皆さんこんにちは
前回のあらすじ
秋が訪れた。子供たちは結婚について教えられてからみんな少しずつませ始めていた。ある日、リョウォンのいたずらで怪しい男色の本が授業中こっそり回されるが、ソンだけは驚く様子もなく真剣に見つめていた。そんな中突然熱を出したチョンホは、早く家に帰りすぎたので家の外に腰かけて時間を潰そうとするが、知らぬ間に眠ってしまい、雨でずぶ濡れになっても目を覚まさなかった。そのままチョンホはスボクの家に引き取られ、傷寒症だと診断される。彼はしばらくスボクの家で療養することになった。翌日の昼近くになって目が覚めたチョンホの前には、世話係としてソンの姉のホヨンが座っていた。3歳年上のホヨンに対して恥じらうチョンホだが、ホヨンはおせっかいなまでにチョンホの面倒を見た。チョンホも心なしかそれが不快ではないようだった。
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出藍の予感
長い沈黙が続いていた。
ソンは部屋の真ん中で大の字になって寝そべり、両手で本を掲げている。チョンホは布団に包まり、肘をついて本を読んでいた。時々チョンホはソンの方に目を遣るが、ソンはといえば一向に気に介さないようである。
「なあ、おまえ」
チョンホはソンに声を掛ける。
「ん?」
ソンは本を下ろし、起き上がる。
「何でここにいるんだ」
「別にどこにいたっていいじゃないか、おれの家なんだから」
ソンはそう言って本を閉じ、チョンホの方に体を乗り出す。
「なあ、チョンジンのやつまた太ったみたいでさ、一昨日はいつもの岩穴のところをくぐり抜けられなくなってたらしいぜ」
「ほんとに?」
「うん。っていうのもさ、実は、お母上が懐妊なさったみたいで、みんなそれで大騒ぎでチョンジンのことなんてほったらかしらしいよ」
「でも、チョンジンは長男じゃないか」
「だって、ハン家は豪族出身だろ。チョンジンが官員になったら、他の人が土地を管理しなくちゃならないじゃないか。だから兄弟がいるんだよ」
「なるほど」
「それで、やけ食いしてるってわけ。ほら、あいつなんでも食うだろ。そういえばお前って好きな食べ物とかないの?」
「うーん・・・」
チョンホは顎に手を当てて考える。
「・・特にないかな」
「何だよつまんない。何かあるだろ、1つくらい。好みがない人間なんていないよ」
「うーん、じゃあ、干し柿とか?」
「だから何だよそれ。干し柿って何かお前らしくないなあ」
「せっかく答えたのにお前こそ何だよ」
「ああ、うるさいうるさい、わかったって。干し柿がいいんだろ。ところでさ、今日リョウォンと話してて思ったんだけど、王梁が就いていた司空(サゴン)って役職あるだろ?あれって何だっけ?」
「王梁の時代の司空は周礼に記されてたのと違って、前漢の時代に成帝が御史大夫を大司空と改名して、そのあと後漢の時に上奏によって司空と改名したんだけど、それのことだと思うよ」
「へええ、お前、ほんとによく知ってるよな。じゃあ。もとの司空はなんなんだ?」
「罪人の管理と土木や治水を司った職をまとめてそう言うんだそうだよ」
「そうなんだ。なあ、おれずっと思ってたんだけど、今司馬試が行われたらお前絶対及第すると思うよ」
「でも行われはしないだろうけどな」
「そうだな。こんなこと言っちゃなんだけど、今は官員の登用より宴や舞の方が・・・。こんな話誰かに聞かれるとまずいけど」
「ほんとにまずいよ、やめとけ」
チョンホは慌ててソンをたしなめた。
「この前キム・チソン大監が漢陽に来て、どうやら倭寇討伐の報告だったみたいで、その帰りにうちにいらっしゃったんだけど、宮中や殿下の雰囲気は異常だったそうだよ」
「異常って?」
「成均館に妓生を集めて宴の場になさり、諫言する臣下にはことごとく残酷な刑を下して処刑してしまわれたようだ。みんな殿下の顔色を伺って、都承旨(トスンジ:王命を受ける正三品堂上官の官職)のイム・サホン(林士洪)令監と尚傳(サンジョン:王命を受ける内侍の役職の1つ)のキム・ジャウォン(金子猿)ナウリが国政を牛耳っているとか」
「そういえばおれも聞いたことある。誰かが、内侍に牛耳られた国家は終わりだって言ってた。それに、イム・サホン令監は殿下の御親類だろう?」
