地球から百数十億光年離れた星からの光が届く。
我々はそれの百数十億年前の光を今見ている。
どうやってそんな途方もない場所までの距離を導き出したのか知らないけど。
その光がやって来た先では既に百数十億年が過ぎている。
いかな恒星でもそんな途方もない歳月が過ぎれば、大抵消滅しているのではないか。
星が消滅する時に、時おりブラックホールが出現する。
これもまた理論上の事でしかない。
たとえその存在を肯定出来るような「光」を観測したとしても、現在のありようを察する事は出来ない。
つまり極端な話、我々がそれら遠方の星を有ると見なしているのは、
ただそこから到来したと思われるわずかな光を捉えたからに過ぎない。
状況証拠としては明らかにお粗末と言わざるを得ない。
誰もそんな宇宙の果てまで行って、実際にブラックホールなるものを見て来たわけでもない。
こんな光のタイムラグを見る時、我々が存在を理解するのはそれらの観測による事が分かる。
つまり我々に観測され得ないものは、どう転んでも「存在する」とは呼べない。
理論上は我々のいない世界、宇宙は存在可能であっても、
「存在する」と言う言葉が示すのは、
我々がそれを客観的に観測したか否かにかかっている。
我々はそれの百数十億年前の光を今見ている。
どうやってそんな途方もない場所までの距離を導き出したのか知らないけど。
その光がやって来た先では既に百数十億年が過ぎている。
いかな恒星でもそんな途方もない歳月が過ぎれば、大抵消滅しているのではないか。
星が消滅する時に、時おりブラックホールが出現する。
これもまた理論上の事でしかない。
たとえその存在を肯定出来るような「光」を観測したとしても、現在のありようを察する事は出来ない。
つまり極端な話、我々がそれら遠方の星を有ると見なしているのは、
ただそこから到来したと思われるわずかな光を捉えたからに過ぎない。
状況証拠としては明らかにお粗末と言わざるを得ない。
誰もそんな宇宙の果てまで行って、実際にブラックホールなるものを見て来たわけでもない。
こんな光のタイムラグを見る時、我々が存在を理解するのはそれらの観測による事が分かる。
つまり我々に観測され得ないものは、どう転んでも「存在する」とは呼べない。
理論上は我々のいない世界、宇宙は存在可能であっても、
「存在する」と言う言葉が示すのは、
我々がそれを客観的に観測したか否かにかかっている。