真由美さんの1人息子の翔太君が亡くなってから、
1年が経とうとしていました。 

翔太君は白血病に冒され、
わずか6歳で天に召されました。 

発病するまでの翔太君は、家の中を駆け回ったり、真由美さんをいつも質問攻めにしてしまうような、 溌剌とした利発な子供でした。 

翔太君は 生前 よく“宝探し”をして遊んでいました。 

翔太君は真由美さんの身の回りのものを、こっそり押入れやタンスの奥に隠してしまうのです。 

真由美さんが困った顔をして探していると、素知らぬ顔をして、 「ボクが宝探ししてあげる」と家中の引き出しを開けていきます。 

最後に、やっと見つけ出したよたな顔で、お母さんに隠したものをドヤ顔で渡すのでした。 

そんなかわいい盛りの愛息がいなくなった家は、動きのないがらんとした空洞となってしまいました。 

真由美さんも抜け殻のようになり、
始終、虚しさを抱えていました。 

我が子のことを思い出すたびに、真由美さんは無意識のうちに、小箱を握りしめるようになりました。 

そうすると、少しだけ寂しさが紛れ、
どうしようもない不安が和らぐのでした。 

その箱は、真由美さんが幼いころに、
お祖父さんがくれたものでした。 

初孫だった真由美さんは、
お祖父さんからとても可愛がられて育ちました。 

真由美さんはその箱を、
宝物のように大切にしていました。 

ある朝、真由美さんが夫を仕事に送り出した後、うたた寝をしていると、園児たちのにぎやかな声が 聞こえてきました。 

彼女ははっとして目を覚ましました。 

「そうだ。翔太を起こして、
   遊園地に行かせなくては」 

一瞬、そう思ったのち、もう息子はいないという現実に立ち返ると、やりどころのない虚しさに 真由美さんは打ちひしがれました。 

真由美さんは居ても立ってもいられなくなり、玉手箱が置いてある棚のところに夢遊病者のように歩いていきました。 

ところが、手を伸ばしても小箱がありません。 

ぎょっとして家中をくまなく探し回りましたが、
どうしても玉手箱は見つかりませんでした。 

「大丈夫だよ。そのうちに出てくるよ。また、明日、探してみよう。 疲れているようだから、今日は早く休みなさい」と夫が慰めても、 

「箱がないと ダメ。あれは、お祖父さんがわたしに特別にくれた宝物なの。 今までずっと一緒だったの。玉手箱が自分のそばになかったのは、翔太を産んだお産のときだけなのよ。 

翔太が入院していたときも、いつもそばに置いていたわ。あんなに元気な子がベッドに括りつけられて、 
可哀相で可哀相で…あんなに飛び跳ねていた子が…」 

真由美さんは、泣き崩れました。 

玉手箱は彼女にとって、
お祖父さんの魂が宿るお守りだったのです。

子供が死んでからも、玉手箱を握ると自分を取り戻し、またどこかで息子と繋がっていると思えたのでした。 

毎日、真由美さんは玉手箱を探し続けました。 箱がなくなってから、2週間ほど経った時のことです。 


あの昼下がり、いつものように小箱を探して疲れ果て、真由美さんは、うとうととしはじめました。 
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「ママ、ママ」 

小さな手が真由美さんの腕を揺すりました。 

真由美さんが目を開けると、翔太君が立っています。 

「ボクが探してあげるよ」 

そう言って、翔太君は家の奥へ向かいました。 

翔太君は裾の長い白装束を纏っていました。 

真由美さんは裾が足に引っかかるのではないかと、
気を揉みましたが、 

翔太君は振り返り、
「心配しなくても大丈夫だよ」という顔をして、 

飛び跳ねるようにして
先へ先へと進んでいきます。 


真由美さんの前を、
白い裾がふわり、ふわりと揺れながら
動いていきました。 

最愛の息子が、
再び自分の前に現れたのです。 

嬉しさのあまり真由美さんは、昔と同じ感覚に戻り、子どもと過ごした時間を再び生きはじめました。 

息子と一緒に“宝探し”に夢中になり、子どもが死んだという事実など、すっかり忘れていました。 

「翔太、そんなに真っ直ぐ行ったら、
   壁にぶつかっちゃうわよ」 

真由美さんが叫んでも、翔太君は以前と変わらない俊敏な動作で、お構いなしに、どんどん進みます。 

そして、すーっと壁を通り抜けてしまいました。 

そして翔太君は立ち止まり、向こう側の部屋で真由美さんを手招きして呼びました。 

「ねぇママ、この机をちょっと動かして」 

真由美さんが机を移動させると、
裏側に探し続けていた玉手箱が落ちていました。 

翔太君は、小箱を小さな手で拾い、

「ママ この椅子に座ってちょうだい」と言いました。 


真由美さんが背の低い肘掛け椅子に座ると、「はい、ママの玉手箱」と、翔太君はにっこりして小箱を手渡しました。 


真由美さんも微笑んで、小箱をぎゅっと握りながら翔太君の顔を見上げました。 

「ママ、玉手箱を机の上に置いて」 
「今度は、お膝の上に置いて」 
「もう一度、玉手箱を取って」 
「また、置いてちょうだい」 

翔太君はいたずらっ子がよくするように、母親に同じ動作を反復させては、きゃっ、きゃっと無邪気に喜びました。 

真由美さんも、子どもと昔のように遊んでいると、嬉しさがこみあげてきました。 

それは以前と少しも変わらない、母と子の微笑ましい情景でした。 

「ママ、もう一度、玉手箱を取って。
   今度はゆっくり、手に取って」 

真由美さんがそのようにすると、
翔太君はこう言いました 。

『玉手箱を持っているときも、ボクのママだよね』 

「そう、翔太のママよ」 

『じゃあ、玉手箱をゆっくり机の上に置いて』 

真由美さんは不思議そうな顔で、
翔太君を見上げました。 

そのときの翔太君は、
姿形は子どものままですが、
どこか威厳に満ちて凛々しく、
知恵の塊のようにも見えました。 



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