「うん。これじゃあ式年試(三年に一回行われる科挙試験)も廃止かなあ」
ソンはため息をつく。
「そんな体たらくを明国の皇帝が許すかな。まあ宮中があれだけ享楽の場と化してるんだから、使者もそれに飲まれそうだけどな」
チョンホは言う。
「どうしよう、おれらが30歳になっても進士(科挙の進士科という受験型で合格した者。当時燕山君に弾圧されていた士林派は元々進士を中心に結成された)が弾圧されたら?」
「さすがに誰も黙ってないよ。少なくとも士林派はそれまでにこっそり勢力を集めていると思う」
「じゃあおれらが先陣を切って官職に就かなくちゃならなくなったら?」
「その時は腹をくくるしかないな」
チョンホもため息をついて言った。
「科挙と言えばだけど、お前、いつ四学(漢陽にある国立学校で、通常8~16歳の間に書堂を卒業して入学する)に入るんだ?」
「入らない」
「ええっ?!!」
ソンは驚いて目を丸くする。
「でも・・・」
「父上はただでさえ全羅道でろくな書堂に入れてくれなかったんだ。パク・スボク先生がおれをここに連れてきてくださる時、父上はおれを四学には入れるつもりがなく、郷校(地方にある国立学校。地方では四学の代わりに郷校に通う)に入れるって言ってたんだ。だけど先生がおれを必ず書堂に入る間に司馬試に及第させるって約束なさったんだ」
「えええ、じゃあ、お前、こんなこと言ってる場合じゃないんじゃない?16歳までには及第しないと、取り返しがつかないじゃないか」
「うん。でも科挙自体がないんだから仕方ないよ」
「よくそんなに呑気なこと言ってられるよ・・・」
ソンは呆れて言う。
「元々、あんなところにいて出世も諦めてたから今の生活はおれにとっては十分すぎるくらい贅沢なんだ。ところで、お前はいつ四学に行くの?」
「おれはぎりぎりまで入学しないつもりなんだ。だって四学よりうちの方がずっといいだろ。だから、結局はお前が及第する時にはおれもまだうちの書堂にいるってことさ」
「なんだ。もう行くのかと思った」
そう言ってチョンホは肩まで布団をかぶった。話し過ぎて少々疲れて来たのだ。
「でさ・・・ああ、ごめん、お前が病気だってすっかり忘れてた」
ソンは突然布団に包まったチョンホを見て思い出したように言った。
「・・だと思ったよ」
「ごめんごめん、しばらく黙ってるから、お前は寝てろ」
「・・だからなんでお前がここにいるんだよ」
「ほらお前!喋ってないで早く寝ろって」
ソンはチョンホを指さし言った。
チョンホは笑いながらソンに背を向けた。
夕刻が過ぎてチョンホがふと目を開けると、ソンは既にいなかった。
チョンホはゆっくり起き上がる。外では何人かの話し声が聞こえた。きっとソンたち家族が団らんしているのだろう。チョンホは布団から出て扉に近づき、そっと耳を当てた。
他愛もない会話である。ソンの同級生の話や、ホヨンの刺繡の話、チョン氏と従者の話などをスボクが聞いている。時々、楽しそうな笑い声が聞こえる。
チョンホはふと涙がこみ上げそうになった。そして、言葉に出来ない感情が彼の胸の中いっぱいに広がった。
物心がついた時には既に母はおらず、兄弟もなく父一人子一人でこれまで暮らしてきた。だが、イクスとの間に親子らしい交わりがあったことなど皆無といってよかった。他の子たちが家族で市場に出かけたり、父親に手を引かれて色々な所に連れて行ってもらう中、チョンホはと言えばチヒョンを話し相手にするか蔵で一人本を読むだけであった。彼は家族というものを知らなかった。これまでずっと孤独が彼を苛み、スボクやソンがいなければ彼は人と積極的に交わることを知らぬままだったであろう。
チョンホは漢陽に来てから、みんなに羨ましがられた。どんな時もみんなに褒められた。だが、ソンだけは違った。褒めはしても、羨まれることはなかった。当然だった。なぜなら、チョンホがソンを羨んでいたからである。
チョンホにとってソンは常に羨望の対象であった。彼はチョンホが最も欲しているものを全て持っていた。チョンホは地位や名声ではなく、誰かの愛を望んでいたのである。
またしばらくして、ホヨンが夕食を持って来た。
