さて、疫病の村に自ら向かい、治療を申し出たチャングム。

疫病の村と言えば、チョンホさまとのデレデレな時間が記憶に新しいはず。さて、今回もチャングムは無事でいられるのでしょうか??

 

 

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疫病の村に到着した一行は、それぞれ持ち場に向かい状況を確認した。

内医院の一行を恵民署の医官・医女達が待っていた。

「お待ちしておりました」と恵民署のカン医官。

「どのような状況でしょうか」

チャングムは尋ねた。

「今回の疫病は、子供や若い者には多く広がりますが、年配の者達は症状を示しません。あったとしても、軽い咳や微熱です。発症したばかりの者たちは、口の中に白い斑ができ、眼や耳、肺に炎症を起こします。典型的な麻疹(はしか)ではないかと」

「この村では過去に麻疹の流行があったのでしょうか」

「隣の村で燕山君の御代に大きな流行があり、医官も派遣されず焼き払われました。ですが、多くの村人がここに逃げ延びたようです」

「わかりました。重症の患者の病舎はどこでしょうか」

「こちらです」

カン医官はチャングムを病者に案内した。

多くが10歳前後の子供であった。全身に発疹が出来、咳き込んだり鼻をすすっていた。

「ここにいる子供たちが最も重症なようです。立ち上がると突然転倒したり、ろれつが回らなかったりするのです」

チャングムは脈を診、望診した。

「間違いなく麻疹のようです。医官や医女だけでなく、兵士や役人、そして患者たちにも顔に覆い布をつけさせてください。麻疹にかかったことがなかったり、麻疹の流行があった地域に住んだことのない者は患者の傍に従事させないようにしてください」

「し、しかし、それでは人員が・・・」

「かかったことのある者は麻疹にはかからないか、かかっても軽症で済みます。どうかお願いします」

「・・・分かりました」

医官は退出した。チャングムは子供たちの診察を続ける。

ふと、誰かがしゃっくりを始めた。チャングムは医女に指示し、沸かした湯を少し冷まして持ってこさせた。

「さあ、これをゆっくり飲んで」

チャングムは子供に湯を少しずつ与えた。子供のしゃっくりはしばらくすると収まった。

 

 

「パク令監、この疫病は麻疹です。非常に感染力が強く、このままではすぐに都に伝染してしまいます。麻疹にかかったことのある人員を中心に宮中より呼び寄せていただけませんか」

チャングムはパク・ソンのもとに来、訴えた。

「何、かかったことのある者?」

「はい。麻疹は一度感染すると二度目は軽症か、発症すらしません。どうか、ご配慮を」

ソンは嫌そうな表情を浮かべた。しかし、似たような報告を先刻恵民署の医官から受けたところであったので、反論できなかった。

「・・・わかった。だがそれでは人員が足りぬ。それに、私も麻疹にかかったことがあるゆえ良いが、そなたや今いる者たちはどうなのだ」

「私も以前感染しました。20年前に国中で流行したので、ほとんどの者は大丈夫だと思います」

「・・・そうか」

「また、重症の患者の多くは10歳前後の子供です。このような年齢の子供を当分むやみに外出させないように都に伝えて下さい」

「・・・・わかった。処方はどうする」

「軽症の患者や新たに感染したばかりの患者には麻杏甘石湯、発疹が出て熱が治まってきたものには小柴胡湯、発疹が出ているのに熱が治まらない患者には四物湯を用いてみます」

「用いてみます、とな?」

「はい。大勢に一遍に処方しなければならないため、各人の証を診る時間がありません。そのため、この治療法で改善しない患者だけ別の病舎に集め、詳しく診察します」

「・・・わかった」

ソンは言い返す言葉すらなく、ずっと狐につままれたような顔をしていた。

しかし、他の官人達と比べ非常時には意外にも物分かりがいいのだな、とチャングムは感じた。それと同時に、普段のパク・ソンの態度は、チャングムの医術の腕を認めていないのではなく、個人的に嫌っているからではないか、という疑念をチャングムの中で一層強くさせた。

 

多くの患者たちはチャングムの処方で改善した。また、医官や医女、兵士たちに感染者は出なかった。

しかし、重症の患者たちだけは違った。だんだんと時間が過ぎるにつれ、手足が痙攣し、立ち上がることもできず、妄言まで出た。

「重症の患者はもう治る見込みがないようだと聞いた。早く都に戻って報告せねば。そろそろ撤退しよう」

パク・ソンは各責任者に通達した。それを聞いたチャングムは駆け付けた。

「令監、まだ治る見込みがないと決まったわけではありません」

「医官たちの話では、どんな鍼も湯薬も効かないそうだ。何より、医員にもらった湯薬を投げ返したり、殴り掛かった者もいるそうではないか。そのような患者にてこずって報告を疎かにしている場合ではない」

