皆さん、ご無沙汰してます照れ

「それから」の方を編集していたらこっちが疎かになってました💦

 

前回のあらすじ

時は過ぎ、1503年の夏だった。燕山君の治世は続いていたが、その暴政は日増しに悪化し、採紅使と呼ばれる官員達が王の女を集めるために国中に派遣されていた。採紅使は身分や既婚・未婚に関わらず、美しい女性なら誰でもさらっていった。12歳になったチョンホらは遊び場を市場から林や池のほとりに移し、都の喧騒を避けていた。そんな中、女の子に興味を持ち始める友人たちを見てチョンホは戸惑いを感じていた。ある日、採紅使に追われる商人の妻をチョンホが助け、ソンがそれを手助けした。夫婦の高跳びを助けてやった2人だが、そんなチョンホに、ソンは自分は庶子かもしれないと告白する。

 

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憧れと失望

 

あれから数日間、ソンは外出禁止になって書房に来なかった。チョンホは毎日、今日は来るのではないかと期待して書房に来たが、ソンの席は授業が始まってもいつも空席のままだった。

ソンが無断で深夜まで外出したため罰を受けたのだと思ったチョンホは、自分のせいでソンだけが罰を受けていることを申し訳なく思った。だが同時に、真相をスボクに話すことも出来なかった。採紅使を欺いたということは、王を愚弄することに他ならないからである。

イド、チョンジン、リョウォンはあの後2人がどうなったか知らなかったが、あの時のことが今回の件に関係しているのは何となくわかっていた。彼らはチョンホの様子を伺っていたが、チョンホが動く様子もなかったので何も知らないふりをすることにしていた。

だが、何も変化がないまま時だけが段々と過ぎて行った。

しびれを切らしたチョンホはある日、授業の終わりにスボクを問い詰めた。

「先生、なんでソンはまだ来ないんですか?」

スボクは不快げに少し顔を歪めた。

「前にも言っただろう。約束を破ったから、外出禁止にしているのだと」

「でも、それではあまりにも長すぎませんか?」

「長すぎるかどうかは私が決めることだ。お前は黙っていなさい」

スボクは一蹴したが、チョンホは諦めなかった。

「どんな約束を破ったのか教えてくださいませんか」

チョンホはスボクの目をじっと見つめる。

「そなたの気にすることではないと言ったであろう!もう授業は終わりだ」

スボクはそう言ってそそくさと立ち上がり、チョンホをまこうとした。

しかし、チョンホも慌てて荷物をまとめ、走ってついてきた。

「先生、ソンが遅く帰ってきたからですか?」

「お前には関係ない。何回も言わせるな、先生は忙しいんだ」

「あの日、なぜあれだけ遅くなったかソンは言いましたか?」

スボクは無視し、早足で歩き続ける。

「私も一緒だったと言いましたか?・・・先生!それとも、まさか・・・」

「これ以上は話すな」

スボクはいきなり立ち止まると、辺りを見回しチョンホの腕を掴んで書房の奥に連れ込んだ。

「チョンホ。お前は自分のしでかしたことがどれだけ恐ろしいことか分かっているのか?」

扉を閉めると、スボクはチョンホの両腕を掴んで言った。

「・・・はい」

「本当に分かっているのか?」

「はい」

「いや、そなたはわかっていない。分かっているはずがない」

「私がしたことは殿下を裏切る行為だからですか?」

スボクはチョンホをまじまじと見た。

「・・・それだけではない。そなたの行動でどれだけ多くの人間が迷惑を被ったか、考えたことがあるか?お前は採紅使を騙し、その上採紅使と商売人夫婦の両方に身元まで晒したのだ。お前は事の恐ろしさが分かっていない。あの時全てを目撃したイドやチョンジンやリョウォンにまで迷惑をかける可能性があるのだ。あれから、採紅使が家を訪ねて来た。お前たちに愚弄されたと言っていたよ!なんとか説得して追い返したが、もし誰かが一言でも漏らせばそなたやソンはもちろん、書房の全員が大変な目にあうんだ」

チョンホは事の重大さに初めて気が付いた。

「度の過ぎた正義感は逆に人を傷つける。士たるもの必ず身につけておかなければならない鉄則だ。むやみやたらに人を救うのは害しかもたらさない。その場しのぎの拙策なら猶更だ」

