三皇五帝

■三皇とは
3つの自然神、山だの天だの地だの、自然崇拝文脈における神
自然の力は偉大なり
現代ですら太陽が突然消えたら、農業が出来ないどころか
マイナス270度に数年以内になり、酸素ですら凍結し呼吸ができなくなる

天や太陽というのはどこでも崇拝の対象だった
科学の力で特に意味も理由もなく燃えてるだけのつまらん天体というのが判明したが

良い子の夢を壊す学問、科学
科学なんて滅びちまえばいいのにな
も、一回やり直すか?原始時代まで戻してやり直すか?


天空の神ウラヌス
雷神ゼウス
大海の神ポセイドン
太陽神アポロン
冥界の死の神ハデス
混沌の神カオス
と言った具合に自然現象的なものを神や神の王に見立てて名前をつける傾向が原始宗教やそれに近い宗教にはある

あるいは原始宗教の神の名を神話で流用する

皇の中には、「天皇大帝」というのもいる

神そのもの、神の王、神の王を「皇」と呼称した
数ある神々の中でも最高ランク

神であり、非実在的存在であるがゆえに汚しようがない

あらゆる権威は宗教によって権威づけられていた
人に人を支配する資格などない、人にものを所有する資格などない
人に土地を所有する資格などない、それは地球のもんだ

しかし神ならばどうだ?

つまり、最も権威がある称号が「皇」という称号だった

しかし

神を否定する現代から見ると最もくだらない称号

一方、宗教が価値観や価値付けを支配する古代世界では最も権威がある称号

古代世界は宗教的価値が支配する為、最も強い号。

おまえらの国は一体、どういう価値観に支配された国なのかな?

神でなければ用いてはならない称号


■五帝
五帝は五名の帝(ミカド)という称号を使用した俗に言う王達を指す

神そのものではなく、神の親戚を指し、俗に言う王様も意味するものの
神々の王は意味しない神々の中でも最高ランクという意味まではない

つまり皇と比べると格落ちする
しかし皇と比べなければ最高位

神の時代より時代は新しいが、実在性が疑問視されている時代の王達だ
しかし夏の王にも帝を名乗っているやつがいたはず

「夏」自体は実在性がそれほど低くない

神の親戚ってことで、聖なる者も意味した
ギリシア神話の神々は汚え奴らばかりだったが・・・

しかし帝号を名乗った5名の帝(ミカド)は、賢く清く優しい王様ばかりだったのだという

この名乗った人物達の属性によって
帝を名乗るならば、神の親戚であり、賢く清く優しい王でなければならない
と言う条件が付随した

これにあてはまるものでなければ帝位に付いてはならない

半分は神であり、非実在的存在であるがゆえに皇と同様、汚しようがない


三皇五帝は、神か、神の親類でなければ用いてはならない称号なのだから名乗れるものはこの世にいない
この世にいないからこの世からは汚しようがないんだ

死ぬと神になれるという設定があるため死亡後に帝の号が付与される事もある

関羽などの人気キャラも死後にセンテイタイセイという名前で、帝の字を用いて崇められている


■伝統陵辱編

三王、春秋五覇
■三王
王とは矛であり、首をはねる者、そして権力を意味する。
すなわち権力者そのもの
しかし翻訳すると罰を与える権利と武を支配する者を意味する。
権力のトップの事だ
概ね、聞かなくてもわかる王のイメージ通りな意味

しかし、これだけでは唯の有害なクズである。権力の豚みたいな意味でしかない

しかし本来の王の意味はこれだけではない

歴代の三王に指定されている王は、いずれも仁者であり、慈悲深く清く正しく優しい王様ばかりだったのだという

古代中華の王というと、愚王が人をすぐ処刑するようなイメージがあるが
三王は、そういう王ではなかった


人が人を裁くのであれば、人を裁く権利を有する権力者とはかくあるべし
ってことで。

王とは徳でもって国を収めるものだ

ということになった

法によって国を治めると言う以前の時代の号

これにより三王の持つ性格的属性が「王の意味」に付与された

王を名乗るならば、清く優しく正しい権力者でなければならないという意味に更新された

三皇五帝と異なり実用的で、実在がほぼ確実視されている時代の王

国民にとっては都合がいい意味が王にはあった

まあ帝はまだいい、王に似た意味がある

王を名乗るなら善政をしなければならない
善政をしない王など王ではない


■春秋五覇
しかし仁者であっても、王号を名乗る事が許されなかった

王号は、楚の王と、周王朝の歴代王にのみ許された呼称だった

楚王に王位が許されている理由
楚王は周王朝設立に協力した殷の紂王の親戚、もしくは兄弟
楚王は、紂王とは血を分けた兄弟だが、殷の紂王の暴政が目に余るため、殷の紂王の討伐に参加し協力し貢献した。

