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今年のノーベル賞が10月5日以降、連日、各分野ごとに発表となりました。
日本人では医学・生理学賞に北里大学特別栄誉教授の大村智氏、物理学賞では東京大学宇宙線研究所所長の梶田隆章氏が受賞しました。
 
また、文学賞では村上春樹氏が候補と噂されていましたが、残念ながら受賞はなりませんでした。
 
ここで思う事が私にはあります。
文学賞を受賞した方について、日本のメディアでは殆ど取り上げられない事です。
見方を変えれば、日本人は自国の受賞者、または、受賞者候補にのみ関心があって、他国の方には興味が無いのではないかという事。
 
ノーベル文学賞を受賞したのは、ベラルーシのジャーナリストでスベトラーナ・アレクシエービッチ氏。
共産圏に生まれ、戦争や核について多くの著書を残し、現代社会に警鐘を鳴らし続けている作家です。
 
内容は、第二次世界大戦からアフガニスタン侵攻、核の脅威、チェルノブイリ原発事故と様々。
そして、近年、福島の原発事故にまで言及しています。
 
 
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何重にも管理され、絶対事故など起こらない安全対策がとられていると言われていた原子力発電所での事故。
チェルノブイリは今も半径30km圏内の立入禁止措置が続いています。
 
 
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福島での原発事故。
報道される回数も、国民の関心も減った様に感じるのは私だけではないはず。
実際の現場は、まだ、何も解決していないのが現状です。
毎日300トンもの地下水が原子炉建屋に流れ込み、汚染水となっている現実を、もっと重要な事として捉えなければならないし、今後の核燃料の取出し、建屋の解体、除染など、国として、何よりも先に(オリンピックどころではない)取り組まなければならない最重要事項だと私は思うのです。
 
翻訳された内容ではありますが、スベトラーナ・アレクシエービッチ氏から日本へのメッセージで印象深い言葉があったので紹介したいと思います。(抜粋)
 
原子力は軍事用も平和利用も同じこと。
同じく人間を殺してしまう。
世界3位の経済力を持つ国が平和利用の原子力を前になすすべを知らない。
進歩という名のあとに残ったのは進歩の残骸ばかり。
進歩という蜃気楼の墓場だ。
原子炉の安全装置は最高レベルといわれながら、大地震の前には取るに足らない子供服のように役立たなかった。
誰もいなくなった土地、立ち並ぶ空き家、畑は野生の森に戻り、人が住むべき家々には野生の動物たちが住んでいた。
電気の通っていない電線が何百と放置され、何百キロもの道はどこにも行き着かない。
福島ではまた新たな問題が起きている。
私は過去についての本を書いていたのに、それは未来のことだったとは!