チョンホはうなだれる。

「チョンホ、お前は上に立つ者だ。そのような者の身の振り方は多くの者の命に関わる。そなたの歳から周囲にこれほど大きな迷惑をかけるとは・・・。私は本当に失望したんだ。それに、お前はもう10日もそのことを黙っていたではないか。お前は2つ大きな間違いを犯したんだよ。1つ目は、責任も取れないのに大それたことをし、周りに多大な迷惑をかけたこと。2つ目はそれによって問題が生じているのを分かっていながら見てみぬふりをしていたこと。お前は賢いから、私の言っていることがわかるな?・・・おいおい、泣いてもだめだぞ」

チョンホは知らぬうちに涙を流していた。スボクに言われるまで自分の行為の愚かさに全く気が付かなかったのが、悔しくて仕方なかったのだ。

「あれほど泣くなと言ったであろう。宮中では感情を表に出せないんだぞ。私が、中人の夫婦を助けたことを責めているのではないと分かるな?」

「・・・はい」

「お前は優しくて正義感が強い。だが、それだけでは官人に向いているとは言えない。いや、むしろ不向きだ。優しくなくても民のために良政を行える者はたくさんいる。だが、優しさが仇となって多くを失う者もこれまたたくさんいる。ミョンホンも言っていたが、そなたがいつまでもそのようにしていれば、情の厚さで慧眼が曇り、向かい風に当たり真っ直ぐだった志が曲がってしまうのも時間の無駄だ。それゆえ私は何度もそなたに注意したんだ。だが、それは身についていなかったようだな」

「では先生、私はあの場でどうすれば良かったのでしょうか。あの女性が連れて行かれるのを黙って見ていれば良かったのですか?」

「チョンホ、まだ分かっていないようだが、同じように不本意に都に入った女性がこれまで何人いると思う。目の前の1人を助けることに全力を尽くせば、お前がその先の人生で救わなければならない多くの人を見捨てることになるんだ」

「ですが、そうやって見捨てているうちに好機を逃してしまうのでは?それに、私はあの時にあの女性を見捨てていれば、今後どのような人達に手を差し伸べる機会があっても、彼らに顔向けできないでしょう」

チョンホはいつの間にか泣き止んでいた。彼は子供とは思えないしっかりとした表情でスボクを見つめた。

「先生がおっしゃることはごもっともです。先生や他の方々にご迷惑をお掛けする可能性も考えずに、軽率に行動してしまったことは反省しております。ですが、もし気づいていても同じ行動をしました。いえ、もっと賢明な方法で、先生方に迷惑を掛けないように成し遂げていたと思います。先生、私が以前、先生に申し上げたことを覚えていますか?」

「そなたが言った事?」

「はい。私は殿下の臣下となるために正々堂々とした策を練る力を養い、力を得た後はより公平な世になって多くの人に門戸が開かれるよう、適所に適材を置くことのできる官員になりたいと」

「そうであったな。だがそれは理想だ。そのようなことは・・・」

「いいえ。理想ではございません。例え叶えるのが難しい夢であっても、これは実現しなければならない課題なのですから」

チョンホは言った。

「・・・わかった。ではそなたの今回の落ち度は、そなたの無謀さではなく、配慮が足りなかった点にある、と言いたいのだな?そなたがそう言うならそれでよい。だが、それなら私もそなたへの態度を変えなければならない」

「・・・私への態度をですか?」

「ああ、そうだ。ソンを罰した理由はそれだからだ。あれは、安易にそなたの計画に乗り、その後のことを何も考えなかったために外出禁止にしたのだ。だが、そなたも同じ理由なら、同様の罰を課さねばならない。かといって、今とは違いそなたとあの者の両方が書房を休めば、2人とも授業に遅れてしまう。それに、一度書房に来させなければ、そなたのお父上が何とおっしゃるかわからないからな。はて、どうしたものかな。お前はどう思う」

スボクはチョンホに訊いた。

「・・・皆の前で、鞭で100回打たれます」

「何を言っているんだ。それで前に痛い目にあっただろう?」

「はい。でも今回はふくらはぎをです」

「そんなことをしてどうなると思っているのだ。100回痛みを堪えたら配慮のできる人間になると?」

「そうではございません。父上にされるようなことを、皆の前でされる屈辱は私にとっては何物にも代えがたい苦痛です。その屈辱を味わって、自分の至らなさを忘れられない苦い思い出とともに脳裏に焼き付けたいのです」

「・・・そなたがそうしろというならそうしよう。だが、元々私も明日からソンを書房に行かせようと思っていたのだが、それでもいいのか?」

「はい先生。大丈夫です」

「・・・わかった。では明日の朝そうしよう。ちゃんと包帯を準備しておくんだぞ」

スボクはそう言ってチョンホを帰し、一人になるとため息をついた。

 

