みなさんこんばんはーてへぺろ

 

第三章のあらすじ

数え年12歳になったチョンホと書堂の生徒たちは、まだ子供から大人になり始めたばかりであった。正義感の強いチョンホは、採紅使から中人の夫婦を助けたことでスボクやソンに迷惑をかけてしまう。また、ソンとチェ・パンスル商会に訪れた際に、クミョンがもうすぐ女官になるために宮中に上がる予定だと知る。クミョンの好意に気が付かないチョンホだったが、彼女に将来力になると約束する。秋になると、体の強くないチョンホは熱を出してしまった。そのまま雨に打たれたことで重症となった彼は、パク家で療養することとなった。そこでチョンホはソンやその姉ホヨン、さらにスボクと交流して穏やかな日々を過ごす。無事に完治したチョンホはパク家での最終日にホヨンの自分への好意を知る。数日後、残暑が過ぎ既に肌寒くなってきていたが、子供たちは滝のほとりで遊んで時間を過ごした。ソンがこのような平穏な時間が永遠であることを望む一方、チョンホは複雑な気持ちを抱えてソンの話を聞いていた。

翌年、燕山君の母で既に亡くなった廃妃ユン氏の謀殺に関わった者が国中でことごとく捕らえられ処刑された。その中には、後にチョンホと出会う運命にある少女チャングムの両親も含まれていた。

 

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弓道場にて

 

 1505年にも当たり前のように春が訪れた。パク・スボクの書堂恒例のその年の弓の大会には、年下の生徒たちや教員だけでなく、近くで裁縫を習っている女の子たちや顔を隠した婦人たちまで訪れていた。皆の目当てはただ一人、文武共に秀でた万年の首席であり、漢陽一の美男とも噂される青年チョンホを一目見ることだった。

 彼は2年の間に見違えるほど背が高くなっていた。可愛らしかったその顔はより男性的になり、とても端正で整っていた。声は中低音の落ち着いた声で、香を焚いたその服がなびくたびに、嗅ぐ者全てが虜になるような素晴らしい香りが辺りに広がった。性格は穏やかで、寡黙だが温厚で紳士的だった。男女ともに、彼を嫌う者はいないに等しかった。

 幼い頃は色白でやせ細っており、どちらかと言えば病気がちだったチョンホだったが、彼はたくましく成長していた。細身だがその体は鍛え上げられており、まさに美青年の名にふさわしい容貌だった。

 女の子たちの目当ても当然チョンホだった。大会に限らず、彼が書堂に来るときも帰る時も何人かが彼を見に来ていた。その中には、チョンホの婚約者であるイ・シミンもいた。

 

 イ・シミンは代々地方で高級官僚を輩出する士林派の名家の長女で、イ家が数年前に漢陽に移転したのと同時に閔家との交流を始め、スボクやイクスに気に入られたこともあり晴れてチョンホの許嫁となったのである。当然、そこにチョンホが意見を挟む余地はなかった。

 世間知らずのお嬢様育ちで会ったシミンだが、針の教室に通うようになり、そこで多くの勝ち気な女の子たちと交流するうちに彼女もいささか活動的になった。チョンホたちとは1つ年下の13歳であったので婚姻可能な年齢になるまであと1年待たねばならなかったが、それまでの間にチョンホと親しくなろうと思ったのである。

 だが、チョンホと親しくなるのはそう簡単ではなかった。初めて会ったとき、笑顔でチョンホを見つめて機嫌を伺うシミンにチョンホはかつて父のもとを訪れていた妓生たちの姿を重ねた。彼は女性が媚びるのを何より嫌った。だがシミンにそんなことがわかるはずもなく、彼女は今までの人生で教わった『男性の機嫌の取り方』を実行し続けた。当然やればやるほどチョンホの機嫌は悪くなり、それを見たシミンはまた同じことを繰り返した。当然二人が親しくなることは無かった。

 パク・ソンはといえば、一度許嫁が決まったがそれから反故になり、最近新しく別の女性をスボクが決めて来た。彼の出生の秘密が明らかになっても隠し通してくれるような士林派の同志と縁を結びたいスボクであったが、何しろ大規模な粛清の直後のため多くの家はそれどころではなかったのである。

 

 男の子たちが順に弓を引いていき、ついにソンの番になった。皆ソンが前に出ると体を乗り出して彼を見た。

 チョンホが万年首席であれば、ソンは万年二番目だった。常にチョンホの横にいて見劣りするのもそうだが、彼のおしゃべりな性格も相まってか大抵彼はあまり注目されなかった。だが、実際に女の子たちの心を掴むのはいつもソンだった。彼は成績もさることながら容姿も二番目で、きっとチョンホがいなければ彼はもっと注目されていただろう。だが、一番の重荷を全て背負っているチョンホを常に間近で見ているせいか、ソンがチョンホに嫉妬したことはただの一度もなかった。

