野村総合研究所の木内登英氏(金融ITイノベーション事業本部エコノミスト)が、2023年8月16日、「ガソリン価格は8月末に196円、9月末に199円と推定:それでもガソリン補助金延長の議論は慎重に」と題するコラムを発表した(2023年8月16日閲覧)。
図1 ガソリン1リットルの価格(日本経済新聞記事(2023年8月16日))
コラムのなかで氏は次のように述べている。
「ガソリン補助金制度には3つの大きな問題点があり、長期化するほどその問題は大きくなる。第1は、市場価格を歪めてしまうこと、第2に、脱炭素社会実現の政策方針と矛盾してしまうこと、第3に、財政負担が膨らむことだ。
ガソリン補助金制度で既に4兆円規模の財政資金が投入されたとみられる。延長されれば財政負担はさらに膨らむ。補助金によって国民が助かると感じていることは確かであるが、その財源は税金や国債発行によって賄われており、結局は国民の負担なのである。本当の意味では、国民は助かっていないことになる。」。
まさにこの補助金の欠点を指摘している。補助金は2022年1月から1年半以上にわたって実施されている。
木内氏の指摘するすでに支払われた補助金4兆円は、2020年自動車関連諸税(旧特定財源)の当初予算税収の約4兆円とほぼ同額である(注1)。また、2019年度の消費税税収18.4兆円の約22%に相当する。
注1: 加藤一誠「道路整備に関わる財源の現状と今後」(『自動車交通研究』2020、2020年)。 |
図2 OECD加盟国におけるガソリン1ℓ当たりの価格と税の比較(2022年第3四半期)
図2は、財務省サイトの「自動車関係諸税・エネルギー関係諸税に関する資料」から引用(2023年8月16日閲覧)。
図2を見ていただきたい。財務省によるOECD諸国のガソリン1ℓあたりの価格と税の比較(2022年第3四半期)である。
まず、税率を見ていただきたい。日本は42.3%、ヨーロッパではフランス55.7%、ドイツ54.4%、イタリア55.3%、オランダ54.9%、英国46.6%、北欧3国は46.6%から50.1%である。いずれも日本より数ポイントから10ポイント以上大きい。
次に、価格を見ていただきたい。日本は170円、フランス250円、ドイツ260円、イタリア245円、オランダ290円、英国290円弱、北欧3国は310円弱から310円強である。いずれも日本より75円以上高い。為替相場の影響はあるが、マクロではこのような状態にある。
2023年8月現在、ガソリンにかかる税は以下のとおりである。
●石油石炭税(2.8円/リッター)
●ガソリン税(53.8円/リッター)=揮発油税(48.6円)+地方揮発油税(5.2円)
●地球温暖化対策のための税(環境税)(0.76円/リッター)
●消費税(本体価格+ガソリン税+石油石炭税+原油関税に課す)
消費税を除き、1リッターあたりで税が設定されている。つまり、ガソリン価格に左右されず、税負担は消費税を除いて不変ということである。(消費税によって二重課税だという批判があるが、ここでは深入りしない)。
次に運輸部門の排出する温暖化ガスについて見てみよう。
図3 日本の運輸部門における二酸化炭素排出量(2021年度)
図4 日本の運輸部門における二酸化炭素排出量の推移
図3、図4は、国土交通省サイトの「運輸部門における二酸化炭素排出量」から引用。
図5 二酸化炭素排出量の推移(2001年度/2021年度)
図5は、上記の国土交通省サイトの「運輸部門における二酸化炭素排出量」から筆者が作成した。
図3を見てみよう。2021年度において、運輸部門は日本全体の二酸化炭素排出量の17.4%を占めている。そのうち、自家用乗用車が44.3%、営業用貨物車が23.0%、自家用貨物車が16.8%、これだけで約94%である。そのほか、航空機が3.7%、内航海運が5.5%、鉄道が4.1%である。バス、タクシーが占める割合は全体で2.3%程度である。
図4によると、1996年度以降、一貫して自家用乗用車が最大の排出源である。また、図5を見ると、2001年度から2021年度までで排出削減率は自家用乗用車が最大であるが、量は貨物自動車に比べて8百万トン多い。
さらに、自家用乗用車の寿命(乗り換え)が7年として、車の製造から廃棄に至る過程で排出される温暖化ガスを含めたセグメントで計測するとどうなるであろうか?。にわかに参照可能なデータがないので踏み込めないが、確実に年間排出量は増える。
疑問
● マクロでみて、日本のガソリンは高いか?
● 温暖化ガスを排出するガソリン車を優遇する理由はどこにあるのか?
● 公共交通機関を使わず、自分の意思でガソリン車を使う国民に「補助金」は必要か?
(技術的に区別ができないから無理だという指摘はあるだろうが)。
● 夏や冬にアイドリングで涼を得たり、暖を得たりする国民に「補助金」は必要か?
(技術的に区別ができないから無理だという指摘はあるだろうが)。
などなど、疑問は次から次へと湧いてくる。
中央政府、地方政府には、温暖化ガスを排出するガソリン車の使用を抑制するためのインセンティブを講ずるべきだ。
たとえば、公共交通機関(電車、バス)を使った旅行に「全国旅行支援」の上乗せなどを拡充すべきだ。観光地への自家用車の乗り入れ禁止なども有効な手段だ。担税力のある層からの税収を増やすには、自家用車乗り入れに課税するというのも一案だろう。
宅配便の再配達手数料の創設、配達日時指定で受け取った場合の割引なども、温暖化ガス排出抑制に効果がある。また、コンビニエンスストア受取での割引(再配達の削減)。
ひるがえって産業界を見てみよう。
日本自動車工業会のウェブサイトに「基幹産業としての自動車製造業」というページがある(2023年8月18日閲覧)。そこには次のようにある。少し長いがそのまま引用する。
「自動車製造品出荷額等は60兆円、設備投資額は1.2兆円、研究開発費は3.7兆円」、「2019年の自動車製造業の製造品出荷額等は前年より3.7%減の60兆154億円、全製造業の製造品出荷額等に占める自動車製造業の割合は18.6%、機械工業全体に占める割合は40.9%でした。2020年度の自動車製造の設備投資額は1兆2,252億円となり、主要製造業において2割を超える割合を占め、研究開発費は3兆7,164億円と3割を占めています。また、2021年の自動車輸出金額は14.7兆円、自動車関連産業の就業人口は552万人にのぼります。このように自動車産業は、日本経済を支える重要な基幹産業としての地位を占めています」。
つまり、自動車製造業は、日本の基幹産業であり、製造業出荷、研究開発費においても多くを占めている;そして、関連産業を含めると就業人口は550万人以上であるといっている。
一方で、すでに述べたように適法ではあるが温暖化ガスを多く排出し、社会的費用を増大させている産業でもある。
2020年に、政府は2050年までに温暖化ガスの排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを目指すことを宣言した。政府は、運輸部門から排出される温暖化ガスの40%以上を占める自家用乗用車を優先して、使わないように(購入しないように)仕向けるべきだ。しかし、自由主義と資本主義はそうたやすく納得はしないのだが。