スボクはチョンホが自分に似ていると思っていた。

学問への情熱、自然への敬愛、人見知りさまで・・・。イクスとチョンホの似ているところは、その瞳の黒さ以外には全く見当たらなかったが、代わりにチョンホは我が子以上に類似点を持っていた。ソンは、ある点ではスボクよりイクスに似ていた。向こう見ずなところ、要領の良いところ、友人を多く惹きつけるところ・・・。イクスやソンの性格が『陽』なら、自分とチョンホは『陰』だと思っていた。尤も、ソリが生きていた頃のチョンホは生き生きとして明るく、溌溂であった。だが、全羅道で再会してからというものの、チョンホには常に近寄りがたい雰囲気が漂っていた。それに、心のどこかで尖っている感じがした。

何より、彼らは自分の感情を表に出すことを不得意としていた。それ以上に、自分に素直になれず、本心になかなか気が付かないところが特に瓜二つであった。それゆえ、スボクには今後チョンホに待ち構えている困難が想像できたのだ。

だが、この時、スボクはチョンホとの違いをまざまざと見せつけられた気がした。チョンホはスボクと違って、自分の志を強く持っていたのだ。しかも、あれほど父親に邪険にされても、彼の心はいまだに純粋無垢だった。現実の汚さを知っていながら、気丈に夢を語る勇気など幼い時のスボクにはなかった。だがそれはきっと、チョンホは何をやっても一番でいられたからだ、とスボクは思った。

 

 

翌日、皆の前でチョンホがソンを遅くまで連れ出し、官員に歯向かった罰と称してスボクはチョンホを叩いた。チョンホはというと、今度は涙一つ見せずに堪え切った。その足からは再び血が滲んでいたが、鞭打ちが終わると自分で包帯を巻き、太ももとの間に麻布を挟んできちんと正座した。スボクはまるで拷問のようだったので不快な気持ちだったが、チョンホがやると言った事なので何も言わなかった。

授業が終わると、久々の登校に皆に歓迎されていたソンは、周りの友達を振り切ってチョンホのもとに来た。

「おい、お前、足大丈夫かよ?」

スボクは後ろからチョンホの肩を掴んで言った。

「うん、何とかな」

「あれ、お前がやるって言いだしたんだってな。お前どうかしてるよ。なあ、お前が鞭打ち100回耐えた祝いとして、チェ・パンスル商会に硯を見に行かないか?おれ奢るよ」

「なんでお前が祝うんだよ」

「だって、お前が昔、100回叩かれてべそかいてたのおれしか見てないだろ?だから、お前の成長が分かるのはおれしかいないじゃないか」

ソンは得意げににやにや笑って言った。

「な、なんだよ」

チョンホはむっとした表情で言った。

「へへ、それにおれも外出するの久しぶりだからなあ。でも、あれだぞ?おれが行きたいのもあるけど、結局おれがおまえに硯を奢ってやるんだから、それはお前へのお祝いってことになるじゃないか。別におれに合わせてもらうわけじゃないんだぞ」

「うるさいな、そんなに喋ってる暇あるなら早く行くぞ」

チョンホはそう言って歩き出した。

「あっ、ちょっと待て、おれそういや今日手持ちのお金があんまりなくってさ・・・ほら、久しぶりだから持ってくるの忘れて・・・今度払うからさ、今日は・・・」

ソンはチョンホを追いかけながら言う。

「わかったって。別に奢ってくれなくてもいいよ」

「・・・まあ、お前、いつも結構持ってるもんな。戸判大監からしたら大した額じゃないんだろうけど、なんだっけ、お前他にいくつ家があるんだっけ?」

ソンはチョンホの横に並んで言う。

「その話はもうよせって」

「領地は少ないのに数代で財を成すなんてすごいよな。まあ、お前の家から状元が何人も出てるんだからそうなるだろうけど。でも、ここ50年ぐらいは誰も状元じゃないんだしそろそろ財も尽きて来たなんてことないか?いや、やっぱり、お前の服装を見る限り、まだまだ有り余ってるように見えるけど・・・・」

「お前、先生の隠し子の話はどうなったんだ」

「ああ、それだけど、おれの勘違いみたいだ。母上に訊いてみたんだけど、おれの聞き間違いだって」

「聞き間違い?」

「うん。父上じゃなくて他の人の話だったらしい」

「でも、お前の本当の母上は今どこにいるのかってチョン氏が先生に問い詰めていたんじゃなかったのか?」

「ソンって聞こえたけど、ソンドルかソンドクか、まあそんな名前だったらしい。とりあえずおれのことじゃないんだよ」

チョンホはソンの言葉が信じられず首を傾げたが、ソンはこの話をこれ以上続ける気がなさそうなので何も言わなかった。

 