殷は商とも言う。というか今は商と言う
商の紂王か、小学生の厨房って意味か?

ゆえに楚王に「王を名乗る事は許さない」とまでは周王朝も言えなかったのかな?楚王は、周の文王が王位に付く前から、元々王だったんだ

ゆえに、他の各地の王は「公」を名乗った
桓公の桓「公」というように

公とはボスを意味する。
貴族の位
王に次ぐ最高位か。

すなわち、公とは、俗に言う王を感覚的には指すが、王と同列ではなく一段落ちる

「覇」の本編はここからだ

しかし周王朝も時代を経て腐敗し、清く優しい王ばかりが王を名乗っているわけではなくなった

王という称号はまず周王朝の王によって汚された

周王朝の王に2代続けてゴミが出て、周王朝の権威と王の権威が低下していった

周の没落により各地の公が王を名乗るようになった

キングダムの秦王嬴政も、秦公嬴政ではなく、王や大王を名乗る

しかし逆に皆が一斉に王を名乗ったため、逆に王には価値がなくなった

そこで、この時代のトップを決めようぜ!ということになった

喧嘩が強く、喧嘩で人を助け、喧嘩で悪を成敗し、喧嘩で物事を解決し、喧嘩の強さで人望を得る者を「覇」と呼んだ。時代の覇者

その中で最も優れた五名の覇者を春秋五覇という

候補は7名-8名ほどいる

喧嘩以外も優れた王者だったが

筆頭とされる覇者が管仲を用いた桓公だ
管仲の言うとおりにしたらすべてがうまくいって覇者に上り詰めたとされる

「赤ちゃんってぷにぷにしててうまそーじゃね?」

と料理人の前で古代ジョークをかましたら、本当に料理人が自分の子供を料理して忠誠心を示したというクズエピソードを持つが料理人は、料理の腕は一流だったらしい

そんなクズなことをやって忠誠心を示すクズは信用するなと至極真っ当な事を管仲は言ったが信用してひでえ目にあったクズエピソードがあるが

喧嘩が強ければ「覇号」はいいんだよ多少喧嘩以外のところにムラがあっても

候補が7-8名いるが
日本語では春秋五覇という呼び名のほうが語感がいい

天下の覇を競い、血で血を洗う戦乱の世が数百年続き
遂に中華の統一王が出現

馬鹿だから皇帝を名乗った

神の親戚でもない、神そのものでもない
賢く清く優しい王様でもない

唯の人間が皇帝を名乗り、自らを「真人」と呼び、人を罪に陥れていった
人格がクズそのものだった

キングダムどうするんだろうな
嬴政に、魔物が乗り移るとか、そういう展開になるのかな?


オカルト描写を今のうちに増やしていかないと


孔子などの中国の哲学者は法によって、国を治める事は反対していた
法の奴隷が出現するためだ

今で言う正義マンのタチが悪いバージョン
正義ハラスメント

法、刑罰ハラスメント

孔子の危惧を具現化させ道徳の崩壊が起きて、罪なきものを罪に陥れ、斬首しまくった

法律違反=悪人や悪党を意味しない
悪い事を好んでする非道な人間=悪党や悪人を意味する

悪法は、善悪の根源的な道徳哲学と切って離され作られた法
そのような悪法が多くあった

つまり善人までをも死刑にされる世界の到来
法律違反に問いまくる官僚こそが善人とされた

この世を善で満たすのだ!

