奸臣を恐れる殿下に我こそが奸臣だと申し上げ、10日間の時間をいただければ必ずや殿下のお心を掴むことが出来るとお話しします。それが出来なければ、私の命を差し上げるとお伝えします」

皆目を見張った。ソンも驚いてチョンホの顔を覗き込んだ。

「・・はは、ははは!今のが殿試(科挙の試験の中で、王が直接題を出し成績を決める試験。実際は王自身が行っていない場合も多かった)の題であれば、そなたは間違いなく状元であろうな。いや、むしろ晋城大君がお好みになる答えだ。そなたは噂通りの秀才だな。だが、今言った事は本心か?」

ミョンホンは笑いながら聞く。

「もちろん試そうと努力してみる価値はありますが、実際は他の選択肢と同様多くの血を見る可能性もあります」

「そうだな。成功すれば上手く奸臣らが取り除かれるだけだが、失敗すれば彼らにより大きな力を与えてしまう無謀な手だ。官員達はお前の言った事を理想とするだろうが、実際は皆、日々こつこつと殿下のもとにお足を運び、信頼を得ようとするものだ。頭でそれが分かっているようだから、なおよろしい。そなたの慧眼は官員となってから大いに我々の力となってくれるであろう」

ミョンホンはそう言って高らかに笑った。皆感心した表情でチョンホを見る。それはソンも同じで、自分のことのように嬉しそうな表情でチョンホを見た。

チョンホは一人居心地が悪そうにしていた。

「恐れ入ります、令監」

「ははは。さて、そなたたちがどれだけ賢いかはもう分かった。何しろパク・スボクの書堂での上から2人なのだからな。だが、まだ若いのが問題なのだ。あまりに若すぎる。士林派は進士で構成されているが、お前たちがいくら優秀でも式年試で進士となることは難しいだろう」

「だが・・・」

スボクが口を挟もうとするがミョンホンが制する。

「スボク、お前の言いたいことは分かるが、何しろこの時勢だ。33人の及第者の中に、一体何人正当な進士がいると思う?いくら賢くても、このままでは誰も及第できない」

「本当に、生員ではだめなのか」

「それを我々が許しても、他の士林派の者たちが許すか?この子たちが不利になるだけだ。後から受けなおすという手もあるが、そもそも・・・」

そう言ってミョンホンは言葉を切り、チョンホらを見た。

チョンホは思い切って、声をひそめ話し始める。

「・・・では、勝手ながら話をまとめさせていただきますと、近いうちに行われるであろう増広試(王即位時に行われる科挙)で私たちに小科の進士科で及第してほしいということでしょうか」

ソンは目を丸くしてチョンホを見た。

「なんだって?増広・・」

ソンは言いかけて事の真相を悟り、口をつぐんだ。

「そうだ。賢いから、他言してはいけないことはそなたたちにも分かるだろう。本来はこれほど早く言うべきことではないが、そなたたちにも心の準備が必要だからな。それに、時は既に迫ってきている」

ソンは少し顔を青くした。チョンホはじっとミョンホンの目を見つめる。

「分かりました、令監」

「よし。ではもうそなたたちは下がりなさい」

2人は礼をして部屋を出た。スボクが2人に心配そうな目線を送った。

 

 

チョンホとソンは書堂の縁側に腰かけて一息ついた。

「なあ、お前、知ってたんだな、このこと」

ソンは沈黙を破ってチョンホに話しかける。

「このことって?」

「とぼけるなよ。令監たちが、おれらを増広試で及第させようとしていること」

チョンホは答えない。

「・・・通りでおかしいと思ったんだよ。ある時から父上はお前に特別授業をするし、おれには家で別に課題を与えるし、お前はその時からずっと本の虫だし・・・・」

「・・・ごめん」

「なんだよ、謝られると余計むかつくんだよな。どうせ父上が黙ってろとか言ったんだろ?じゃあ堂々としてろよ。謝るってことは悪いことしてたって分かってるってことじゃないか」

「・・・そうじゃないけど・・・。先生の思惑が読めなかったんだ、なんでお前に話さないのか」

「父上のやることなんてもうどうでもいいよ。それより、お前が平然と隠し事をしてたなんて、何だか馬鹿らしくなってきた」

「ごめん」

「うるさいな。おい、まだ他に隠してることあるんじゃないのか?」

「もうないよ」

「ほんとか?」

「ああ、ほんとだよ。それより、お前の方こそおれに隠してることあるだろ?」

「おれが?!」

「ああ」

「なんのことだよ」

「お前・・・」

チョンホは以前ソンが男色の絵を真剣に見ていたことを思いだしたが、すぐに頭から振り払った。

「・・・ユンナさんのことが何でそんなに気になるんだ?」

「はあ?そんなのがどうしたんだよ」

ソンは急に立ち上がる。

チョンホはため息をついた。

「・・・何でもないよ。ちょっと言っただけだって」

ソンはまだ不服そうだったが、チョンホがこれ以上の会話を許さなかったので仕方なく黙った。

 

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今回はここまで。皆さんまた次回爆  笑