「何回死んだんだ……短期間中の死亡数は過去最高記録だな……」

🌹

 四回死ねば良いと思いきや、俺の身体が驚くほどの勢いで再生するものだから、出血量が足りなかった。

 おかげで、途中で意識を失うまで、杯の中のミキサーにかけられると言う苦行を味わった。

 これから更新したくもない記録を噛みしめながら、血塗れの体を水魔法で洗い流して服を着る。

 上手く行った。作成過程は思い出したくもないが、とにかく杯は満ちた。



「みんなは……」



 まだ俺以外の四人は目覚めていなかった。

 この杯を満たすのにどれほどの時間が掛かったかは分からないが、まずは検証しなければならない事がある。



「ええと⋯⋯これでいいか」



 倒れているジンダール王子の指から高級そうな指輪を抜き取り、開いている扉の向こう側へ投げ込む。



「⋯⋯⋯⋯ふう」



 身構えるも骨弾は飛んで来ず、俺は浅く息を吐いた。

 どうやらブラッディグレイルが完成した事で、この迷宮も機能を停止した様だ。

 後は四人が目覚めるのを待ち、脱出すれば大団円だ。

 アーリアとジンダール王子の確執は気になるが、俺が口出しする様なことでもない。



「しかしこれ、どうするかな⋯⋯」



 完成したブラッディグレイルを覗き込む。

 不思議と血の臭いはせず、赤い水面はまるで鏡面の様に、俺の顔を反射している。



「だ、誰だ! ⋯⋯あ、俺か」



 そういえば仮面を着けていなかった。

 連続自死体験でやつれてはいるが、相変わらずビックリするほど整った顔だ。

 いや、それは今はいい。



「どうやって使うんだ、これ⋯⋯」



 短剣を咥えて水面を覗き込む⋯⋯都市伝説じゃあるまいし、なにも起こるはずもない。

 恐る恐る水面に触れてみるも何の変化もなく、指先に血が付着することも無かった。



「⋯⋯!」



 次の瞬間、変化が起きた。

 血液が渦巻き、まるで栓を抜いた風呂桶の様に、杯の底へ吸い込まれて行く。

 底の魔晶が揺らめくと、杯はその形を変えた。

 手のひらサイズまで縮み、表面はメタリックな赤色に。



『――土の試練は成った。これなるはブラッディグレイル。血を分けたものと、繋がる魔道具なり』



 杯から声が響き、ブラッディグレイルは俺の手の中に収まった。

 これでようやく、本当に完成したのだと知り、俺はそれを床に置いて、両手を合わせる。



「……ごめんなさい」



 名前も知らない甲冑の冒険者。彼もこの中に入っているのだ。

 彼が死んだ時、俺に何ができたかと言えば、何もできなかっただろう。

 だけどせめて、祈りだけでも。



「⋯⋯⋯⋯うぅん」



 か細い呻き声がして背後を振り向くと、アーリアが頭を押さえながら立ち上がっていた。

 軽く昏倒させるくらいの強度で放った『マインドアサルト』だったが、良かった、ちゃんと目覚めてくれた。

 ウイングとウェンディ、それからジンダール王子もじきに目覚めるだろう。

 王子は俺が気絶させてないので断言できないが。



「⋯⋯おはよう、いやービックリしたよ、いきなり気を失うんもんだから。多分疲れのせいだろう」



 適当なことを言って、一国の王女に闇魔法をかけた事実を揉み消そうとする。

 これで機嫌を損ねられて報酬が支払われないとなったら、俺の苦労は水の泡だ。



「⋯⋯⋯⋯?」

「あー、アーリア王女様?」

「お前⋯⋯シャーフなの?」

「それ以外の何かに見えますかね」

「仮面。火傷、してないわ」



 アーリアが俺の顔面を指差す。

 そう言えば仮面をしていなかった。



「嘘をついたのは謝る。全部そこで気絶してる団長がいけないんだ」

「団長命令ってこと⋯⋯ふぅん、でも、怖いくらい綺麗な顔をしてるわね」

「あんまり見ないでくださいますかね⋯⋯」



 アーリアの視線は俺の顔から、床に置かれたブラッディグレイルに移る。



「これは⋯⋯?」

「あ、ああ⋯⋯みんなが気絶した後、親子連れのネズミが部屋に入ってきたんだ。悪いとは思ったが、犠牲いけにえになってもらった。無事成功したよ」

「そう⋯⋯なの」



 嘘に嘘を重ねるが、俺の不死性を説いたところで信用してくれるか怪しい。

 どうやらアーリアはまだ意識が朦朧としているらしい。時折めまいを起こした様にフラついている。



「座っていてくれ。俺もみんなが起きるまで少し休む」

「うん⋯⋯」



 ⋯⋯『うん』ですってよ。

 今まで返事は自信たっぷりな『ええ!』だったのにな。まだ年相応な所があるんだな。

 俺も床に腰掛けた。失った血は戻っていたが、気分がよろしくない。



「……それ、母のマナリヤが変化したものなのよね」

「ああ。だがすまない、一度だけで良いから使わせてくれ」



 ブラッディグレイルはアーリアにとって、母の形見になる。

 渡す事は吝かではないが、約束は守ってもらわなくては困る。



「約束は守るわ……。だけど、母の肉体はどこへ行ったのかしら……?」

「……え?」

「六大魔法師はマナの淀みを調律して、汚れてしまったマナリヤを切り離して……それがこの杯なら、母自身はどこにいるのかな……」



 ……確かに。

 アーリアの母、カーミラさんの肉体はどこへ行ったのか。

 あの土人形は『役目を終えた魔法師は寿命を迎える』と言っていた。

 それなら、この『オンボスの檻』のどこかにカーミラさんの遺体、もしくは墓があるのではないか?



 俺は開け放たれたままの扉を見る。

 もしそれ・・があるとしたら、この先だろう。



「あっち、行ってみるか?」

「……危険じゃないかしら。それにもう、お前の仕事は終わったし……」

「じゃあ、追加報酬でも貰おうかね。メシでもなんでもいいぞ」

「そう……じゃあ、みんなが起きる前に、お願いしようかな……」



 俺は立ち上がり、アーリアに手を差し伸べる。

 それを掴んで立ち上がったアーリアは気合を入れるためか、両手で自分の頬を張る。

 小麦色の頬に、少し赤みが差した。



「……よし! 行くわよ、しっかり護衛しなさい! 母の遺体を見つけ、弔うわ!」

「おおう、王女様の御尊顔が……。了解、今度こそしっかり勤めるさ」




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遺体を探そう

 
僕の教え子たちが出世しすぎて大賢者扱いされてる件について。/あやなつ。
★2,447異世界ファンタジー連載中 53話 2019年10月12日更新




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