機械の心が欲しいと思ったことがよくある。どんなことが起きても動揺しない心が欲しいとね。
でも最近は胸に込み上げるものがあって泣くことがある。実際は涙をこらえるのが下手くそなんだ。どんなに我慢しても咽び泣いたり涙だけが数滴ポロポロとでてくる。
俺が流す涙は死にたいしてのものだけ。
親友の恋人を好きになってしまったらどうする? ブログネタ:親友の恋人を好きになってしまったらどうする? 参加中
愛情より友情をとる。矛盾が生じるかもしれないが親友の彼女を好きになっても自分の心に閉じ込めて親友の幸せを祈るだろう。
逆に親友が俺の彼女を好きになってしまったら同じようにしてほしい。友情を愛情で壊さないで欲しいから。もしそのようなことがあったとしたら俺は鬼となるだろう。


まっ、無いけどね。俺をわかっている人間なら俺を怒らせたら怖いってわかっているだろうから。
大人になって良かったことは? ブログネタ:大人になって良かったことは? 参加中
子供はいつも親に頼る。主に経済面、生活面だ。



働くようになって誰にも迷惑かけずに自由なことができるようになった。学生まではいろんな物事に我慢しすぎて今のような堅い人間になってしまったのかな?と思う。


大人の定義はわからないけれど自由は最高だ。ちょっと自由を覚えるのが遅かったかもしれないけどね…

でもこれから!
友情と愛情、どっちが大事? ブログネタ:友情と愛情、どっちが大事? 参加中
男の熱い友情も素晴らしいけれど一生涯一人の女性を愛し続ける、俺は後者の方を選びます。
もちろん友情の中に愛情も存在するけれど愛情の中に友情は存在しません。
面白い友達、頼りになる友達、優しい友達いろんな友達がいるけれどたった一人の愛する女性には歯が立たないと思います。そういう恋をして結婚したいと思います。女性には男性にない力があります。俺を全部包んでくれる優しさ、柔らかさ…俺が赤ちゃんに感じたものをその女性には感じ取ってもらいたいです。
その代償といったらなんですけどその女性のために自分自身を犠牲にするのは全く躊躇しません。それが俺の愛。甘えさせてもらう代わりに自分自身が犠牲になります。
なんか変ですが俺が必要としているのは愛情です。


あっ、お互いを尊重し、許し合い、心配し合い…自分以外を自分と同じように関心をもつこと。それも愛だね。

終わり
先週の土曜日から預り犬モモが来ました。当初三週間泊まる話でしたがご主人様の体調が悪くなり早めの帰宅になりました。わがままで人間の姿を見ないと吠えっぱなしで接骨院内を徘徊してみんなに癒しをプレゼント。
おしっこはしつけされてなく…初めての家だからわからなかったのかな?ところかまわずおしっこチョロチョロ。
三時のおやつは欠かさずはじめは上手く食べられなかったね。緊張してたのかご飯も最初は食べなかったくせに二日目からはブーブー言いながら全部たいらげちゃって可愛かったよ!
もっと一緒にいたかったけどご主人様と一緒のモモちゃんを見せつけられたら負けちゃった。また来てね!もう八十歳のおじいちゃんなんだから無理するんじゃないよ。うちの犬も仲良くしてくれてモモちゃんと五日間の思い出だけどありがとうね!
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午前中は仕事!
午後6時から近隣接骨院の先生達との新年会。先生達は四十代、五十代、六十代。話すことも緊張して疲れたけど全員にお酒を注いで挨拶できたから良かった…正直疲れました。そんで遅刻ギリギリだからちょっと注意を受けました。絆創膏の赤城衆議院議員も来てました。

うんこちんちん
俺には何人、いくつあるのだろう。
うちで約二十年一生懸命働いてくれたお手伝いさんがガンに侵されました。そのお手伝いさんは自分を犠牲にしてまで仕事をしてくれる方で体が痛いのにギリギリまで仕事をしてくれて一切泣き言を言わないから急激に痩せたのは気づいていたのだけれど先週の検査では手の施しようのない状態、よくここまで我慢していましたねと医者から言われたそうです。
仕事を覚えるのが苦手でしたが覚えたら確実でした。一番年老いていたのに一番動いてくれました。とても頑張ってくれて何もできないから母親は毎日面会に行って看病しています。今の状態はあと1ヶ月くらいでそれからは衰弱するそうです。
俺は大切な人をまた失おうとしています。とても悲しく悔しく寂しいです。
今日は泣きました。いつも楽しみにしていたブログの犬、そーりが亡くなってしまったようです。本当にかわいらしく、おとなしく、とぼけた感じの犬で自分の犬達と同じような眼差しでそのブログを読んでいました。もちろん会ったことも触ったこともない犬にこんなに気持ちが入るなんて不思議なくらいかわいかったです。
そーり、ありがとう。
聞こえるのは蛍光灯の発する音だけ

不思議なこと、疑問がたくさんありすぎて自分が狂っているのかと思うときがある。だいたいこんなことを考えているときは答えのないたいした問題ではない。

世界の時間を止めて Googleの衛星写真のように 宇宙から自分を眺めた時 自分が約七十億の一人として ちっぽけな存在であって それを人類誕生から考えると 自分は人間が生まれてから何番目に産まれたかとか またまたあの子はどうしてるのだろうかとか、 まぁ自分自身でもよくわからないことを考える自分はまともなのかそうでないのか心配になってくる。自分を心配するなんて正常な人間がするものかどうかわからないけど明日は餃子が食える。嬉しい。ただそれだけ。
諦め



仕事マシーンになって二年弱、いろんなことに反発しようと頑張ろうとした。だが自分は一人しかいなくそれ以上の力はない。ただ自分の意志を貫き通すために他人に頼ることなく立ち止まらないことだ。百ある力を一ずつ使っても十ずつ使っても結果的には百までしか力は続かない。



仕事のために起きて、仕事のために食い、仕事のために勉強し、仕事のために寝る。この時に余計な雑念は生まれない。ただその仕事を完遂することだけを考え生き続ける。ワタスの場合はその仕事は人間を対象にしているから相手を想い、状態が心地よい方へ進ませなければならない。相手は不安だからワタスの知識をあるだけ伝える。嫌なことを言われても我慢、この人達は知能、倫理、道徳なんてないんだなと想いながらも仕事を完遂することだけを考える。その中から得たものも大きい。この環境にならなかったら味わえなかったと思うと自ら厳しい環境へ追い込むのも悪くはない。ただワタスは一人だ。限界があるから力以上の力は発揮できない。

雑念が入らない。以前にワタスは今ある可能性を発揮できない余力に無念さを覚えた時期があったが今はバカだったなと思った。鬱かもしれないと思ったこともあったが今はない。思う時間も余力も甘えもない。自分に対して同情することはバカがすることだと悟った。

現在自分は頑張っていると胸を張って言える。今受け持っている骨折の患者さん六名、近くの医者からも紹介を受け患者さんが来てくれるようになった。なりたいと思った医者から頼られた自分は少し成長しているんだと思う。接骨院院長、柔道道場館長という肩書きはすべて父親から譲り受けたものだが天国の父親に少しでも誉めてもらえるように努力するだけ。

他は諦め。俺はやれる、成功する。俺だからできる。