 何より、彼の弓の腕は時々チョンホをもしのぐほどだった。馬上では確実にソンの方が腕はあった。しかし、この大会のように皆で真面目腐って矢を射た場合、彼らはほぼ互角だった。

 ソンが弓を構える。皆3本ずつ矢を射ていたが、まだ誰も全て中心に命中した者はなかった。

 女の子たちはソンから見て斜め左に陣を取っていた。彼らはソンを品定めしながらこそこそ話し合う。

「ねえ、あれがホヨン姉さんの弟さん?かっこいいけど、ミン・ジョンホ道令様ほどではないわね」

チョンホらと同い年のユジンは囁く。

「しーっ!聞こえるわよ!」

同じく14歳のハンビはそう言って後ろを振り返る。

彼女たちの後ろには、年長でかつとても目立つ長身の女性が立っていた。パク・ホヨンである。彼女は既に17歳だったが、依然未婚であった。

ユジンの言葉を聞いたホヨンは苦笑いする。

「いいのよ。いつも聞いていることだから」

ユジンの横には、シミンともう一人背の低い女の子が立っていた。

「ねえ、ホヨン姉さん、私初めてお姉さんの弟さんを見ましたわ。でもお姉さんとはあまり似ていらっしゃらないのね」

その背の低い女の子は言った

「あら、そう?私はこんなに鼻が低いけど、ソンは高いからかしら?」

「そんなんじゃないですよ。それにお姉さんの鼻も低くありません。ただ、お姉さんはすごくしっかりして見えますけど、弟さんは何というか・・・」

「あなたみたいに人を見定めることができる子に弟の評価を聞くだなんて緊張するわ、ユンナ」

ユンナと呼ばれたその小さい女の子はにっと笑う。

「・・・何というか、意志が弱そうな感じ。見た目ですけど」

オム・ユンナの言葉に皆がくすくす笑った。

「あら!姉の目の前でそんなこと言うなんて、本当にあなたって歯に衣着せぬ物言いをするわね」

「大丈夫ですお姉さん、私からしたら、みんながあんなに崇めているミン・ジョンホ道令様も全然魅力的に見えないんですから」

ユンナはそう言って笑う。

「まったく、ユンナ姉さんのおめがねに叶う人なんてほんとにいるの?」

ハンビは呆れてユンナを見る。

「そうよ、シミンの前でそんなこと言うなんて、姉さんほんとに酷だわ」

ユジンは口を尖らせて言う。

「・・いいんです、みんなが何て言っても、道令様が素敵なことに変わりありませんから」

シミンは少し顔を赤くして言った。

「あら、ほんとにこの子は。こんなに可愛いのに私が手放せるわけがないわ」

ユンナはそう言ってシミンの腕を取った。

オム・ユンナの出身であるオム家はイ家よりずっと名家であった。彼女の叔父は元左議政、祖父は元大司憲であった。彼女の父も以前は左副承旨を務めていたが、高齢だったこともあり燕山君即位後は引退していた。だが何より、彼らは王族の遠い遠い親戚だったのである。

ユンナはその長男だった。上に年の離れた兄が1人おり、ずいぶん前に科挙に及第して咸鏡道(ハムギョンド。現在の北朝鮮東沿岸部)で役職に就いている。

 そのため、他の子たちより服装も綺麗であった。だが彼女はシミンとは真逆で、非常なおしゃべりでかつお転婆だった。既に15歳だったが、もっと年下に見えるぐらいの低身長だった。それにとても気が強く、それは彼女の眼つきにも現れていた。

 

女の子たちがおしゃべりに熱中している間に、ソンは3発全てを的の中央に命中させた。書堂の生徒たちから歓声が上がる。ソンはにやっと笑って弓を掲げた。それが気に入らなかったのか、ユンナはふん、と鼻で笑う。