「そうではございません。それらも症状の1つなのです。どうしても報告を優先されるというなら、私はしばらくここに残って治療に専念いたします」

「・・・な、何だと?!そなたは御医であるぞ!そなたが最も早く戻らなければならないはずだ!」

「いいえ。このままでは、御医として殿下にお見せする顔がありません。幼い子供たちだけが病に侵されており、感染もしないのです。医術において犠牲はありえません。それは、医員として最も犯してはならない罪です」

ソンは答えなかった。じっとチャングムを見つめたまま、突然動かなくなったのである。

「・・・令監?」

「ん?ああ・・・何でもない。そなたがそういうなら勝手にしろ。だが、私は決して責任を取らないからな。分かったら早く出て行け」

ソンの態度が急に変わったのでチャングムは戸惑ったが、出て行けと言われたので退室せざるを得なかった。

 

 

パク・ソンの友人に、儒医の息子がいた。その儒医はとても優れていたが、燕山君の御代に採紅使に逆らった者を治療し、死罪になったのである。

子供の頃、その少年がこう言っていた。

『医術では、医員が誰を犠牲にするか決めてはならない。常に、目の前の患者に対し全力でないといけないんだ。それを行える医員こそが、最もその資質があると言えるんだよ』

一人部屋に残されたソンはその言葉を頭の中で反芻した。

 

 

チャングムは病舎に戻った。

部屋に入るなり、誰かがチャングムに湯薬の入った椀を投げつけた。

「こんなところに子供たちを閉じ込めて、あんた殺す気なんだろう!」

一人の子供の父親が部屋の真ん中に立ち、チャングムに怒声を浴びせかけた。

「違います!この病は麻疹ですが、特に幼い子がかかると重症になりやすいのです!私が必ず面倒を見ます!」

チャングムは叫ぶように言い返した。

「じゃあ、あんた、絶対に治してくれるんだな?」

「・・・申し訳ないですが、医術に絶対はありません」

「なんだと?」

「病を必ず治せると、医員が断言することはできません。ですが、最善を尽くします。私は殿下の主治医です。殿下の名に懸けてこの子たちを治療します!」

その男は驚いてしばらくチャングムを呆然と見ていたが、やがて慌ててひれ伏した。

「ご、御無礼を!!!!殿下の主治医様だとは知らず・・・どうか、お許しください!!!」

「この子たちには安静が必要です。大きな声を聴くのも、今のこの子たちにとっては苦しいでしょう。どうかお静かになさって、また明日いらっしゃってください」

男は慌てて部屋を出て言った。

チャングムはため息をついた。服は湯薬で全身濡れている。

絶対治す、そう言えない自分がもどかしかった。いいや、医員である自分がやはりそのようなことを口にしてはいけない。口にするとすれば・・・・。

『医女チャングムは、必ず殿下の病を治します!』

中殿の前に跪いて、その言葉の意味することを分かっていながら、全く恐れることもなく堂々と宣言するチョンホの姿。

チャングムはふっと膝の力が緩み、床に崩れ落ちた。

 

あれから3日が経った。

相手が幼い子供なので投薬に慎重だったチャングムだったが、全く改善が見られないのでついに附子剤を湯薬に使うことを決めた。

官員や兵士、医員たちは前日に村を発った。ソンは何も連絡をよこさなかった。チャングムはこの件を殿下にどう報告するつもりなのか気がかりだったが、同時に少し投げやりになっている自分もいた。

元々チャングムは自分の命も惜しまず志を貫いてきた。だが、今のチャングムは志以前に自身を罰そうとしているようだった。

彼女はこの3日間ほとんど何も食べす、睡眠もとっていなかった。そんなチャングムの姿を見た村人たちは、だんだんとチャングムを信用するようになってきていた。

チャングムが新しく子供たちに与えた湯薬は真武湯である。今まで柴胡剤を使って効果が無かったため、チャングムが選んだ挑戦的な選択である。多くの医学書には麻疹に附子剤を使うことは否定的に記されており、当時の常識的にもあり得なかった。

