こんにちは!
肘井です。
なかなか書けないでいましたが、頑張りました。
あなたが介護して、見ていらっしゃる方は、
何か自分からなさいます?
本や新聞をお読みになりますか?
テレビを楽しむことがおできになりますか?
庭の草むしりをしたりなさいますか?
その他、自分から何かをしようとなさいますか?
わが家では、主人はその中の何一つ
する事が出来ません。
主治医の先生によると、本・新聞は
“読んでも理解できない”のだ。と云うことです。
テレビも、ついて行けないのです。
この病気は、生きることに意欲を失う病気
とも言います。
自分が好きで始めたみかんの栽培。
計13本の蜜柑樹の世話も念頭にありません。
しかし、実った蜜柑を
収穫するという概念はなくても、
時にちぎってみるぐらいの人らしさは
まだあるのです。
猿の惑星の猿のような姿勢で、
ボーッと立っています。
でなければ、こそこそ毛布を扱ったり、
枕カバーを結んだり
意味不明な事をやっています。
その他、意味不明な事をやっているか、
あるいは寝ているか。
なので、
先日のように「うどんを食べたい」
と云うような、意思表示があると
「人である証」を見たという気がして、
私は、喜ぶわけなんです。
実は、今日も一つ嬉しいことがありました。
デイから帰ると、おやつを食べます。
ほんとうはもう5時にもなって、
おやつという時間でもないのですが、
わが家ではそれが習いとなっているわけです。
そして、一眠り。
なんですが、その前に、
羽毛のジャンバーを脱いでもらうと
「これも着替えんと....」と云って、
カーディガンを脱ごうとし始めました。
そんなことが、本当に他愛もなくうれしいことになるのです。
自分のなかから出てくる言葉。
自分のなかから出てくる行動。
そして、それが現実とマッチしている。
それが生きていることの証であると思いませんか?
それを増やしていきたい。
人間らしさを取り戻してもらいたい、
というか、
まだ枯れてしまってはいない人間らしさを
引き出して、活性化させたい。
そんな思いなんです。
それが、先日から“お出掛け”
散歩やお買い物、時には外での食事。
にこだわる理由なんです。
脳と身体と心に外界の動き、新鮮な空気を
たくさん吸ってほしい。
そして、少しでも生き生きとしてほしいのです。
そんな思いは、無理な思いなのか…
間違った思いなのだろうか???
最近、大きな疑問。 そして、後悔。
を持つようになりました。
「認知症」という人生最後の試練に直面して
「認知症を改善できる可能性は、
本当にゼロですか?」
「いいえゼロではありません」
この言葉に直面して、
相当ショックを受けています。
治らない病気。
と、今まで諦めてきたのです。
認知症かも?と胸のうちでは心配なあなた。
家族の認知症介護をされているあなた。
皆さまはどうなんでしょう!!!
もっと早くから、
つまり、
症状がここに至る以前に
なすべきことはあったのではないか......???
諦めないという姿勢。
諦めないという道があるようなのです。
===================
ここまで、お時間を割いて頂き、
ほんとうにありがとうございました。
===================