どっかで聴いたと思ったらデスノートのキラのキャラだなww

僕が新世界の神となる!
紙に書いたら死ぬ=法律

というのも共通している


悪いやつは許さないぞ!
と言いつつ
最低最悪の「法の使い方」をした

悪いやつは許さないぞ!
と言うやつこそが巨悪であるという世界に突入

「皇」の権威「帝」の権威を利用し「法」を悪用し、斬首、腰切り(腰から真っ二つ)、鼻削ぎ、牛裂き、拷問刑とやりたい放題

陵遅刑だったかな
陵遅刑もこの当たりで考案された刑だったかな

民を苦しめる悪法を作る権力こそは最大の悪という価値観は
始皇帝の秦が創る悪法によって広められた

言論も、書の弾圧までをも行う

しかし法治主義そのものが悪ということにはされず、その後は悪法を改正し法治主義は使われ続けた

これによって「皇」と「帝」が決定的に汚れていった

クリリンはいいやつだった

三王はいいやつだった
という歴史から王はいいやつという意味は付与された

これは

「皇」と「帝」が悪いやつなら、「皇」と「帝」とは悪いやつが名乗る悪の称号という意味が付与されてしまう事を意味する

帝国主義なども侵略国みたいな悪い意味がある


神ではないやつが皇を名乗り
聖者でもないやつが帝を名乗り、圧政を行った

しかし、始皇帝は始皇帝の座に10数年居座ったあと、寿命か病死でくたばった
健康法と称して毒物をよく口にしていたらしい
毒を食って体が蝕まれて死ぬ事を病死と呼ぶのかどうなのかわからん
これを寿命と呼んでもいいのかわからんため、ある種の怪死と言える

そもそも寿命という概念が曖昧な概念なのか

二代目皇帝を退治した楚王を名乗ったクズがいた
項羽、項籍というクズだった

まあ実際、退治したのは三代目の秦の皇帝であり、実際、直接、三代目を退治したのは劉邦だった。まあ退治というより降伏させた。

三代目は別にクズではなかったとされる。クズではなく、皇帝でいた期間も短く、統一王朝である秦国をクズの国にした宦官を退治してから劉邦に降伏した皇帝でもあったが

項羽に引き渡され、退治する必要性がない善性を持つ皇帝を一方的に殺した


まあ邪魔な存在ではある
三代目には人望と王の器があった、項羽にとっては邪魔な存在。

まあそういう文脈ではなく秦国に苦しめられた住民の怒りを収める生贄として殺害した

項羽はクズでありながら
病人を見ると涙を流して同情し
困っている者を見ると自分の食べ物を分け与えるという「仁なる心」を持っていたそうな・・・

自己責任連呼厨であるおまえらよりもよっぽどマシな性格をしている
項羽は困った人間を助ける
おまえらは自己責任主義を吹聴し、人を責め立てる

項羽には王の器があるといえる

子供と女にも項羽は優しかった

しかし同時に虐殺魔で、感情の起伏が激しく
大義なき主君殺しを行うクズで、恩賞をケチるケチで、嫉妬深い
挙げ句、殺人大好き野郎だった

王の器があるように見えて、全く王の器が無い男という二面性があった

しかし、まさに時代の覇者であり、喧嘩は最強、歴代最強。何百年も争いばかりやっていると、とんでもない戦士が時々産まれるが、その中でも最強の男

逸話が事実なら人類最強のレベルだ

しかし「優しい人」と自分の事を評していた。

実際、武によって人助けをした数は凄まじい数ではあった事だろう
正義感が欠落しているわけではない

だがそれ以上に虐殺をした
ムカつくことがあるとすぐ人を殺したくなる、サイコキラーの性質を持つ

覇号にはふさわしいが王と呼ぶにはふさわしい人間性ではなかった

始皇帝のマネをして皇帝を名乗りたくねーし。
俺は神でもないし、あんなクズのマネはしたくない
しかし仁の心は持っているが
仁なる行為から湧き出る徳だけで王になったわけでもない


ということで「覇」と「王」を組み合わせ、西楚の「覇王」を号し
新たな統一王朝を創始し、覇王を名乗った


「覇」はある意味汚れようがない
喧嘩が強ければオールOK。喧嘩で人助けすればいいんだろ?みたいな意味だ

覇を英語で言うならマッスルヘッド
ちなみに外人にマッスルヘッドと言っても通じないぞ?