チョンホはホヨンとしばらく会話を楽しんだ。ホヨンは女性ながら自立した考えを持っており、またこっそり四書五経を修めようとしていた。彼女が針の教室で会った女の子たちを様々な視点で分析した話は特に面白かった。女の子と接する機会のなかったチョンホにとっては猶更新鮮で、彼らを知る唯一の機会ともなった。
また、ホヨンは詩が詠めた。幼い頃から詩を詠んでいたチョンホとはよく気が合い、2人で詩の勝負をした後ホヨンは部屋を去って行った。
それから間もなく、スボクが部屋に入ってきた。
「どうだ?少しは楽になったか?」
スボクはチョンホの前に腰かける。
「はい。おかげさまでだいぶ楽になりました」
「見た感じ熱も下がってきたようだな。大事なくて良かった。昨晩はどうなることかと思ったがな」
「御心配をおかけし申し訳ありません」
「いいんだ。それよりチョンホ、これからはきちんと体調を整える癖をつけなさい。官員となってからそのように病に伏せるわけにはいかないからな」
「はい」
「いいか、お前はこれから、儒学以上に学ばなければならないことが沢山ある。話し方や礼儀、身の処し方はもちろんだが、士大夫としての心構えや何より自分自身の扱い方もよく考えねばならない。当然他の子も学ぶべきことだが、こういうことは授業で話したり成長とともに自然に身に着ける分だけで普通は大丈夫なのだ。だが、そなたは違う」
「私がですか?」
「ああ、そうだ。そなたが幼い頃から人と接する機会が無かったからでもあるが、なにより、そなたが他の誰よりも早くこれらを身につけなければならないからだ」
「私だけですか?」
「ああ。私はお前をずっと見てきた。初めて見た時から賢いのは分かっていたが、それ以上に人の上に立つのにふさわしい人材かどうかをずっと見極めようとしていたのだ。書堂ではソンがみんなをまとめてきた。だからお前も気が付かなかっただろうが、お前は人の上に立つ才がある。下の者の意見に耳を貸し、上の者と上手くやりながらもしっかり皆の意見を伝える才能だ。そなたは君子となるべき存在だ。それは王位という意味ではない。民の手本となり、そして民を導く人間だ」
チョンホは目を丸くしてスボクを見つめる。
「そして、そなたは若くしてこれを成し遂げねばならない。それはそなたの聡明さがそなたを早く出世させるためだ。ゆっくり学んでいる時間はない。あと数年したらそなたは宮中に入って殿下に仕えることになるだろう。皆には10年先でも、お前にとっては明日明後日のことなのだよ。チョンホ、お前は人を見る才が抜きんでているのだ。善悪を見抜き、志を曲げず、そして全員の長所と短所を知っている。このようなことは常人には出来ないことだ。そしてこれこそが、私がそなたを次の式年試に推薦する理由だ」
「・・・先生!」
「そなたも分かっていると思うが、お前は一度で必ず及第しなくてはならない。それに、成均館に入っても何年もゆっくりしている暇はない。お父上がきっとそれを許さない。そなたがお父上から自立して立派なソンビとなるためには、一日でも早く官員とならなければ。分かっているね」
「はい」
「だから、次の式年試で生員科(司馬試の科の1つ。現在で言う受験型の1つで、主に成均館入学を目的とする)を受け、成均館でも優秀者に選ばれ一度で大科(司馬試合格者が受ける科挙の最終試験。これに及第すると官位を授かる)に及第しなさい」
「でも、先生・・・」
「なんだ?」
「本当に、式年試は実施されるのでしょうか?」
スボクは顔をしかめる。
「いい質問だな。それが一番の問題なんだよ。今から言う話を決して誰にも言ってはいけないよ、ソンにもだ」
「は、はい」
「このまま殿下が政を疎かになされば、多くの官員は黙ってはいないだろう。最近では皆晋城大君こそが王位にふさわしかったと囁いている」
「ええっ・・・!」
「だから、もし政局に何かあれば・・・・増広試も、視野に入れなければならない」
増広試とは、定期的に行われる式年試とは異なり、王の即位時またはその翌年に実施される臨時の科挙である。つまり、燕山君が廃位され晋城大君が即位した場合、増広試が行われるということだ。
チョンホは驚いて息をのんだ。増広試だって?では、殿下は・・・・!
