札幌市山鼻で心と体のデトックスRoomをしています 中田法子です
今日は11年前に亡くなった父の命日
お正月、実家で皆で楽しく過ごし
子ども達が「じいちゃん、また来るね~元気でね」
「待ってるぞ!元気でいるぞ~」と・・
別れた次の日の朝早く母からの電話
お風呂で亡くなっていたと・・・
突然のことでした
でも、亡くなる一ヶ月前に
父は白内障の手術のため当別の我が家に三週間ほど来てて
私が病院の送迎をしつつ
私たち家族と一緒にご飯を食べたり
一緒に買い物に行ったり
孫たちと共に過ごす時間がとても嬉しそうでした
父の子どもの頃のこと
商売(靴鞄店)をしていた頃のこと
私が全く知らなかった父の苦労
エッ!!そんなことがあったの??なんて思う話も飛び出して・・
初めて聞く話がたくさん!
父はそれまでそんなことはいっさい口に出さずにいたんだね
母に聞かれたくなかったのかな(笑)
今思うと、娘家族との時間を神様がちゃ~んと用意しておいてくれたんだなぁ~と思うのです
父も母も
父方の祖父母も
母方の祖父母も
申し合わせたかのように全員が冬に旅立ちました
12月と1月は思い出深く
有限の命という「限り身」の肉体だからこそ
与えられた命を大切に
今、目の前にあることに感謝して生きる
2026年、年の初めにあらためて思う私がいます
父や母や祖父母が刻んできた長い人生の最期を思う時
遺された者たちにとって
その日々の思い出がかなしみと共に生きていくための原動力になるのだなぁ~
今では、心からそう思う自分がいるのです
悲しくても眠れる
悲しいのにお腹はすく
そうやって悲しみは少しずつ少しずつ日常生活の中にやさしく溶け込んでいく
そして
ふと気づいたら
かなしみを胸に抱きながら
亡くなった大好きな人たちや
愛犬レオと共に生きていることに気づかされます
どのような亡くなり方をしても
いろんなことがあったけど、いい人生だったよね・・
と心から言えるその日がくるまで
遺された者たちが様々なものがたりを紡いでいくことが必要なのかもしれませんね
その人が「生きた意味や証」を語りついでいくことが大事なことだと思うのです
家族や友人や愛犬が亡くなってすぐのときにはできなかったけれど
大切な人たちが
この世に生まれてきたこと
この世で一生懸命に生きたこと・・
その年月を思った時
大切な人たちへの思いを言葉にすることは
とても大事なことだと思うようになりました
「死」を
なかったこと
悲しい
辛い
そのままで終わらせないことが大事だと思うから