真武湯を与え、チャングムは疲れ切って眠ってしまった。

 

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三水では小さな春が訪れていた。

雪が少しずつ解けていくのを見、チョンホは散歩に出かけた。見回りの兵士たちは何も言わなかった。それどころか、彼らは既にチョンホと親しくなっていた。

少し小高くなったところで、辺りが開けて壮大な山々がチョンホの目の前に姿を現した。

チョンホは全羅道に住んでいた子供の頃を思い出す。しばし眺めていようと濡れていないところを探して腰かけようとした矢先、一人の女性が歩いてくるのが見えた。

白衣を着た既婚女性であった。身なりからすぐに流罪になった両班の妻だと分かった。歳はチョンホと同じくらいに見えた。何よりチョンホの目を引いたのは、女性が種の袋と鍬を持っていたことである。

女性は足元ばかり見ていたが、ふと顔を上げ、チョンホに気づく。チョンホは立ち上がり礼をした。

女性は近づいてきた。端正な顔立ちだが、かなりやつれた表情をしている。

「漢陽から新しく来られた令監ですか」

女性は生気のない声で言った。

チョンホは苦笑いする。

「もう令監では・・・。私は、ミン・ジョンホと申します」

チョンホは作法に倣って礼をした。

「私は亡きチョ・シジンナウリの妻のホンと申します」

ホン氏と名乗る女性は答えた。

夫が亡くなっていると聞き、チョンホは少し戸惑った。

「申し訳ありませんが、今からここで作業をするので、お宅の方に帰って下さいませんか」

ホン氏は俯いたまま言う。両班の既婚女性は普通、夫以外の両班の男性の顔を直接見ない。少なくとも、それが礼儀である。

「作業ですか?お一人で?・・・その鍬で?」

「両班の女性が鍬を持つと罪ですか」

ホン氏はぶっきらぼうに言った。

チョンホは笑った。

「違います。感心しただけですよ。ここでやることを持っているなんて。でも、そんなにたくさんの種を一人で植えるなんて、楽しみで出来る量ではないように見えますが」

ホン氏は少しむっとした表情になった。

「そんなにやることがないのでしたら、私なんかに構わず、奥方様のお相手でもなさったらどうですか?」

「私の妻はもうずいぶん前に亡くなりましたよ」

チョンホは穏やかに言う。

「・・・申し訳ありません、出過ぎたことを」

ホン氏は戸惑い、詫びた。

「気にすることはありません。それより、本当にお一人でいいんですか?私で良ければ微力ですが手伝いましょうか?」

「申し訳ありませんが、あなたと一緒に仕事をしたくありません。両班の男性が嫌いなんです」

ホン氏は声色一つ変えず言った。

彼女の直球の苦情にもチョンホは動じなかった。チョンホは笑う。

「奇遇ですね。私も、両班の女性が嫌いなんですよ」

ホン氏はチョンホの返事に驚いてつい顔を上げる。思ったより若い男だったのでホン氏は余計に驚いた様子である。

「ですが、どちらも同じ人間です。友人にはなれなくても、農作業の手伝いくらいはできます」

チョンホはそう言いながらホン氏の持つ鍬を受け取った。

 

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チャングムは嫌な夢を見てはっと目が覚めた。

夢の中で、チョンホが見知らぬ女性と親しげに話していた。動揺で胸が騒いだが、チョンホはもう他人だと自分に言い聞かせた。

ふと顔を上げると、一人の女の子がこっちをじっと見ていた。チャングムは急いで近寄る。

「どうしたの?」

「医女様、寝言言ってた」

3、4歳ぐらいの女の子は片言で言った。

チャングムは驚いた。この子はチャングムが眠りに落ちるまで、高熱で昏睡状態にあったのである。

それが今や起き上がり、言葉まで話している。チャングムは驚いて、言葉を続けさせた。

「・・・寝言?」

「はい。ナウリってずっと言ってました」

女の子の言葉がチャングムの胸に突き刺さったが、チャングムは再び現れたチョンホの影を頭から振り払った。

「そう?ところで、寝ていなくていいの?痛いところは?」

「お腹」

「お腹の痛さは、さっきより良くなった?」

「うん」

チャングムは笑みが漏れた。子供というのは、どこが痛いかと聞かれるとお腹と言ってしまうものである。それより、痛みが和らいでいるということはやはりさっきの附子剤が功を奏したに違いない。

「教えてくれてありがとう。でも元気になるためには、もうちょっと寝ていてね」

チャングムは女の子をそっと寝かせた。

 

