設問1
1 甲の罪責
(1) 甲が、②行為によりAに暴行を加え、Aが死亡した行為に、殺人罪(刑法199条)が成立しないか。
(1)①行為と②行為は、別の機会に行われている行為であるところ、①行為と②行為の一体性を認めることができるか。
ア 人の行為というものは、意思や観念の表れであることから、行為の一体性が認められるか否かは、①時間的場所的近接性、②被害者の同一性、③動機目的の共通性から判断すると解する。
イ たしかに、①行為と②行為の間には、時間にして約1時間離れている。しかし、①行為が行われたのは、アパートの一室である洋室と台所の1Kのつくりになっている甲宅の洋室であり、②行為が行われたのは、洋室のすぐ隣に存在した台所という場所である。このような事情からは、当該洋室と当該台所はとても近接した位置関係になっていたと考えられるから、①行為と②行為には、場所的近接性が認められる。また、たしかに、①行為と②行為の間は約1時間離れているが、上記のように極めて近しい範囲で両行為が行われており、かつ、甲らが午後10時30分までAがトイレから出てくることを待っていたという事情からは、その乖離は、時間的近接性を否定するまでに隔たりがあるものとはいえない。よって、時間的近接性も認められる。①時間的場所的近接性が認められる。
また、①行為の被害者はAであり、②行為の被害者もAであるから、②被害者は同一である。
そして、たしかに、甲らは午後10時半ころから洋室で居眠りをしているので、甲らの意識が一度Aから離れたとも評価することは可能である。しかし、①行為の時点において、甲は、B社からの独立を主張するAに忘恩を強く感じ、激しい怒りを覚えて、Aに殺意を抱き、Aに暴行をしている。また、②行為の時点においては、甲は、冷蔵庫の扉に頭を強打したことにより、一層激怒興奮してはいるものの、暴行の動機は、Aの忘恩について激しい怒りを感じたという動機は維持されていたと考えられ、暴行の目的としては、Aを殺害する意思が明確に認められる。したがって、③①行為と②行為の動機目的は共通しているといえる。
ウ 以上のような事情を総合的に考慮すると、①行為と②行為は一体の行為としてみることが妥当である。
(3)甲は殺人の「実行に着手」した(43条本文)といえるか。
「実行に着手」したといえるためには、実行行為に密接し、かつ、構成要件的結果発生の客観的危険を惹起する行為がなされた必要がある。
甲は、①行為の時点では、Aに対し、継続的に手拳で頭部を殴打したり、背部を足蹴りしたりする暴行を加えている。また、甲は、②行為の時点では、台所にあった鉄製のフライパンでAの頭部を激しく殴打するなどという暴行を加えている。50歳の男性で力がある甲が人の枢要部である頭部を継続的に殴打することは、脳挫傷などの傷害を発生させる危険のある行為といえる。また、重さ1kgで鉄でできているフライパンという使い方によっては人を殺傷する能力がある物を凶器として使用し、人の枢要部である頭部を激しく10数回にもわたり執拗に殴打する行為は、十分に人の死という結果を発生させる危険性のある行為である。
以上のような事情を考慮すると、甲は、人を殺すという実行行為に密接し、人の死亡という構成要件的結果発生の客観的危険を惹起する行為をしたと評価できる。
よって、甲は、殺人罪の「実行に着手」したといえる。
(4)また、Aは死亡している。
(5)もっとも、甲は、Aを上記暴行により殺そうと考えていたところ、Aは甲らにスーツケースに押し込まれ、同スーツケースの密閉性が高かったことによる窒息により死亡している。甲の暴行とAの死亡との間に因果関係が認められないのではないか。
ア 因果関係は、行為と結果との関連性が刑法的に評価して、因果関係を肯定するほどに強固なものであるか否かの判断である。よって、因果関係が認められるためには、客観的に存在したすべての事情を判断資料として、条件関係が認められることを前提に、行為のもつ危険が結果へと現実化したと認められることが必要である。