「先生、それは・・・」
「あくまで可能性だ。絶対にこの話は他言してはいけないぞ。そなたはいずれにせよ科挙が行われた場合一度しか機会が無いのだから、いつでも受けられるような心の準備をして欲しいという意味でこの話をしたのだ。だから、まだ何も事実ではない。私の言いたいことは分かったな?」
「はい先生。決して誰にも話しません」
「いい子だ。さて、お前のことだが、これから5日に一回、放課後に私の所に来なさい。お前に官員としての心構えを少しずつ教えて行かないといけないからな。ああ、このことは他の子にも話していいぞ。来たかったら来るよう言っておきなさい。だが、とても厳しくするから覚悟するようにとも言うのだぞ」
「・・私にも厳しくなさるのですか?」
「当たり前だ。そなたに最も厳しくするつもりだ。わかっているか、おまえは私の書堂の運命をも担っているのだよ。はは、そんな顔をするな。冗談だよ、それはどうでもいいんだ。それよりそなたの将来の方が心配だ」
「先生、でも、もしもですが、16歳までに試験が行われなかった場合はどうすればよいでしょうか」
「その時は私が四学に入れてやるよ」
スボクはチョンホの頭をぽん、ぽんと叩いた。
「お前には酷だが、それでも頑張るしかない。みんなお前を応援しているんだ。もうお前は一人じゃないから、安心して勉強に励みなさい」
スボクの言葉にチョンホの顔がわずかに崩れた。スボクは何も言わず、彼の肩を叩くと部屋を出て行った。
チョンホがしばらく感慨に耽っていると、誰かが扉を小さく叩いているのに気が付いた。
すぐにソンだと分かったチョンホは、布団から抜け出して扉のそばに這って行った。もう夜も更け、就寝の時間だった。
扉を開けると案の定ソンがいた。彼は縁側に座りコチラに身を乗り出していた。
「なあ、林檎いる?」
唐突にそう言ったソンの手には林檎が握られていた。
「えっ?」
「林檎って、調子の悪い時に食べるといいらしいよ。それに、香りを嗅ぐと夜よく眠れるんだって」
「そうなの?」
「うん。ほら、1つやるよ。姉上の友達が沢山取ってきたんだ」
ソンはそう言ってチョンホに林檎を手渡す。
チョンホは笑う。
「ありがと」
病気だからこんな堅い物はかじれない、という言葉は胸にしまった。
ソンは満足げに笑った。
「お前、他になんか要る物とかない?」
「えっ?ああ、うん、特にないけど」
「そうか・・」
ソンはつまらなさそうに言った。
「じゃあ、おれ戻るね」
ソンは少し名残惜しそうに言った。
「うん」
「おやすみ」
「おやすみ」
チョンホは扉を閉め、林檎を握りしめて布団に戻った。
そして林檎の香りを嗅ぎ、枕元に置いてろうそくを消し床に就いた。
自室に戻る途中、ソンははっとした。
林檎を渡したものの、一日中粥しか食べていないチョンホにかじれるわけがない。
ソンは慌てて炊事場に向かい、ろうそくに火をつけた。
「ええっと、包丁は・・・」
下女たちはもう床に就いていたので、ソンは自分で林檎を切ろうと思ったのだ。だが当然、両班の少年であるソンが包丁を手にしたことなどあるはずが無かった。
生まれて初めて包丁を握ったソンは。見よう見まねでいきなり林檎を横に切ろうとした。だが、初めて包丁を使う人間があんなに硬い物を一筋縄で切ることが出来るはずがない。林檎のつるつるした表面のせいでソンは包丁を滑らせ、左手に直撃した。
「いてっ!!!!!」
ソンは包丁を放し左手を押さえる。幸い深い傷ではなかったが、包丁は床に落ち大きな音を立てた。
当然物音に誰も気が付かないわけが無かった。炊事場の近くに部屋があるホヨンと、偶然近くにいたスボクがやってきた。
「おいソン、何してる」
スボクは怒った声で炊事場に現れた。ホヨンはソンの手を見て急いで駆け寄り、ソッチマ(外側のチマの下に着る下着の白いチマ)をちぎってソンの手に巻き付けた。
「怪我までして・・・何してたの」
ホヨンはやれやれというように言う。
「そ、その・・・」
スボクは林檎に目を遣る。
「これを切ろうとしたのか?」