試してみた

脳は筋肉を統括する為に作られた頭蓋に入った臓器なのにな
脳を筋肉のために使わないで何に使う気なんだろうな?


覇号は汚す前に既に汚れているwwwというおかしな性質を持つ
まあ弱いやつが名乗れば汚れるかww


しかし王は?


項羽が覇と王を組み合わせ、王も名乗ってしまった事で
春秋五覇時代に既に汚された王号が、徹底的に汚された

かくして中華における王号は、その後はただ、広い領地を持つ王子達を王と呼ぶだけの無価値な称号
あるいは手柄を立てて広い地域・領土を皇帝から頂いた功臣が王位を賜るだけの無価値な称号となった

本来の語義とは無関係になっていった


伝統の悪癖、伝統的価値の形骸化だ


汚れたまま使用したり、形骸化したまま使用する事がある
汚れた服は洗濯してから着るという衛生観念がまだない


理想、建前と現実を一致させようとする努力をしなくなれば
伝統や理想は形骸化を起こし、伝統にも理想にも価値がなくなってゆく

一致させる努力とか言って劉邦は赤龍という神の一派の子孫ゆえに皇帝を名乗ってもOKという努力をしていたが

嘘を付いて騙す努力ではダメだ

だがまあ、劉邦も人間性的にはクズだが始皇帝時代より遥か上の善政を国民相手にはしていたため皇帝の称号はわずかに浄化された
だが部下は粛清しまくりだった



■君が代
何の変哲もない何かを想う歌が始祖ということだ
ラブソングだったかな
島津忠良が作った説がある、あるいはその関係者
戦国期の武将、大名で、島津家の初代みたいなやつだ

つまり1500年代に作詞された歌

オーケストラバージョンだったかな
最初に音楽が付けられたときは明るい曲調の歌だった

聖歌かも、聖歌風君が代かオーケストラバージョンが初代

欧米人が曲をつけたらしい。

歌詞も、ほぼ外国の歌みたいなもんで、日本語では読む事は出来ない
現代日本語ではない。英語とラテン語ほどの差がある

翻訳する必要があるが

カビが生えても愛しているぜ
という内容で、それ以上の意味はない
違うわ、カビがはえるまで愛しているぜ・・・か?w

リアルだよな
人間は死ぬとカビが生えて緑色になる
火葬土葬せず、放置するとw

こわっ


原義としての君が代は、悪の歌でもなんでもない



しかし聖歌風君が代は採用されず、とてつもない暗い曲調が君が代の曲となった


この暗さ、なんだか悲壮感が出ていていいね!


ってことで、軍にも採用された
死にゆく奴らにぴったりだぜ!

