2025年 3月 16日(日)
今日の気分は?
今日のまんぞくした瞬間
ずっと食べたかった
念願の搾りたてモンブラン
極細に絞られた栗のペーストは、ふんわり繊細で、口に入れた瞬間すっと溶ける
ただひたすら、モンブランを堪能する幸せまた絶対に食べたい![]()
ずっと食べたかった
念願の搾りたてモンブラン
極細に絞られた栗のペーストは、ふんわり繊細で、口に入れた瞬間すっと溶ける
ただひたすら、モンブランを堪能する幸せまた絶対に食べたい![]()
娘が1週間くらい前から悩んでいる。
「定時制に変わりたい。」
定時制が悪いなんて微塵も思っていない。むしろ、今の時代の子どもたちに、今の日本の高校教育は合っているのか?と疑問に思うことが多い。未だにツーブロック禁止なんていう校則が改正されていないことにも違和感を覚える。見た目の印象は心理学的にも重要なのに、「見られることを意識した自己プロデュース」を学校で教えてくれてもいいくらいだ。
なぜ娘は定時制に行きたいのか?
「今すぐ、幸せになりたいの。」
娘から出たその言葉が、心に引っかかった。
「あんたの考える幸せって何?」
「自由に髪を染めて、メイクもして、爪も可愛くしたい。それから、バイトをして推し活の費用を貯めたい。」
「どんな髪色にしたいの?」
「金髪にして、爪もつけたい。」
「それが、あなたの幸せ?」
「そう。」
娘の目は本気だった。でも、私はそこで問いかける。
「大学生になれば、それ全部できるよ?」
「みんなそう言うよね。でも私は待ちたくないの。今すぐ幸せになりたい!」
娘は切実に訴えている。でも私は、少し違う視点を投げかけた。
「じゃあ、仮に学校を辞めて定時制に通ったとしよう。金髪にして、爪をつけた。バイトを探すとして…何ができる?」
「……。」
「飲食業は厳しいよね?」
娘は黙り込んだ。
「バイトに入ったとして、10万円稼ぐにはどれだけ働かなくちゃいけないか考えたことある?推しを眺める時間はちゃんと作れる?」
「……。」
「でもね、高校を卒業すると、就職の選択肢は一気に広がる。10万円以上の収入も得られる。」
娘は、定時制に通っているネット仲間のことを話してくれた。
「定時制に行ってる子、多いんだよね。みんな自由もあるし、バイトで軍資金も稼いでる。それが羨ましいと思った。」
「じゃあ、その子たちは『私、幸せ!この生活最高!』って言ってる?」
娘は、少し考えてから言った。
「……ううん。なんかみんな不幸せそうなんだよね。お先真っ暗って言ってる。」
「なんでだろうね?」
娘はまた黙った。
自由を手にしたはずなのに、幸せじゃない。 それは何を意味するのか。
私は決して「定時制に行くな」と言いたいわけじゃない。どんな道を選んでも、その先でしっかり歩いていけるなら、それでいい。でも、娘の「今すぐ幸せになりたい」という言葉が、少し違う方向を向いている気がした。
それは本当に「幸せ」なのか? それとも、ただの「解放」?
自由を求める気持ちは痛いほどわかる。
でも、自由は「与えられるもの」じゃなくて、「掴みにいくもの」だと思う。
限られたルールの中で、できることを最大限楽しむ力をつけてほしい。
その先に、自分の手で本当の自由を手に入れる力が育っていく。
やりたいことがバイトと金髪とネイルなら、少しだけ我慢して、
「今すぐ」よりも「少し先」を見据える勇気を持ってほしい。
人生で一番痛かった――シミ治療の照射
「汚れたものを綺麗にするのに、痛みを伴わないものはない」
お医者さまに言われた"おっしゃるとおり"と思ったけど、これは想像を超えていた。
シミ治療のためのレーザー照射。
歯の麻酔のようにチクッとするくらいだろうと思っていたら、現実は肌の表面を火で炙られているような痛み。生きてきて味わったことがない痛みだった。
治療中「これは人が我慢できるレベルですか?」と看護師さんに質問しながら次の照射の痛みに自分は耐えられるか?考える。「ええ、まぁ痛みの感じ方は人それぞれですが、、」と回答受けながらまた照射。痛い😣
今までの人生で一番痛かった。
それくらいの衝撃だった。
でも、終わったあとの出来は「やってよかった」と思えた。
コンシーラーを厚塗りする必要もない毎日😊自信がみなぎる!
「キレイになるための痛み」というのは、人を前向きにするものらしい。
あれから3年、、、
シミが再び濃くなってきている。すごく迷っている。痛みの恐怖とキレイになる葛藤。選べない、、、