イ 甲がAに対し①行為と②行為をしていなければ、Aは脳挫傷や胸腔内出血などの傷害を負い意識を失うことはなかった。Aが意識を失うことがなければ、甲はAが死んだものと勘違いして、Aをスーツケースに押し込むこともなかった。Aは、スーツケースに押し込まれることがなければ、窒息で死亡することはなかった。したがって、甲の暴行とAの死亡の間に条件関係が認められる。
また、たしかに、③行為という介在事情があり、Aの死因となったのは、③行為による窒息死である。しかし、Aは甲の暴行により上記のような傷害を負っており、その傷害は放置すれば死に至る危険のあったものなので、暴行自体がAの死亡を惹起する危険性のあったものといえる。また、Aに対するスーツケースへの押し込み行為は、甲が自らの暴行によりAが死亡したと考えたことに誘発されたものである。そして、殺人犯が証拠隠滅のために、死体を燃やしてしまおうと考え、死体をスーツケースなどに入れて持ち運ぶことは異常な行為とはいえない。以上のような事情を総合的に考慮すると、甲のAに対する暴行のもつ危険が、Aの死亡という結果に現実化したと評価することができる。
ウ よって、甲の暴行とAの死亡との間に因果関係が認められる。
(6)甲は、Aを暴行により殺すことを意図していたところ、Aは窒息により死亡している。甲に因果関係の錯誤が認められ、甲の殺人の故意(38条1項本文)が阻却されるのではないか。
ア 故意の内容は構成要件結果発生の認識認容があることをいうから、認識した因果関係と実際に発生した因果関係の間に、食い違いがあっても、その食い違いが、構成要件的にみて、故意を阻却するほど重要でない場合には、故意が認められると考える。
イ 甲が認識した因果関係は、暴行によって「人を殺す」という因果関係であるところ、実際に発生した因果関係は、窒息によって「人を殺す」という因果関係であるから、構成要件的にみた場合、両者は、「人を殺す」という点において符合していると考えられるから、食い違いは、構成要件的にみて、故意を阻却するほど重要なものではないと評価することができる。
ウ よって、甲に殺人の故意が認められる。
(7)よって、甲の上記暴行に、Aに対する殺人罪が成立する。
(8)もっとも、甲は、②行為の時点では飲酒により心神耗弱状態にあった。甲に39条2項が適用され、その刑が減軽されないか。
ア 甲は、②行為の時点では、心神耗弱状態にあったので、甲に39条2項が適用されるのが原則である。
イ もっとも、甲は飲酒すると、他人を死亡させかねない暴行を振るうことを認識していたのであり、甲に39条2項を適用することは結論の妥当性の観点から適当ではない。そこで、結果行為は原因行為の現実化の過程であるとして、原因行為、結果行為、結果との間に同一の意思が貫かれている場合には、結果行為は原因行為の現れであると考え、結果に対し責任故意を問うことができると考える。この考え方は、行為と責任の同時存在の原則を一部緩和して、結論の妥当性を実現することを図るものである。
ウ 甲は、原因行為である飲酒時開始時において、Aを殺害する意思を有していた。また、甲は、心神耗弱状態であった行為②の時点でも、Aを殺害するという意図を有していた。そして、Aは死亡している。このような事情からは、甲は一度抱いたAへの殺意を、原因行為、結果行為、結果の間で継続して維持していると考えられるから、殺意の連続性が認められるので、これらの行為において、甲の殺意が貫かれていると評価することができる。
よって、甲に完全な責任を問うことができる。
エ 以上より、甲に39条2項は適用されない。
2 乙の罪責
(1)乙に、甲の上記殺人の共同正犯(60条、199条)が成立しないか。
(2)共同正犯の成立要件は、①共謀、②共謀に基づく実行行為である。①共謀とは、正犯意思と特定の犯罪の共同実行の故意をもった複数の者が、相互的意思連絡を通じて、特定の犯罪の共同実行を合意することをいう。