戦場でのおまえらのエンドには君が代を歌え


第二次世界大戦中の日本で戦争文脈、国民や戦士を戦奴に変える呪術的な歌として君が代が使われた事で

君が代の意味が更新されてしまい、君が代は汚されていった

日本の兵隊は大半は強制徴収兵された一般のガキ共
強制徴収兵された一般のガキ共だけに、国民や戦士を戦奴に変える呪術的な歌の悪性は何段階かアップする


悲惨な死を遂げる兵士達が歌っていた呪いの歌として

君が代の意味は変貌を遂げていった


原義としては汚れていない
とホザくネトウヨは何もわかっていない


伝統とは原義の事だけを意味しない

歴史や歴史の出来事が意味を付加してしまう

原義も重要ではあるものの時代の出来事に関わってしまうと、意味が更新される事がある事も考慮しなければならない

昨日今日産まれた曲ではなく
昨日今日使われ始めた曲ではないんだ

俺らが歌う君が代とは
君が代2.0バージョン

戦後の君が代なのだ

戦前の君が代が元祖だ
呪いの歌という意味が混入されていない時代の君が代が君が代1.0
あるいは島津忠良が作った歌が1、0

しかし戦後の時代の君が代は君が代2.0
第二次世界大戦の意味が付加し、その後浄化する出来事もなく使われ続けている君が代2.0


各時代で起きた出来事、使っていたやつらによって

意味が更新され、「王の意味」のように「善性のある王様」なる意味が付けられ、良い意味になる事もあれば

意味が時代の出来事によって、更新され

王の称号のように、先述したように、形骸化したり、意味が汚されてゆく事もある

俺らの王のイメージと言えば金正日みたいなバカ殿みたいなやつだ
俺らは意味が更新された後の世界を生きる住人である為だ

王と言えば裸の王様で権力を傘に着たくだらん存在を指す


歴史マニアはもう少しマシなイメージを持っているかもしれないが


原義にこだわる事だけを意味するものではない


ジャップと言う言葉も元々は日本や日本人の略語でしかなかったが
米国の日系人収容所に関わる事で多用されたり
大戦期、戦前に馬鹿にする意味を込めて外国で使用された事で
ジャップの本来である日本人を指す略語
という意味に変化が生じ、差別的意味合いを持つようになり、差別用語と言う意味が付随され定着

世界各国で差別用語でNG用語になっていった

しかし日本人が日本人に使う分にはOKという差別業界の謎ルールがある

文字を見ただけではJAPの何処の何が差別用語なのか全くわからない
歴史を見なければ意味が読み取れないように出来ている


わかったかジャップよ、わからねーと収容所送りにしちまうぞ?


原義にのみこだわるのであれば、ジャップという言葉は差別用語でも何でもないということにできる

日系人収容所とは無関係な国では差別用語に指定されていないケースもある
指定されていたとしても知らないというケースもある

日本にえんもゆかりもほぼ無い国ってのはあるだろうしな

君が代を汚したくないのであれば、汚れた戦争で使うべきではなかった

キレーな戦争で使っていれば、まだかばうことは出来た


その上で同様に、天皇とは何なのか?と問う事もできる

現地、中国では始皇帝によって「皇」の意味は汚された

後に続く雑魚皇帝、残虐皇帝達によって形骸化された概念に成り果てた

名君もいたが、暗愚な皇帝のほうが圧倒的に多く暴君も多い
暴君にして名君というどっち付かずのタイプも多いよな

光武帝のような非の打ち所のない名君もいたが、皇帝生活は人を堕落させる要素で満ち溢れた生活となるため、クズになりやすい


女一万人とやり放題


神でもないのに恐れ多くも神を自称してしまったところは始皇帝と同じ

始皇帝の前の時代に、本場の中華で「皇」を名乗ったら、それだけで攻めらかねんわ

そして日本の天ちゃんも愛国心発揚の材料として戦争で使われてしまっている

しかし、その後の天ちゃんの振る舞いや発言によって多少は浄化された

伝統とは、汚す事もできれば浄化する事も出来るが、だいたい汚されてゆく

本場では汚された、日本でも汚されたが
日本では歴史を踏むことで日本式の意味が付け加えられもした

大臣や各省庁、権力への権威付けの為の皇位
権力を持たせないだの、天皇を冒涜するような使い方もされている


天皇批判、天皇の肯定というのはじつは深い
知識なくして出来る事ではない

しかしある意味どうでもいい

全ては、もはや伝統が汚された後の世界に現存する人間達は生きている


望んでもいないのに日本で産まれ、なんだかわからんうちに学校という強制収容所に入れられ、椅子に座らせ続けられるという妙な拷問を受け
学校で、マウント合戦を繰り広げ、マウント合戦を制したと思ったらコロナで休校

神道や日本神話すら学ばず、天皇とは無関係な領域で意味もなくだらだらとぼーーーっとしながら生きていく

というのが人間の一生

ほんとにそれが人間の一生かどうかは不明だが・・・w
子供時代のマウントのことしか言ってねーじゃねえかwww



しかし、こういった知識は、マジで役に立たない
古代中国史マニアゆえに学ぶ快楽があるため、快楽の足しになるってことで役に立つ

しかしマニアでなければ学びに快楽も情熱もない

そういう文脈でなければ何の意味も価値も快楽もなく、役に立つものでもない

ということを書いていたら、令和元年が終わってた


しかし役には立たないが、こうは思わないか?


天皇がなにかも知らないのに天皇を肯定する
神道の事なんか何も知らないのに天皇を肯定する
日本神話なんか何も知らないのに天皇を肯定する
天皇の語源のことなんか何も知らないのに天皇を肯定する



おまえらこそが最も謎の物体

おまえらこそが、伝統の形骸化を象徴する存在だと思わんか?