ソンは元の場所に戻ってチョンホやリョウォンらに話しかける。

「言ったろ?おれの勝ちだ、賭けた分よこせよ」

ソンはそう言って彼らの前に手を突き出す。

「ま、まだ決まってないだろ、チョンホが全部当てたら、勝負はつかないからな」

リョウォンは慌てて言う。

「お前ら知ってるだろ?矢術だけはおれのほうが成績いいってことを。チョンホが次に3発当てても、結局最後の勝負でおれが勝つに決まってる」

「へえ、とんだ自信だよ。女の子たちの前で恥かいてしまえ」

イドは呆れたように言い、ソンの背中を殴った。

「チョンホ、頑張れよな!お前におれの全財産がかかってるんだ」

リョウォンはチョンホの肩を持って言った。

チョンホは何も言わず笑っていた。

ソンはそんなチョンホを見、腕組みして片眉を上げた。

「なんだか余裕そうな面だな」

「ああ、そうかもな」

チョンホはいたく平静を保って言う。

「ふん、お前の方が自信満々じゃないか」

「お前だけじゃなくて、おれも今日調子がいいんだ。それに、お前と違って、女の子たちの前でいいとこ見せようなんて雑念はおれにはこれっぽっちもないからな」

そう言い捨ててチョンホは前に出、弓を構えた。

「ちっ、何だよ。誰かあいつからあの容姿を奪ってくれ」

リョウォンは悔しそうに言った。

チョンホの登場に会場が湧いた。見物人の数は先刻より何倍にも増えていた。女の子たちの黄色い歓声が響き渡る。

「聞いたかあの声?」

チョンジンは女の子たちの方を指さして言う。

「何が一番むかつくって、一番女の子に興味のないあいつが一番女の子に人気だってことだよ」

イドは目を細めてチョンホの後姿を見た。

「仕方ないよ、おれらの目から見てもあいつはずば抜けて美男子だし」

リョウォンはため息をついた。

「そう言うお前もけっこう人気じゃないか」

ソンはそう言って振り返りリョウォンを見た。

「お前が言うな」

リョウォンはソンの肩を殴った。

「しっ!チョンホが射るぞ」

イドはみんなを制して指をさす。

チョンホは緊張の色など全く見せずに、3本全て命中させて見せた。

ソンを除く会場全員が歓声を挙げた。

「残念だったなソン」

イドはげらげら笑いながらソンの顔を指さす。

「見てろよ、この後勝つのはおれだからな」

ソンは少し悔しそうに言った。

 

チョンホとソンが同点で1位なので、首席を決めるため2人での勝負が始まった。先攻はソンだった。

「お前が先攻の時点で、勝ちはおれにもう決まったな」

順決めのくじを引いた瞬間、チョンホがソンに向かって言った。

「何だよ、後攻の方が不利なんだぞ絶対」

ソンは口を尖らせて言った。

5回勝負だった、互いに1本ずつ弓を引き、最終的に点が高かった方が勝者である。

ソンは大きく弓を引き、矢を放った。その矢は鋭い音を立てて飛び、的の中央に当たった。

チョンホはふっと笑い、矢を放った。彼の矢もまた、中央に命中する。

ソンはチョンホを睨んだ。

「おい、ここでも一番になるつもりか?なんて強欲なんだよ、お前は」

「わざとやってるんじゃないよ」

チョンホはソンをからかうように言った。

ソンは呆れて舌打ちをする(韓国・朝鮮では舌打ちは呆れを表す)。

「まったく。おれがお前にいいもの見せてやるよ」

両者譲らず4本とも的に命中した。会場はさらに熱気を帯びる。

「なあ、これで決まらなかったらどうする?」

ソンはにやっと笑ってチョンホに訊く。

「さあな。その時はお前が勝ちって事でいいよ」

チョンホは再びソンをからかい、彼を苛立たせた。

「なんだよ、おれを苛立たせて勝とうって魂胆か?この卑怯者め」

ソンはそう言って最後の弓を引いた。

ふと彼は女の子たちの反応が気になり、そちらに目を向けた。人ごみの中に、彼が見たことのない女の子が1人いる。皆興奮して顔を隠すのを忘れた子ばかりだが、その子はそもそも顔を隠す気など内容だった。小柄で、瞳は黒く、丸顔の童顔であるが、眼つきはやけに鋭く明らかに気が強そうだ。他の子たちは息をのんでソンを見ていたが、その子だけは品定めするような顔で腕を組んでこちらを見ていた。ソンの目はその子に釘付けとなった。

(こんな子、漢陽にいたかな・・・?)

気が付くと辺りは残念そうに叫ぶ声でいっぱいになっていた。ソンははっとして自分の手を見た。矢は既に放たれ、明後日の方向に飛んで行った後であった。ソンはとっさにその小柄の女の子を見たが、『やはり』と呆れた表情でこちらから顔を背けるのが見えた。

「おい、何してるんだ。的どころか、全然違うところに飛ばすなんて!」

後ろからチョンホに声を掛けられ、ソンは我に返る。

「・・えっ?・・・ああ!いや、・・・」

ソンの目が泳ぐのを見て、チョンホは不審がった。

「お前、どうした?」

チョンホはそう言って、さっきソンが視線を向けた先を見た。

「おうい、チョンホ!さっさと決めて、おれらに賭けた金のもうけをくれ!」

後ろからイドが叫ぶ。みんな笑う。

チョンホは不審そうに女の子たちを見るのをやめ、矢を構えた。

彼は一寸の迷いもなく矢を放ち、矢は真っ直ぐと飛んで的の中央に刺さった。生徒たちは歓声を挙げてチョンホに駆け寄ってきた。

 

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今回はここまで。みなさんまた次回照れ