(3)乙は、①行為の時点では、甲と同時にAに暴行をしているし、②行為の時点では、Aの両足を押さえつけ、Aが逃げられないようにしているので、結果に対する重大な寄与があったといえるから、乙に正犯意思が認められる。また、乙は、甲と、Aに対する殺人という特定の犯罪の共同実行の故意がある。そして、乙は、①行為の時点では、甲と黙示のうちに意思を通じており、②行為の時点では、事前に甲との間でA殺害について打ち合わせをしていた。したがって、乙は甲との間の相互的意思連絡を通じ、特定の犯罪であるAの殺害について、共同実行することを合意したと評価できる。よって、①乙と甲の間にAに対する殺人罪の共謀があった。
また、乙と甲は、上記共謀に基づき、Aを殺害しているので、②共謀に基づく実行行為があった。
(4)したがって、乙に甲の上記殺人の共同正犯が成立する。
設問2
1 甲と乙が、A車を全焼させた行為に、建造物等以外放火罪の共同正犯(60条、110条1項)が成立しないか。
2 甲は、持っていたハンカチにライターで火を点火するなどして、A車運転席に向けて放り投げて放火するなどしている。また、乙は、放火に使用した甲宅にあった灯油のポリタンクを甲宅から持ち出し、A車に積み込むなどしている。甲と乙は、A車の「焼損」という結果の発生に重大な寄与をしたと評価できるので、甲と乙に正犯意思が認められる。また、甲と乙には、A車による建造物等以外放火罪という特定の犯罪の共同実行の故意が認められる。そして、甲と乙は、相互的意思連絡を通じ、特定の犯罪であるA車による建造物等以外放火罪の共同実行の合意をしている。
したがって、甲と乙の間にA車による建造物等以外放火罪の共謀があったといえる。
3 では、共謀に基づく実行行為が認められるか。
(1)「放火」とは、結果である「焼損」の客観的危険性を惹起する行為をすることをいう。乙は、ポリタンクの灯油2リットルをA車の運転席や助手席に撒いている。甲は、持っていたハンカチにライターで点火して、火が付いたハンカチをA車の運転席に向けて放り投げている。甲と乙のこのような行為は、A車の運転席や助手席にハンカチの火が燃え移り、A車を「焼損」させる客観的危険を惹起するものであるから、甲と乙は「放火」したといえる。
(2)A車は「前二条に規定する物以外の物」にあたる。
(3)また、「焼損」とは、火が媒介物を離れて独立して燃焼を継続する状態に至ったことをいうところ、ハンカチの火は、運転席シートなどに燃え移り、高さ2m、幅50cmに達している本件火災へと発展しているので、火が媒介物を離れて独立して燃焼を継続する状態に至ったと評価できるから、「焼損」したといえる。
(3)放火罪は抽象的危険犯であることから、「公共の危険を生じさせた」とは、特定の人の生命身体に対する危険に限られず、不特定人の生命身体財産に危険が生じたときにも、「公共の危険を生じさせた」といえる。本件では、Cの財産であるC車に危険が及んでいる。また、現場となった駐車場には漁業関係者が深夜帯でも出入りする可能性があったので、ごみに延焼することにより、不特定人の生命身体に危険が及んでいたと評価することができる。したがって、甲と乙は、「公共の危険を生じさせた」といえる。
(4)また、110条1項は、「よって」という文言を使っているので、結果的加重犯ということができるから、「公共の危険」の認識は不要であると考える。
たしかに、乙は、火がC車やごみに燃え移るとは認識していなかったし、漁業関係者の生命身体に危険が及ぶことは認識していなかった。また、甲は、漁業関係者の生命身体に危険が及ぶことは認識していなかった。しかし、上記のとおり「公共の危険」の認識は不要である。そして、甲と乙にはA車を焼損させるという認識認容があったので、甲と乙には建造物等以外放火罪の故意が認められる。
(5)よって、上記共謀に基づく実行行為があった。
4 以上より、甲と乙の上記行為に、建造物等以外放火罪が成立する。