「何回死んだんだ……短期間中の死亡数は過去最高記録だな……」
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四回死ねば良いと思いきや、俺の身体が驚くほどの勢いで再生するものだから、出血量が足りなかった。
おかげで、途中で意識を失うまで、杯の中のミキサーにかけられると言う苦行を味わった。
これから更新したくもない記録を噛みしめながら、血塗れの体を水魔法で洗い流して服を着る。
上手く行った。作成過程は思い出したくもないが、とにかく杯は満ちた。
「みんなは……」
まだ俺以外の四人は目覚めていなかった。
この杯を満たすのにどれほどの時間が掛かったかは分からないが、まずは検証しなければならない事がある。
「ええと⋯⋯これでいいか」
倒れているジンダール王子の指から高級そうな指輪を抜き取り、開いている扉の向こう側へ投げ込む。
「⋯⋯⋯⋯ふう」
身構えるも骨弾は飛んで来ず、俺は浅く息を吐いた。
どうやらブラッディグレイルが完成した事で、この迷宮も機能を停止した様だ。
後は四人が目覚めるのを待ち、脱出すれば大団円だ。
アーリアとジンダール王子の確執は気になるが、俺が口出しする様なことでもない。
「しかしこれ、どうするかな⋯⋯」
完成したブラッディグレイルを覗き込む。
不思議と血の臭いはせず、赤い水面はまるで鏡面の様に、俺の顔を反射している。
「だ、誰だ! ⋯⋯あ、俺か」
そういえば仮面を着けていなかった。
連続自死体験でやつれてはいるが、相変わらずビックリするほど整った顔だ。
いや、それは今はいい。
「どうやって使うんだ、これ⋯⋯」
短剣を咥えて水面を覗き込む⋯⋯都市伝説じゃあるまいし、なにも起こるはずもない。
恐る恐る水面に触れてみるも何の変化もなく、指先に血が付着することも無かった。
「⋯⋯!」
次の瞬間、変化が起きた。
血液が渦巻き、まるで栓を抜いた風呂桶の様に、杯の底へ吸い込まれて行く。
底の魔晶が揺らめくと、杯はその形を変えた。
手のひらサイズまで縮み、表面はメタリックな赤色に。
『――土の試練は成った。これなるはブラッディグレイル。血を分けたものと、繋がる魔道具なり』
杯から声が響き、ブラッディグレイルは俺の手の中に収まった。
これでようやく、本当に完成したのだと知り、俺はそれを床に置いて、両手を合わせる。
「……ごめんなさい」
名前も知らない甲冑の冒険者。彼もこの中に入っているのだ。
彼が死んだ時、俺に何ができたかと言えば、何もできなかっただろう。
だけどせめて、祈りだけでも。
「⋯⋯⋯⋯うぅん」
か細い呻き声がして背後を振り向くと、アーリアが頭を押さえながら立ち上がっていた。
軽く昏倒させるくらいの強度で放った『マインドアサルト』だったが、良かった、ちゃんと目覚めてくれた。
ウイングとウェンディ、それからジンダール王子もじきに目覚めるだろう。
王子は俺が気絶させてないので断言できないが。
「⋯⋯おはよう、いやービックリしたよ、いきなり気を失うんもんだから。多分疲れのせいだろう」
適当なことを言って、一国の王女に闇魔法をかけた事実を揉み消そうとする。
これで機嫌を損ねられて報酬が支払われないとなったら、俺の苦労は水の泡だ。
「⋯⋯⋯⋯?」
「あー、アーリア王女様?」
「お前⋯⋯シャーフなの?」
「それ以外の何かに見えますかね」
「仮面。火傷、してないわ」
アーリアが俺の顔面を指差す。
そう言えば仮面をしていなかった。
「嘘をついたのは謝る。全部そこで気絶してる団長がいけないんだ」
「団長命令ってこと⋯⋯ふぅん、でも、怖いくらい綺麗な顔をしてるわね」
「あんまり見ないでくださいますかね⋯⋯」
アーリアの視線は俺の顔から、床に置かれたブラッディグレイルに移る。
「これは⋯⋯?」
「あ、ああ⋯⋯みんなが気絶した後、親子連れのネズミが部屋に入ってきたんだ。悪いとは思ったが、犠牲いけにえになってもらった。無事成功したよ」
「そう⋯⋯なの」
嘘に嘘を重ねるが、俺の不死性を説いたところで信用してくれるか怪しい。
どうやらアーリアはまだ意識が朦朧としているらしい。時折めまいを起こした様にフラついている。
「座っていてくれ。俺もみんなが起きるまで少し休む」
「うん⋯⋯」
⋯⋯『うん』ですってよ。
今まで返事は自信たっぷりな『ええ!』だったのにな。まだ年相応な所があるんだな。
俺も床に腰掛けた。失った血は戻っていたが、気分がよろしくない。
「……それ、母のマナリヤが変化したものなのよね」
「ああ。だがすまない、一度だけで良いから使わせてくれ」
ブラッディグレイルはアーリアにとって、母の形見になる。
渡す事は吝かではないが、約束は守ってもらわなくては困る。
「約束は守るわ……。だけど、母の肉体はどこへ行ったのかしら……?」
「……え?」
「六大魔法師はマナの淀みを調律して、汚れてしまったマナリヤを切り離して……それがこの杯なら、母自身はどこにいるのかな……」
……確かに。
アーリアの母、カーミラさんの肉体はどこへ行ったのか。
あの土人形は『役目を終えた魔法師は寿命を迎える』と言っていた。
それなら、この『オンボスの檻』のどこかにカーミラさんの遺体、もしくは墓があるのではないか?
俺は開け放たれたままの扉を見る。
もしそれ・・があるとしたら、この先だろう。
「あっち、行ってみるか?」
「……危険じゃないかしら。それにもう、お前の仕事は終わったし……」
「じゃあ、追加報酬でも貰おうかね。メシでもなんでもいいぞ」
「そう……じゃあ、みんなが起きる前に、お願いしようかな……」
俺は立ち上がり、アーリアに手を差し伸べる。
それを掴んで立ち上がったアーリアは気合を入れるためか、両手で自分の頬を張る。
小麦色の頬に、少し赤みが差した。
「……よし! 行くわよ、しっかり護衛しなさい! 母の遺体を見つけ、弔うわ!」
「おおう、王女様の御尊顔が……。了解、今度こそしっかり勤めるさ」
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遺体を探そう
僕の教え子たちが出世しすぎて大賢者扱いされてる件について。/あやなつ。
★2,447異世界ファンタジー連載中 53話 2019年10月12日更新
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