チェ・パンスル商会に着いてもソンは喋り通しだった。普段からおしゃべりなのに、久々の外出でやや興奮していたソンはいつも以上に饒舌で、チョンホは落ち着いて硯を見ることが出来なかった。

「・・・それで、チョンドルのやつ、おれの前で見せてきたんだけど、それがほんとにすごいんだよ。お前も見てみろよ」

「何でだよ。別に興味ないし」

「いいから見てみろって。ほんとにすごいんだから。あれ何してるのかな。なんか川辺で妓生が涼んでて・・・・・あっ、きみ、クミョンだっけ?」

ふと気が付くと目の前にクミョンが立っていた。彼女はチョンホの方ばかり見ていたが、ソンに声を掛けられて飛び上がった。

「は、はい・・・ようこそいらっしゃいました、道令様」

その声にチョンホも振り向き、クミョンに向かって優しく微笑んだ。

「久しぶりですね」

「お、お久しぶりです、道令様」

クミョンは赤面して言った。

「今日は、大房はお留守なんですか?」

「は、はい、宮中に品物を納品しに行っておりますので・・・」

「大変ですね。ところで、この間聞いたんですが、叔母様が水刺間の尚宮でいらっしゃるようですね」

「は、はい、昨年に尚宮式がありまして・・・」

「えっ、そうなの?知らなかった」

ソンが会話に入ってきた。

「でも、宮女となると一生宮中から出られないので、お寂しいでしょうね」

チョンホは言った。

「じ、実は・・・」

クミョンは言いづらそうに俯く。

「・・・どうされました?」

「そ、その・・・私も来月、入宮することになりまして・・・」

「えっ?クミョンさんがですか?宮女におなりになるのですか?」

「はい・・・。叔母様の後を継ぐため、水刺間に入ります」

チョンホは戸惑った。

「そんな、それはさぞ大変でしょうに・・・。私が官員になった暁には、時折必要なものをお貸ししましょう。大房や叔母様に頼めないような物をです。クミョンさんは宮殿の外に出られないでしょうから」

クミョンはとたんに目を輝かせて顔を上げた。

「ほ、本当ですか?」

チョンホは頷き、にっこり笑う。

「ええ。なのでどうか元気を出してください」

クミョンは嬉しそうに笑った、その間、ソンは気が散ったようで辺りの商品を見回していた。

 

チョンホが熱心に硯を選ぶ姿をクミョンは後ろからじっと見ていた。

クミョンが2年前にチョンホと初めて会った時は、チョンホにまだあどけなさが残っていたが、月日が経って、可愛らしかった顔立ちは端正になり、その立ち振る舞いは時々立派な大人の男性を彷彿とさせた。

しかし、この人は両班で、クミョンは中人である。この人はいずれ殿下の臣下となるが、クミョンは殿下の女となるのである。

決して、決してこれ以上チョンホに何も求めてはいけないことを分かっていても、クミョンの心は彼女の思うままにはならなかった。

 

 

「今日はありがとうございました」

結局チョンホが自腹で買った珍しい硯をクミョンが丁寧に包み、彼に手渡した。

「こちらこそ。宮中に入られるまで、どうかごゆっくりお過ごしください」

チョンホは穏やかな表情で言った。

クミョンは何も言わず、深々と礼をした。

「ではまた、次に会う機会があれば」

チョンホはそう言ってクミョンに背を向け、角の所で待っているソンのもとに向かった。

クミョンは2人の姿が消えるまでずっと見つめ続けた。

 

チョンホが追いつくと、ソンは待ちくたびれた表情をしていた。

「遅いよ、ほんとに。やっぱり来るんじゃなかった」

ソンは呆れた表情だった。

チョンホは笑う。

「ごめん、硯となるとつい見入ってしまうんだ」

「おれにはそんな硯の何がいいか分からないよ。それに、あの子にそんなに丁寧にしなくたっていいじゃないか」

「言っただろう。チェ一族はうちの内戚なんだ」

「ふうん。でも、あんなにずっと喋ってたら、お前があの子を好きみたいに見えるけど」

ソンは口を尖らせて言った。

「えっ?なんだって?そんなわけないじゃないか。この間も言っただろ、女の子に興味はないって」

チョンホは拗ね気味のソンをまじまじと見て言った。

 

 

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今回はここまで爆弾

皆さん、また次回ちゅー