現実創造における「投影」ってすごく
シンプルなんじゃないのかなーって、
そして投影ってやっぱり一つの真理な
んだろうなーって最近はよく思います
鏡の前に立っている自分が笑顔になれ
ば鏡に映る自分も笑顔になりますよね
逆に言えば鏡の前に立っている自分が
笑顔にならない限り鏡に映る自分も笑
顔にはなりませんよね
「在り方が先で現実が後」
それがすべてなんだと思います
在り方:主に内面である思考/思い込
み,感情
現実:在り方(内面)の映し鏡
シンプルに自分の在り方(内面)が時間
という経過を経て在り方(内面)の映し
鏡である「現実」という世界に映し出
されるということなんじゃないのかな
ーって
それは潜在意識関連で語られることも
多い「なる」にも言えることなんだと
思います
「こうありたい!」
「こうなりたい!」
っていう在り方のままじゃ、その"あり
たい"や"なりたい"と思うようになった
自分にとって不足を感じている現実に
とどまっていることをただ宣言/アピー
ルし続けているだけで現実は何も変わ
らない
だから今この時点で願いが叶った自分
に先に内面で「なって」しまう
後は叶っているのだから叶えるために
と考えて自発的に何か行動を起こすこ
とは特に必要ない
なぜなら叶っていることは叶えようと
は思わないから
だから先に内面で叶っている自分にな
ってしまって、その在り方でいること
で現実(=鏡)に映し出す為に必要な行
動があれば自然な流れでそこに導かれ
そしてそれを受け入れ行動に移してゆ
くことで願望が実際に現実のものとな
るのが「なる」なんじゃないのかなぁ
と
そして「願い事手帖」で願いが叶うと
いうのも同じような考え方になるんだ
と思います
『願い事を書いた後はその手帖を度々
見返すことなく書いた事を忘れるぐら
いの意識でいるといつの間にかその願
いが叶っている』
というものですけど、これは「願い事
を書いてもうその願望が叶っている自
分にして、後は何度も手帖を見返して
叶ってないとかいつ叶うんだろうとい
ったそういう矛盾した行為を生まない
ように書いた後は出来るだけ書いたこ
とを忘れるようにする」というこ
となんだと思います
あと「執着を捨てる」とか「手放す」
とかも同じで、叶っている在り方から
したら執着もぎゅっと握りしめている
状態もそれはとても変てこりんな在り
方をしていることになり、結局「叶っ
てない」が現実に投影され続け望みを
いつまでも現実のものにすることが出
来ないからだと僕は解釈しています
だから「在り方(=内面)が先で現実(=
鏡)が後」という考え方を投影と呼ぶの
ならばやっぱり投影は一つの真理なん
だろうなーと思います
幸せだなぁと思える出来事が起こるか
ら幸せを感じるのではなくて幸せだな
ぁ(=在り方)って思うから現実(=鏡)も
幸せだなぁと思える世界になる
愛されてるなぁと思える出来事が起こ
るから愛されてると感じるのではなく
て愛されてるなぁ(=在り方)って思うか
ら現実(=鏡)も愛されてるなぁと思え
る世界になる
だってそうですよね?
鏡は自分からアクション取れませんよ
ね?
対象をそっくりそのまま映し出すのが
仕事ですもん
だから鏡(=現実)に何を映し出すのか
はこっちが決めなきゃいけないんです
よね
違う言い方をすれば鏡(=現実)に何を
映し出すのかはこちらが決められると
いうことなんですよね
それがないといわゆる「無意識」とい
う指針がない状態を示していることに
なるものだから、その時々の気まぐれ
な自分の在り方が現実に映し出される
ことになりあっちに振られこっちに振
られして疲れてしまったりする
だから自分の望む在り方をはっきりと
決めて(=意図して)現実という名の鏡
に何を映し出すのかをはっきりと伝え
ることが大切なんだと思います
なんだか当たり前のこと言ってますか
ね??
確かにこういう話って特に珍しい話で
もないとも思うんですけどでも何だか
今の自分にはとても新鮮に感じられて
すーっと入ってくる感覚だったので
BLOGに書いてみました
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