都ではチャングムが帰ってこなかったことに中宗が激怒していた。

「何ということだ!余の御医ともあろう者を、疫病の村に一人放っておくとは!」

怒りの矛先は当然、監賑御使のパク・ソンだった。

「殿下、お言葉ですが、これは大長今たっての願いでございます。殿下の御医として、救えるかもしれない命を放置できないと、1人残ることを志願したのでございます」

「だとしてもだ!なぜ、チャングム一人を残したのだ!他に医員や兵士を何人か残すことも出来たであろう!なのに、御医を一人にしてその身に何かあればどうするつもりだ!」

ソンは答えなかった。

「それとも何だ。・・・何かあったら、チャングムに罪を擦り付けようと考えたのか」

「殿下!決してそのようなことでは・・・」

「ならば何だ!」

「これは大長今の職権濫用だからでございます。殿下、これまで我々は大長今の様々な職権乱用に目をつぶってまいりましたが、もうこれ以上は我慢できかねます。どうか、寛大なご決断を」

「寛大な決断だと?余に、何を決めよというのだ」

「・・・大長今の職権を殿下がはっきり定め、殿下の治療のみに集中させてください」

周りにいたパク・ミョンホン右議政やイ・グァンヒ左議政は驚いてソンを見た。

中宗は答えなかった。拳は固く握りしめたままであった。

 

 

「どういうことだ。大長今を免職にするよう、殿下に持ち掛けろとあれほど言ったではないか!」

左議政らに呼び出されたソンは彼らに責められた。

「一体何の真似だ。一人だけ殿下に好かれようとでも考えたのか!」

「そうではありません。あの時、殿下は我々の思惑に気づいておいででした。あの場で免職を持ち掛ければ、殿下の信用を完全に失ってしまいます」

「だが、これでは大長今がいっそう力を持ってしまうではないか!」

「機会を待つのです。大長今が失態を犯す機会を!」

「そんな機会など待ってられぬ。医女が御医など、この朝鮮の歴史に泥を塗っているのだ!」

イ・グァンヒは怒鳴った。

 

自室に戻ったソンは、疲れ切った表情で椅子に腰かける。

うつろな目で半紙を見たソンは、突然それをくしゃくしゃに丸め、怒りに任せて壁に思いっきり投げた。

壁の飾りに当たって紙は落ちたが、少し遅れてドン、と鈍い音がした。ソンは驚いて立ち上がった。

小さな墨筒が床に転がっていた。どうやら壁に隠してあったようである。ソンは墨筒を手に取った。

しばらく眺めていたが、ふと見覚えのある物だと気が付いた。変わった文様が付いていて、明国より手に入れたもののようだったが、こういうものを好む男が1人いたのだ。

ソンははっとし、震える手で蓋を開けた。

中には墨ではなく紙が入っていた。ソンはそっと取り出し、紙を開いた。そこには、見覚えのある字がびっしり並んでいた。

数分間、彼は黙って手紙を読んだ。眉間にはしわが幾重にも寄っていた。

ソンは読み終わってもしばらく手紙を見つめていたが、やがて丁寧に折りたたんで懐にしまった。

 

 

 

もう夜も更けていた。

チャングムは眠そうに目をこすった。彼女の治療で既に5人の子が完全に回復し、他の子たちも重大な症状が収まり、回復に向かっていた。

先日チャングムに湯薬を投げつけた村人は、この日チャングムに食べ物を持って来てくれた。それを食べながら、チャングムはつかの間の休息を取っていた。

だが、もう一週間以上働きづめでほとんど寝ていないチャングムは、部屋の隅に腰かけるなり眠ってしまった。

 

部屋の外から馬の足音がした。

一人の少女がそれに気が付いたが、眠ってしまったチャングムを含め誰も気づいていないようである。

そのうち、革靴の足音がこちらに近づいてきたかと思うと、部屋の戸がそっと開いた。

扉の向こうにはソンが立っていた。

部屋に入ったソンは眠っているチャングムに気が付き、しばらく何も言わずじっと彼女を見ていた。

チャングムの手には盆が握られており、子供たちの枕元には空になった椀が置いてあった。

子供たちはすやすやと眠りに就いていた。寝顔は穏やかで、先日まで生死をさまよっていたとは到底思えない様子だった。

ソンはチャングムの傍に置いてある握り飯にそっと覆い布をかけ、そのまま立ち去った。

 

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