退職することに決めた
70歳まで働くつもりだった
54歳でこの職場に入職したとき、私は70歳まで働くつもりでいました。
臨床検査技師という仕事に誇りを持っていましたし、体が動く限り現場に立ちたいと思っていたからです。
それから10年。気づけば64歳になり、私はこの春、退職を決めました。![]()
寿
このブログでは、10年間の検査室での出来事を振り返りながら、なぜ辞めることにしたのか、そして辞めると決めた瞬間に感じた不思議な軽さについて書いておきたいと思います。
同じように職場の変化や人間関係で悩んでいる方に、少しでも届けばうれしいです。![]()
入職当初 ― 主任さんと二人三脚だった日々
入職した当初、検査室は主任さんと私の二人体制でした。
私は主に心電図と生化学を担当し、いくつかの委員会活動にも参加していました。
人数は少なくても、お互いの役割がはっきりしていて、安定した日々だったように思います。![]()
主任の退職と、目まぐるしく入れ替わったスタッフたち
そんな主任さんも60歳で退職することになり、引き継ぎの方が入職しました。
その方とは2〜3年ほど一緒に働きましたが、寿退社という形で職場を去られました。
その後に入ってきた方のことは、今でもはっきり覚えています。面接で「〇〇はできますか?」と聞かれ「できる」と答えていたそうですが、実際にはできませんでした。
理由を尋ねると、悪びれる様子もなく「だって、できないと言ったら受からないと思ったから、そう言うしかなかったんですよ」と答えたのです。
周りのスタッフは、その堂々とした返答に言葉を失いました。
その方が辞めたあとは、系列病院で技師長をされていた方が入職しました。
小さな衝突はありながらも、まずまずうまくやっていけたと思います。
ですが、その方も定年退職を迎えられました。![]()
「今までで最悪」だった次の担当者
その次に来た方は、今までの中で最も大変でした。
それまで積み上げてきたファイリングや備品を無断で処分し、書類の形式も勝手に変えてしまう。ミスは多く、期限内にやるべきことをやらない。
そうした状況が積み重なっていきました。
ちょうどそのころ、私自身も体がきつくなってきたため、フルタイムから週4日のパート勤務に切り替えることにしました。
週0.5日勤務、そして手術の予定
そのタイミングで、系列病院から入ってきた方がリーダーとなりました。
しばらくして、事務長に呼び出され、「今度の契約は最低週0.5日勤務になるかもしれない」と告げられました。
検査室の人員は「2.0人」と決まっているとのことで、今のままでは人員が多いこと、また今後は吸収合併の可能性もあるという話でした。
さらに、私には10月に手術の予定があり、数ヶ月お休みをいただく必要があることを人事に伝えたところ、「それなら契約はできません」と言われました。
これが、最後の決め手になりました。
辞めると決めたら、肩がすごく軽くなった
不思議なことに、「辞めよう」と決めた瞬間、肩がすごく軽くなりました。
10年間、いろいろな人の入れ替わりを見てきました。信頼できる上司もいれば、堂々と嘘をついた人もいました。積み上げてきたものを無断で壊されたこともありました。
そして最後は、人員調整と体調という、自分ではどうにもできない事情に押される形での決断でした。
「70歳まで」という当初の思いからすると、悔しさや寂しさもあります。
でも、決断した瞬間の軽さは、きっと私自身がずっと無理をしていたことの裏返しだったのだと思います。
同じように悩んでいる方へ
もし今、職場の人員問題や体制の変化、体調と仕事の両立に悩んでいる方がいたら、伝えたいことがあります。
「辞める」という決断は、逃げではありません。
また、嫌だったら何度でも逃げてください。
私も転職回数は何十回もあります。
ただ、10人中、わかってくれるのは一人だと思ってください。
そのひとりがいれば、まだ救われます。それでも我慢できなければ、そこはあなたの着地点ではないのです。次に行きましょう。
そうして10年間、変わり続ける職場の中で自分なりに向き合ってきたからこそ、たどり着いた結論です。
決めた瞬間の肩の軽さは、私にとって、それが正しい決断だったというひとつの答えでした。
長年勤めた職場を離れるのは簡単なことではありません。それでも、自分の心と体の声に、少しだけ素直になってもいいのかもしれません。
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