「・・・はい」
「そんなに林檎が食べたかったのか?」
スボクは内心笑いそうになっていたが声は相変わらず厳しかった。
「・・・そうじゃなくて・・・さっきチョンホに林檎をあげたんですけど、丸ごと渡してしまって・・・。病気だから、切って渡した方が良かったのに・・・」
ソンは少し俯く。
スボクは思わず笑ってしまった。
「なんだって?はっはっは・・・!!」
笑われたソンは少し拗ねたようにスボクを見上げた。
「はは、ホヨン、もういいから部屋に戻りなさい」
スボクは同様に声を出して笑っているホヨンを部屋に返した。そして、ソンの腕をとってそばに座らせ、自分も隣に腰かける。
「いいか、向こう見ずなことはやめなさい。もっと大きなけがをしていたらどうするつもりなんだ。チョンホだってそんな怪我をされてまで林檎を貰っても喜ばないぞ」
ソンは少し俯いて答えなかった。僅かに赤面している。それを見てスボクは微笑む。
「・・・ソン、お前に言っておきたいことがあるんだ。よく聞きなさい」
ソンは顔を上げる。
「この先、お前の身に何があっても、お前はうちの家の後継ぎで、私の息子だ。それはお前がどのような道を選択しても変わらない。それを肝に銘じてほしい」
「・・・どういうことですか?」
ソンはスボクの言わんとしていることが分からず、首を傾げた。
「いや、何でもない。ただ、私の言葉をちゃんと覚えておいて欲しいんだ。私は完ぺきな人間ではない。人様に儒学を教え生計を立てているが、お前たちの人生の師ではないのだ。ゆえに、私を過信せず、お前の判断で道を決めて行って欲しい」
ソンは依然分からないという顔でスボクを見つめた。
「お前は本当に官員になりたいのであろう?」
「はい」
スボクはため息をつく。
「それならそうしなさい。お父さんはお前がやりたいというなら反対はしないし、いつでも力になるつもりだ。だが、いつかは私がお前の足かせになってしまうこともあるだろう。その時は、遠慮なく私を切り捨てなさい」
「でも・・・」
「ソン、真に官員となりたいのなら、そのぐらいの勇気は持ちなさい。いつまでも私がお前に手助けしてやれるとは限らない。約束してくれるね?」
「・・・はい」
スボクはソンの頭を優しく叩く。
「・・いい子だ。もう遅いから休みなさい。チョンホもきっともう寝ただろうから」
スボクはソンを発たせ、部屋に戻らせた。
スボクは一人炊事場に残って考えに耽った。
チョンホとソンがともに競い合い官員を目指してくれるなら、これほど望ましいことは無い。だが、ソンが官員を目指すのなら、彼が庶子であることは決して明らかになってはいけない。なぜなら、庶子に科挙の受験資格はないからである。だがいつかは、いつかは彼も自身の出自を知ることになるだろう。それを一日でも先に延ばしてやりたかったが、その日が来たらソンは決して自分を許しはしないだろうし、自分もソンに憎まれることを覚悟しなければならないとスボクは思った。
スボクは書堂で名声を成し、イクスは官員として名声を成した。だが、チョンホとソンは官員となればより多くのものを得るだろう。それは、富や名声よりずっと偉大で素晴らしい物だ。彼らにはそれだけの才能があり、それだけの心意気がある。2人とも、自分たちという親よりはるかに大物であることをスボクはとっくに悟っていた。それゆえ、彼らの前に立ちはだかるどんなことも命がけで取り除いてやりたかったのだ。だが、ソンの前に立ちはだかるであろう問題は全て、自分が過去に犯した罪によって発生するものである。彼らが自分たちを超え、大物になった時、きっと2人ともスボクやイクスが犯した罪の大きさを知り、幻滅し、自分たちのもとを去るだろう。たとえそうなる運命であっても、スボクは2人に未来を託そうと思ったのだった。例えそれが、罪悪感から来る気持ちだったとしても。
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今回はここまで。
皆さんまた次回~